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86話 フロージ星系壊滅

・編集様に、2巻発売の告知許可を頂きましたっ!

 発売日は、2021年11月16日(火)です。

 今後とも本作をよろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

 人類にとって3度目の星間移民であるフロージ星系への移民は、西暦2928年に行われた。

 ディーテ星系移民から105年を隔てており、ヨーロッパの共和制諸国家が入念な準備期間を費やして行った大事業だった。


『フロージの由来は、北欧神話に登場する神フレイの別名だ。フロージは神々の中で最も美しく、眉目秀麗な豊穣の神とされている。フロージが北欧を支配していた豊かで平和な時代は、フロージの平和とも呼ばれている』


 その名前の由来どおり、フロージ共和国は、豊かで平和な時代を享受した。

 人類連合と、ディーテ星系との争いに中立的な立場を貫いたフロージ共和国は、独自に移民を行い、現在は3つの星系にまで版図を広げている。

 2つ目の星系は、新たな星系と住民が豊かになる事を願って、イシスと命名された。女神イシスは、エジプト神話に登場する地母神であり、豊穣神でもある。

 3つ目の星系は、ホルス星系と命名された。ホルスは、太陽と月の目を宿す天空神であり、後世で混同された豊穣神イシスの息子でもある。

 平和、豊かさ、繁栄。それらを国是に掲げるフロージ共和国は、戦争で中立を保ち、人類の第三勢力として発展してきた。


 平和と繁栄を享受してきたフロージ共和国だが、彼らは自衛を疎かにしていたわけではない。王国と連合が戦争を再開する直前、王国、連合、共和国の3勢力は、10対14対4の戦力比だった。

 共和国の人口は約160億人で、王国の総人口400億人に対して4割だった。すなわち共和国は、人口に見合った戦力を有しており、自衛を疎かにしていたとは言えない。

 それどころか、魔力者を優遇して増やしてきた王国に比率で劣らない共和国は、戦力を揃える努力を王国並みには行ってきたと考えられる。

 そうやって揃えられた共和国軍の正規艦隊は12個で、各星系に4個ずつが配備されていた。

 また共和国は外交政策でも、戦争に巻き込まれない努力を怠らなかった。

 大方針としては、王国が強引に迫れば連合側へ、連合側が強引に迫れば王国側へ擦り寄る。

 王国側は、連合と共和国を同時に敵にしたくない。

 連合側も、共和国を敵に回して14対14で戦いたくない。

 共和国による『どっち付かずのコウモリ外交』は、王国と連合の再戦前には通用していた。


 従来の外交方針が通じなくなったのは、王国が精霊結晶と戦闘艇を組み合わせた戦力強化を行い、天華も国家魔力者を用いて争い始めた後だ。

 共和国の1個艦隊は、戦力評価が3693とされる。

 これは戦力評価が6とされる天華巡洋艦で、615隻と同程度だ。すなわち共和国が自星系に配備する4個艦隊は、天華では2460隻にしかならない。

 そして王国との開戦時、天華5国の戦力は100万隻だった。対する王国も、精霊結晶と戦闘艇の組み合わせで対抗している。


『全く足りない。彼らがその気になれば、簡単に滅ぼされてしまう』


 天華が保有していた軍事力の0.7%しか持たない共和国は、自国と周辺勢力との戦力を見比べて青ざめた。

 危機感を抱いた共和国は、王国に精霊結晶の輸出を繰り返し求めた。

 だが連合との戦いにどっち付かずどころか、天華との戦争にも中立であろうとするフロージ共和国に対して、王国側の反応は冷ややかだった。王国は、味方では無い勢力に精霊結晶を輸出する意志など無かったのだ。

