92話 天元
ケルビエル要塞の帰還は、歓喜の嵐で迎えられた。
ハルト達は大泉と本陽を壊滅させて、天華連邦を残り3国から1国に減らした。さらには最後の1国である天都にまで攻め込んで、星系内の天華艦船や施設に、大量のミサイルを撃ち込んできた。
フロージ星系壊滅と邪霊出現の第一報から、ケルビエル要塞による本陽攻略までは、僅か3ヵ月。危機的状況に陥ってから、瞬く間に逆転して見せた反動は凄まじく、王国は国家と国民を挙げて英雄達を迎え入れた。
首星ディロスの夜を迎えた大陸が一斉に光を消し、大量の花火を打ち上げて、ケルビエル要塞を迎える巨大な誘導灯を作り出した。
煌めく夜空を見上げた人々は、鮮やかに咲き乱れる花火の中に、ケルビエル要塞と艦艇の光が混ざる姿を瞳に焼き付けた。
『各星系の皆様、ご覧頂けて、おりますでしょうか。こちら首星ディロスのキュントス大陸では、ケルビエル要塞の光が肉眼でも確認出来ました。展望台に集まった沢山の人々は、次々と増えていく艦隊の光に歓声を上げています』
ケルビエル要塞帰還の報道番組は、ディーテ星系のみならず、多次元魔素変換通信波を用いて他の王国各星系にも流された。
実際にハルト達が挙げた戦果は、王国民のリアクション相応に絶大だった。
交戦中の天華3国が有する居住星系を、3つから1つに減らしたのだ。ハルトの逆侵攻と破壊によって、天華の国力と戦力は半減している。
しかも戦場では、精霊王の領域を用いずに、人間の知恵と工夫で勝利した。
邪霊出現や共和国壊滅で動揺した王国民は、不安の払拭材料が欲しかった。そして絶妙のタイミングでもたらされた王国民の力による絶大な戦果は、人々から不安を払拭させ、甘美に酔わせたのであった。
人類連合を速攻で攻め滅ぼした前王ヴァルフレートが生きていたならば、同様の成功を収めた娘婿のハルトに対して、一体何を語っただろうか。
現女王ユーナは亡き父を代弁して、全人類に向けてメッセージを発した。
『わたくしの父、前王ヴァルフレートが最期に宣言した必殺の矢は、予告通りに大泉と本陽を貫き殺しました。王国に仇なす者は、歴史に学びなさい。わたくし達は、わたくし達を害した存在に対して、必ず報復する集団なのだと』
両親を殺された娘が、仇討ちを果たした。
ユーナによる父親の遺言履行と宣言は、ディーテ王国の有り様を体現しており、王国民の国民性にも合致して、人々を熱狂させた。
さらにユーナは、自ら発案して、国民の熱狂を加速させる手を打った。
それは戦場からの帰還兵と、出迎えた恋人の女性が、宇宙港で抱き合ってキスをするシーンをメディアに提供するという内容だった。
映画のワンシーンのような光景は、それが単なる帰還兵と恋人であったとしても、絵として映える。
だが抱き合う2人が、父の死によって20歳の若さで即位した悲運の女王と、そんな婚約者のために強大な敵と戦い続ける国家の英雄となれば、いかほどの効果を及ぼすだろうか。
ユーナがハルトに要求したのは、首星ディロスの宇宙港に帰還したハルトと出迎えたユーナが抱き合って、口づけを交わすシーンだった。それも宇宙港へ撮影に集まるメディアに提供するために、角度を変えながら何度も行うのだと。
「それは必要なのか?」
『宇宙の法則くらい、当たり前に必要だよね?』
全く分からない理論を笑顔で告げる女王に、司令長官は黙して頷いた。
各メディアが、戦時における女王の勅命に応じてノーカットで報道した2人のキスシーンは、映像を見た王国民の頭を真っ白にして、王国に蔓延していた邪霊の不安を盛大に吹き飛ばした。
悲運に立ち向かう若き女王と、常勝不敗の英雄との幼馴染みのカップルは、国民に絶大な人気を誇る。
