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88話 逆侵攻作戦

 天華の星系に、邪霊王の領域が誕生しかねない。

 前年のアテナ星域会戦が、攻守を入れ替えて再現されかねない危機的な状況に際して、司令長官のハルトは即断即決した。

 太陽系侵攻軍を撤退させて、正規軍7個艦隊と貴族1個艦隊を増強した大軍勢に再編し、総力を挙げた大泉星系への逆侵攻作戦を発動したのである。

 増強された王国軍は、天華巡洋艦で17万4000隻相当となって、大泉防衛戦力と互角になると推定された。

 増強した正規軍7個艦隊と貴族1個艦隊は、太陽系から戻すケルビエル要塞に先行して大泉に出撃している。

 それはケルビエル要塞が大泉星系に高速進撃した後、イスラフェルを展開させてから、第二陣のために一度本国へ戻るためだ。増強艦隊は、先に大泉星系の恒星系外縁部へ到着して、イスラフェルの補給基地を展開する予定であった。


 マクリール星系から大泉星系に向かって、数万の光点が点滅を繰り返しながら、光の矢を伸ばしていく。

 進軍の最中、ハルトは大泉侵攻軍に目標を告げた。


「第一陣は大泉星系に張り付いて、1ヵ月ほど時間稼ぎに徹しろ。その間に、ケルビエル要塞がマクリールと大泉を往復して、第二陣のイスラフェルを運ぶ。・合流して戦力が圧倒的優勢になった後、大泉星系の首星であるウェンシュイを破壊する」


 ハルトが大泉を不在にする間の総司令官代理には、副司令長官リスナール大将が指名された。また次席には、カルネウス大将が指名されている。

 実戦部隊である王国軍司令庁の長官がハルトで、副長官がコレットであるため、ハルトの不在時にコレットが総司令官代理に指名されるのは、順当な任命だ。

 フィリーネの場合は、侵攻軍で最大の戦力であるイスラフェルが指揮下にあり、貴族軍との共同作戦で爵位も有効であるため、次席に相応しかった。


「第二陣の到着前に敗北しそうな場合、艦隊はイスラフェルを残してでも一度撤退して、ケルビエル要塞と合流しろ。目的は、敵首星の破壊と精霊王の誕生であって、宙域の死守ではない。補充できない艦隊に、無駄な犠牲を出すな」


 ハルトは敗北の危機に際した場合、ワープを行えないイスラフェルを見捨ててでも、艦隊に一時撤退するようにと命じた。

 それは国民の大多数から非難される非情な命令であり、民主主義国家では到底出せず、立憲君主制国家であっても断罪される覚悟を要する内容だった。

 だからこそ軍の最上位者であり、積み重ねてきた武勲が絶大で、戦争の勝敗に直結する精霊関連を一手に握るハルトが、自分の口で命じたのである。

 フロージ星系の首星ネフティスを破壊した天華とヘラクレスの同盟側は、さらに第二星系イシスを破壊した後、第三星系ホルスに迫っている。

 ハルトは全軍に対して、重ねて命じた。


「我々が目的を果たせなければ、将来的に王国の全星系が、天華とドワーフの同盟陣営に蹂躙されかねない。我々には、一時的な撤退を行ってでも、最終的な敗北を避ける責任がある。優先順位を間違えるな。以上だ」


 非情な決断は戦闘艇のみならず、太陽系と共和国の各星系に対しても行われた。

 王国が最優先すべきは大泉攻略であり、他国の救助は二の次だ。大泉攻略に全力を挙げる王国は、それぞれ数十億人の難民が発生した太陽系と共和国の各星系の救助に関して、正規軍と貴族軍の軍艦を出し惜しんだ。

 太陽系で焦土作戦を行った天華の目的は、王国に巨大な負荷を掛ける事にある。

 敵の目的が判明しており、かつ助けても王国民に害を為すなすばかりの地球人や、中立だった共和国に対して、王国の安全に優先して救助すべき理由は無かった。

 そのため王国が派遣した輸送艦は最小限で、代替として民間船が雇われて物資の輸送に加わっている。

 火星では餓死者も出るだろうが、天華が地球の地表と火星の食料プラントを核融合弾で破壊した事が食糧難の原因であるため、王国が文句を言われる筋合いは無い……というのが、王国側の言い分となる。


