94話 アポロン星域会戦
アポロン星系の外縁部から恒星アポロンの間に、光の川が繋がった。
懇々と湧き出る光の源流にはケルビエル要塞があって、その中心には緑髪のナーイアスが1体、恒星系の中心部を俯瞰するように眺めていた。
『繋がりましたね』
光の川を生み出したミラは、不可思議な現象が及ぼす効果を語らなかった。
だが魔力でミラと繋がるハルトは、ミラとアポロン星系との間で、魔素の循環が生まれた事を知覚していた。これまで精霊神の精霊結晶を使って一方的に送り出していた力が、光の川が惑星デルポイや恒星アポロンと繋がった後は、ミラにも流れてきているのだと。
『邪霊王の領域を一部乗っ取れたか』
現在のアポロン星系には、邪霊王と精霊帝の領域が同時に存在している。
邪霊王の領域は健在だが、ミラも橋頭堡を構築しており、精霊神の精霊結晶を消費せずとも、アポロン星系の瘴気を使って力を振るえるようになっている。
そしてハルトには、ミラが手にしている精霊神の精霊結晶が、未だ輝きが強く残っているように感じられた。
『精霊神の結晶の消費量と、ミラと邪霊王との領域の占有比率は、どれくらいだ。それと奪い合いは、どちらが優勢になっている』
問われたミラは、手元の結晶を見詰めた後、恒星系の中心に視線を向けながら答えた。
『1割ほど使いました。領域の占有比率は、現時点で1対9ですが、足場さえ作れば問題ありません。アポロン星系内における、両軍の魔素機関の出力は、どちらも通常空間と同じだと思って下さい』
随分と余裕がありそうなミラの様子に、ハルトは精霊王アルフリーダを投じても、邪霊王の領域を侵食できたのでは無かったのかと考えた。
だがミラは精霊帝であるのみならず、明らかに特異な存在だ。
他の一般的な精霊王を投じて、失敗しては目も当てられない。確実を期すにはミラを使うしか無かったのだ、と、ハルトは自分に言い聞かせた。
『天華が転移門を開いている。こちらもディーテ星系に、転移門を繋いでくれ。精霊神の精霊結晶を使って良い』
『相手は普通の邪霊王ですから、これ以上は使わなくても大丈夫です。少し待って下さい』
ハルトの返事に頷いたミラは、淡い光に包まれたまま静かになった。
すると光の川から緑色の輝きが浮かび上がり、形を変えて巨大な転移門を1つ、アポロン星系に生み出した。
司令部要員が報告するより早く、ハルトは機能が回復した星間通信で、ディーテ星系に命令を飛ばした。
『司令長官アマカワより、ディーテ星系で待機中の全軍に命ず。これよりディーテ星系に、アポロン星系への転移門が発生する。全艦艇は最大船速で、転移門へ突入せよ。現在、アポロン星系の惑星デルポイは陥落寸前である』
ディーテ星系で誰よりも早く動き出したのは、精霊帝ジャネットだった。
より正確には、ジャネットは通信が繋がる遥か以前から、独自に行動していた。各星系に配備すべくディーテ星系で建造していた戦略衛星3基を、時速2億キロにまで加速させていたのだ。
それはフラガ2、フラガ3、フラガ4と名付けられた王国軍の戦略衛星で、直径300キロメートルから500キロメートルの巨体を誇る無人兵器だった。
王国軍で最初に使われた戦略衛星は、マクリール星系で天華に破壊された戦略衛星フラガだ。その際には精霊王セラフィーナが1基を動かしていたが、ジャネットやミラは格上の精霊帝である。
ジャネットは造作も無く3基の戦略衛星を同時に操ると、超高速となって突き進む3基の正面に、転移門を生み出した。3基は速度を保ったまま転移門に突入して、ディーテ星系から姿を掻き消したのである。
『精霊王で1基なら、精霊帝で3基ってところだよね』
ひとり呟いたジャネットは、王国軍の正面に転移門を開き直して、魔素機関の出力を最大に引き上げた王国軍艦艇を続々と呑み込んでいった。
最初にアポロン星系へ飛び出したのは、ジャネットに投げ込まれた3基の巨大な戦略衛星だった。
戦略衛星の全体に数多取り付けられた魔素機関が、緑光で眩い輝きを放つ。3基は惑星デルポイの衛星軌道上に向かって、時速2億キロの速度を保ったまま、一斉に突入を開始した。