各メディアは、国民を怒らせないように慎重かつ極めて好意的に一通り冷やかした後、戦争に関して様々な報道を行った。
『天華連邦との戦争も、残るは天都1国です。天都の首星である富春を攻略できれば、天華は勢力を保てなくなって、戦争は終わるでしょう』
放送局にコメンテーターとして呼ばれた大学教授のカンタールが語ると、聞き手の男性キャスターが、王国民にとって最大級の関心事項を質した。
『ヘラクレス星人が、天華連邦と同盟を組んで、王国に宣戦布告しました。しかもヘラクレス星人は、邪霊結晶を持っていました。その点については、どのように考えられますか』
ろくに魔力を持たず、魔素機関を使えないヘラクレス星人が参戦しただけであれば、王国民は歯牙にも掛けなかった。
魔素機関は、宇宙で活動する人類の基幹技術だ。
それが無ければ星間技術的には1200年以上も逆行して、互いの射程、防御力、速度などが全く異なる。戦闘では、戦闘機からミサイルを発射する者と、地上で剣を振り回す者との戦いが如き、一方的な展開となるのだ。
だが王国と天華は戦闘機で争う者同士であり、戦闘機を誰にでも操縦できるようにするのが精霊結晶と邪霊結晶だ。天華とヘラクレスとの同盟は、王国のアドバンテージを剥ぎ取った。
問われたカンタール教授は、やや険しい表情で語る。
『星間航行技術を持たなかったヘラクレス星人は、天華の技術を習得するまでに1世代、独自開発までに2世代を要します。それまでに天都を攻略できれば、精霊結晶と邪霊結晶が釣り合っても、軍艦の性能差で優勢は続くでしょう』
『それなら大丈夫ですね。王国軍の司令長官は、アマカワ元帥ですから』
陽気に結論を出したキャスターに、番組の出演者達が次々と相槌を打った。
ケルビエル要塞で、艦艇と乗員の入れ替えを見守りながらニュース番組を見ていたハルトは、スクリーンの映像に向かって言い返した。
「その理屈はおかしい」
集約された言葉には、様々な思いが詰め込まれていた。
転移門を繋げた天都とヘラクレスとの間では、戦闘艇と邪霊結晶の交換が行われたはずである。既に技術は渡っており、アマカワ元帥でも攻略は不可能になっている。
だからこそハルトは、そうなる前に大泉と本陽を攻め落としたのだ。
「お気の毒様ですわね」
メディアのハルトに対する無責任な論評に対して、フィリーネが同情した。
天華の星系が3つから1つになって、あたかも3分の2が終わったかの印象を与えているが、残る1星系の攻略難易度は別次元に高いのだ。
これが登山であれば、人跡未踏の山頂を目指しており、6合目付近までは順調に到達できたが、その先は雪が積もった傾斜の厳しい斜面が待っている。死にたくなければ、登山道と山小屋を作るところから始めなければならない。
問題は、どのようにして道を作るかだ。
「イスラフェルに索敵能力と星間航行能力を搭載して、操縦者も養成所で短期育成されますか?」
フィリーネの隣に座るクラウディアが、敢えて非現実的な案を口にした。
敵の領域内で、戦力を5分の1に下げられるのであれば、5倍の戦闘艇を投入すれば良い……という考え方は、王国の総人口が相手の5倍以上で無ければ成り立たない。
首星を攻められる敵側は、子供であろうと戦闘艇操縦者に動員するだろう。
しかも攻め込まれる側の戦闘艇は、星間航行能力が不要で、量産し易く、操縦者の技術も低くて済む。
領域に篭もる敵を数で圧倒したければ、総人口が20倍は必要になる。
そして数の暴力となった新戦場では、魔力の継承異常を引き起こすために行われて来なかったクローン人間が量産されて、互いに掻き集められる資源の限りを尽くした、戦闘艇の消滅合戦が繰り広げられかねない。
