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 ロイグラム侯爵とその令嬢を前にした私の腰に、ジーク様の腕がとても自然に回されて引き寄せられた。

 露骨すぎる密着に、目の前に立つふたりの目がきつくなる。

 私の父親で()()()ロイグラム候は、外見だけなら若い頃の精悍さと容姿の良さがうかがえたが、その表情には壮年の衰えだけではなく長年かけて発酵させたような品のなさが漂っていた。主に目つきに腹黒さが見え隠れし、何度も瞬きを繰り返す様はこちらの神経に触る。

 対面した瞬間、私の感情はどう乱れるのかと不安だったが、実現してみると、まるで他人を相手にしている時となんら変わりはなかった。

 それも当然だ。声を聞くことは何度かあったが、顔を合わせたのは片手ほどしかなかったし、その機会すらも親子の触れ合いなんて微塵もなかった。

 ああ、この人が私の血縁者なのだ、といった感慨しかなく、驚くよりもさっぱりとした気分だった。

 そして、エリュミナの名を騙る令嬢だ。

 侯爵が己の娘として公に出すだけあって、若く美しい。だが、それだけだ。艶のある亜麻色の髪と真っ青な瞳はベルブルグ家の血を色濃く引いている証と言え、なによりもふたりが並ぶとよく似ているのがわかる。

 ことに現在、私に向けられている目付きがそっくり。


「私の婚約者のエリーナだ」


 がらりと態度と口調を変えたジーク様は、他の方々相手の時と同様に私の名前だけを告げた。私は私で挨拶も会釈もせず、ジーク様に寄り添ったきり無表情で彼らを()()()()()いるだけ。

 ジーク様の豹変と私の態度、そしてあまりにも簡素な紹介に、候爵と令嬢は意表をつかれたのか呆然としている。

 そんな顔をされる筋合いはない。

 ロイグラム侯爵令嬢の不敬な言動に合わせただけなのだし、ジーク様は寛大な心で求めに応じて婚約者を紹介までしたのだ。


「どっ、どちらのご……ご令嬢で?」

「それを聞いてどうする? 候には関係ないだろう」

「そんっ、そんなことはありませんぞ! 我が娘が嫁げば、義理の――」

「ああ、ダンスが始まったな。エリー、踊ろう」

「はい」


 ロイグラム侯爵の言葉を遮るように、華やかで勢いのある楽の音が大広間に流れ出した。

 それを機に、ジーク様は私の腰に回していた手を滑らすと今度は手袋をした指先を優しく握った。私はまたにっこりと嬉し気に微笑みを返して、手を引かれるまま歩き出した。

 ジーク様が贈ってくださったドレスの裾がふわりと揺れる。髪と宝飾に合わせた物だが、上半身は純白の絹が体の線に沿って流れ、腰の下辺りから青のグラデーションが始まり、裾は鮮やかな青紫色で終わっている。クリノリンを使った膨らみやドレープやリボンなどの装飾がないせいで形としては地味だが、絹のレースと幾重にも重ねられたシフォンで自然な広がりを見せている。

 ジーク様のリードでターンするたびに柔らかなシルエットを残して裾が舞い、豪奢な照明の灯りが髪飾りとドレスを艶やかに煌かせる。


「新しいデザインだが、やはり君にぴったりだったな」

「こんな豪華なドレスを着たのは初めてなので、すこし恥ずかしくて……」

「似合っている」

「そう言っていただけて嬉しいですわ」


 今の私は心のままに微笑んでいる。何ものにも囚われることなく、ただジーク様の言葉を幸せだと感じている。


「……ふたりと顔を合わせてみた気分はどうだ?」

「なんとも。親子の情もなく、血の繋がりもただの『事実』としか感じませんでしたわ。それこそ、クレーシア様とのご縁のほうが身近に思えるほど」


 リードに従い抱き寄せられて軽くスッテプを踏む。隣りで躍る男女の視線に気づいたが、あえてジーク様を見つめながら笑みを深くする。


「名を盗られたのは?」

「あの名はロイグラムの執事が付けたのですって。生前、母から聞いておりました。ですから、母は私をずっとエリーと呼んでましたの」

「思い入れなどない、ということか」

「ええ。ロイグラム侯爵令嬢を示す文様のようなものかと」

「はっ、そうだな! それはいい」


 私の例えが気に入ったのか、ジーク様は皮肉な笑みではなく本当に笑いだした。

 大広間の中央にたくさんの華が満開になる。ことに、今年の春さきに社交界デビューをした貴族子息女は競い合うように舞っていた。

 見える限り視界の端にロイグラム侯爵とその令嬢のふたりを置いておき、動向を探っておく。

 曲が終わりを告げると、ジーク様の手に導かれてそのまま王宮を後にした。誰にも別れの挨拶をすることなく、計画通りに馬車に乗り込むと一目散に大公家の別邸へと走らせた。


「まだ宮殿内の者たちに聞き込みをしている最中だろう」

「一曲で帰るとは思っていないでしょうね」


 これで、私の正体を探るための尾行を避けることができたはず。たとえ追ったとしても、大公家別邸に入られてしまっては探りようもないだろう。

 王都屋敷とは名ばかりの山中にある別邸だから、間諜を潜ませるにはよい環境でしょうけれど、地の利は大公側にあるというもの。


「婚約者を連れて挨拶回りのために出席したと思っているのだろうし、そう誤解させるためでもあるのだが、これでどのような反応を返してくれるのか楽しみだ」

「……婚姻相手を知った()()()()()嬢は、どのような気持ちでいらっしゃるのでしょうか……」

「なんだ? 同情しているのか?」

「いいえ。同情どころか嘲る気にもなりませんわ。恨むなら、己の父や母をと助言してあげたいくらいで」

「それを同情と……憐憫と言うのだがな。エリーは優しすぎる」


 ジーク様の物言いに、私は内心で買い被りだと否定した。でも口には出さない。

 どちらの心情であっても、所詮は心を寄り添わせての思いではないなのだから。


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