 故に天華の侵攻を受けた際、共和国は対抗する術を持たなかった。


『天華連邦軍、当星系に急進中、艦隊数、艦隊数、およそ7万4000隻』

『我が軍との戦力差、約30倍。演算結果、軍事力での対応は不可能です』


 防衛司令本部から止め処なく押し寄せる急報に、自己のキャパシティが飽和した共和国大統領エメリック・ローランは、呆然と佇みながら呆けた。


「何故だ」


 王国と天華であれば、何処の星系で何個艦隊同士が撃ち合おうとも、「戦争中だからだ」の一言で済まされる。だが中立の共和国に対する侵攻は、大義名分が立たない。

 もっとも、天華が共和国を併呑したとして、王国と戦争中の彼らにとっては他に文句を言われる相手も居ない。

 王国侵攻に必要な資源や拠点を獲得しようと企図したのか。それとも、交易で経済の一端を支える共和国を排除しよう、と、目論んだのか。

 いずれにせよ、容易に倒せる共和国を踏み付けておく決断に至ったのだろう。


「だから精霊結晶を輸出してくれるように、と、王国に言っていたのだ。フロージが占拠されれば、王国も困るだろうが!」


 エメリックは中立という共和国の外交方針を棚上げして、王国を罵倒した。

 そうやって巨大な不満の一部を発散させた彼は、星系内に緊急事態宣言を発令し、軍には防衛行動を指示して、自らは星系内に押し入った武装集団を問い質した。


「私はフロージ共和国大統領のエメリック・ローランだ。天華連邦軍の責任者に問う。我が国への訪問の目的を伺いたい」


 今回の侵攻に対して、一体どのような大義名分を持ち出すのか。

 はたしてエメリックの通信に応じて姿を現したのは、天華の1国である大泉の指導者として知られるウンランと、1人のヘラクレス星人であった。


『お初にお目にかかる。私は、ヘラクレス星系に住む人々の代表、イシードル・アザーロヴァだ』

「……は、ぁ?」


 戸惑うエメリックの様子を平然と眺めたイシードルは、整ったヒゲを揺らしながら、変声前の子供のように高い声で、穏やかに語り始めた。


『我らヘラクレス人民は、これまで長きに亘り、人類連合、ディーテ王国、そして彼らとの交易で経済活動を支えたフロージ共和国によって、ヘラクレス星系の惑星アルカイオスに封じ込められてきた』


 イシードルが語り出したのは、宣戦布告の大義名分であった。

 ヘラクレス星系が人類連合の支配下にあって、資源を搾取され、星間移動を禁じられてきたのは、滅亡した連合以外が認める人類の歴史である。

 戦後に王国が封じ込めている件については、王国側から見れば連合の一部だったヘラクレスを無力化するのは当然だ。一方でヘラクレス側から見れば、支配者が交代しただけであり、封じ込めている事実に何ら変わりはない。

 そして連合と王国との戦時中、共和国は両勢力の中継貿易を担い、連合の活動の一部を経済的に支えていた。数百年に及ぶ歴史の中では、ヘラクレス星系に届いた共和国の製品など、いくらでもあるだろう。

 それらが、天華による宣戦布告の大義名分に使われるとは、交易を始めた当初の共和国政府は、想像だにしなかったはずだ。

 イシードルは仰々しく、言の葉を繋げる。


『生物の目的は、生存し、子孫を残す事だ。戦時中、惑星アルカイオスに押し込まれた我らは、天体攻撃によっていつ滅ぼされるとも知れない立場に置かれた。故に我らは生物として生存するために、子孫を繁栄させるために、我らの脅威である3勢力を排除しなければならない』


 整ったヒゲの下から発せられた内容は、なんとも恐ろしい事に、宣戦布告の大義名分としては成り立つものだった。

 人間が後付けでいかなる理由を並べ立てようとも、相手を排除しなければ自分と子孫が殺されるのであれば、相手を排除するのが生物として当然の行動である。黙って殺されろと強要されても、殺される側が従う謂れはない。

 イシードルは堂々と胸を張って、己の信じる正当な理由を高らかに宣言した。


『我らヘラクレス人民は、天華連邦と同盟を組み、我らの存在を脅かす人類連合、ディーテ王国、フロージ共和国の3勢力に宣戦布告する。優勝劣敗、適者生存。これは種族の存亡を懸けた、どちらか一方の種族が生き残る生存競争である。以上だ』


 イシードルが掲げた大義名分の壮大さ、仰々しさ、苛烈さに、エメリックは顔面蒼白となった。

 宣言内容を正しく実現させるならば、種族を滅亡させる事になる。

 これは大義名分であり、天華が共和国を制圧するために用意させたものだ、と、常識的に捉えたエメリックは、主張に綻びが作れないかと模索した。


「誤解があるようだ。ヘラクレス星系で星間移動を禁じたのは、連合と王国だ。我ら共和国は、過去に1度もヘラクレス人民の星間移動を阻んだ事実は無く、ヘラクレス人民の脅威では無い。故に争う理由は無いと考える」