「はあ、悩ましい限りだ」
そこまで酷い状態に陥るのであれば、流石に終戦すべきだろう。
だが、優勢な側が譲歩案を示すのは難しいし、劣勢な側が言っても聞き入れられない。そして膠着するほど釣り合えば、身内に戦死者を出した者達の感情論が加わって、収拾が付かなくなる。
大泉と本陽を攻略したハルトだったが、先の見通しは立っていなかった。
『続いてのニュースです。アルテミス星系では、共和国のイシス星系から難民を乗せた救助船が続々と到着しています。7月に到着するホルス星系からの難民と合わせて、共和国からの難民は80億人に達する見込みです』
女性アナウンサーの報道内容に合わせて、スクリーンにアルテミス星系の惑星ケリュネイアが映し出された。
アルテミス星系は、太陽系やディーテ星系と同じG型主系列星だ。
そのハビタブルゾーン内にある惑星ケリュネイアは、地球に近い惑星だ。
地球と比べた質量は約3倍で、半径は1.5倍で、重力は1.33倍になる。
公転周期は385日で、自転周期は22時間、表面温度は平均23度、厚い大気に守られている。
ケリュネイアは2つの衛星を有しており、近い方が直径1200キロメートルのセレネ、遠い方が直径5400キロメートルのルーナである。
惑星の平均気温は、ハルトのルーツがある地球の日本では、沖縄くらいだ。居住惑星の中では若干暑くて、年間降水量が多く、ハリケーンが多発する。
そんな惑星の涼しい南北側には、約66億人の王国民が暮らしており、近年は暑くて暮らし難い赤道側に、約15億人の九山民が移住した。
地球と比べて半径が1.5倍の惑星は、表面積が2.3倍もある。
最大で400億人が暮らした太陽系に比べて、惑星の居住空間が2.3倍も広いアルテミス星系は、66億人の王国民と15億人の九山民が暮らしても空間には余裕があった。
タクラーム公爵は王国政府に働きかけて、フロージ共和国からの難民に対して、次の暫定措置を取った。
『無償支援や無期限の土地貸与は行わない。一先ず空いた土地を制限付きで貸すが、数年後からは土地の賃貸料を請求する。惑星内で賃金労働をするか、貸した土地を開拓して指定農作物を栽培するか、何らかの方法で稼いで貰う』
王国の星系であるため、司法権は王国側にある。共和国民は、一時的な入国が認められただけの仮住まいの立場だ。
連合と長らく戦争状態にあった王国では、国籍の申請に厳しい審査があって、王国民と結婚して子供が生まれるなどしなければ得られない。
共和国政府は人道を掲げて、王国政府に対して無償支援など様々な要請を行った。だが共和国が、常に中立であった事を王国は忘れておらず、友好国に対するような特段の配慮は行わずに、粛々と従来の制度に則った対応を行っている。
それでも太陽系の火星人に比べればマシであろう。太陽系は「王国の敵」であったために、行われる支援は最小限だ。
『共和国のローラン大統領は、王国の救助活動に感謝の意を述べており、共和国再建に支援を望むと声明を出しています』
女性アナウンサーがニュースを読み上げると、男性キャスターが教授に訊ねた。
『フロージ共和国から80億人が避難してきましたが、共和国の再建についてはどうなるのでしょうか』
『現実問題として、かなり難しいと言わざるを得ません』
問われたカンタールは、冷めた表情を浮かべた。
『それは、何故でしょうか』
『天華連邦は、再利用を考えずに共和国の各惑星を破壊しています。居住環境の復旧には、新星系の移民と変わらないか、それ以上の投資が必要になるでしょう』
