93話 邪霊王の領域
ウンランは過去を知れても、未来を知る術は持たない。
いつのタイミングで王国と開戦して、何処の星系から侵攻して、どのように損害を抑えれば良かったのか。
それらは全て過去の事象であり、ウンランは全ての改善点を分かっていて、やり直せるのであれば決して同じ轍は踏まない。だがアポロン星域会戦は、未来の事象であって、現在のウンランは最適解を知り得なかった。
「それでは領域化を始めるが、良いかね」
イシードルの最終確認に、ウンランは頷き返した。
王国勢力圏の中心にあるアポロン星系は、精霊王に領域化されていなかった。
すなわち邪霊王の領域を展開できて、転移門で天都星系やヘラクレス星系とも繋げられる。両星系から送り込む軍勢は、必ずや王国軍の防衛戦力を駆逐するだろう。
起死回生の一手は、王国の胴体を貫いたのだ。
「勿論だ。我々は、そのために来た」
未来を予知できないウンランは、アポロン星系の獲得後にディーテ王国が如何なる反応を示すのか予測できない。
これから1000年続く報復戦争の引き金になるかもしれないし、王国がイスラフェルに星間航行機能を搭載させて、1億艇体制でヘラクレス星系や天都星系に押し寄せて来るかも知れない。
それで邪霊王の領域を攻略できなければ、王国は敵星系を恒星ごと破壊する縮退炉や、ブラックホールのエルゴ領域を用いたガンマ線バースト砲などを開発していくかも知れない。
最低でも4星系に精霊王の領域を有する王国は、ウンランの存命中には滅亡させる事は不可能だ。
だからこそ終戦交渉でより良い条件を引き出すために、一方に傾きすぎた勢力差の天秤を戻すべく、アポロン星系の攻略作戦を決行するのである。
「それでは……『邪霊王ヒーディ、頼むよ。直接契約の言葉はスイレン』」
『契約は成った』
イシードルの呼び掛けに応じた邪霊王ヒーディは、燃えるように赤い瞳をアポロン星系に向けると、左手の剣を高らかに掲げて、勢い良く振り下ろした。
剣先から前方宙域に向かって、荒々しい魔素の嵐が発生し、波紋と共に無数の黒翼が宙域を吹き荒れていった。
『多次元魔素変換観測波に、異常現象が映っております。発生源は、当戦艦で……これは!?』
通信士官の報告を受けるまでもなく、ウンランは自身の目で、異常現象を目の当たりにした。
「風化した石の廃墟が見える」
魔素の嵐が吹き抜けた宙域に、風化した石の廃墟が広がっていた。
石の廃墟は人工物では無く、蟻塚のように盛り上がっている。そこには何らかの生物が出入りする為なのか、無数の穴が開いており、完全に風化して一部が崩れていた。
見渡した世界は、水分を無くして乾き切り、空は薄汚れた黒雲に覆われて、植物は一切見当たらず、生命の気配は全く無かった。だが、争いの爪痕は廃墟に刻まれており、世界には怨念が渦巻いていた。
やがてアポロン星系に広がった黒雲が、次第に引き寄せられるように集まって、ウンラン達が乗艦する戦艦の前方宙域に、薄汚れた転移門の渦を生み出した。
「さあ、転移門が生まれたよ。これから天都に戻り、戦力を集めて再進撃だね」
促されたウンランは、おぞましさに鳥肌を立てながらも、イシードルに一礼した。
「協力に感謝する。次の星系を決定次第、連絡する」
「そうしてくれたまえ。私はヘラクレスに戻らせて貰うが、ヒーディは天華艦隊の都合が良いように、転移門の位置を変えてあげてくれたまえ」
鷹揚に頷いたイシードルは、正面に現われた転移門を通過して、アポロン星系から姿を消していった。
ヒーディの活動開始から、アポロン星系全域には魔素異常が発生した。
アポロン星系では軍民を問わず、艦船に搭載されている多次元魔素変換通信波が、全て使えなくなっていった。
