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74話 深城獲得

 王国軍艦艇の艦影が、深城星系の各惑星を黒雲となって覆い隠していた。

 全長40メートルの制圧機は、1500万機が星系全域に分散配置されており、億単位の重武装アンドロイド兵達と共に、圧倒的な軍事力で治安を保たせていた。

 それらの大軍勢によって、天華民は星系の実効支配者が王国に変わったことを否が応でも知らしめられた。

 彼らが夜空を見上げれば、2000万艇ものサラマンダーとイスラフェルが流星群となって駆け巡っている。その中で一際大きく輝く戦略衛星メタトロンは、新たな衛星となって蓮昌の夜を照らし出していた。

 転移門を通って送り込まれた軍用の都市建造施設群は、星系内の資源を用いながら、惑星各地に続々と王国の新施設を建造していた。


 宋家に帰順した九山のリュウホから提供された占拠時のデータで、王国は当初の予想よりも遥かに順調な統治を開始している。

 ハオランの従属時に210億人存在した深城民は、占領から1年2ヵ月後に王国が解放した時点で、10億人も減っていた。

 深城が受けた被害は大きく、新京と九山が構築していた統治機構を王国に丸ごと移管されて、さらに九山からの引き継ぎを受けなければ、他民族である王国による統治機構の再構築は極めて困難だった。

 あらゆる社会システムの復旧が速やかに行われて、一部は王国式へとスムーズに切り替えられた。深城民には精霊結晶を無償配布して、宋家と深城民との繋がりや、伝達体制も再構築した。

 システムだけではなく、人材面でも復旧は早かった。

 ハオランから宋家当主を継承したシャリーや、シャリーの従姉妹である宋家のスーラとリンファが王国を後ろ盾に舞い戻った事で、逃げ隠れていた深城の旧重臣たちが戻ってきたのだ。彼らについては、全員を一律で元の地位に戻した上で、今後の入れ替えはスーラとリンファが深城の側近と相談しながら決めていく形となる。

 新京と九山による武力占領時の重犯罪……虐殺や強姦などに対しては、新京の重犯罪者は苛烈に、九山側には多少の手心を加えつつ、処断を行わせている。

 九山民に関しては、王国に付いて貢献すれば報われると示す必要があるため、配慮が行われている。

 深城民から奪ったものは返却させるが、王国から支援を行って補償し、借金も負わせない。立場は暫定的にマクリール星系民と同じにして、功罪を計算して落とし処を考えている最中だ。


 戦後の新京民に関しては、ハルトは当初の予定通りにシャリーの従姉妹2人と夫達に任せた。九山に向けられなくなった深城民の恨みを発散させる対象として、上手く使ってくれる事を期待している。

 リキョウの罪であるが、核融合弾を撃った罪もあるため、新京民に対しては怒りを向かわせ易い。共通の敵が生まれたことは、王国と深城の双方にとって幸いだった。

 但しハルトは、極一部の新京民については、自己の権限で苛烈に処断する事を決意した。


「女王陛下、婚姻外交で深城側に行ったレアンドルの妹3名について報告します。結果は2名の救出と、1名の死亡確認でした。2名につきましては、精神異常者と廃人になっておりました」


 国賊レアンドルの妹たちは、元王太子グラシアンの娘であり、政争で前王ヴァルフレートに敗れて、婚姻外交の形で国外追放されていた経緯を持つ。

 深城星系との婚姻外交は、両国を代表した人質交換だった。

 レアンドルの妹達が不遇な扱いを受ければ、報復でシャリー達が不遇な扱いを受けるため、身の安全は保証されていたはずだった。少なくとも送り出したヴァルフレートは、そのように考えていた。

 王国にとって想定外だったのは、新京と九山が深城に侵攻した事だ。天華と全く国交の無かった王国側が、国交樹立時にそこまで予見するのは不可能だった。

 それでも捕らえた新京側が、政治交渉の材料にするために少女たちを丁重に扱っていれば良かった。新京側にその配慮があれば、その分だけは王国も新京に配慮しただろう。

 だが現実は、悪い方向に振り切れていた。

 新京は深城に侵攻した時点で、深城に配慮する意志など持っておらず、天体を落としたディーテ王国に対して強い復讐心を抱いていた。それが、少女達にとって悲惨な結果を生んでいた。

 具体的に何をされたのかは、ハルトにはおぞましくて口に出すのも憚られるが、彼女達は新京星系を破壊した王国の代表として新京側からの報復対象となり、人間の想像力の限りを尽くされていた。


 精神疾患を発症したアストリッドは、思考が根底から歪んでいる。天華5国の侵攻後からの記憶を全て消さない限り、二度と正常なディーテ王国民には戻れそうにない。

 廃人と化したセシーリアは、言語を喪失して、1歳児のような発語では無く発声の状態に幼児退行していた。情緒も不安定で、身体は現代医療で再生出来ても、壊れた精神までは治せない。

