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未来屋 環恋愛作品集

一週間の恋人

作者: 未来屋 環

「まだ寝ていていいのかい?」


 いきなり頭上で声が響いて、俺は目を開けた。

 身体を起こすと、声の主と思しき奴と目が合った。そいつはにこにこと笑っている。


「随分とのんびりしているね。もうここにいるのは、僕と君だけだ。他のやつらは血相を変えて飛んでいったよ」


 全く状況が把握できず、黙ったままの俺を見て、笑顔だったそいつの表情が固まる。


「まさかとは思うけど――君、何も話聞いてなかった?」


 頷くと、そいつは同情を込めた眼差しで続けた。


「じゃあ、僕が教えてあげる。君の命はあと一週間しかないんだよ」



 ***



 そこからは、よく覚えていない。

 気付くと俺は見知らぬ野原で座っていた。

 あいつに余命宣告をされてから、どれ程彷徨ったのだろう。

 俺には何もわからなかった。

 自分が何者なのかも、何故一週間後に自分が死ななければならないのかも。


 風が吹いて、ざわざわと草が揺れる。

 その小さな音すら、今の俺にとっては耳障りだった。

 行き場のない憤りが沸々と自分の底から湧き上がっていた。


「――くそっ!」



「何もう、うるさいわね」



 いきなり背後から上がった声に驚いて振り返る。

 そこには、いつの間にか女が寝転がっていた。

 近付いてみると、閉じられていた彼女の瞳が、ぱっ、と開いて俺を見た。

 慌てて後ずさる俺を眺めながら、彼女は静かに、そして緩慢に起き上がった。


「……あなた、誰?」


 答えられずにいる俺の全身に視線を這わせ、彼女は、あら、と言った。


「何、そのアクセサリー。タンポポみたい」


 俺の腰にはふわふわと白い綿状の飾りがついていた。

 何故そんなものがついているのか、俺自身にもわからないが、彼女はいたくそれを気に入ったようだった。

 はっと我に返って、眠りを邪魔したことを謝ると、彼女は事も無げに言った。


「良いのよ。どうせこれから飽きる程眠らなければならないんだから」


 彼女は変わらない表情で続けた。


「私、もうすぐ死ぬの」



 その台詞の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

 言葉を失った俺を気にするでもなく、彼女は欠伸をしながら話を続ける。


「私、カリン。あなたは?」

「……わからない」


 辛うじて、吐き出すように答える。


「何もわからない。わかっているのは、俺の命があと一週間しかないということだけだ」


 彼女――カリンの表情が、一瞬動き、そしてまた平静に戻る。


「そう――じゃあ、名前をつけてあげる。今日からあなたはハルね」

「ハル?」

「そう。タンポポといえば『春』でしょ?」


 名前もなく死んでいくなんて寂しいじゃない、とカリンは俺の腰の飾りを手に取って、にっこりと笑う。

 自分には不相応に思えたが、それでも自分の名前だと思うと、不思議と愛着が沸いた。


「悪くないな」


 カリンの笑顔を見ながら、俺は残る一週間を彼女と過ごすことに決めた。



 ***



 次の日も、その次の日も、同じ場所にカリンはいた。

 俺が来ると、彼女も満更ではない様子で色々と話しかけてきた。


「ねぇハル、聞いてくれる? 私、一つだけ心残りがあるのよ」

「何?」

「私、一度も雪を見たことがないの。あなたはある?」

「……そりゃあ、あるさ」


 見た記憶は全くないが、彼女を失望させたくなくて思わず口走り――しまった、と思った時には、彼女の瞳が期待に輝いていた。


「ねぇ、雪ってどんなものなの? どうせ雪が降る季節までは私の命ももたないだろうから、せめて話だけでも聞かせてよ」



 記憶を辿り、自分が目覚めた場所に着くと、俺を起こした奴がいた。


「奇遇だね。君、戻ってきたの?」

「君じゃない。俺はハルだ」

「あれ、随分あたたかい名前だこと」


 いちいち言い返すのも面倒で、俺は手短に事情を説明した。


「――という訳なんだが、雪って見たことあるか?」

「それ、本気で言ってる?」

「冗談でこんなこと訊くわけないだろ」

「うーん……わかった。僕に着いておいで」



 そのままそいつに着いていくと、高層ビルが立ち並ぶ一角に辿り着いた。

 その中の一つのビルを指して、そいつは言った。


「ほら、あのテレビに映った映像を観てごらん。白い粉みたいなものが降っているだろう。あれが雪さ」


 確かに、画面上には白い粒が舞っていた。

 カリンにも直接見せてやりたいが、ここまで連れてくるのは難しそうだ。

 彼女にどうやったら見せてやれるだろうかと思案していると、そいつがこちらを見て微笑んでいた。


「楽しそうでいいね。僕は早く目が覚めたのはいいんだけど、やることが思い付かなくて、結局ここに来てのんびりとあの映像を眺めて過ごしていたんだ。一週間しかない命じゃあ、できることも限られているしね」