同時に王国民の殆どに憑いている精霊達が、大きく力を落とした。
C級はD級に、D級はE級に、そして一般国民の大多数が身に付けていたE級とF級は、全精霊が一斉に姿を消した。
「これは一体、どうなっているのか!?」
防衛体制を構築させていたアポロン星系方面軍司令官のグリエット大将は、精霊の状態異常について、自らが契約するC級精霊のルシアナに鋭く質す。
すると表情で不満を露わにしたルシアナも、強く言い返した。
『今のアタシ達は、人間が激流の中に居るのと同じ状態なの。こんな世界に居たら、下級精霊なんて直ぐにどこかへ流されて消滅するわよ。だから他の中級にも呼び掛けて、あの子達が消滅する前に、可能な限り精霊界へ逃げさせたわよ!』
「事前に言ってくれ」
『事後に教えて上げただけでも感謝なさい。それよりも中級は動けるんだから、戦闘艇で防衛体制を増強なさい。C級結晶でサラマンダーを動かせば、十全に動けるでしょう。さっさと動く!』
一体どちらが星系方面軍司令なのか分からない有り様だったが、ルシアナに尻を蹴られたグリエットは、直ちに各貴族家にも要請して、防衛戦力を掻き集めていった。
幸いな事にアポロン星系では、主要な上級貴族達が非常に協力的だ。彼らは、王国政府が各星系1億艇体制を目標に掲げていた頃、8000万人もの操縦者を揃えている。
さらに精霊結晶に関しても、供給元のセカンドシステム社の事業活動を支えてきたカルネウス侯爵家は、最優先で供給を受けてきた。そのためイスラフェルの配備に先んじて、操縦者達はC級結晶を装着済みだった。
810の魔力加算をしてくれるC級結晶があれば、能力が5分の1になっても、全長160メートルのサラマンダーであれば出力低下を気にせずに戦える。
結果としてグリエットが受けた戦力評価の報告は、彼が想像したよりも遥かに良い数値だった。
「グリエット大将閣下、当星系の戦闘艇44万6000隻相当と、想定される敵50万隻との戦力評価は、100対112です」
アポロン星系方面軍司令部に流れた空気は、安堵だった。
敵の9割近い戦力で戦えれば、一方的な惨殺にはならない。持ち堪えれば星系民を逃がせて、いずれアマカワ元帥とケルビエル要塞が増援に来る。
「転移門の発生宙域に展開しろ。アマカワ元帥が到着されるまで防げれば良い」
アポロン星系方面軍の企図は、乱戦状態を作り出す事であった。
戦闘艇は射程が短く、接近戦でなければ戦えない。また転移門付近で乱戦状態を作り出せば、射程の長い敵側は誤射もするので迂闊に撃てなくなる。
転移直後で、陣形を作れていない敵を乱戦に引き摺り込むのが最良の選択だったのだ。そうやって戦闘艇が時間を稼ぐ間に、星系住民を離脱させて、ケルビエル要塞の到着によって劣勢を打開する。
膨大な操縦者の犠牲を予見したグリエットは、女王ユーナの即位後で最初の敗北者のレッテルが、自分に貼られるであろう屈辱に苦々しい表情を浮かべたが、考え得る限り最善の手は打った。
部隊を展開させたグリエットは、直ぐにでも敵が来るだろうと身構えていたが、彼の予想に反して天華側は突入して来なかった。
「奴等は、一体何をしているのだ」
それは天都で、艦隊が突入待機状態には無かったために発生したタイムラグだった。迂回進撃したウンランの到達日時が不明瞭で、通信も2ヵ月以上繋がらなかったために、部隊を張り付けては置けなかったのだ。
発生したタイムラグが、アポロン星系で民間人を逃がす時間と、転移門付近に戦闘艇を集める時間を増やした。
惑星デルポイでは、コースフェルト公爵を総責任者とした徴用貴族と貴族星間船が、66億人という膨大な王国民を受け入れている。彼らは全員、星系民を逃がす側になった。