「戦略衛星3基、敵軍に突入していきます!」
ケルビエル要塞司令部のスクリーンに表示される戦略衛星の速度に、司令部の士官達は恐怖した。直径300キロメートル以上の衛星が、時速2億キロで惑星に衝突すれば、惑星自体が弾き飛ばされる。
結果として彼らの恐怖は杞憂だった。3基の戦略衛星は、直ぐに減速を開始したのだ。
但し戦略衛星の減速方法は、人間の常識を超えていた。
それぞれケルビエル要塞の数十倍という体積を持つ戦略衛星は、詰め込まれた核融合弾を前面に解き放ち、周囲の天華艦隊を巻き添えに減速したのだ。
直径400キロメートルの天体であれば、体積がケルビエル要塞の約88倍になる。それら3基の巨体から一斉に放たれた核融合弾の洪水が、星系を遍く照らす閃光と化して、天華侵攻軍が確保していた宙域を白く染め上げた。
「戦略衛星、惑星デルポイに侵攻しながら数億発の核融合弾を発射。天華侵攻軍の魔素反応、一斉に消えていきます」
士官達はレーダーの観測結果に、目を見張って驚愕した。
炸裂した核融合弾のエネルギーが吹き荒れて、周辺宙域に群れていた天華艦隊を薙ぎ払っていく。宙域を衝撃波と艦艇の残骸が吹き荒れて、外側の艦艇を次々と残骸に変えていった。
強大なエネルギーは、当然ながら3基の戦略衛星にも襲い掛かった。
だが光の川を突き進む戦略衛星は、前方から押し寄せる爆発のエネルギーを緑光で受けきって、無傷のまま減速していった。
戦略衛星の異様な防御力は、星系内の魔素がシールドに変換されたからか。
それとも精霊帝ミラの界や別次元に、爆発のエネルギーを逃がしたからか。
いずれにせよアポロン星系は、着実にミラの領域と化しつつあった。
「天華侵攻軍が星系内に構築していた橋頭堡と陣形が崩壊しました。戦略衛星3基は、減速しながら、惑星デルポイに向かっています」
ベルトランが報告したとおり、全ての障害物を蹴散らした戦略衛星3基は、光り輝くナーイアスの川を悠然と泳ぎながら、デルポイに接近していった。
3基は数多の砲門で、射程内の天華艦を次々と破壊していく。そして光り輝く3枚の盾を展開するかのように、等間隔で惑星の衛星軌道上を回り始めた。
その頃には、ディーテ星系に集結していた艦艇もアポロン星系に突入していた。
ディーテ星系から溢れ出した艦隊は、ミラの生み出した光の川を下りながら、川から水飛沫を上げるように光の塊を天華艦隊に浴びせ掛けていった。
周辺に散らばった天華艦隊も、艦首を回頭して続々と王国軍に応戦していく。
「我が軍と天華侵攻軍、全域で交戦を開始しました。現在、星系内の魔素が乱れており、正確な戦力評価は出来ておりません」
ミラと邪霊王が領域の奪い合いをしている星系内は魔素が掻き乱れて、人間の索敵を不可能にしていた。
「ならば戦力評価は不要だ。天華全軍よりも、王国全軍の方が総戦力で上回る。作戦目標を敵軍の全滅として、最大効率で敵を倒せ」
ベルトランに方針を示したハルトは、現地司令官のグリエット大将に回復した通信を繋いだ。通信スクリーンに現われたグリエットが敬礼すると、答礼したハルトは要件を告げる。
「アマカワ元帥だ。アポロン星系に到着した。住民の避難率はどうか」
『約8割であります。全住民の脱出には時間が足りず、殿に残られたゼッキンゲン侯爵も戦死されました。また惑星デルポイも、既に5000万人以上の犠牲者を出しております』
ハルトの左隣から、クラウディアの息を呑む音が聞こえた。
完全には間に合わなかった事を理解したハルトは、僅かに躊躇った後、他の上級貴族の犠牲者を問うた。
「避難責任者のコースフェルト公と、補佐の侯爵2人は、どうなっている」
『コースフェルト公とカルネウス侯は、ご健在です。ですがゼッキンゲン侯は、高齢の貴族の一部と共に殿を引き受け、戦死しておられます』
ゼッキンゲンの戦死を耳にしたハルトは息を呑んだ。それと同時に、そのような結果に至った理由も察した。
全住民の避難が完了する前に、全ての貴族が離脱するわけにはいかない。