『確かに、酷い被害でしたね』
カンタールが指摘するとおり、天華はフロージ共和国の各星系に対して容赦の無い攻撃を行った。
使用された天体は、王国が用いた天体と変わらない大きさや密度だったが、速度と入射角は王国を上回っていた。突入させた天体の数も多く、同じ場所に被った結果として、マントル遷移層に届く深さまで抉った場所もあった。
王国軍は士官学校で、天体突入のシミュレーション演習を必須にしている。だが天華は、建国以来1度も戦争しておらず、王国のような訓練はさせていない。
その差が、共和国の各星系に呆れるほど大きな被害をもたらした。
『王国は戦時中であり、1艇でも多くの軍艦艇を建造しなければなりません。王国の膨大な資源と生産力を費やして、戦争の勝利に寄与しない共和国を再建する事は、現状では自殺行為です』
『確かに、そうですね』
『そもそも王国と天華の戦争に中立であった共和国に対して、王国民の血税で支援する理由がありません。募金活動を行って、有志が自発的意志で支援するのであれば、少なくとも私個人は反対しませんが』
無償援助を否定したカンタールに、ハルトは先程とは打って変わって高評価を下した。
星系を再建する資金と資源で、イスラフェルと操縦者を何倍に増強できるだろうか。投入戦力が多ければ犠牲が減り、王国民が死なずに済む。
自分達が納めている税金は、自分達のために使われるべきだ。
あるいは費用対効果を計算して、自国民に直接使う事との差異を説明した上で、税金の目的外使用に同意を得るべきだ。それらを一切行わずに、集めた税金を勝手に他国家へ寄付する無能者など、王国に存在させてはならない。
もしも共和国が、将来的に利子付きで返すと約束するのであれば、無償支援では無くて政府の資産運用になる。実現性の高い返済計画を示した上で要請するのであれば、ハルトも口を出す意志は無かった。
「共和国大使の娘デイジーと親しいミラベル殿下は、大丈夫かな」
ハルトは、2人の王子を再教育しているユーナの苦労を偲んだ。
第一王子ベルナールは、魔法学院高等部を卒業して、ストラーニ公爵代理としてアテナ星系に入っている。転移門の存在でディーテ星系からの支援が手厚い王子は、順調に旧ラングロワ公爵領を束ねていた。
第二王子ジョスランは、3つの会戦に従軍して中佐の階級と武勲章を持つ士官学校の2年生となっている。士官学校を卒業して少将の階級を持てば、大抵の王国民はジョスランの采配に納得するようになるだろう。
今のところユーナが苦労して再教育した両王子は、共にユーナの祖父であった第10代国王くらいの仕事は期待できそうだった。
そこにミラベルが加わると、ユーナの負担が増える。
ミラベルは将来の義妹であり、ハルトにとっても他人事では無い。感情論で無償支援を言い出さないようにと、ハルトは願わずにはいられなかった。
王族は、最初から全員が王位を継承できるくらいに育てるべきではないだろうか。そんな風にハルトが妄想していた時、軍の非常通報が入った。
『非常事態発生。アポロン星系方面軍より、第一級緊急報告。アポロン星系の至近宙域にて、天華連邦の高速戦艦3隻を発見。確認された邪霊は上級。同星系に急進中。星系外での迎撃は間に合いません』
「アマカワ元帥だ。アポロン星系の方面軍司令官を呼び出して、俺と通信を繋げろ」
即座に通信に割り込んだハルトは、瞬時に最悪のケースを想定していた。
それは天華が、大泉と本陽に邪霊王の領域を生み出す事を断念して、代わりにディーテ王国の居住星系に領域を生み出す可能性だった。