 なお共和国民への救助活動は、ユーナの勅命によって、火星よりはマシな対応が取られた。

 負担になっても勅命を出さざるを得なかった背景には、共和国に近いアルテミス星系に、九山民を深城から移民させた直後の大規模移民船団が、九山の国家魔力者ごと揃っていた事情がある。

 ユーナが勅命を出さずとも、タクラーム公爵家は大規模移民船や国家魔力者を使った多数の輸送船団で、共和国民を救助できる状態にあった。

 タクラーム公爵が独自に、理不尽に襲われた不幸な人々を大々的に助ければ、公爵家は大いに名を上げるだろう。

 第二王子ジョスランの支援者である公爵家が、ユーナの行えなかった救助活動で名を上げた場合、次代の王位継承権争いは殆ど決着する。

 その展開を見越したハルトは、直ちにユーナの名を以て、救助活動を命じさせた次第であった。


 共和国の危機が、タクラーム公爵に好きなだけ国家魔力者を使える大義名分を与えた事に関しては、ハルトも不本意であった。

 後方に悩むハルトに、先行艦隊のコレットから前方の問題が届けられた。


『総司令官へ緊急報告。敵の索敵部隊に捕捉されたわ。一直線で向かい過ぎたかしらね』


 コレットと共に通信スクリーンに投影された映像には、敵の駆逐艦を表わす赤い光点が1つ、駆逐艦の索敵可能範囲内に輝いていた。

 敵の駆逐艦に向かって味方の軽巡洋艦3隻が向かっていく。

 選抜された軽巡洋艦は、艦長がイスラフェルで異様な戦果を挙げたアロイス・カーンのように精霊に気に入られている者達で、いずれも契約精霊が色々な融通を利かせてくれている。強引な近距離ワープもお手の物で、敵駆逐艦の捕捉撃滅は可能だろう。

 だが敵艦を撃沈するよりも、敵艦が通信する方が遙かに早い。敵は通信が届く範囲に別の艦や、通信の中継衛星を配置しているはずで、侵攻情報は送られたと見なすべきだった。

 敵に捕捉された事態を了解したハルトは、軽く頷いてコレットに答えた。


「分かった。先行艦隊は、選抜艦で敵艦を破壊しつつ、進撃を続けてくれ」

『了解したわ』


 敵の索敵網から逃れるには、民間船が行き来する星系間の航路を避けて、銀河基準面の天頂方向に飛び上がってから飛び降りる形、あるいは天底方向を這ってから浮上する形で、大きく迂回進撃しなければならない。

 今回の王国軍は、迂回進撃の余裕が無かった。共和国で暴れている天華が、誕生させた邪霊王を引き連れて戻ってくるまでに決着を付けなければならないためだ。


 既に共和国では、第二星系のイシスが破壊されている。

 天華侵攻軍は第三星系のホルスに向かっているはずで、ケルビエル要塞が大泉に到着する頃には、ホルス星系でも居住惑星が破壊されるはずだ。

 ケルビエル要塞が大泉からマクリールに戻り、第二陣を詰め込んで大泉に戻る頃には、天華侵攻軍も反転して旧連合領を急進中だ。時間的な猶予が殆ど無いために、大泉侵攻で迂回進撃の余裕は無かった。


「大泉星系の恒星系外縁部に到着した後は、近距離ワープが不可能な天体群に布陣して橋頭堡と戦闘艇の補給地を築き、迎撃態勢を整えてくれ。あまり敵星系に深入りしすぎて、離脱出来ない状態になるなよ」

