89話 大泉星域会戦
大泉星域会戦は、防衛側の大失態で始まった。
王国の先行艦隊に立ち向かった迎撃艦隊6万2000隻が、恒星系外縁部に迫った瞬間、ケルビエル要塞が乱入して来たのである。正面決戦となった王国と大泉の戦力評価は、100対40という圧倒的な差であった。
100対40は、互角の力を持つ人間が、5人対2人で喧嘩するようなものだ。そしてお互いに1人ずつが脱落すれば、戦いは4人対1人になる。
各個撃破される戦力の逐次投入は、絶対に行ってはならない。
その絶対に行ってはならない過ちを犯した大泉の迎撃艦隊に対して、絶好の機会と捉えた王国軍は容赦なく襲い掛かり、徹底的に蹂躙していった。
100万を超えるイスラフェルが、不定形なアメーバのように迎撃艦隊に覆い被さり、全身を溶かしながら内部に侵食して、内側からも6万2000隻の巨体を溶かしていく。
両軍の戦力差は乱戦で顕著に表れて、戦場の各所では、戦力評価で圧倒的に勝る王国側が圧倒的な優勢に立っていった。
『大泉だけは、刺し違えてでも殺してやる』
『お前達が王国民を殺したように、お前達も焼かれて蒸発しろ!』
戦闘艇の部隊内通信では、殺意に満ちた罵詈雑言が飛び交い、敵艦が撃沈すると歓喜の雄叫びが上げられた。
王国にとって大泉軍は、第二次ディーテ星域会戦において国王ヴァルフレートを含む王国民30億人を殺した怨敵だ。イスラフェルの操縦者達は、その大多数が、家族や恋人、友人などの誰かしらを大泉に殺された。
操縦者達にとっての大泉軍は、直接的な復讐対象なのである。
彼らは、士気ならぬ殺意が異様に旺盛であった。そのため戦場では、集団単位での無謀な突撃すらも全域で散見された。
イスラフェルの艇体が、核融合弾の炸裂する眩い光の中を、矢雨となって駆け抜けていく。
飛び交う100万の矢雨から放たれた怒りの光は、天華艦艇のシールドへと一斉に突き立てられて、その防御力を飽和させて、シールドを打ち砕いて内部の艦体を貫いていった。
「総司令官代理リスナール大将より、全軍に命じます。このまま戦闘を継続しなさい。戦闘連動システムは、艦隊と戦闘艇を適切な宙域に誘導なさい。艦隊の損失は避ける事。補助艦隊は、天体群に補給基地を作りなさい」
コレットは闘牛のように暴れ狂う軍勢の勢いを殺す事なく、目標となる赤い旗を適切に振りながら、効率的に暴れるように誘導を続けた。
王国軍の猛攻に見舞われた迎撃艦隊は、邪霊の力で対抗した。
より正確には、邪霊に頼る以外の対抗手段が無かったのであるが、選択肢としては間違っておらず、邪霊の力は相応の効果を現わした。
突撃してくるイスラフェルに対して邪霊が支援する天華艦は、数隻単位で互いに身を守りながら整然と迎え撃ち、相応の戦闘艇を撃ち落として、自らが叩き落とされる地獄への道連れを増やしていった。
光の矢と槍を互いに浴びせ合う最前線では、人間の視点で未来予測のような戦いが繰り広げられていた。
精霊と邪霊が魔素を読み合い、互いの攻撃を先読みして避けていく。あるいは周囲の仲間と連携して敵の退路を塞ぎ、着実に削り合っていった。
精霊と邪霊に導かれた両軍の将兵は、言語化できない直感的な動作で砲撃や回避を繰り返しながら、不可思議に生き残り、あるいは当然の帰結として殺されていった。
両軍にとって最大の違いは、戦力差だった。
イスラフェルが破壊された宙域には次の艇体が入ってきても、大泉の迎撃艦隊が破壊されて空いた穴は埋められなかった。
どれだけ破壊されても尽きない矢雨は、やがて迎撃艦隊の陣形を打ち砕いて、宙域を光の濁流で呑み込んでいった。
『我が軍、圧倒しております』
「このまま戦闘を継続なさい。有利な状況で削れる時は、徹底的に削るのよ」
王国軍の犠牲を出しても前進するエネルギーは凄まじく、事実として大泉軍は、強引に宙域を押し出されている。
だが王国軍は猪突猛進したのではなく、総司令官代理であるコレットによって効率的に動かされ、その結果として大泉軍を押し出していた。
コレットの戦い方は、時に大雑把な一面を見せるハルトよりも遥かに緻密で、情け容赦なく徹底していた。
陣形を崩した迎撃艦隊の内部にイスラフェルを突っ込ませて、敵味方を潰し合わせながら、艦隊を蹂躙していく。同時に上下左右からは大型艦を展開して、迎撃艦隊の後方を長距離砲撃で削り取っていった。