 そいつの眼差しは優しい光を湛えていた。


「ハルのことがうらやましいな。僕にもできることがあったら言って。手伝うよ」



 ***



「今日でここに来るのは最後だ」


 遂に、ハルの命が尽きる日がやってきた。

 ハルと出逢ってから一週間、ずっとそうしてきたように、朝からゆったりと語らい、そして辺りが暗く静まり返った時――彼は静かに私に告げたのだった。



「寂しくなるわね。まぁ、私もすぐに行くことになると思うけど」


 そう、どんな生き物でも、寿命に逆らうことはできないのだ。

 それは、彼も私も一緒だった。ハルはふと俯いて、ぽつぽつと言葉を紡いだ。


「この一週間、カリンと一緒にいて、本当に楽しかった。つまらない人生だと思っていたけど、最期に思い出をくれてありがとう」


 ゆっくりと、伝えられるその言葉が、その声が、もう聞けなくなるんだと思うと、胸が詰まるような思いがした。


「――私、何もしていないわよ」


 私の台詞に、ハルが顔を上げる。


「俺に名前をつけて――そして、ずっと一緒にいてくれた。それだけで、十分だ」


 彼はにっこりと微笑んで、そして言った。


「時間だ。カリン、目を閉じてくれ」

「……もう、行ってしまうの?」

「最期に、俺からプレゼントがあるんだ」


 名残惜しく思いながらも、瞼を閉じる。


「――さようなら、カリン」


 その声に目を開くと、眼前には白い光の粒が瞬いていた。

 ふわりふわりと宙を漂うものもあれば、風に吹かれ舞い上がるものも、そしてただ地に落ちていくものも――ひとつとして同じ動きをしない白い光達に、私は目を奪われた。


「――綺麗」


 思わず手を伸ばして、白い光を掴んだ。

 ふわりと掌を撫ぜる感覚に、ようやく気付く。

 それは私がよく知っている感触だった。

 ひとりで幾度となく過ごしてきた暗い夜を、明るく染め上げた光だった。


「知らなかった――ハル、雪って、あたたかいのね」


 懸命に風を蹴って空に昇っていく――それは命の輝きそのものだった。

 ハルは空に還っていったのだ。

 白い光が降りしきる夜空を見上げて、私は静かに瞳を閉じた。



  ***



「ママ! どうぶつえんたのしみだね!」

「そうね、ママもマミとお出かけするの、楽しみにしてたのよ。今日は沢山あそぼうね」

「おいおい、あまり無理しないでくれよ。あくまで一時退院なんだから」

「ちゃんと厚着してきたから大丈夫。最近寒いものね。昨日は雪も降っていたし」

「――雪? 雪なんて降ってないだろ。天気予報でも、そんなことは言ってなかったし」

「でも病室の窓から見えたのよ。白いものが、ふわりふわりって」

「ふぅん――それはきっと、雪虫だな」

「雪虫?」

「そう。僕の故郷なんかでは、初雪のちょっと前に発生するんだよ。あいつらが出てきたら、もうすぐ雪が降るという合図なんだ。でもこの辺りにも出るなんて珍しいなぁ」

「そう、虫だったのね。でも、本物みたいで綺麗だったわ」

「じゃあ来年の冬は、久し振りに僕の実家にでも行こうか。本物の雪を見せてあげるよ」

「そうね。私も早く病気を治さなきゃね」

「パパー! ママー! こっちきてー!」

「はいはい。どうしたの? あら、マミが大好きなリスさんのおうちね」

「うん。でもこのこ、さっきからずっとうごかないの。ねているのかな?」

「――そうね。起こしたら可哀想だから、ゆっくり眠らせてあげようか。」

「うん。カリンちゃん、いいゆめみてね!」



(了)

最後までお読み頂きありがとうございました。

本作は第28回ゆきのまち幻想文学賞の「雪」というテーマで投稿した作品です。雪国ではない舞台で雪を幻想的に描きたいと思い、雪の精と出逢う人間の話を書こうと思っていたのですが、書いている内にどちらも人間ではない話になりました。

すこしでも、おや、と楽しんで頂けましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
そっかあ…………。 人間ではないなあ、とは思いつつ読んでいたけど、意外な組み合わせだった。 ただ、この色々教えてくれる相手も雪虫、なのかなあ? なんか違うような…………?
[一言]  ひさびさ読みにきました。  ジャンル、童話ではなかったのですね。 「このまっしろな世界はどこまでも続いていく」を思い起こさせます。  このころから、未来屋先生のなかの、大切なものはかわ…
[一言] 気分屋さん、こんばんは。 たくさん読ませて頂きたい物語に出会い、わくわくしています。 こちらのお話、三回くりかえして読み、全てを理解したときに涙が出てしまいました。 でもあたたかい雪は、ふわ…
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