『分かっているわ。戦闘艇が戦い易い天体群に入ったら、精霊とも相談しながら臨機応変にやるわよ』

「ああ、頼んだ」


 ハルトとコレットが言葉を交わす間、コレットと共に映されていた敵味方の光点が交差して、赤い光点が一瞬だけ大きく輝いた後に消滅した。

 先行するコレットが次のワープに入るために通信を切るのを見送ると、直ちにケルビエル要塞も次のワープに入った。

 王国軍が大泉に近付くにつれて、索敵艦が増えていく。コレット達の先行艦隊は、選抜した艦を出して索敵艦を潰しながら、進撃を続けていった。

 既に先行艦隊は、大泉の勢力圏内に深く入り込んでいた。

 コレット達の先行艦隊程度であれば、大泉は余裕で迎撃するはずだ。

 ケルビエル要塞の到着後には、大泉は優勢だが油断出来ない戦いとなる。

 さらに太陽系から回した王国艦隊が到着すれば、大泉で相対する両軍の戦力は互角となって、大泉は天都や本陽に援軍を要請するだろう。

 戦力の逐次投入という変則的な進撃に関して、戦力の集中投入を好むハルトは、やや不満げな表情を浮かべた。




 やがて王国軍の先行部隊1万6000隻が、大泉星系に到着した。

 大泉星系の反応は直ぐに現れて、邪霊結晶を装着して戦力を増強させた天華巡洋艦6万2000隻相当が、迎撃艦隊として発進した。

 大泉の総戦力は、邪霊結晶を含めて17万4000隻相当だと推定されるが、そのうち5万1600隻分は国家魔力者の母体で、母星に攻め込まれた緊急時のみ徴用される。

 大泉本来の戦力は、邪霊の加算を含めて12万4000隻相当であり、その半数がコレット率いる先行艦隊の迎撃に充てられた。

 敵の少なさに一瞬だけ訝しんだコレットは、先行艦隊が索敵艦を駆逐しながら進撃した結果、大泉側がケルビエル要塞を発見していないのだと察した。

 天華は太陽系で、ケルビエル要塞と相対している。

 まさか太陽系から反転して、尋常ならざる速度で大泉星系へ進撃しているとは、想像だにしなかったのだろう。

 戦力を出し惜しむ敵を見たコレットは、瞬時に閃いた。

 ケルビエル要塞が合流すれば、王国軍15万5380隻と、大泉軍6万2000隻という、戦力評価100対40の状況で戦える。

『防衛艦隊が、戦力を出し惜しんでいるわ。各個撃破のチャンスよ』

 コレットから報告を受けたハルトは、当初の方針を全面的に投げ捨てた。


「分かっている。全要塞要員に告ぐ。当要塞は、大泉星系まで連続でワープを続けて、先行艦隊と共に、分散した敵の迎撃艦隊を各個撃破する。星系到達時、即座に総力戦を行う。駐留艦隊、イスラフェル全艇、発進準備をしておけ!」


 発令と同時に淡い輝きを放ったケルビエル要塞が、爆発的な速度で大泉星系に向かって跳躍を始めた。

 大泉の迎撃艦隊がコレットの先行艦隊に向かう数十時間、薬物を用いて一度も休む事無く跳び続けたハルトとケルビエル要塞は、先行艦隊と迎撃艦隊との接敵間際に大泉星系へと到達した。


 太陽系から大泉まで、従来の常識では有り得ない速度で駆け抜けたケルビエル要塞は、大泉の防衛艦隊の意表を突いた。

 突如出現したケルビエル要塞に混乱する迎撃艦隊に向かって、ケルビエル要塞が突進していく。

 爆発的な加速を得たケルビエル要塞からは、有りっ丈の核融合弾が発射された。核融合弾は要塞内で生産できる上に、マクリール星系に戻った後は補充できる。使い尽くしても全く支障が無い要塞からの攻撃は、苛烈を極めた。