徴用貴族達が、避難と防衛の二択で迷わずに済んだのは、ゼッキンゲン侯爵の発言が後押ししたためだ。
「ゼッキンゲン侯爵より、星系全貴族に告ぐ。侯爵級の魔力1万8000は、領域効果で3600の巡洋艦並に落ちる。敵の巡洋艦は推定50万隻で、全く勝負にならぬ。卿らの力は、1人でも多くの星系民を逃がすために使え」
王国軍中将で艦隊司令官の経歴を持つゼッキンゲン侯爵は、軍と貴族の繋ぎ役となって、スムーズな避難活動に努めた。
防戦の準備も着々と進み、惑星デルポイの2億キロメートル先に現われた邪霊王の転移門の正面には、有りっ丈の機雷も配置された。
転移門の周囲には、牽引されたミサイル発射施設と艦隊、数多の戦闘艇が集まって、巨大な光の球体を作り出した。
異変が起きたのは、王国軍の迎撃態勢が整った直後だった。
出現していた邪霊王の転移門が、何の前触れもなく、惑星から1億キロメートルほど後退した宙域に一瞬で移動したのだ。
「敵の転移門、出現位置を変えました。再出現座標は、惑星デルポイから星系外縁部へ3億キロメートル」
参謀長のスコッティ少将が驚きの声を上げた直後、転移門が再び変形した。
大きく膨れ上がり、その先から黒い膜に覆われた多数の天華艦艇を一斉に弾き出したのだ。数多の艦隊がアポロン星系に降り注いで来る。
「敵艦隊、出現っ! 発生位置を変えた転移門から、敵が一斉に突入してきます」
通信士官の叫び声は、緊迫感に溢れていた。
「全軍、直ちに迎撃しろ。機雷とミサイルを新しい転移門に移動させて、艦隊と戦闘艇も緊急展開させろ」
消えた転移門前に集結していた王国軍の機雷とミサイルが、再出現した転移門に移動を始めた。
対する天華艦隊は、1億キロメートルという充分な距離を活かして、余裕を持って迎撃を始めた。
両軍の中間宙域では数億の兵器が衝突を繰り返し、巨大な光球を無数に生み出して、宙域を灼熱で燃やしていった。
両軍が放つ巨大なエネルギーは、周辺宙域に強烈な衝撃波を発生させて、後続の機雷とミサイルをあらぬ方向に弾き飛ばしていく。
弾き飛ばされた機雷とミサイルは、その先にあった両軍艦艇を巻き込んで炸裂し、さらに最前線を駆けたサラマンダーまでも蹂躙していった。
戦闘の余波で吹き飛ばされたサラマンダーは、周囲を駆ける味方艦艇に次々と激突して、味方を巻き添えに破壊されていく。その無様な有り様に、グリエットはスコッティに向かって声を荒げた。
「戦闘支援システムの補助は、一体どうなっている!?」
「星系内に生じている魔素異常によって、索敵システム、情報統合システム、戦闘連動システムの全てが、機能阻害されています。各艦艇要員は、単艦での戦闘を強いられています」
「巫山戯るな。目隠しをして戦えるわけが無いだろう!」
スコッティの報告は、王国軍が算出した戦力評価よりも、遥かに酷い実態を露わにしていた。
多次元魔素変換観測波が阻害されてレーダーが機能しない王国軍は、敵味方の位置を把握できていないのだ。
さらに多次元魔素変換通信波を阻害されて、通信波で共有する情報統合システムや戦闘連動システムも機能していない。
そのために、集団戦で敵シールドを突破するはずの戦闘艇は、個々に戦って敵艦の防御を突破できずに、敵の反撃で各個撃破されてしまう。
「代替として光通信は可能です」
「宇宙空間戦で、光速程度の通信速度で戦えるわけが無い」
前時代的な光通信であれば阻害を受けずに済むが、光速は時速10億8000万キロメートルでしかない。
つまり1億キロメートルの戦場では、戦場の端にある母港や母艦から最前線の戦闘艇に送る1つの命令が、片道6分も掛かる。最前線からの報告を6分掛けて受け取ってから、それを基に命令するのであれば、往復で12分だ。
