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日常に潜む悪魔の恐怖

 「――おい、真吾! 顔色悪いぞ、大丈夫か?」

登校してきた直後、シンは級友にそう言われて、顔をしかめた。昨夜の傷は癒えていないが、それを制服の下に隠したまま登校したのだ。動く度に右脇腹が痛み、息が上がる。無理をする理由がシン自身にもよく分からなかったが、何でか来てしまった。

「……ダメ」

「ダメって言える内は大丈夫か」

「……んじゃあ、大丈夫にしといてやるよ」

仕方ねぇ、と呟いてからシンは机に突っ伏す。脇腹を左手で押さえて鞄に顔を埋めた。すると、携帯がポケットの中で震えだす。

「もしもし」

『俺だ』

「……何の用だ?」

暁だった。顔をしかめて、腕のブレスレットを見る。

『何故、学校なぞへ行く?』

「学生だからだ」

『それがどう転ぶかは分からないぞ? 宿主同士は惹かれあい、場所を選ばずに激戦を繰り広げる事がある。もしも、それが今起きたら一体どうするつもりなんだ?』

「……起きねえ」

『絶対にか?』

「当たり前だ。そんな事が日常的に起きてたまるか」

言い切り、シンはワイシャツの上から右脇腹に当てている左手に、何か生暖かいものを感じた。顔をしかめて、周囲を窺う。気付かれてはいないらしい。

『そうか、お前は甘いな』

「……んだと?」

『まだ分かっていないんだ。願いを叶える為になら、時も場所も選びはしない。それが顔見知りを相手にしようとも、一般人を巻き込もうとも』

「まるで、俺の周りに居るみたいな言い方だな」

『何時、何処で、何が起きるか分かりはしないぞ。油断大敵、と人間は言うのだろう?』

「……ふん、知るか」

携帯を切り、シンはブレザーの前をきちんと閉めて教室から出て行った。

 「おい、影宮。どこ行く?」

教室から出ると同時に始業のチャイムが鳴って、担任教師がシンの肩を掴んだ。まだ若いが、どこか冷めた感じのある男性教師だ。

「……気分悪いんで保健室にでも」

「生憎、今日は保健の先生が出張だ。教室に居ろ」

強く言われてシンは舌打ちをして自分の席へと着いた。

「真吾、顔色本当に悪いぞ?」

「さっき、ダメだって言ったろ……」

級友に苛々しながら言い返し、シンは脇腹を押さえたまま椅子に深く座り込んだ。

「……何が、悪魔だ――」

呟きは誰にも聞かれぬまま、雑音に掻き消されていった――。


 「――い! おい、真吾!?」

揺り動かされて、シンはうっすらを目を開けた。いつの間にか眠ってしまったらしく、隣に座る級友が叫んでいた。

「んだよ……」

「お前、血! どしたんだよ!?」

「血――?」

はっとして、シンは脇腹にずっと当てていた左手を見た。真っ赤に染まり、さらに乾いていた。指と指が血でくっ付いていた。

「真吾……何でそんな傷があんだよ!?」

「……何でもねぇよ……」

周囲を見て、シンはとある事に気付いた。生徒が居ない。この級友――中田郁郎だけが居た。

「移動教室なんか今日はねぇぞ……? 全員、どこに行ったんだ?」

時計を見て、針がまだ昼前を差しているのを見た。本来なら、担任教師――倉田の英語の授業のはずだ。

「……授業変更で体育に――」

「違う。それなら、どうして着替えた跡がどこにもねぇ? 男どもはいつも、制服を脱ぎ散らかしてんだろが」

シンは言いながら、ある考えが急速に固まっていくのを感じていた。

「中田……お前、皆をどうしたんだ……?」

椅子から立ち上がり、中田から離れてシンが言った。黙ったまま、中田が口元をいびつに歪めた。

「お前って炯眼凄いよな? いつも、そうだ。今日はアイツが不機嫌だ、今日は倉田が抜き打ちテストをやる、って……。お前はそういうの見透かすのが得意だよな……」

心臓が高鳴って、シンは中田からたじろいで下がった。不吉な予感がシンに渦巻いていく。

「まさか、お前……」

「感覚で分かるぜ? お前も、宿主だろ――?」

突然、中田が机を蹴った。それがシンに当たり、ふらついていたシンを倒す。筆箱からカッターを取り出して、中田がシンへと襲い掛かった。

「ッ!」

倒れてきた机を蹴って、シンが起き上がった。中田を足止めさせ、手近にあった椅子を掴んで投げつける。

「喧嘩なんかより、よっぽど楽しいぜ。しかも、勝てば勝つだけ、何だって願いを叶えてくれるんだぜ? 魂ってのもなかなか美味しそうだしなァ」

椅子を簡単に払いのけて、中田が言った。カッターの刃を舌で舐め、狂気をチラつかせた瞳でシンを見る。

「……何で、こうなんだよ……」

忌々しく言って、シンがブレザーを脱いだ。シャツは赤く滲んでいた。

「いいから、魂食わせろォ!」

椅子を片手で投げて中田が言った。片腕で防ぐと、中田が机をさらにシンへ投げつける。机の脚がシンの頭にぶつかった。鈍痛がして倒れ込むと、また中田が椅子を振りかぶる。今度はもろに腹部へ食らって、シンは押し殺した悲鳴を上げた。