コレットは艦隊の損耗を抑えたいハルトの要望に応えるべく、補充しやすいイスラフェルで敵を擂り潰しながら、艦隊の火力も最大限に活かして、最大効率で大泉軍を崩していったのである。
押し出された迎撃艦隊は、押し出されるままに下がって、後方の味方との合流を図った。
大泉には17万4000隻相当の戦力があって、全軍が合流すれば15万5380隻相当の王国軍に勝る。大泉軍の合流は、9時間後と見積もられた。
王国軍の目的は、大泉星系にある首星を破壊する事であって、敵軍と対消滅する事では無い。
王国軍は突出した迎撃艦隊を相応に削っていたが、コレットは疲労していない新手との連戦を避ける決断を下した。
「追撃は残り5時間で切り上げて、恒星系外縁部に後退しなさい。イスラフェルが後退する時は自動操縦に切り替えて、操縦者を休ませなさい」
5時間もあれば、迎撃艦隊を壊滅させられる。そして新手との距離が4時間も離れていれば、交戦を避けて撤退できる。
数的優勢を保てなくなった大泉の防衛軍は、迂闊に王国軍を追撃できない。睨み合いで時間を潰せば、ハルトが戻ってくるまでの時間稼ぎが出来るのである。
勝っているコレットの方針に逆らう王国軍将兵は、誰1人としていなかった。もちろん貴族軍も従って、王国軍は迎撃艦隊の早期殲滅と素早い撤退に動き始めた。
戦闘中のイスラフェルが操縦席に投影しているスクリーンの端に、撤退時刻のカウントダウンが表示される。
両軍の砲撃が戦闘宙域を飛び交い、大量のミサイルが乱舞し、破壊された艦艇の残骸が荒れ狂う。
宙域を戦闘艇に乗った狩人達が駆け抜け、標的の天華艦に集団で襲い掛かり、数多の勝者と敗者を生み出していった。
イスラフェルが敵を破壊するごとに、迎撃艦隊の密度は下がっていき、乱戦宙域の光は小さくなっていく。
やがて激しかった戦闘が収まり、両軍が自ずと引き始めたのを見たコレットは、自身の参謀長に質した。
「参謀長、敵味方の損害を報告して」
ユーナであれば心を切り離して、事態を俯瞰して見るであろう味方の損害について、コレットは心乱さず冷静に確認した。
それはコレットの性格が冷たいのではなく、出自が王家の影の一族であり、親友を偽って生きてきた経験から、受け入れられる衝撃の許容量が大きいためだ。
人間が行う事であれば、コレットは大抵の事を有りの侭に受け入れられる。
戦争で発生する王国軍の犠牲であれば、それこそ味方の全滅であろうともあっさりと割り切って、損得勘定でどうなったのかを考えられた。
はたして参謀長の報告は、コレットにとっては非常に良い内容だった。
「はっ。我が軍のイスラフェルは、全艇の約17%にあたる18万8325艇が破壊されました。対する敵の迎撃艦隊は、約81%にあたる5万220隻が、魔素反応を消失しております」
参謀長は報告と共に、司令部のスクリーンに星系戦力を投影した。大泉星系内に存在する王国と大泉の戦力は、100対95を示していた。
既に王国軍は、大泉の軍勢に対して若干優勢であった。
しかもコレットが率いているのは先行艦隊と、ケルビエル要塞から発進したイスラフェルであって、この後には太陽系から回されている正規艦隊7個と貴族艦隊15個が到着する。それらを合わせれば、戦力評価は100対83になる。
「総司令官が戻ってくる前に、自分達で勝手に攻めたくなるほど優勢ね。でも、もっと優勢になるのだから待ちましょう。まずは、イスラフェルの操縦者達を休ませなさい」
「了解しました」
離脱したイスラフェルの大半は、自動操縦に切り替わっていた。
操縦者達を休ませた戦闘艇が向かう恒星系外縁部では、ケルビエル要塞から分離したフィリーネの艦隊が、イスラフェルの係留宙域を展開し続けていた。
フィリーネの艦隊は、9500隻。
内訳は、駆逐艦500隻、護衛艦1000隻、偵察艦2000隻、輸送艦2000隻、工作艦4000隻であって、戦闘ではなく作業に向いた艦隊だった。
駆逐艦や偵察艦は、星系周辺の敵艦排除と索敵に送り出されており、輸送艦と工作艦はイスラフェルの補給と修理に用いられた。
フィリーネの艦隊とイスラフェルは、共にケルビエル要塞所属であり、連携が取り易い。ここまで考えて要塞の駐留艦隊を編成した訳では無かったが、艦隊はイスラフェルの補給で十全に機能した。
第二陣を待って動かない王国軍と、劣勢のために動けない大泉軍は、互いに相応の距離を取って睨み合いに入った。