 飽和するミサイル群は、迎撃艦隊が放つミサイル量を圧倒的に上回って、迎撃艦隊を押し込んでいった。

 ミサイル群の後ろからは、要塞から飛び出した112万5000艇のイスラフェルが扇状に広がって、迎撃艦隊に飛び掛かっていく。

 全ての核融合弾とイスラフェルの放出を終えたケルビエル要塞は、その時点で恒星系の外側へと進路を転じた。


 反転したケルビエル要塞は、慣性の法則で暫く恒星系に向かって進み続けた後、やがて逆進の力が勝って恒星系の外側へと向かい始める。

 魔素機関を動かすために休めないハルトが疲労感を覚える中、要塞から放出された核融合弾が、迎撃艦隊を容赦なく焼き払っていった。

 核融合弾の爆発によって生み出された巨大な光球の輝きが、大泉星系の宙域に数珠状に列なっていく。次々と生み出される光球と衝撃波は、迎撃艦隊を呑み込んで、艦列を大いに掻き乱していった。

 やがて崩れ始めた防衛艦隊に向かって、イスラフェルが生み出す百万の光点が、正面と上下左右から矢継ぎ早に突き立てられていった。


 ケルビエル要塞からコレット達の先行艦隊に移された戦闘艇指揮所の情報統合システムと、戦闘連動システムが、敵味方の位置を読み取りながら、百万のイスラフェルを最適な位置に導いているのだ。

 現場での戦闘は、建前上は操縦者とされているが、実際には人間に不可能な反応速度で対応するアンドロイドと、周囲の魔素を読み取って魔素機関を稼働させる精霊によって複雑怪奇に動かされる。

 数艇のイスラフェルから放たれた光の矢が、天華巡洋艦級に突き立てられて、戦場に輝く光球の数を増やしていく。対する天華巡洋艦級も反撃を行い、防御力に劣るイスラフェルを狩り取っていった。


 ケルビエル要塞がワープ可能宙域に迫る中、ベルトランが報告を上げた。


「元帥閣下、最前線の戦闘結果を暫定評価させたところ、敵の巡洋艦級は、戦力評価が大きく向上していました。単なる魔素機関の出力上昇に留まらず、敵艦の艦体性能も、精霊が支援した時のように向上しております」


 ハルトは天華側が、王国の理不尽な技術に追い付いた事実を受け入れた。

 魔素機関を動かす天華の国家魔力者に、邪霊達が力を貸しているのだ。

 それを証明するように、死角から迫ったイスラフェルの砲撃が、人間には不可能なシールドの局部展開で弾き返されている。攻撃を防がれた直後には、反撃した天華艦の砲撃がイスラフェルを貫いていった。


『ジャネットが量産したC級結晶は、人間にとってのアンドロイドのような存在です。相手の大半も同様の様子ですから、エネルギーの削り合いではあっても、精霊と邪霊の食い合いにはなっていません。昇格されないのは、不幸中の幸いでしたね』


 精霊と邪霊の戦いを評価するミラに、ハルトが質す。


『イスラフェルの操縦者は、元々はD級結晶で契約していたサラマンダーの操縦者達だ。イスラフェルが破壊されたら、D級精霊はどうなるんだ』

『模造品を盾にして、精霊界に逃げますよ。アンドロイドが人間を守るために、時間を稼ぐような現象が、瞬間的に発生していると思って下さい。失敗する個体も有りますけれど、自然淘汰なのでお気になさらず』


 気にするなと言われて、気にしないで居られるほど剛胆ではなかったハルトは、ベルトランに命じた。


「邪霊結晶の装着による敵艦の性能向上について、全軍に注意を促せ。操縦者を介して、契約している精霊達にも注意させろ」


 敵が精霊を害せる危険を理解しても、戦いは避けられない。

 気にするなと諭したミラの言動は、その事実を受け入れて発したのだろう、と、ハルトは発令後に理解した。

 やがて敵艦隊と苛烈に削り合う第一陣を背にしたケルビエル要塞は、第二陣を迎えに行くべく、恒星系外へと跳び去っていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さらっとコレットの方が司令官代理になってるw と言うかフィリーネはセリフすら無しである 頑張れフィリーネ 俺は応援してるぞ!
[良い点] また盛り上がってきましたね お互い殲滅戦争が理に成ってしまったのが恐ろしい
[一言] ヘラクレス星人からすると人と結晶は溢れてるけど船がボトルネックになってると。 ここから時間が敵に回り続けますね。
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