住民のために残ろうとする貴族達に、元中将で艦隊司令官であったゼッキンゲンは自身の経歴を以て、自らが殿に残ると押し通して、他の貴族達と星系民を早々に離脱させたのだろう。
ゼッキンゲンだけを残すわけにもいかない他の貴族家からは、子孫を残す年齢では無くなった高齢の貴族達が出て、貴族家の責務を果たしたのだと思われた。
「良くやった。彼らは大変立派な王国貴族だ」
ゼッキンゲンとの初対面で伝えられた言葉を、ハルトは彼らに返した。
彼らが責務を果たしたのであれば、星系民の命運を託されたハルトも、彼らの思いに応えなければならない。ハルトはグリエットに命じた。
「現時点を以て、アポロン星系における全軍の指揮権は、私アマカワ元帥が引き継ぐ。敵は、私と増援軍で対応する。卿は、星系方面軍の残存艦艇を指揮して、民間人を乗せた艦船を、恒星系外縁部のワープ可能宙域まで退避させろ」
『了解であります。元帥閣下』
グリエットの姿が通信スクリーンから消えると、ハルトはアポロン系貴族であるフィリーネとクラウディアにも命じた。
「カルネウス大将を惑星デルポイの救出作戦司令官、コースフェルト少将を副司令官に任じる。要塞駐留艦隊の他、ディーテ星系からの軍と貴族の増援も全て、総司令部の名前で自由に使って良い。最大多数の星系民を助けろ」
「分かりましたわ」
「直ぐに救出部隊を送ります」
任命されたフィリーネの動きは早かった。
『総司令部、救出作戦司令官カルネウス大将より、全17個艦隊に命じます』
フィリーネは、アポロン星系に到着した17個の艦隊が、どれか1つでも惑星に辿り着けば良いとの判断から、各々に独立した行軍を命じた。
『周辺宙域の戦闘艇を護衛として、直ちに惑星デルポイへ緊急展開。惑星制圧戦を行い、侵攻した敵軍を殲滅し、王国民を救出。軍に損害を出しても構いません。王国軍艦隊は、王国民を守るために存在します。今こそ使命を果たしなさい』
フィリーネが軍に命じる間、クラウディアも徴用貴族を動かしていた。
『総司令部、救出作戦副司令官コースフェルト少将より、強襲降陸戦が可能な徴用貴族の全艦に命じます。周辺の王国艦隊に追従して惑星デルポイに展開、王国民の救出を行え。無人兵器群を先行突入させなさい。投げ込んだ1割が届けば充分です』
王国民の人命を最優先する2人に救援を任せたハルトは、両陣営が共に数億人を投入する人類史上最大の会戦に集中した。
数千万という戦闘艇が飛び交い、艦艇が放つ光の豪雨が星系全域に降り注ぎ、無数の残骸で暴風雨を造り出していく。
瞬きの時間で幾百の艦体が貫かれ、焼き払われて閃光と化していく。
ハルトが意識して目を細めれば、戦闘艇を動かす精霊達と、天華艦艇を動かす邪霊達とが互いに宇宙を飛び回りながら、魔法を撃ち合い、相手を殺し合っている姿が見えた。
飛び交う精霊と邪霊は、剣の達人同士が相手の動きを読みあっているかのような複雑怪奇な機動で立ち回り、一瞬の交差で互いを貫いていく。そして殺された側から発生した光の一部は、殺した側に吸い込まれていた。
吸われる光の現象に、ハルトは既視感があった。
フルールやレーア、そしてアルフリーダ達に惑星の瘴気を浄化させて吸わせた時、惑星から浮かび上がった光が同じような現象を引き起こしていた。
『精霊と邪霊が、食い合っているのか』
『ええ。ごく一部には量産ではない精霊と邪霊も混ざっていますし、それらは相手を捕食できます。エネルギーの吸収効率は、高いですよ』
邪霊王と争うミラは、虚ろな意識でサラリと述べた。
王国では、イスラフェルの操縦者に使用期間が短い大量複製品の精霊結晶を持たせる一方で、それ以前の王国軍艦艇を動かす人間や貴族に対しては、普通の精霊結晶を持たせていた。
それに関して以前のミラは、人間とアンドロイドの関係で喩えている。
天華側も同様であれば、一部で人間同士ならぬ精霊と邪霊の戦いが発生して、倒した側が成長するらしくあった。
此方で制限されている精霊達は、勝手に上級精霊には昇格できない。
それでも邪霊の力を大量に吸収した中級精霊達は、力だけであれば上級精霊相応になるであろうし、邪霊の側に制限が無いのであれば上級邪霊も増える。