王国軍が恒星系外縁部に陣取ると、大泉星系に住む天華人民は大混乱に陥り、大量の民間船が十人十色の動きを見せていった。
戦場での劣勢を見て、王国の展開宙域と反対方向に逃げ出す船。
首星の知り合いや資産を詰め込むために、急ぎ首星に向かう船。
勇敢あるいは無謀にも、大泉防衛軍に協力しようと合流する船。
もっとも民間船が参戦したところで、劣勢を覆せるほどではなかった。
両軍が距離を取って、数日間に亘って睨み合いを続ける間、民間船はミサイルや機雷を最前線に運び続け、天華の攻撃力を充実させていった。
民間船の協力を得た天華は、王国軍の数を減らして疲弊させる目的で、艦砲の射程外から長距離ミサイルを不規則に撃ち続けた。
それに対して王国側は、フィリーネが率いる艦隊の護衛艦1000隻を中心とした艦で迎撃を行い、それで追い付かなければ他の艦隊も協力して、太陽系侵攻軍の到着を待った。
王国軍と大泉防衛軍との戦力差は、ほとんど変わらないまま時間が過ぎ、やがて太陽系侵攻軍の増援到着によって、戦力評価が100対83にまで開いた。
100対95に比べて、100対83は勝敗が殆ど確定的だ。
戦力差が大きく開いた結果、大泉軍は交戦を避けて首星方面に引き上げ、民間人と民間船の脱出を支援し始めた。
文水の人口は125億人で、国家魔力者の一族も相応に暮らしている。それらが離脱していくのを見逃さざるを得ない事態に、コレットは待機に迷いを持ったが、王国の目的が精霊王の誕生である事を思い起こして行動は控えた。
コレットの大泉星系到着から23日後、フィリーネ艦隊の偵察艦が新たな敵を捉えた。
『本陽方面より、6万隻相当の敵艦隊が、約3日後に大泉星系に到達します。さらに天都方面より、4万隻相当の敵艦隊が、約10日後に大泉星系に到着します』
単独で打破できない王国軍に対して、大泉が周辺の天華星系から援軍を呼び集めたのである。
予想できていた事態にコレットは慌てる事無く指示を出した。
「参謀長、敵の増援後の戦力評価を出して」
参謀長が出した数値では、100対83だった両軍の戦力評価は、本陽からの増援で100対123となり、天都からの増援で100対150となった。
敵の動きだけを計算すれば、優勢な内に戦闘を再開するか、撤退すべきだ。
だがイスラフェルの第二陣を詰め込んだケルビエル要塞も、大泉に迫っていた。しかも要塞は単艦で移動しており、ハルトが無理をすれば、到着時間も調整できる。
「参謀長、ケルビエル要塞が到着した場合、評価はどうなるかしら」
「第二陣のイスラフェルは、15万隻相当では無く、9万隻相当の暫定評価です。それを加えますと……」
スクリーンに投影された戦力評価は、第二陣と本陽軍の到着後には100対76、天都軍の到着後には100対93となっていた。
コレットは数字を見ながら、状況を最大限に活かす方法を模索した。
「本陽の増援が到着して、100対123になったら、敵は攻めて来るわよね。敵が至近距離に迫ったタイミングで、ケルビエル要塞が到着すれば、100対76で戦えるかしら。初手と違って、今度は各個撃破にならないけれど」
コレットは100対76での戦いについては、必ず実現できると確信した。
なぜなら本陽軍と合流した大泉軍が攻撃して来なくても、ケルビエル要塞と合流した王国側が攻め込めば、100対76の戦いになるからだ。
それに100対123の戦力評価で敵が来ない事は、常識的に考えて有り得ない。なぜならケルビエル要塞が居ない事を敵は知っており、戻ってくる前に倒したいに決まっているのだ。
会戦の勝利を確信したコレットは、さらに次の展開について思い巡らせた。
6万隻の増援を出した後方星系である本陽の防衛艦隊は、11万4000隻以下に減っている。ケルビエル要塞が、大泉星系のイスラフェルをエースパイロットから順に詰め込んで侵攻すれば、本陽も落とせるのでは無いか。
そうすれば2つの星系を破壊して、精霊王2体を誕生させられる。
精霊王が1体増えれば、守れる星系が1つ増える。多少の危険を冒してでも、作戦を実行する価値があった。
「可能なら、やるべきよね」
王国を圧倒的優勢に出来る展開を見出したコレットは、直ちに大泉へ再進撃中のハルトに通信を行って、到着時間と次の目標を進言した。
それから5日後、大泉軍と本陽軍が合流してコレット率いる王国軍に迫る中、恒星系外縁部に再出現したケルビエル要塞が到着して、2度目の戦闘が行われた。