12分も経てば、最前線の状況は変化している。
最前線からの情報収集と、それを基にした戦闘指揮が、全く出来ていないのだ。そのため母港から発進した戦闘艇は、単艇での戦闘を強いられていた。
領域化された3星系で王国軍が圧勝したのも道理であろう。
領域化された側が受ける影響は致命的で、全く勝負にならない、と、指揮しているグリエットは強く実感した。
「敵ミサイル群、途切れません。我が軍のミサイルを押し返しています。その間に敵艦隊が、転移門付近に橋頭堡となる宙域を確保しました」
スコッティからの悪い報告は続き、グリエットを苦しめていく。
「天都星系からの侵攻作戦を企図して、月単位の時間を掛けて備蓄していたか」
人口58億人のアポロン星系と、人口303億人の天都星系との生産力は、後者が上回る。そして後者は、2ヵ月に亘って兵器の準備は行ってきた。アポロン星系には、天華侵攻軍の物量に対抗する術が無かった。
やがて両軍が放ち続けるミサイルの閃光に浮かび上がるように、王国軍戦闘艇と天華艦隊が各宙域で艦影を交差させ始めた。
単独で必死に抵抗する王国軍のサラマンダーに対して、天華艦隊は巨体を並べて、繋がる通信で整然と迎撃を行う。
とても持ち堪えられないというのが、グリエットの率直な感想だった。
天華侵攻軍の圧力に押されて、最前線は次第に惑星側へと動いていく。単純な後退が如何なる結果を齎すのか、スコッティは焦燥感と共に訴えた。
「大将閣下、敵が迫っています。旗艦と護衛艦を1億キロメートル後退させますが、このままでは惑星デルポイが、敵軍の射程内に収まってしまいます」
司令部のサブスクリーンに表示されている住民の収容率は、現時点で78%を示していた。
天華が恒星系外縁部からの侵攻ではなく、転移門を使って近距離から攻め込んだ状況を考えれば、相当早かったはずである。だが避難状況は、完全には程遠かった。
それでも敵が来る前に船を離脱させるしか選択肢は無い、と、グリエットは方面軍司令官として決断した。
「徴用貴族に通達。『最終防衛ラインを突破されて、惑星デルポイが敵艦の射程に入る。乗船した王国民を直ちに逃がせ。逃げ遅れた星系民の離脱は、軍の輸送艦に任せろ』と」
「了解しました。直ちに通達します」
貴族達に、領民を見捨てろという非情な命令が発せられた。
宇宙では、巨大な光の津波と化した天華艦隊の艦列が押し寄せてくる。
王国軍は死力を尽くしているが、戦力評価で劣り、支援システムもまともに機能せず、一方的に押し込まれていく。アポロン星系は、大海における捕食者と被捕食者との様相を呈していた。
「ルシアナ、各艦艇を補助している精霊達の状況はどうだ」
『最低最悪。失敗した。アタシ達も逃げれば良かった』
「何だと?」
グリエットが怒りの瞳を向けると、契約精霊のルシアナは睨み返して言った。
『中級精霊達が、邪霊共に喰われている。邪霊王の領域内で、アタシ達は、もう逃げられない。見て分かるでしょ』
司令部の大小多数のスクリーンには、様々な情報と共に、王国艦艇と天華艦艇との戦いも映されている。宙域に魔素の軌跡を伸ばした戦闘艇が、天華艦隊に上下左右から襲い掛かり、整然と迎撃されて無為に散っていった。
王国艦の砲撃が天華艦を打ち据えるが、邪霊王の領域と邪霊の発する厚いシールドに弾かれて、単に天華艦を輝かせるだけに終わっている。
天華艦からは砲撃が撃ち返されて、光を浴びた王国艦は内部から白い閃光を発しながら、艦体を切り裂かれて砕け散っていった。
そして邪霊のエネルギーを浴びた精霊達は、精霊界に逃げ帰る事も叶わず、邪霊に力を喰われて消されていった。
