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自宅訪問−教師と謎の男 2

 ――いつの日か、忘れていた。

ずっと昔のような感じもするが、つい最近だった気もする。あやふやな記憶は、その後の強烈な印象で連なった日々によって淡く塗潰され、もう思い出す事が困難になっていた。はっきりと覚えているのは、悪魔の囁き。『さあ、全てを壊す時が来たんだ――』。その言葉だけを頭に、心に刻み込み、気付けば闇の中に身を置いていた。

 とある、組織に属している。何をしている組織なのか、未だに分かってはいない。ただ、自分に与えられたスリルに満ち溢れる任務をこなしているのだ。敵対組織の壊滅だったり、情報入手の為の他の組織への潜入だったり、基地へと乗り込んでくる敵対組織の構成員の撃退だったりと、多種多様な任務だ。宿主だらけ、という訳でもなかったが宿主とは何度か会った。刺激的で、熱狂的で、どんなゲームよりずっと興奮し、それに飽く事はなかった。

 「おい、そこの似非宅配業者」

黒髪、痩身の少年が言ってきた。彼は少年の顔を見て、ポケットから出した写真と見比べる。写真にあった同じ顔に、楽しげに口元を歪めた。少年の言った言葉は右の耳から左の耳へと抜けてしまい、何と言ったのかは気に留められなかった。

「影宮真吾、高校二年、男、本籍神奈川県、黒髪、痩身――」

次々と彼が単語を連ねていき、少年――シンはぎょっとした。何故、こんなにも知られているのか、それが不思議に思えてならなかった。

 「これより、抹殺する……!」

言って、彼が懐から拳銃を抜いた。黒光りするそれはコンバットマグナムとされるリボルバーだ。すでにリロードは終えている状態だった。何かあれば、即座に撃てるように。それが組織の教えであり、忠実に守ってきていた事だった。彼が銃口をシンへ向けて、引き金を引く。刹那、銃口の前に鉢植えが――しかも、土の入っているものが現れて砕け散った。勿論、銃弾によってだ。砕けた鉢植えの欠片を浴び、彼はアスファルトの上を自ら転がった。直後、彼の居た場所に鉢植えの欠片が次々と突き刺さっていった。

「こいつ、慣れてやがる……!」

シンが忌々しく呟き、起き上がった彼へ大振りにパンチをした。固く右の拳を握った、全力のパンチ。だが、彼はそれを見切ると左手でシンの右腕を外側へ押して、軌道を逸らす。がら空きになったシンの胴体へ強烈な前蹴りが入った。

「っ!」

蹴り倒され、さらに彼の向けるコンバットマグナムにシンは戦慄を覚えた。だが、彼の手首に握り拳より少し小さいくらいの石ころがぶつかった。思いがけぬ痛みと衝撃に彼の手からコンバットマグナムが零れ落ちると、それがふわりと浮いて五メートル程離れた場所にいた倉田の手の中へ収まった。

 「形勢逆転だ、どうする?」

コンバットマグナムを彼へ向けて倉田が問うた。シンが起き上がり、彼から離れる。鈍痛と相まって、それまでの命のやりとりが早い心臓の鼓動で恐ろしく感じられていた。

「倉田総司、高校英語教師、男、本籍東京都、黒髪、長身。能力は念動力に身体能力向上――」

彼が口元をいびつに歪めながら呟く。シンだけでなく、倉田までをも知っている。これには無表情だった倉田も訝しい顔をした。

「何故、個人情報をそれほどに知っている?」

「抹殺する」

問いには答えず、彼がアスファルトを蹴って駆け出した。消えたかのような速いスピードにシンが目を見張ると、倉田が舌打ちをしながらシンの前に出た。上着の内ポケットから刃渡り五センチにも満たない短いナイフを出し、彼へ向かって突き出す。しかし、それを脅威の反射神経で彼は見切った。半歩後ろへ跳び、足を折り曲げてから低い体勢になって前へ飛び出す。一瞬のそれは、目が追いつかなかった倉田からしたら、何が起こっているのか全然分からなかった。ただ、結果が――彼の打ち出した拳が鳩尾へ叩き込まれて息苦しくなった事が分かっただけだった。