ハルトが大泉と本陽を破壊したのは、両星系を邪霊王に領域化される前に住めなくするためだった。その後に天華が余った邪霊王をどうするのかについて、実行前のハルトは王国に展開されるとまでは想像していなかった。
王国の星系に邪霊王の領域が作られれば、ヘラクレスや天都から転移門を使った増援が送り込まれる。ハルトには絶望的な未来ばかりが思い浮かんだ。
ハルトは自身が行う対応について、あらゆる制限を無くして考えた。
王国軍司令長官にして、王国唯一の元帥でもあるハルトは、戦争に関する実質的な決定権を持つ。すなわち戦争の全責任を担うにも等しい立場だ。
アポロン星系は、フィリーネとクラウディアの故郷であり、カルネウス侯爵領があるのみならず、コースフェルト公爵やゼッキンゲン侯爵の領地もあって、58億人が住んでいる。
それらの人々が戦争で危機に瀕した場合、王国で対応すべき最大の責任者は、紛れもなくハルトだ。
『ミラ、邪霊王の領域を展開されたら、ミラは奪い取れるか。預けている精霊神のエネルギー結晶体を全て使い切って良いとして』
ハルトは、王国民に対して格を隠している契約精霊に向かって、手元にある最大の切り札を全て投じた場合、現状に対応出来るかと問うた。
精霊帝であるミラに領域を作らせる事は、ハルトの予定には全く無かった。子孫の魔力継承が跳ね上がるミラを消費するのは、自身が生命の危機に陥った時か、それに準じる時くらいだと考えていた。そして今は、その時では無い。
はたしてミラは、出来ると答えた。
『精霊帝が、精霊神様が預けられたエネルギー結晶体を使えば、相手が特異な邪霊王でも容易に奪えますよ。王国の惑星でしたら、住民のエネルギーも使い易そうですし、ミラはアポロン星系に領域を繋げても構いません』
『念のために聞くが、アルフリーダは可能か?』
『同格では、エネルギーを足しても難しいです。特異な精霊王は出来ますが、アルフリーダを含めてお手持ちには居ませんね』
ハルトは溜息を吐き、精霊帝の喪失を受け入れた。
『それなら、ミラに頼みたい。直接契約の言葉を教えてくれ』
『アエオニウムです』
不意にハルトは、自身がミラから直接契約の言葉を教えて貰える関係になっていたのだと顧みた。
未練を振り切るように頷いたハルトは、次いでディーテ星系に領域を繋げている精霊帝ジャネットに呼び掛けた。
『ジャネット、アポロン星系の近くまで跳ばして欲しい。以前セラフィーナが、マクリール星系から新京星系に近道させてくれた。精霊帝のジャネットなら余裕だろう。昇格したミラのシールドも、あの時より強力なはずだ』
『良いけれど、ボクのエネルギーも無限じゃないよ。第二次ディーテ星域会戦で増えた瘴気は相応に消費したから、今後の精霊結晶の生産負担は、減らすからね。それと今後は、上級精霊も無しかな』
『分かった。こちらの準備が出来たら伝える』
精霊達から同意を得たハルトは、直ぐに手元の通信機を操作して、ディーテ星系全体に緊急通信を送った。
「司令長官アマカワ元帥より、ディーテ星系全域に、第二種臨戦態勢を発す。ケルビエル要塞、5時間後に緊急出撃。首星の艦隊要員と戦闘艇操縦者は、惑星配備のサラマンダーで要塞に来い。サラマンダーは乗り捨てろ。最優先だ。急げ」
ハルトが発令した直後、ケルビエル要塞の警告音と警告灯が、賑やかに騒ぎ立て始めた。ほぼ同時に、星系全域にも非常事態の警報が伝播していった。
要塞スクリーンに映るメディアの放送にも、真っ赤なテロップが飛び出して、第二種臨戦態勢の発令を知らせる警告が表示された。出演者達が驚きに目を見張り、直ぐに投影画面がアナウンサーに切り替わって緊急番組が始まった。