目も当てられない惨状の中、王国軍が辛うじて戦えているのは、正面の敵と撃ち合いながら惑星デルポイ側に後退しているからに過ぎなかった。
現状に至ってグリエットは、アポロン星系の放棄を決断した。
『方面軍司令官グリエット大将より、徴用貴族と全船団に命じる。アポロン星系を放棄する。直ちに当星系より離脱せよ。惑星に星系民が残っていても構わない。今、船に乗っている星系民を逃がせ。最早、防衛ラインは維持できない』
王国が初の恒星間移民を行ったアポロン星系は、ディーテ星系を破壊されても王国民が生き延びられるようにと、居住地を分散させる目的で移民した星だ。
アポロン星系の座標は、当時争っていた人類国家連合群に対しては、ディーテ星系の後方に位置する。そのためディーテ星系が陥落しない限り、安全なはずだった。
だが今や惑星デルポイは、敵艦隊の射程内に捉えられつつあった。惑星陥落を避けられないと判断したグリエットは、軍の対応方針も切り替えた。
『方面軍司令官グリエット大将より、アポロン星系の全軍に告ぐ。現時刻を以て、惑星デルポイの防衛任務を放棄する。以降、王国民の星系離脱のみに注力せよ』
1度言葉を切って深呼吸したグリエットは、敢然と言い放った。
『惑星陥落は不可避である。最大多数の王国民を離脱させるために、惑星に居る者は置き捨て、星間航行能力を有する艦船の離脱支援に戦力を集約せよ。以上だ』
大多数を救うために一部を見捨てる形だからこそ、グリエットは王国民を見捨てろと命じられた。
星系方面軍は最後の力を振り絞り、全てのミサイルと数多の戦闘艇を投じて、民間船と敵軍との距離を広げた。
一瞬だけ生じた間隙の後、再び突撃してきた天華侵攻軍が王国軍を薙ぎ払って、星系内に王国艦船の残骸で生み出す長い黄泉路を作っていった。
そして天華艦隊の矛先が、惑星デルポイにも届いた。
軌道上の衛星が、種類を問わず次々と破壊されていく。
次いで上級貴族の代表として最後まで残っていた殿の要塞艦と、軍の輸送艦の一部が爆散して、残骸が灼熱を帯びながら大気圏内に落下を始めた。
無数の残骸が流星と化して、デルポイの全土に落ちていく。
地表には火球が次々と生じて、青い惑星を無数の赤い斑で汚く染めていった。
「ゼッキンゲン侯爵の要塞艦、爆散しました。惑星周辺の艦隊、壊滅状態です。天華による惑星攻略と思わしき攻撃も確認。逃げ遅れた住民の死者、最低でも数千万人以上……」
それは万策尽きたアポロン星系方面軍が、惑星に墜落していく艦艇と衛星群を絶望の眼差しで見詰める中で発生した。
恒星系外縁部から、恒星アポロンに向かって、巨大な緑光が瞬く間に伸びていったのである。
「何が起きた?」
グリエット達が目撃したのは、宙域に光の川を生み出すほどに膨大な光量を湛えた美しい天の川だった。
光り輝く川からは、淡い緑色の光が懇々と溢れ出している。
それら緑光は、邪霊王が生み出した廃墟の世界に染み込んで、セピア色の世界に美しい彩りを与えていった。
湧き上がる幻想的な緑光に照らし出されて、星系を覆っていた暗雲が塗り替えられるように晴れ渡った。暗雲が吹き払われた天空には、淡い緑光の転移門が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
呆然と眺めるグリエットの耳に、過日言葉を交わした男の幻聴が響いた。
『司令長官アマカワ元帥より、ディーテ星系の転移門前に集結中の全軍に命ず。直ちにアポロン星系へ突入し、天華侵攻軍を撃滅して、我々の星を取り戻せ』
星系内に2つ目の転移門の扉が開き、新たな光の群れが溢れ出して、瞬く間に宙域を埋め尽くしていった。