08話 航宙実習
中立国フロージの首星は、ディーテ王国の首星から約180光年、地球からは約240光年の彼方にある。
439年前の独立当時は、移動だけに膨大な時間が費やされた。そのため地球の支配から解き放たれ、フロージ共和国は成立したのである。
その長大な航路が、魔素機関が発展した現代では片道2ヵ月強の航路となった。
当時は士官学校の入学から卒業までの時間を費やしても辿り着けなかったが、今では士官学校の航宙実習に丁度良い程度の距離となっている。
往路では、士官候補生が操船ライセンスの取得を行う。
ライセンスを取得しなければ正式に軍艦を動かせず、艦長科で4年生になれない。
往路では士官候補生全員に対して、操艦の実技試験が行われた。
筆記とシミュレーションは士官学校で修了しており、実技は魔素機関の稼働や出力調整、短距離ワープなどが実際に行えるかを見るものだ。
魔力調整力を問う試験であり、合格ラインを越えている者はAからBの汎用ライセンス、それを下回る者はCの軍用ライセンスが与えられる。
その際、ハルトが渡した精霊結晶が絶大な効果を発揮して、ハルトの駆逐艦に乗る4人の士官候補生全員が完璧な制御で満点の評価を受け、基準値5までの艦船のA級ライセンスを取得した。
ライセンスは永久資格で、A級ならば制限のない単独操船が認められる。有り体にいえば、軍を退役した後も客船や商船を操船出来て路頭に迷う事が無くなる。
乗り合わせていた士官候補生たちは驚愕し、揃って入手先を聞き出してきた。
もっとも精霊結晶があったとしても、2倍の熟練軍人が操る艦隊には勝てない。
敵に鹵獲されても、精霊結晶の再生産や譲渡は出来ないが、装着者の候補生ごと捕獲されて様々な検証をされれば戦争で不利になる。
従ってハルトは、自艦の乗組員であるユーナとコレットには生存の可能性を上げるためにC級精霊結晶を渡したが、他の候補生達に配ることは無かった。
試験に合格したハルトは、航宙実習中の立場を利用して、アラジン船団が人類連合軍に襲われる状況と対策を想定して、教官達に様々な提案を行った。
結果は、作戦立案に意欲的だと評価されただけで終わってしまった。
自然停戦期間が長すぎて、教官達も襲われる危機感など抱いていなかったのだ。
提案を悉く受け流されたハルトは、やむなく教官達から状況を想定した対処方法を質問する形にした。
襲撃された場合の敵の目的、ディーテ王国軍が行う警告の距離と内容、応戦開始の判断基準と対応する宇宙法、敵が軽巡から狙ってくる予想戦術、敵船の所属の確認方法、輸送艦の逃がし方、友軍への伝達方法。
同じ艦に乗る副長のフィリーネ、主計長のユーナ、航宙長のコレットにも対応方法を相談し、彼女たちを巻き込んで質問を提出し、教官達からの正式な回答を映像記録に残して共有したところで、船団はフロージ共和国の首星ネフティスに到着した。
もっとも一行が降り立ったのは、首星ネフティスを廻る宇宙ステーションまでだった。
これが観光旅行ではなく、航宙実習だと改めて思い知らされた士官候補生たちは、渋々と積み荷を入れ替えて、ディーテ王国が唯一入国可能な他国を後にした。
そしてフロージ星系の外縁部に達したところで、ハルトにとって何度目かのハードモード展開が訪れたのである。
最初に異常事態を察知したのは、宙域を警戒させていたA級精霊セラフィーナだった。
ハルトと繋がる艦の多次元魔素変換観測波に、左舷後方の何も目標物が無い宙域から、亜光速で接近してくる船影が捕捉されたのだ。
艦船魔素変換出力は、軽巡規模が観測されている。
このままの進路で進めば、41分後にアラジン船団と交差するだろう。それが人類連合国家群の艦隊による攻撃であることをハルトは最初から確信していた。