 はたして主張を耳にしたイシードルは、無常に首を横に振った。


『連合と王国に対して、我々を封じ込める物資を売ったのは誰だね。100の圧力を101に上げるのは、加担だよ。しかも君達は、自国の利益を求めて自発的に行った。この期に及んで、舌先三寸で逃れられるとは思わないことだ』


 ならば王国から先に攻撃しろ、と、喉元まで込み上げた罵声を呑み込んだエメリックは、対応について目まぐるしく思考した。

 軍事的に対応できないのは明らかだ。100万隻の民間船を掻き集めたところで、侵攻してきた大艦隊にとっては砲撃の的にしかならない。そもそも共和国民は、王国民のような戦争教育を受けていない。


(一戦して降伏するか、戦わずに降伏するか)


 エメリックが考えたのは、天華との戦争に勝利した王国が、共和国を解放した後の事だ。

 現状で圧倒的に優勢なのは王国だ。

 天華5国のうち新京と九山を壊滅させ、マクリールと深城も奪い返した。ディーテ星域会戦では30億人の死者を出したが、それよりも大規模だったアテナ星域会戦では、民間人に死者を出さずに、35万隻以上の天華艦を撃滅している。

 女王ユーナの戴冠後に始まった転移門や領域などの不可思議な現象に対して、天華側は全く対応できていない。

 故に、最終的に王国が勝つと考えるエメリックは、共和国が勝てないからと無抵抗に天華の侵攻を受け入れた場合、戦後に浴びせられるであろう両国民からの非難を想像せずにはいられなかった。


「緊急の閣議を行って、降伏について協議したい。1度進軍を停止して、48時間待って頂きたい」


 手続きを踏んで、やむを得ないという結論を出して、苦渋の決断を下す。さらに避難までの猶予があれば、共和国民の大多数が惑星から離脱できる。侵攻軍側も、人道に配慮したと見なされる。

 そんな共和国民が納得できて、侵攻軍にも受け入れられるという希望的観測に基づいて描いたエメリックの未来図は、イシードルによって容赦なく破り捨てられた。


『ふむ。却下する』

「すまないが、何と仰られただろうか?」


 素っ気無いが誤解しようの無い回答が発せられた後、呆気に取られるエメリックの様子を見たイシードルが言葉を付け加えた。


『我々は宣戦布告した上で、これが種族の存亡を懸けた生存競争だと告げた。争いは開始されており、中断する理由が無い。むしろ止まってはならない。フロージ共和国の全惑星に天体を落として、君達を殲滅するのは、既に確定事項である』

「……馬鹿な、惑星を破壊してどうするのだ。何も得られないぞ!」


 エメリックは己の聴覚と相手の正気を疑った後、自己の常識を以って訴えた。

 人類が居住可能惑星を作るには、膨大な労力と相応の年月が必要である。

 ヘラクレス人民が積年の恨みを晴らしたいのだとしても、実際に軍勢を動員するのは天華であり、天華は居住惑星を求めている。丸ごと手に入る共和国の惑星を目前にして、それを手に入れずに破壊するなど、正気の沙汰ではない。

 エメリックは仲介者を求めて、イシードルと共にスクリーンに現れている天華のウンランに、説得を求める必死の視線を向けた。

 だがエメリックにとっては信じがたい事に、ウンランは黙して語らず、イシードルの方針を淡々と受け入れている様子だった。


『結論は出た。君達は、ここで滅びたまえ』


 別れを告げたイシードルは、エメリックの返答を聞かずに通信を打ち切った。


 通信を見守っていた大統領府のスタッフ達は、通信が打ち切られた直後から、血相を変えて各所に指示を飛ばし始めた。

 首星ネフティスには、70億人が暮らしている。

 そして恒星系外縁部に出現した天華艦隊が首星ネフティスに到達するまでは、40時間から50時間ほどしか猶予が無い。

 天華艦隊が侵攻してくるのは1方向からで、反対方向に逃げれば逃げ切れる。

 だが共和国は、王国のように4000人が搭乗できる中型コンテナを取り付けた500万艇ものサラマンダーを、各惑星に分散配置させているわけではない。また全星系に公爵級の魔力者を配置して、いつでも発進可能な巨大移民船を待機させているわけでも無い。

