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84話 海中回廊

 王国暦444年12月。

 ディーテ星系にて、精霊帝ジャネットから2体の上級精霊を受け取ったハルトは、それから休暇に入った。

 婚約者のユーナが背負う重圧を軽減させるべく、最大の負荷である天華の問題を取り除こうとしているハルトだが、近視眼的に全てを自身で行って、負荷に耐えかねて潰れるのは本末転倒だという事は理解している。


『軍艦だけでは無く、軍人にもメンテナンスが必要だ』


 ハルトでなければ不可能な仕事は、それほど多くはない。

 幸いにしてディーテ王国は、先に行われた3つの大会戦において、天華の50万9000隻を失わせている。加えて、自陣営に引き込んだ九山のリュウホから、天華の戦略や防衛に関する殆どの情報を入手した。

 侵攻スケジュールは決まっており、各星系の防衛もイスラフェルの配備が順調に進んでいる。そして先般は、自身の契約精霊も増やした。

 現状に至っては、次の会戦が行われるまでに、侵攻軍の総司令官を務めるハルトの精神をリフレッシュして判断力を回復させた方が良い。

 その様な判断の下、ハルトは自身にしか行えない精霊関連の問題を片付けた後、他の長官や大将達に侵攻の準備を割り振り、領地の内政も政府に任せて、休暇の取得を決めた。

 休暇中に全ての面会を断り、アマカワ侯爵邸と天空の城で過ごすこと3日。ハルトの意識は、侯爵領から8キロメートル沖合の海上にあった。

 地中海に面したアマカワ侯爵領では、領海内の一部を民間レジャー用として開放している。目的は領地の黒字幅を拡大することで、減税や補助を行って、多数の民間リゾート施設を領内に引き込んだ。

 続々と参入してきた多数のリゾート施設の1つに、ハルトはクラウディアと共に訪れた次第である。

 ハルトが浮かぶ海上の上空では、数多のハンググライダーが飛び交っており、戦時とは思えないほど賑わっていた。

 たまに失敗して海面に墜落していくものもあるが、操縦している人々も遠隔操作用のロボットであるために、墜落事故が怪我になる事はない。

 そのためハルトは気軽に眺めながら、穏やかに過ごしていた。もっとも同行したクラウディアは、大空を飛んでいたが。


『ハルト様、レースが始まりますよ。参加されませんか?』

「疲れるから止めておく。参加するなら頑張れ」

『分かりました。応援していて下さいね』

「了解。健闘を祈る」


 ハルトが見上げる空で、備え付けの装置で自動操縦に切り替わった多数のハンググライダーの群れが、続々と上空に舞い上がっていった。

 それらは上空の一角に集まると、やがてアマカワ侯爵領における観光名所の1つ、天空の城に設けられた飛行禁止空域の外側を大きく回る形で飛び始めた。

 風に乗ったカラフルな機体の群れが、天空の城に向かって飛び立っていく。

 星間文明人から見て、非常に古風で幻想的な光景を眺めたハルトは、やがて安らかに瞳を閉じて、海底に沈んでいった。


 ディーテ星系の地中海は、人間にとって安全な海だ。

 人間に選別されて、寄生虫を除外された安全な魚だけが泳いでおり、他にも貝類では、ホタテ、牡蠣、アワビ、アサリ。甲殻類では、エビやカニ。軟体動物ではイカやタコなど、食用のものだけが生息している。

 そんなディロスの海を泳ぐ海洋生物には、一時期にはハンドウイルカも混ざっていた。

 第二次ディーテ星域会戦で王都があったオルテュギア大陸を吹き飛ばされた際、地球から連れて来たハンドウイルカの群れが逃げ出して、地中海を泳ぎ回ったのだ。

 ディーテ王国民には、イルカを食べる習慣が無い。

 たった一種類だけ、最大の捕食者である人間から狙われない巨大海洋生物が大海で繁栄したならば、数百年後にはイルカが大繁殖して食用魚達を食い荒らしてしまうかもしれない。

 そのように考えたハルトは、回収を前提として生物学者達に意見を出させて、それを元に子供達から「イルカを自由に泳がせてあげて」と嘆願される前に、イルカ達を回収して海洋水族館に戻した。従ってディロスの海洋生物は、今は元通りの種類に戻っている。

 その件に関して王国民の意見は、回収は仕方が無かった派と、それでも可哀想派に分かれている。だからこそハルトは、早々に回収して良かったと確信しているが。

 ハルトが沈んでいったディロスの海は、それほど平和なのである。


 1時間後、レースに決着が付いたクラウディアから連絡があって、ハルトは遊泳ロボットに繋いでいた意識をレジャー施設に戻した。

 視界に映る海底がゆっくりと暗転していき、真っ暗になる。

 次いで、暗闇に閉ざされた視界に、薄らと光が差し込んでいくと、そこはリゾート施設のカップル用の部屋に置かれた筐体から見える世界に変貌していた。

 隣の筐体からは、クラウディアが子狐のようにちょこんと顔を出して、ハルトと目を合わせて笑顔を見せた。そして残念そうに結果を報告する。


「87人が参加して、7位でした。私より上の6人、物流を担う戦闘艇の操縦者になったら良いんじゃないでしょうか」


 感心7割、悔しさ3割といった比率の興奮冷めやらぬ感情で、士官学校首席で戦闘艇の操艇シミュレーションでも高い成績のクラウディアは、自分に勝った6名を賞賛した。

 戦闘艇とハンググライダーの操作は別物だが、操作の大半を機械が担うために、操縦者に求められるのは飛ぶ感覚だ。上位6名には才能があるのだろうと思ったハルトは、クラウディアの発言を肯定した。