後日に発生する問題を想像したハルトは、際限なく増える仕事に苦々しい表情を浮かべた。
ハルトの将来の頭痛の種である中級精霊と中級邪霊は、全宙域で無秩序な乱戦を行っている。後日の問題はさておき、無秩序な戦闘は統制しなければならない。
幸いにしてケルビエル要塞司令部には、戦闘艇の第一人者が居る。
大泉星域会戦で昇進して、ケルビエル要塞の戦闘艇副部長から部長に昇格したアロイス・カーン少将は、精霊から積極的な支援を得られる希有な能力を持つ。
ハルトは第一人者であるアロイスに、事態の収拾を期待した。
「カーン少将、総司令部とアマカワ元帥の名前を使って、当星系の戦闘艇を統制してくれ。最優先目標は、惑星デルポイの安全確保。第二目標は、敵の転移門周辺宙域を制圧だ。それが出来なければ話にならない」
命令を受けたアロイスは、ハルトの期待通りに自身の精霊から助言を受けた。
乱戦状態にある戦闘艇は、目の前の戦いに必死で、他の事を考える余裕は無い。だが精霊であれば、魔素の流れで戦況を把握して、操縦者よりも広い視野で目的に適う行動を取ってくれる。
精霊から助言を受けたアロイスは、ハルトに依頼した。
「操縦者とアンドロイド兵に対しては、元帥閣下の命令を伝えた上で指揮します。ですが操縦者の精霊達に対しては、閣下からご自身の精霊に、伝達を依頼して頂けませんか。それが一番効果的だと、小官の精霊が言っております」
「そうか。分った」
結局ハルトに戻ってきた仕事を熟すと、戦場で劇的な変化が生じた。王国軍は単なる数の暴力から、秩序だった作戦行動へと舵を切り直したのだ。
この瞬間、アポロン星系で戦況を一番理解していたのは、計器が乱れる人間の両軍司令部でも、少ないエネルギーで争うミラでも、格上の精霊帝に侵食される邪霊王ヒーディでもなく、ウンランの邪霊王マリエルだった。
イシードルが展開させた邪霊王ヒーディの領域内において、味方としてヒーディの領域を知覚していたマリエルは、ヒーディの世界が精霊帝ミラに侵食されていく様から、結末を正確に予見した。
『この戦い、100%負けるよ。ヒーディが持ち堪えている間に、逃げるしか無いね。撤退命令を出して。さもないと、皆が食べられちゃうよ』
精霊帝と邪霊王とで行う領域の奪い合いは、精霊帝が勝つ。そうなれば天都との道を閉ざされた天華は、ディーテと繋がる王国に勝てない。
これ以上の戦闘は無意味だと結論を出したマリエルに対して、ウンランは抗議の意志を込めて質した。
『先に領域化すると、エネルギーに対抗する手段と力がなければ、上書き出来ないのではなかったのか』
『うん。それで王国は、精霊帝に高エネルギー結晶体を使わせて対抗したんだよ。イシードルの邪霊王に他の星系を襲わせても、確保は微妙かも。だから逃げよ』
あまりの理不尽さに、ウンランは苛立ちを覚えた。
王国は先行者利益として、旧連合の3星系と天華の4星系に、太陽系まで食べさせている。対する天華は、共和国の3星系だけだ。
それでもイシードルと手を組む前の劣勢に比べれば、状況は改善していると思い直したウンランは、大きく深呼吸して現実を受け入れた。
そして作戦が失敗した以上、可能な限り早急に引き上げるべきだと判断したウンランは、ユーエンに撤退を進言したのである。
『アポロン星系に展開した邪霊王はどうなる』
「消費してしまう。だが王国の精霊帝を消費させたと考えて貰いたい。アレを天都に使われるよりマシだろう」
予想外の結果だったが、王国の切り札を消費させており、無駄では無かった。そのように主張したウンランに対して、ユーエンは言い分を認めた。
『良いだろう。そもそも大泉に用いるはずだった邪霊王をどこで消費しても、ウンランの自由だ』
あたかも大泉に責任を取らせるかの言い様に、ウンランは不快感から眉を顰めた。侵攻作戦を承認したのは全体を統括するユーエンであり、大泉だけが負担させられるのは理不尽な話だ。
だが惑星デルポイの周辺宙域を奪還した王国軍が、天華の転移門へと迫っていたため、ウンランは言い争いを避けた。
