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真意の見えぬ悪魔の助言

 『人間というのは、つくづく不思議な生物だ。殺されかけた人間に対して、その命を奪った罪を感じてしまう。生きる為に殺したというのに、殺しが悪い、という概念に囚われ、自責の念に駆られてしまう。なぁ、シンよ、何故だと思う?』

暁に尋ねられ、シンは俯いていた顔を上げた。

 ――そこは暁の世界。目の前にいる暁は一人掛けのソファーに腰掛け、足を組んでシンを見ている。冷ややかな視線を浴びせながら、シンの答えをじっと待っているのだ。落ち着き払い、にたにたした笑みを顔に浮かべたままシンを見つめている。

「……それは、俺に対する不満だな? なら、俺を宿主じゃなくしろ。そんで、新しい宿主でも探せよ……。俺はもう、お前なんかに付き合いたくない」

棒立ちしたまま、拳を固く握り締めてシンは言った。気の抜けた所もある少年だが、根っこは優しすぎるくらいに優しい性格なのだ。

『残念ながら、それは出来ない。俺はお前と契約をしてしまったからな。破棄するとなれば、俺もお前も、悪魔の世界の業火で身を焦がさねばならない。まぁ、肉体を焼く訳ではないが、精神をあれは焼き尽くすのだ。悪魔たる俺は休憩さえ取れれば――まぁ、一世紀ほどだな――回復出来るが、人間のお前は輪廻転生の輪から外れ、その魂はどこへも行けなくなってしまうんだ。それでもいいのか?』

「いい」

即答したシンを見て、少し驚いたように暁は一瞬だけ眉を吊り上げた。だが、それも一瞬ですぐに、試すように、ほぅ、と顎を撫でて関心したように呟く。

『所詮、お前が良かろうと俺はそんなの嫌だからしてやらないがな』

意地の悪い笑みを浮かべ、暁は言った。その態度にシンは固く込むしを握った――のだが、暁の一睨みで全身が硬直した。

『おぉ、なかなか血気盛んだな。もう少し、血圧は低めかと思っていたのだが……』

声を出す事も出来ず、シンは暁を睨みつける。もしも、睨んだだけで殺せるのならばどれだけいいのだろうと、本気で考える程だった。それほど、憤怒で心を燃やしていた。

『だが、シン。お前はまだまだ、若い。人間としても、悪魔の俺からしても、だ。未熟で、青くて、甘くて、笑える程にまっすぐな魂をしている。――見せ掛けはどうあれ、な』

言いながらそっと暁がやけに長い人差し指をくるりと回した。シンの体が勝手にその場で胡坐をかいて座る。じとりとした視線だけは絶やさずにシンは暁を睨みつけている。それが精一杯だった。

『だが、それでいい。泣け、喚け、騒げ、嘆け、歩め。決して立ち止まらずに、その顔は前だけを見据えて、常に先だけを見ろ。振り返るな、そして、強く願え。お前の望みを、だ。望みに対する願いが強いだけ、能力は引き出される。お前は明確な願いを持っていないからな……。それだけ、弱い』

言い切った暁だが、それに対する怒りはさほど感じていなかった。むしろ、先ほどの物言いの方がずっと頭に来ていた。もう、付き合っていられないのに、それなのに、それが出来ないもどかしさ。自分の無力さ、愚かしさ。その他、諸々に弱さを突きつけられた気がして、それがシンを苛立たせていた。

『お前の望みは何だ? なに、実際に望みを叶えてやる時に変更は効く。現時点での望みを言ってみろ』

暁がそう言うとシンはやっと身動きが取れるようになった。

「……てめぇを殺してやりてぇよ」

ありったけの憎悪を込めてシンが言う。そうか、と満足げに暁が笑んだ。だが、その笑みには危うい邪気が感じられるような気がする。

『それもまた、いいだろう。ならば、俺を殺したいその信念で、悪魔の魂を食らえばいい-―む、そういえば』

急に暁が神妙な顔をした。眉間にしわを寄せて、深いため息をつきながらトントントン、と自らの頭を人差し指で叩いた。

『しまったな……。魂を食らうのを忘れていた。これではお前は無意味に怪我を負った事になる。それに新たな能力も与えられない。……ふむ、俺とした事が迂闊だった』

「魂なんか食うか……」

俯いたままシンは言った。小さいが、強い意志を秘めた言葉だった。

『そんな事を言うな。願いを叶えたくはないのか? 悪魔の魂を食らい、強くなれば他の宿主どもと遭遇しても倒せる確率がぐんと高くなる。そうすれば、願いを簡単に叶えられよう』

「……」

しかし、シンは黙ったまま立ち上がった。じっと暁を見つめる。何かしてやりたいが、出来ないであろうと考える方が強くて、結果、睨むしか出来なかった。

『まぁ、話はこれで終わりにしよう。傷の療養をするがいい。それと、お前に助言だ』

「悪魔祓いの仕方でも教えてくれんのか?」

『そんなの単純に、殺せばいいだけだ。……それはそうと、助言だが――いいか、シン。お前は俗世間一般では、学生という立場にいるな? いや、確認にもならない自身への確かめだ、返事はいらん。学生というのは、様々な面で不自由だ。だから、世間から消えろ。言い換えるなら、闇の中へ居場所を変更しろ』

細くて長い指をシンに向け、暁は言った。言葉の意味が分からず、シンは訝しい表情をする。闇の中へ居場所を変更しろ、とは、一体どういう事なのか。明かりのない場所に居ろ、という訳ではあるまい。

「……」

『狼狽しないのはお前のいい所だな。動揺は容易に自身の心理を相手に晒す事になる。基本は、ポーカーフェイス。俺のように、どっしりと構えている事だ。……少し、褒めすぎたか。まぁ、いいだろう。今から、俺がお前に行き先を教えてやるから、そこへ向かえ。そうそう、家族や友人、知り合いに挨拶などするんじゃないぞ? 一切、何の手がかりも残さずに。存在が消えたかの如く、お前は闇の世界へ入るのだ』

「闇の……世界?」

『そうだ。お前の想像もつかない、日々命がけの銃撃戦を行っているような世界だ。無論、同じ星の上に成り立ちはするがな。一般人とは隔絶された世界だ』

暁が言いながら、シンにどこか裏のある笑顔を向けた。

「……」

『俺がお前に指示を出してやるから、それに従え。いいな? 返事はいらん。俺の言う事だけをずっとお前は聞いていろ――』

唐突にシンは眠気に襲われて、そのまま意識を失ってしまった――。

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