「かっ……!」

「先生!?」

シンが叫ぶが、彼の首が動いてシンを見据えた瞬間に動きが止まった。無意識に止まったのではなく、急にぴたりと動きが止まってしまったのだ。まるで暁にやられた時のような感覚だった。彼がシンへ向かって、体中を使って大きなモーションをしながら、下方向からの特異な回し蹴りを放つ。首にそれをまともに受けて、シンは軽々と吹き飛んだ。アパートの塀にぶつかり、ブロック塀を壊して意識が遠くなる。体中に強烈な痛みを感じていた。彼が倉田が落としたコンバットマグナムを拾い上げてシンへ向けた。

「久しぶりに危なかったけど、これで終わり――」

銃声が響いて、シンが目を固く閉じた。しかし、心臓を射抜くように聞こえた銃声以降、何も感じない。感じると言えば、先ほどからの鈍痛と恐怖だけだ。十秒にも満たない時間か、十数秒程か、数十秒も、何分もしたのか時間の感覚は分からなかったが、ゆっくりとシンは瞼を押し上げた。

 「キョウ、貴方は何故、任務全てを抹殺にしてしまうの?」

シンの目の前に見知らぬ女性がいた。彼女がキョウと呼んだ彼の前に立ちはだかっていて、シンとキョウの間で壁になっている状態だ。その光景はまるで、シンを女性が庇っているかのような絵だった。

「その方が楽しい」

そう答えたキョウの頬に、女性のビンタが炸裂した。目を見張るシン。だが、キョウはビンタされた左の頬を押さえて、難しい顔をしながら女性を見る。不満そうな顔は、罰の悪い子供のような表情だった。

「貴方は先に帰りなさい」

「任務は?」

「私が引き継げば問題はないわ」

「……分かった」

つまらなそうに返事をして、キョウが不貞腐れた様子で歩いていってしまう。その様子にシンは口も利けなかったが、やがて倉田の事を思い出してそっちを振り向いた。苦しそうな表情をしながら、倉田は起き上がっている所だった。シンも起き上がると、女性が二人を見た。

 「はじめまして、倉田総司さん。それに、影宮真吾さん」

「先ほどの会話からすると、あの男と何かしらの関係があるようだが、どのような関係だ?」

倉田が油断なく、周囲の使えそうなものを見渡しながら尋ねた。

「それはまだ言えません。ただ、私は貴方たちに危害を加えるつもりはありません。――そちらが何もしなければ」

女性が付け足した言葉に倉田は発動しかけていた念動力の能力を止めた。

「私のコードネームはサラ。先ほどの彼はキョウ。単刀直入に言います。貴方たちを、本当は影宮さんだけの予定でしたが、倉田さん、貴方も。私たちの組織にスカウトしに来ました。キョウはとても血の気が多く、全ての任務を抹殺としてしまっているので、あのような事になってしまいました」

「組織……?」

シンが眉をひそめた。

「詳しい事は話せません。しかし、貴方たちが宿主としての身の振りをもし、考えていたのなら私たちの組織へ入る事をお勧めします。明日、同じ時間にこちらへ伺いますので、今晩はよく考えて――」

「いや、今すぐにでも入ろう」

倉田の言葉に、シンが凝視した。即決かよ、とツッコミたくなったが、雰囲気を感じ取って止めておいた。

「いいのですか? お勧めはしますが、荊の道――いや、一寸先は闇の世界ですよ」

「そのつもりでいた。願ってもない話だ。影宮、お前はどうする?」

倉田に尋ねられて、シンは髪の毛をポリポリとかいた。こんなに唐突な事態になるとは思ってもいなかったのだ。しかも、決断はこの場。どうなるか分からないのなら怖いが、そうしなければ場所を選ばずに戦う破目になるだろうと考えると、この組織へ加入するのが正解のような気もする。

「……分かった、俺もついてく」

苦渋の選択だった。不安がシンの心境を大きく占めている。

「そうですか、分かりました。では、行きましょう」

サラが言って、二人を先導するように歩き出す。

それに倉田が続いて、シンは暮らしてきたアパートを数秒見つめてから、暗い夜闇へと足を踏み出した――。

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