撤退命令が発せられた天華侵攻軍は、王国軍に押されながらも、次第に天華側の転移門へと流れ込むように撤退を始めた。
そんな天華の撤退行動に即応したのは、邪霊王と領域を奪い合うミラだった。
王国軍が惑星デルポイの周辺宙域を確保すると、ミラは戦略衛星3基を惑星から飛び立たせて、天華側の転移門に突撃を行わせたのだ。
進路上の天華艦隊を砲撃で撃滅しながら、戦略衛星を突撃させ始めたミラは、ハルトに警告を発した。
『邪霊王の転移門周辺から、全ての王国軍艦艇を退避させて下さい。今すぐに、可能な限り遠くへ』
ハルトはミラが何をするのか全く想像できなかったが、過去に類の無いミラからの強い警告に危機感を持ち、全軍に強烈な命令を発した。
『司令長官アマカワ元帥より、全軍に最優先で命じる。直ちに天華側の転移門から離れろ。安全な距離は不明だ。惑星デルポイ、ないし王国の転移門付近まで後退しろ。全軍、敵を放置して構わん。最優先で今すぐやれ!』
アポロン星系を照らしていた数多の輝きの動きが、概ね2種類に分かれていく。
1つは王国軍の光で、星系を流れる天の川と惑星デルポイ、そして精霊帝ミラの生み出す転移門付近に向かって流れていく。
1つは天華軍の光で、星系の広範囲に散らばっていた艦隊が、吸い込まれるように邪霊王の転移門へと流れ込んでいく。
それらの例外として、王国軍の戦略衛星3基が天華の流れに強引に割り込んで、吸い込まれるように邪霊王の転移門へと消えていった。
天華の転移門は、精霊界ならぬ邪霊界、邪霊王が存在する高次元空間だ。
精霊帝ミラの魔力が込められた巨大天体3つが、超高速で邪霊界に叩き込まれた後、ハルトの聴覚には、獣のようなおぞましい女性の絶叫が轟き渡った。
心臓を鷲掴みされたような恐怖を覚えたハルトがスクリーンを見上げると、敵軍の転移門があった付近に、本物の超新星爆発が発生したかの如き、強烈な閃光が生み落とされていた。
邪霊王の転移門内から発生した閃光は、瞬く間に拡大してケルビエル要塞のスクリーン全体を白く染め上げていった。
宙域の魔素を映し出す多次元魔素変換観測波が、天華側の転移門があった付近を真っ白に輝かせている。
全ての計器類をホワイトアウトさせた光は、瞬く間に周辺宙域へと広がっていき、付近の天華艦艇を次々と飲み込んだ。光の津波に触れた天華艦艇は、1つ残らず新たな光球と化しながら、巨大な光に呑み込まれていく。
光に触れる度に押し潰されていく数多の天華艦を目撃したハルトは、重ねて全軍に命じた。
『司令長官アマカワより、全軍に命ず。最大船速で退避しながら、シールド出力を最大に引き上げろ。味方の転移門から離脱可能な艦は、直ちにディーテ星系へ退避しろ。可能な限り遠くに行け』
ハルトが警告を発する中、膨れ上がった光は凄まじい速度で、王国軍の艦艇にも迫っていった。
慌てて艦首を回頭させる王国艦艇に、膨大な光の津波が押し寄せていく。
やがて光球が王国軍艦艇にも届き、光の中へ飲み込もうとした瞬間、王国軍艦艇の各シールドに次々と緑光が輝いた。各艦に発生した緑の薄衣一枚が、迫ってきた光球と王国艦艇とを隔絶させて守っていく。
発生した光球は、光の川と、緑光に包まれた惑星デルポイにも届き、それらは押し潰さずに星系全体へと広がっていった。
アポロン星系内を遍く飲み込んだ光は、星系全体に広がり切った後、次第に薄れて収まっていった。
視覚を取り戻したハルトに見えたのは、蛍の群れが飛ぶような光の群れだった。邪霊王の転移門付近を中心として、大量に発生した大小の光は、一様にミラの下へと流れ込んでいた。
桁違いに大きな天体規模の光は、おそらく邪霊王だろう。それがミラに吸い込まれる様子を、ハルトは静黙と見守った。
「敵軍の魔素反応、全て消滅しました。戦略衛星3基の反応もありません」
唖然としながら報告するベルトランに、ハルトはミラに視線を送った。
するとミラは、何か問題でもありましたかと言わんばかりの、不思議そうな表情でハルトを見返した。
王国暦445年6月。
アポロン星系に侵攻した天華連邦軍を撃滅した王国軍は、アポロン星域会戦に勝利した。