 70億人を運ぶのであれば、4万人を収容できる大型コンテナ17万5000個と、それを輸送できる規模の星間船が必要になる。

 それが可能な魔力者と、星間船自体は共和国も所有していたが、交易のために星間航行中で、首星には不在だった。僅か40時間で、70億人を避難させる術を、共和国は全く持ち合わせてはいなかったのである。


『大統領府、副大統領スチュアート・ジブラより、全共和国民に告げる。天華連邦軍が侵攻してきた。敵軍は、7万隻以上。フロージ星系外縁部から首星に進撃中。到達まで最短40時間。相手は、居住惑星に天体を落とすと宣言した』


 一刻一秒が惜しいと判断した副大統領は、未だ茫然自失として立ち直れないエメリックに代わって、惑星からの避難命令を発した。


『全ての国民に対して、避難命令を発する。共和国軍を除く全ての国民は、あらゆる手段を用いて、直ちに首星から避難せよ。政府は全国民に対し、緊急避難に必要な全ての行動を許可する。星系内船でも良い。とにかく惑星から離脱しろ』


 何をしても良いから逃げろ。そんな前代未聞の命令が発せられたフロージ星系は、急斜面を転がり落ちるように、加速度的に混沌の極みに陥っていった。

 大抵の船には、想定外の人員に対する水や食料を準備などしていない。

 星間船の乗員達は、自身の家族を優先して受け入れるべく、何も持たずに大挙して押し寄せて来る民衆に対する乗船を拒否した。

 自身の家族だけを乗せて飛び立とうとする星間船と、逃げ込もうとする民衆との争いが続発した。

 その混乱に拍車を掛けたのが、天華侵攻軍による進路上の民間船撃沈だ。

 天華側にとって、共和国と王国との間を行き来する交易船を見逃す理由はどこにもなかった。

 次々と破壊されていく民間船の情報が、星系内のメディアを介して共和国民に伝わると、生命の危機に瀕した人々は恐慌状態に陥り、なお凄惨な事態を引き起こしていった。

 星間船にしがみつき、あるいは乗り損ねた船に砲撃する民衆の姿は、惑星上で枚挙に暇なかった。本来であれば取り締まりを行って、治安を維持するはずの警察機構も、自身と家族を逃がす事に精一杯で機能していなかった。


 天華侵攻軍が首星ネフティスに到達するまでの43時間、首星ネフティスでは地獄絵図が量産された。そして天華艦から複数の天体が投げ込まれた後、本当の地獄がネフティスを覆い尽くしたのである。

 大叫喚地獄の如き絶叫が轟き、大焦熱地獄の如き灼熱が襲い掛かって、阿鼻地獄の如き過酷な世界が惑星を覆い尽くす。

 惑星から離脱した人々は、拡大投影したスクリーンを埋め尽くす光の輝きと、天体落下地点の周囲に広がる灼熱の熱放射と、大気と人工物を吹き飛ばしていく衝撃波とを目撃した。

 西暦2928の移民後、817年を費やして築き上げた首星ネフティスの全てが、取り残された数十億人ごと地獄に飲み込まれていった。


 共和国民を奈落の底に突き落とした天華艦隊は、射程内の共和国の艦船を悉く焼き払いながら、イシス星系に向かって去っていった。

 その様子は、フロージ星系に駐留していた王国の大使館員や、交易で訪れていた民間船などを介して、直ちに王国へと届けられた。

 そして惨劇を目撃した王国民の精霊達によって、天華艦隊に邪霊の反応が確認された事、破壊された首星から天華艦に向かって、巨大な瘴気が流れ込んだ事も併せて伝えられた。

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― 新着の感想 ―
恨み骨髄とはいえ、ドワーフキマってんなぁ そしてクソ天マジクソ天。言葉喋る猿やん
[良い点] 二巻発売決定おめでとうございます。 [一言] 続編や設定集の知識があればヘラクレス星人は真っ先に滅ぼされてたんでしょうね。 ゲームの知識が邪霊対策に結びつくのか、この先も楽しみです。
[良い点] どちらかが滅びるまで戦争が続く絶滅戦争か。 本当に恐ろしいですね。 これって生存競争ではなく生存戦争だよ。 [一言] 2巻の発売おめでとうございます。 さっそくアマゾンで予約しますね!
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