「本人に強制とならない形でなら、推薦状を出しても良いぞ。少将には、下士官の推薦資格がある」

「分かりました。それなら後で、推薦状を送っておきます」


 勝負の結果に結論を出したクラウディアは、落ち着きを取り戻した後にハルトの腕にしがみついて、遠隔操作ロボットを動かす筐体が置かれた部屋から、水族館の海中回廊に出た。


「民間のレジャー施設も、設備は結構しっかりしていましたね。技術的には、20年くらい前の軍用品レベルでしょうか。特に違和感はありませんでした」

「そうだな。魔素機関の稼働機能を除けば、それくらいの技術が使われているかも知れないな。それじゃあ、食事に行くか」


 ハルトが訪れたレジャー施設は、ディロス海の魚達と戯れる水族館を兼ねる。

 家族や恋人と一緒に、実際に泳ぐ魚を眺めて共通体験を重ねれば、相互理解を深められる。仮想空間上で魚を眺めるのも面白いが、水族館には仮想空間では代替不可能な価値がある。

 そんな理屈を知っていても、ハルトと一緒に水族館の魚を眺めるクラウディアは、とても楽しそうに周囲を眺めていった。


 ハルト達が歩く海中回廊は、巨大な水槽の中に作られた、透明な筒状の道だった。

 上下左右の全てが水槽で、ハルト達が海洋生物から観察されているかのような真逆の世界を、2人はゆっくりと歩いて行く。

 ハルト達の外側に広がる世界には、ディロスの海には解き放てない危険な生物を含む、多様な海洋生物が暮らしていた。


「あっ、イルカの群れです。あれは、ハルト様が地球から連れて来た子達ですよね。第二世代は居るのでしょうか」


 クラウディアが指差した頭上を、ハルト達にとっては巨大であり、地球人から見れば小さなハンドウイルカ達が群れを成しながら、優雅に泳ぎ去って行った。


「ケルビエル要塞で運んだのが4年ほど前だから、子供のイルカはディーテで生まれたはずだ。あれから、もう4年も経ったのか」


 イルカを運んだ当時を振り返ったハルトは懐かしんだ。

 元王太子グラシアンが行った太陽系侵攻は、首星の防衛戦力を大幅に減らして、王国民10億人を殺される大失敗だった。

 それを誤魔化すために、太陽系制圧の分かり易い成果の1つとして連れて来られたのが、ディーテ王国には存在しないイルカ達だ。

 地球からは、連合の技術や資源も大量に回収しているが、一般の王国民にウケが良かったのは、巨大海洋生物であるイルカ達だった。


「地球には、もっと大きなクジラやダイオウイカも、沢山泳いでいるのですよね」

「ああ。流石にそいつらは運べなかった。運んだところで、ディーテには管理できる施設もなかった」


 ハンドウイルカで視界いっぱいに広がるのだから、クジラやダイオウイカを連れて行けと命じられていた場合、一体どれほど大きく感じられるのだろうか。

 もしもクジラを運んで専用施設を建てていたら、首星防衛戦で破壊されたハルトの自宅を直さずに、不要不急のクジラ専用施設を建てていたという部分を責められたスタンリー首相は、さらに追い込まれていたかも知れない。

 王国は地球に生息する海洋生物の精子や遺伝子を回収しており、クジラやダイオウイカを人工孵化させる事も出来るが、太古から命を繋いできた点で、地球が有する絶妙の環境には遠く及ばない。

 有害生物も多いが、それらに対応する人間の生物的な進化を含めて、地球環境は人類にとって非常に価値が高い。

 そんな風に考えながら、イルカ達が泳ぐ巨大水槽を通り抜けたハルトは、海上に浮かぶテラスに出た。

 視界いっぱいに地中海が広がっており、和やかな曲が流れていて、2人掛けのテーブルには事前に注文してあった昼食が用意してあった。

 周辺海域には複数のテラスがあるが、景観を壊さないように外部からは見えないようになっている。地中海を2人で独占しているが如き光景を目にしたハルトは、海上から空を見上げたときと同様の雄大さを感じた。

 クラウディアをテーブルに誘導して椅子を引き、彼女を座らせた後にハルトも座って、用意されている昼食を摂る。


「平和で、長閑のどかですね」

「そうだな。かなりリフレッシュ出来たかな」


 それに婚約者とのデートにもなったし、と、普段から忙しくて私生活が疎かになりがちな点を心苦しく思うハルトは、多少は解決を図れた事に安堵した。


「食事の後はお土産コーナーに寄って、デートの記念に何か買っていこう。イルカグッズが人気らしいが、何でも好きなだけプレゼントする」


 デートだと明確に口にしたハルトに、クラウディアの表情は明るくなった。

「ありがとうございます。発送の他にも、いくつかは直ぐに持ち帰りたいです。それと、お揃いの何かも欲しいです。ハルト様も一緒に選んで下さいね」

「仰せのままに」


 それから3時間後、イルカのお土産を抱えた厳つい表情のアンドロイド兵達を引き連れた少女が、彼氏と腕を組みながら水族館を後にした。

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

本作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[一言] クラウディアとの日常回が癒しですね…。 なんと尊いことか。
[一言] 女王ユーナが羨ましげな虚ろ目でハルトとクラウディアを見つめてそうですねw
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