「魔素機関、戦闘稼働。総員、第二種戦闘態勢への移行を命じる。全艦へ緊急通信」
ハルトは立ち上がって叫び、アラジン船団に自ら警告を発した。
同時に教官達へ向けて、過日提出した異常接近してくる船を想定した対応案も添える。
「駆逐艦1番艦、艦長ヒイラギより全艦へ。緊急事態発生。左舷後方、目標物の無い宙域より、当艦隊に亜光速で迫る軽巡洋艦級1隻、駆逐艦級3隻を確認。船籍証明を出していない。交差まで約41分。これより駆逐艦1番艦は、船団護衛計画に沿って所属不明船に接触する」
魔素機関が最大出力でダークエネルギーを変換し、駆逐艦1番艦は青い輝きを放ちながら、急速回頭して船団から飛び出した。
瞬く間に戦闘態勢を整えながら船団から離れていくハルトに対し、軽巡の教官から制止の通信が入ってきた。
「ヒイラギ士官候補生、我々は進軍中の艦隊では無い。フロージ共和国の船籍である場合、軽率な行動は国家間の問題に発展する恐れがある」
教官は厳しく指摘したが、亜光速で迫ってくる軽巡級船への対処法については言及しなかった。
アラジン船団が退避行動を取ろうにも、現在の距離ではどの方角に逃げれば良いのか決められない。しかも船団は新旧の複数艦種が入り交じっており、操艦している各艦長もライセンス取り立てか、仮ライセンス中の士官候補生で、無理に進路を変えれば味方に衝突する危険すらある。
迫ってくる船を避けろと言っても、避けるに避けられないのだ。
「イエッサー。所属不明船の危険接近は、王国、共和国、連合のいずれの航宙法にも反します。まずは通信で、違法操船行為を指摘して停船を求めます。それに従わない場合、相手は故意か、操船不能であります。何れの場合も、停船させて衝突を回避しなければなりません」
「その通りだ。だが亜光速移動中の船に対して行うのは、至難の技だ」
「イエッサー。本艦は所属不明船に17分間接近し、然る後に反転して斜め前方を併走しながら警告、従わない場合に併走しながら砲撃します。そうすれば停船を求める時間が生じます」
「…………他の教官と話し合う」
「イエッサー。中止命令が出た場合には作戦を中止します。それまでは衝突阻止が間に合うように、対処行動を取ります」
「よろしい」
これはハルトが事前に提出していた対処方法であり、教官達から意見を聴取して修正も加えている。理論武装が済んでいる主張に対し、それを理解している教官はやむなく行動を承認した。
黙って様子を窺っていた駆逐艦の乗員達は、フィリーネらも含めて全員が、教官から承認が出た事に安堵した。
これで教官の許可を得た行動となり、乗員に責任追及される事は無くなる。上からの承認を得た艦内の動きが、途端にスムーズになった。
「カルネウス副長、敵船へ警告してくれ」
「え、あ、はい。まずは魔素通信、発光信号で警告を発して、従わない場合は推進機関を砲撃して停船させる旨を伝達……」
事前にシミュレーションを行っていたフィリーネたち3人は、ハルトの決定に異論を差し挟まなかった。艦内に発した第二種戦闘態勢は準戦闘状態を意味するが、船団に危険を及ぼす所属不明船団の接近は、態勢移行に相当するとも確認済みだ。
彼女達が疑問を持ったのはハルトの指揮に対してでは無く、なぜ想定していた状況と現実が、これほどまでに一致しているのかだった。
ハルトは魔素通信と発光信号で警告を発し、従わない場合は推進機関を砲撃して停船させる旨を伝達した。もちろん相手からの反応は返ってこない。
「リスナール航宙長、全員の宇宙服を対宙状態に切り替えろ」