ディーテ星系全域が慌ただしく動き始めた中、要塞司令部のメインスクリーンが切り替わり、初老の軍人が現われた。
『アポロン星系方面軍司令官、ブラッツ・グリエット大将であります』
「司令長官のアマカワ元帥だ」
グリエットの敬礼に答礼したハルトは、アポロン星系からの通報内容を再確認すると、直ちに命令を発した。
「敵の目的は、アポロン星系に邪霊王の領域を展開する事だと推定した。アポロン星系全軍に、第一種実戦配備を命ず。全戦闘艇で、敵の侵攻を阻止しろ。ディーテ星系からは、私がケルビエル要塞で増援に出て、領域の上書きを図る」
『はっ』
「全貴族を戦時徴用し、彼らの船で全星系民を脱出させろ。総責任者はコースフェルト公爵。補佐はカルネウス侯爵とゼッキンゲン侯爵。貴族の総力を挙げて、1人でも多くの王国民を逃がせ」
『了解しました』
「ケルビエル要塞は、精霊王の力を用いた超長距離ワープを行う。到達日時は、貴官の常識を遥かに上回る。私の到着まで最善を尽くせ。お互いに時間が惜しい。以上だ」
『小官の最善を尽くします』
素早く敬礼が交わされた後、通信が切れた。
ハルトは要塞司令部のスクリーンを切り替えて、乗員の乗艦率を表示させた。
司令部は方々に命令を飛ばしており、本来の操縦者では無い首星防衛の操縦者なども掻き集めて、とにかく人数を揃えようと躍起になっていた。
フィリーネとクラウディアも、集結が間に合わない軍艦は切り捨てて、周辺の王国艦隊から引き抜いて艦数を増やしていた。
ハルトは予定時刻を5時間後から変更しないと再宣言した後、王国全体に再度命令を発した。
『司令長官アマカワ元帥より、ディーテ星系の全軍に命ず。これより私がアポロン星系に移動して、転移門を繋ぐ。全軍、転移門前に即応態勢で待機。門が繋がり次第、全軍突入して、邪霊王の転移門で侵攻してきた敵軍を撃滅せよ。惑星内戦闘も有り得る。あらゆる戦闘の準備をしろ』
ハルトが命じた瞬間、王国民はいかなる理由で臨戦態勢が発令されたのかを理解した。
速報を打つメディアの映像が、首星から見上げる空へと切り替わった。
厚い雲海で覆われていたキュントス大陸の上空が、気象変更装置で急速に晴れ渡っていく。瞬く間に澄み渡った青空では、数十万艇のサラマンダーが、放たれた矢のように続々と駆け上がっていた。
遙か高みの宇宙では、安全基準を無視したケルビエル要塞が首星に急接近して、サラマンダーを要塞内に引き入れていく。
周囲では、流星群と化した数多の小型艦が、続々と流れ込んでいた。
『現在、ディーテ星系全域に、第二種臨戦態勢が発令中です。星系全域にて、王国軍艦艇が作戦行動中です。全ての民間船は、自動管制システムに従い、直ちに指定航路から退避して下さい。繰り返し、お伝えします。現在……』
それから5時間が経過した。
光の渦を生み出していたケルビエル要塞は、王国民が固唾を呑んで見守る中、全体を強烈な緑光に輝かせながら、本来であればワープが不可能な宙域から、高次元空間へと呑み込まれていった。
・あとがき
2巻の発売日は、11月16日(火)です。
店舗でご予約頂ければ、店員さんが数冊取り寄せて下さいます。
お店に並ぶ→買って下さる方が増える→イラスト付で続刊できる!
お店で買おうと思って下さっている方、
ぜひご予約にて、お取り寄せ下さい。
ISBNを伝えれば、店員さんがサクサクッと手配して下さいます。
『乙女ゲームのハードモードで生きています 1』 ISBN:9784065243343
『乙女ゲームのハードモードで生きています 2』 ISBN:9784065261514
どうぞよろしくお願いします(o_ _)o))