但しハルト自身は、両軍が接近していく宙域には向かわなかった。
恒星系外縁部の全く反対方向に出現したケルビエル要塞は、両軍の交戦予想宙域を無視して、最大加速で首星の文水に直進したのである。
「馬鹿正直に、正面決戦する必要は無い。我々の目的は、天華の居住惑星を破壊して、精霊王を誕生させる事にある。コレットの艦隊が敵を恒星系外縁部に引き付けている間に、文水を破壊して、星系から去ってしまえば良い」
フィリーネの艦隊を放出した空間に、充分な突入用天体を積んできたケルビエル要塞は、周囲で天体を集める時間を短縮して突き進んでいった。
これに対して大泉軍は、艦列を乱して動揺を見せた。
敵軍を削れても、故郷を破壊されれば、大泉という母国が滅んでしまう。
恒星系外縁部に向かっていた天華艦隊は、やがて減速して、進路を恒星系中心部に変えて再加速を始めた。
だが初動が遅れており、ミラが加速させるケルビエル要塞の進撃速度に勝てるはずも無かった。
先行したケルビエル要塞は、ハルトの契約精霊であるベレニスが文水の瘴気を満遍なく吸収するために、文水に近付くと減速を始めた。
「文水の破壊後、先行艦隊と合流する。相対速度によって、向かってくる敵との交差は一瞬だ。合流後、要塞は可能な限り第一陣を収容、空いた分で第二陣を収容、残りは先行艦隊に乗せて、乗り切らない分は破壊して撤退させる」
ハルトは先々の予定を示して、全軍に準備を始めさせた。
このまま合流すれば、ケルビエル要塞のイスラフェルは第一陣が8割、第二陣が2割の比率になる。
イスラフェルの戦力評価は、15万隻相当から14万隻相当まで下がるが、推定11万4000隻の本陽防衛軍に対しては優勢となるため、本陽侵攻を躊躇う理由は無かった。
『大泉の首星、文水を捉えました』
「天体を突入させろ。失敗しても良いように、数は沢山用意してある。第二次ディーテ星域会戦で、王国民30億人を殺した大泉に遠慮は不要だ。この惑星は、未来永劫、人類が住めなくなっても構わない。むしろ、二度と住めなくしろ」
ハルトの命令を受けた要塞要員達が、要塞から次々と天体を投射して、1ヵ月前まで125億人が暮らしていた惑星を破壊し、灼熱の星に変えていった。
そして惑星からは、魂を連想させる光球が無数に湧き上がり、ハルトの傍に顕現するベレニスに吸い取られていったのである。
光球は3時間ほど湧き続けて、ベレニスを輝かせる光の一端と化し、やがて薄れて消えていった。
大泉と本陽の主力は、この時点でも文水に辿り着けていない。
大泉星域会戦は、侵攻時点でハルトが想像した展開とは、全く異なる結果に至った。
当初のハルトは、第二陣を引き連れてコレット達に合流して、総戦力で敵を圧倒して防衛艦隊を突破して、常識的に文水を攻略するつもりだった。
それが初手で、大泉側が迎撃戦力を出し惜しみ、ケルビエル要塞に襲われて各個撃破されて決戦が不成立となった。
そして大泉軍と本陽軍と合流して劣勢を挽回し、コレットが率いる大艦隊と100万艇の軍勢に向かったところ、それら全てを囮にしたケルビエル要塞が逆方向から急襲して、首星を瞬く間に破壊してしまった。
散々に翻弄されて、まともに戦えないままに敗北した大泉軍は、茫然自失としているのではないか、と、ハルトは彼らの心情に思いを馳せた。
首星ディロスを半壊させた大泉に深い恨みを持つ王国民は、史上かつて無い鮮やかな戦果に歓喜して、喝采を叫ぶだろう。
邪霊の不安を払拭できるほどの絶大な宣伝効果も期待できる。
だが戦史に残るであろう目覚ましい戦果は、大泉軍が初手を間違えた事から連鎖的に発生した偶然の産物であった。
・あとがき
書籍版1巻を未購入の方に向けたアピールです!
書籍版1巻では、ハルト達の学園生活も書かれています。
お嬢様達にサロンへ招待されたり、
学業成績の勝負を挑まれたり、
校舎裏の桜の木の下に呼び出されて告白されたり、
中等部時代の侯爵家令嬢フィリーネとの接点や、
当時のユーナやコレットも出てきます。
さらに芝石ひらめ先生が描いて下さった専用イラストもあります!
……買って下さった皆様、私は嘘を言っていないですよねっ?(笑
2巻も、ちゃんと素敵な+αを入れてありますので、
ぜひ、1巻&2巻をお買い上げ下さい!
よろしくお願いしますm( _ _)m