「ええ、了解。航宙長より、全乗組員に告げる。宇宙服を対宙状態に切り替えなさい。これより本艦は、不明船団に対して砲撃を含めた強制停船を試みます」
「タカミヤ主計長、アンドロイド兵を戦闘状態に移行させろ。戦闘ドローンは全機稼働」
「あ、えっ」
コレットは素早く、ユーナは混乱しながら命令を実行した。
青い流星となってフロージ星系外縁部を突き進む駆逐艦1番艦は、艦内で急速に戦闘態勢を整えていった。砲撃戦に備えて、気圧調整機能が作動を始める。艦内に次々と隔壁が降ろされ、非常警告灯が灯される。
亜光速移動する所属不明船に迫った流星は、そこで反転しながら相手の斜め前方という理想的な位置に躍り出た。相手の前方を亜光速で進んでいれば、後ろの船が砲弾やミサイルを撃ったところで、攻撃が届くまでに相当の時間を要する。
攻撃を受ける位置も艦尾のみと断定できるため、魔素変換防護膜を艦尾に集中展開する事で、相手の質量波凝集砲撃を弾く事も容易い。
すなわちハルト達は、相手から攻撃を受けずに、好きなだけ通信を送りつけられる理想的な位置に付けたのだ。
そこからハルトから、相手の偽装船団に向かって可能な限りの通信方法を用いて、共通語を含めた複数の言語を使用し、明確な警告を送りつけた。
自らの所属がディーテ王国軍の駆逐艦である事。
前方に艦隊が居て、このまま進めば交差する事。
過半数が輸送艦であり、亜光速接近に対して回避行動が取れない事。
現状の危険操船は、3国いずれの航宙法にも反している事。
このまま接近すれば、緊急避難として砲撃による衝突回避を行う事。
だが相手側の4船は、何を伝えても一切停船する素振りを見せなかった。 こんな所で通信を受けて停船しては、臨検する理由をこじつけられない。
タイムリミット12分のうち、瞬く間に4分が経過した。
「4つの船が同時に通信不能に陥るなど、確率的に有り得ない。停船する意志は無いと見なす」
「艦長、どういたしますの」
フィリーネの確認に、ハルトは頷いた。
「予定通り砲撃する。攻撃を正当化できるだけの記録は充分に取った。こちら艦長。総員、第一種実戦配備を命じる。これより本艦は、相手船団に対して砲撃を開始する。なお砲撃は、艦長自身が精霊結晶を用いて行う」
艦内に警報が鳴り響く中、ハルトは魔力のラインを介して、セラフィーナにリミット解除の意志を送りつけた。
するとハルトの網膜だけに映るセラフィーナが、笑顔で頷き返した。
「一番前の駆逐艦級を撃沈する」
命令を発した直後、1番艦から金色の光線が後ろに真っ直ぐ伸びていき、連合軍の偽装駆逐艦のシールドを消し飛ばし、艦内を焼き払って、艦の後部から突き抜けていった。
光の槍に貫かれた艦の中央からは、光球が膨れ上がって眩い閃光を放ち、吹き飛ばされた艦の残骸を環状に撒き散らしながら消えていった。
「駆逐艦級1隻、爆散しました」
「続けて2番目の駆逐艦級を撃沈する。撃て!」
新たな命令が出た瞬間、一瞬のタイムラグすら生じさせずに金色の光が発せられ、今度は2番艦のシールドを削り取って艦内を貫いた。
こちらも閃光を撒き散らし、呆気ないほど簡単に脱落していく。
敵は偽装しており、士官候補生たちの船に先制攻撃で撃ち落とされるなど、完全に彼らの計画外だった。第一撃の後、敵が偽装を解くか迷った一瞬の隙を突いて、ハルトは2隻目も撃沈したのだ。
そして偽装を断念した敵側が、ついに反撃を始めた。
敵が撃つ前にハルト達の駆逐艦の艦尾にシールドが集中し、それに続いて敵艦2隻から発せられた赤い輝きが、次々とシールドに弾かれて霧散した。
「敵船、発砲っ!」
「観測されたエネルギー量、王国軍の軽巡洋艦と駆逐艦の標準値を超えています。相手船団は、明らかに正規軍の戦闘艦隊です」