「畜生が……。何で、こうなんだ……」

カッターを振り落としてくる中田を見てシンが呟く。悔しげに顔を歪めて固く目を閉じた。

 「――ってぇ! 誰だ!?」

そんな声がし、シンは目を開けた。中田がカッターを持っていた右手を押さえていた。状況が飲み込めず、シンは周囲を見る。そして――見つけた。教室の入り口の引き戸の所に倉田が立っていた。いつもの冷めた表情をしていて、中田を見つめている。

「……倉田が何で居やがる!」

「私はこのクラスの担任だ。教室に居て何が悪い?」

そう言って倉田が教室に入って来る。倉田は落ち着いていた。普通の人間ならば、取り乱すんじゃないかとシンは思い、また嫌な予感を感じる。

(もしかして……倉田も悪魔に……?)

何かを倉田がしたのかも分からなかったが、シンはこの予感は外れないと妙な確信を持っていた。

「授業のはずだ! 俺が真吾を連れてくるって抜け出したのに、どうしてお前まで居る!?」

「わざわざ、移動する時に起こそうとしなかったお前の行動が不審に思えた。それに、中田郁郎。お前は基本的に面倒臭がりやのはずだ。なのに何故、自分から起こしに行った? 受け持つ生徒の事すら私が知らないと思っていたのか?」

シンの方へ歩み寄り、倉田が手を差し出した。それに敵意を感じず、シンはその手を借りて立ち上がる。息は乱れ、頭と脇腹が痛んでいた。

「先生、そんなに出しゃばるならお前も殺してやるよ――!」

がむしゃらに中田が机を蹴り飛ばした。しかし、倉田がふんとつまらなそうに鼻を鳴らすと蹴り飛ばしたはずの机が中田に襲い掛かる。さながら手品師のマジックの如く宙を浮いて中田にぶつかったのだ。さらに、机の上に出ていたシャープペンが中田目掛けて飛ぶ。訳が分からずにシンが呆然と見ていると、中田が何か叫びながら襲い来る文房具や机の中から倉田に突進して行った。大振りに拳を振るうが、倉田はしゃがんでそれを避け、足払いをして中田を転ばせる。そのまま倉田の靴が中田の顔を踏みつけた。

「クソ、クソ、クソ! どうしてお前なんかにィ!」

能力による脅威の力で中田が起き上がろうとした。しかし、シャープペンが中田の制服を貫いて床に突き刺さり、身動きを封じてしまう。

「一日の長、という言葉を肝に銘じておけ――」

圧倒的な倉田の勝利にシンは頭が白くなっていた。今、まさに宿主同士の戦いが行われて、シンの予感した倉田も宿主というのも的中したのだ。

 「宿主……」

シンが激しい動悸を抑えようとしながら、倉田が後ずさった。何が起こるか分からなくて、怖かった。中田が激しく暴れているが、椅子の足が中田を拘束するように床へ刺さり、無意味になっている。

「影宮真吾。私はお前と敵対するつもりはない」

「信じられるかよ……。悪魔に憑かれてるのに……」

「もっともだが、それはお前とて同じ事だ。私を信じろ」

その言葉でシンは足を止め、まっすぐ倉田を見た。すると、倉田が手招きをする。

「私も宿主だ。だが、正当防衛以外で能力を使わない事にしている。私の能力は念動力――サイコキネシスというものだ。触れずに物体を動かせるというものだ。便利だろう?」

騒がしく叫ぶ中田の口にチョークが束になって突っ込まれた。倉田の念動力によるものだ。中田は叫べなくなるが、手足をばたつかせている。

「あんたは……ソイツをどうすんだ?」

「中田郁郎の事か? ……無論、後で魂を頂く。悪魔の魂だけを食えば、それまでの記憶は消えるから元に戻れるだろう。宿主ごと殺そうとも魂は食らえるがな」

冷ややかな口調。だが、シンの警戒心は次第に薄れていった。

「授業は……どうなってんだ? 皆、どこに行ってんだよ? てっきり、中田に……」

「案ずる事はない。生徒は無事だ。お前を除いて、全員、セミナー室に居る。今朝のホームルームを聞いていなかったんだろう?」

「……聞けるかよ……」

痛む頭に触れ、シンは何か液体が手につくのを感じた。げんなりと顔をしかめ、手を見れば赤い液体――血だ。血を見てしまったから、余計に痛みが酷くなった気がしてきた。

「早退をしろ。許可してやる。そして、夜に私がお前の家へ向かう」

「何しに来るんだよ?」

「お前の退学手続きをしてやる」

「――――はぁ?」

素っ頓狂な声を上げて、シンは倉田を見つめるのだった――。

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