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『ポータル』を抜けた先は、中世ヨーロッパ風の街だった。
冗談みたいに見たことのある、創作物で使われる景色。
「本当に……ゲームの世界……なのか?」
レンガ造りの家屋。石畳の大通り。なのに街行く人々の格好は雑多で、現代風の洋服から甲冑、妙なコスプレのような衣装までいるのが、逆にここがゲームの世界であるという確信を強くさせる。
自分は『ポータル』を使用した時のままの姿だ、土にまみれた汚らしい学生服。顔も体格も変化はない。
それが逆に、この世界でひどく浮いているように感じた。
というのも、この視界に入る人々のほとんどが、美男美女だったのだ。俺はお世辞にも……イケメンではない。
「こ、ここがゲームの世界だとして、いったい何をすれば……」
「おーい、そこのガキ!」
「え?」
「お前だお前、そこの学ランのお前!」
声をかけられたほうを振り返ると、えらいガタイの良い男が立っていた。
肌は白く、肌に張り付いた黒いTシャツを着ている。頭には手ぬぐい。体育会系っぽい雰囲気もあわさり、居酒屋とかラーメン屋の店主、といった様相だ。
「お前こっちに来たばっかだろ?見てりゃわかる」
「あ、は、はい。そうです」
「それで今どうすりゃいいかわからん。違うか」
「そ、そうです」
随分ズケズケくる人だ。
「よぉーし、じゃあ俺がいろいろ教えてやろう。この世界のイロハをな」
「え、いいんですか?」
はっきりいってめちゃくちゃありがたい話だ。俺は今、チュートリアルもせず突然知らないゲームをプレイしているに等しい状態。そこで助けてくれる人が現れるなんて、渡りに船。
しかし、見ず知らずの人間に突然こんな親切にしてもらうようなことを俺がしただろうか?
と、ここである可能性に思い至った。
「ひょっとして貴方はNPCだったりするんですか?」
「随分失礼なヤローだな、人様に向かってNPC扱いとは」
「ご、ごめんなさい」
「まーしゃーない。お前の言いたいこともわかる。なんでこんなわざわざ知らないやつにかまうかって話だろ?」
「はい……」
「いろいろあるのさ。とにかくこういうことをするのは俺にもちゃんとメリットがある。心配しなくても大丈夫だぜ」
「わかりました、すみません」
「いいってことよ!ちなみに、ここではNPCはNPCって一目でわかるようになってる。まあ体験してみるのが早いぜ」
そういうと、男はツカツカと歩き出した。
慌てて後を追う。
「どこへ向かうんですか?」
「この世界に入って、まずやるべきことは『設定』だ。顔、名前、体格、髪型……いろんなものを決めるのさ」
「え!?顔ですか」
「そう。やたらイケメンが多いだろ?ここ。ありゃ設定時にそういう顔にしたんだよ。女も同じだな」
「顔を好きにできるんですか……」
歩きながら説明を受ける。顔を自由にいじれるなんて、本当にゲームの世界なんだ、という思いがさらに強くなる。
「ただ、いつでもコロコロ顔を変えられるわけじゃない。設定が必須なのは名前・顔・体格・声と、それから任意で選べるのは髪型だったり肌の色だったり、そういう細かいオプションだな。そして必須の項目は、一度設定したらもう変えられない」
「変えられない……」
「おう。めちゃくちゃレアアイテムでそういうのを変えることもできるって話だが。ちなみに俺の顔は生前のままだぜ」
「生前のままって、つまり設定してないってことですか?」
「『そのまま』で設定したのさ。そういうこともできる。現に今の姿がお前の生前の姿なんだろ?」
「そうです」
生前。しれっと言っているが、この男はきっと『ポータル』使用前を生前と呼んでいる。つまり、今は死後だと認識しているのだ。
あまりの感覚の変化のなさに自覚をしていなかったが、もう俺は死んだということなんだろうか。じゃあ今こうして歩いている俺はいったい何なのだろうか。
「まあそういうのもあるってことで、決めるのはお前さ。そして設定を終えたら、いよいよお前はこの世界に本格的に参加するわけだが」
「はい」
「必要な『操作』は俺が教えてやる。ただそこから先は何をするかはお前次第だな」
男が歩みを止める。たどり着いたのは、これまたコテコテの『神殿』といった体の建物だ。
「ここで……」
「そう、お前の設定をする。中に入ればどうすればいいかわかるぜ」
「あの、ありがとうございます。ここまで親切にしていただいて。本当に助かりました」
「そりゃよかった。じゃあよ。礼と言っちゃなんだが」
「はい、何かできることがあれば」
何か今俺に返せるようなものがあるだろうか。本当に助かったので、できる限りのことはしたいが。
男は少々言いづらそうにしている。何か、問題のあることなんだろうか。
「お前の『名前』を教えてくれねぇか?」
「『名前』……ですか」
それはもちろん、ゲーム内の、ということだろう。いや、違うか?
「それはどっちの名前ですか?」
「この世界での、だ。これからお前が付ける名前だ」
ゲーム内の名前。これから俺が生きていくこの世界での名前。
確かにそれ自体は大事なものかもしれないが、正直教えるだけならタダだし親切の対価としては安すぎる気もしなくもない。
というか、そもそも意味があるのか?
「これは別に無理やりってわけじゃねぇ。いやだってんなら断ってくれてもかまわねぇぜ」
「俺の名前を知りたいって、なにか理由があるんですか」
「おっと、それをきいてくるか……」
恩人ではあるが、もしそれで何か問題が発生するなら、少し考えなければならないかもしれない。
この世界で生きていくんだ。用心深くなってもなりすぎることはないだろう。
「理由は簡単なもんでな。来たばっかの設定もしてないお前の名前をしってりゃよ、俺はこの世界で一番最初にお前の名前を知った人間になるわけだ」
「そうですね」
「それが目的なんだ」
「え?」
「なんでも一番ってのはいいもんだろ?大事な名前となりゃなおさらだ」
そういうものなんだろうか。そういうものなのかもしれない。
「いいですよ。俺の名前は……」
そこで、言いよどむ。
勿論俺にも名前はある。17年間付き合ってきた名前だ。
けれど、その17年間にいい思いはない。
折角別世界にたどり着いたんだ。しかも、おあつらえ向きに名前まで変えさせてくれるんだ。ここで、全く別の名前を名乗るのが正解なんじゃないか?
考える。自分の本名を使わないなら、なんて名乗る?好きなゲームの主人公の名前?芸能人?漫画のキャラクター?
……思いつかない。
いざ決められるとなると、自分にしっくりくるような名前なんて、全く見つからない。
「どうした?」
「名前」
「うん?」
名案が浮かんだ、と思った。
「名前を決めてくれませんか」
「名前って、お前のか?」
男は困惑しているようだ。無理もない。俺だって突然初対面の人間に名前を決めろと言われたら困惑する。
「はい、いい名前が思いつかないんです」
「うーむ、なるほど……」
だけれども、彼は真剣に考えてくれているように見える。どうやら、この人に頼るのは間違っていなかった。そう思わせてくれる。
「お前の本名を教えてくれないか?」
いいですよ、と答え、教える。
彼はそれを聞いて、言った。
「決めたぜ、いい名前が思いついた」
「本当ですか」
「ああ、いいか?今日からお前は……
クロミツだ!」
……どうやら、彼のネーミングセンスは独特らしい。