戦闘指揮所に詰めるコレットが、観測された情報を基に敵の正体を断定した。
ハルトは相手艦に向かって、証拠のための最終警告を発する。
『こちらディーテ王国軍、駆逐艦DD422Vel-04319。艦長ハルト・ヒイラギ。貴船団を正規軍の偽装艦隊と断定した。また航宙法違反、停船指示を無視しての危険接近、緊急避難に基づく強制停船に対する不当な砲撃に対し、それらをディーテ王国に対する攻撃と断じる。直ちに降伏せよ。然もなくば、残らず撃沈する』
ハルトの警告中も、相手艦からの攻撃は続けられた。それをセラフィーナが集約させたエネルギーシールドが弾き返していく。
ハルトは断定情報を味方艦隊に送信しつつ、攻撃再開を命じた。
「攻撃を再開する。先に敵の駆逐艦を破壊。続いて、巡洋艦を削って弱らせる」
ハルトの艦から発せられた金色の光が伸びていき、敵駆逐艦のシールドを貫いた。艦底が削り取られ、制御を失って回転しながら閃光を撒き散らして爆発四散していった。
立て続けに撃たれた軽巡洋艦も、次々と襲い掛かる金色の光にシールドを破られて、外壁を砲撃で叩き壊された。姿勢制御の噴出口や、搭載艇発進口を次々と削り取られた軽巡洋艦は、艦の四方が小破していく。
一方でハルトの駆逐艦は、敵艦から発せられたレーザー砲撃を悉く弾いていた。
駆逐艦と軽巡洋艦とでは、本来は軽巡洋艦の攻撃力が圧倒的に勝る。
そもそも魔素機関の出力が異なるため、何も無い宙域で正面から撃ち合えば、出力に勝る軽巡洋艦が勝つに決まっているのだ。
それでもハルトが圧勝したのは、精霊結晶のおかげだ。
セラフィーナは、相手が発砲する前から魔素を観測して、どこに攻撃が届くかを察知していた。そして魔素を一点に集約して、局地的に相手のエネルギーを上回って弾き返していた。
攻撃に関しても、細く絞り込まれた鋭い光線が敵のシールドを貫いて的確にダメージを与えていた。
様々な制約はあるが、それを加味しても軽巡洋艦と駆逐艦の差を覆すには充分だったのだ。
「敵艦、反転して離脱を図る模様」
「砲撃で敵艦の主砲と副砲を全て破壊する。エネルギーバイパスを含む各所にダメージを与え、敵艦内の防御機構を破壊。然る後、敵艦に強行接舷し、アンドロイド部隊を突入させて敵兵を捕縛。敵艦隊の行動目的を明らかにする」
軍艦は被弾面を小さくするために、縦長の長方形型になっている。
中破して反転を始めた敵艦の側壁には、大きな的にシャワーを浴びせるかのような砲撃が加えられ、無数の穴が穿たれていった。
敵艦に合わせてハルトの駆逐艦も反転し、相手の側面に並行する位置まで回り込む。
その間に副長のフィリーネが、士官候補生たちを接舷口から退避させた。
ユーナはアンドロイド兵と戦闘用ドローンの最終確認を行い、コレットは敵艦への強行接舷の準備を行った。
「これより本艦は、敵軽巡洋艦に強行接舷する。アンドロイド兵と戦闘ドローンを送り込み、生存状態の敵兵を複数名捕縛しろ。不可能な場合、所属だけでも確認する」
メインモニターの全面に、満身創痍の敵軽巡洋艦の巨大な船体が迫ってくる。
「総員、衝撃に備えろ」
敵艦にアンカーと固定ワイヤーを大量に打ち込んだ駆逐艦が、軽巡洋艦に強行接舷した。艦内が左右に激しく揺れ、戦闘指揮所のハルト達は固定した身体を大きく揺さぶられた。
衝撃が完全に収まらない最中、大破に近い敵艦の側壁を突き破った3つの接舷口から、進入路が強制的に作られた。進入路の出現と同時に、戦闘稼働状態にあった軍用アンドロイド1000体が、爆発的な勢いで敵艦内に雪崩れ込んでいった。
なお忘れがちだが、これは少女が恋する乙女ゲームの一幕でもある。