 これは王国が敗戦した場合、ユーナやシャリー達の運命でもあった。


「陛下の御心を煩わせたくございませんので、本件は臣にお任せ頂けませんでしょうか」


 ハルトはユーナに対して、救出した2人の顛末に関する詳細な報告を断固として拒んだ。


「それは、わたくしが知るべき事です」

「ユーナ、お前が全て背負う必要は無い。この件は俺に任せろ」

「わたくしは誰で、あなたは誰ですか」


 ダークモードに入ったユーナに対しても、ハルトは引かなかった。


「お前は俺の妻で、俺はお前の夫だ。出産による女王の魔力低下や、女王の王配という権力の問題があるために先送りしたが、本来であれば今頃は結婚している。もう一度言うぞ。ユーナが全てを背負う必要は無い。この問題は、俺に任せろ」


 ユーナは乏しい表情のまま、数秒に渡って、唇だけを僅かに動かした。

 無意識下で何を訴えようとしたのか、具体的な内容こそ伝わらなかったが、ユーナの性格と立場の不整合について、ハルトはユーナ本人よりも熟知している。


「司令長官アマカワ侯爵の名と責任において、適切に処理するように」

「ああ、俺が納得できる形にする」


 頷いたハルトは、ユーナに歩み寄ると無言で彼女の身体を抱きしめた。

 ユーナは抵抗せず、かといって抱きしめ返す事もなく、ハルトに為されるがままとなった。

 ユーナの反応にハルトは溜息を吐くと、右手でユーナの頭を撫で始めた。女性の甘い香りが、ハルトの鼻腔を擽る。

 ユーナに掛かる精神的な負荷は、まだ最低限の身嗜みを崩壊させるほどでは無いようだと、ハルトは色気もへったくれも無い分析を行った。

 ユーナの親友であるコレットは、当面の間はユーナの傍に付けておくべきだと、抱きしめているユーナ本人に知られれば、他に何か無いのかと抗議されそうな事を考える。

 ユーナの頭を撫でたハルトは、次に抱きしめたユーナに対して赤子をあやすように、左右に小さく揺らし始めた。ユーナは身体の力を抜いて、ハルトに揺らされるがままとなった……。

 翌日、ハルトは処断について定めた。


「命令者と実行者、そいつらの血を引く者達を、同じ目に遭わせる。子供達は、親の所業を恨めよ。お前達の親が、王国を代表する未成年者に同じ事をしたのだ。貴様等だけが逃げる事は認めない」


 目には目を歯には歯を。

 ラテン語でレクス・タリオニスと表わされる同害復讐法は、古今東西の幅広い時代と国家で採用されてきた報復論であり、過剰な報復を避けて同程度の復讐に留める秩序立った制度の1つだ。

 ハルトが報復を命じたのは、王国の代表者として、王国に手を出せば何が起こるのかを体現する立場にあるからだ。必ず報復する集団だと人類社会に教え込む事で、犯罪者が躊躇いを覚えて、未来の王国の子孫達は安全性が高まる。

 ハルトは、自らが決定した報復が「同じ内容で、子孫全員に及ぶ」事について、王国内外の全人類に公表した。


 苛烈な処断は、無関係な一般の新京民にまでは及んでいない。

 一般の新京民に対してディーテ王国が行う事は、法律に則った犯罪者の処断であったり、新京の侵攻によって発生した損害に対する利子付きの戦争賠償金の徴収であったりと、これも人類が形成してきた国際常識の範疇内だった。

 新京の子孫まで負債が続くのは、それが新京という国家自体が負った戦争賠償金だからであり、戦勝国と敗戦国の間で、ごく一般的に行われてきたものだ。

 深城星系の資源と財産は深城のものであり、深城で貸し出されている土地やエネルギーの使用料を請求される結果として、いつまで単純労働を続けても利子すら減らないのだとしても、損害を受けた人々に対して損害を与えた側が賠償金を払うのは当然だ。

 なお負債額や、返済方法である強制労働の内容を定めるのは、スーラやリンファ達である。

 元王族2人や、戦争世代の大半が天寿を全うした後、大多数の人々が、「もう許してやるか」と思えば、借金を減額するなり、ある程度の権利を与えるなりして、終わらせるだろう。

 その日が来るまで、新京民の苦難が続くのだとしても、戦争を仕掛けた高家を支えていたのは新京民であり、自分達が仕掛けた戦争で生じた損害を補償させられるのは当然だ。と、ハルトは考えて、意思を表明出来なくなった被害者達の恨みを晴らさせた。


 婚姻外交を行った元王族2人の救出は、具体的に何をされたのかは伏せられた上で、死亡と、精神異常と、廃人という結果だけは王国内に伝えられた。

 但し具体的な内容を知らなくても、何が行われたのか想像する事は出来る。そして、利用する事も可能だ。

 動いたのは、タクラーム公爵だった。

 王家を恨んでいるアストリッドと、全面的な介護を必要とするセシーリアの最終的な行く末に悩むハルトに、解決策を持ち込んだのである。


「その2人、当家で引き受けても良い。条件はあるが、妥当な範囲だ。どうする」


 100歳を過ぎてなお精悍な顔つきで、オールバックの髪型にギラギラとした眼差しで、全身から活力を漲らせる老人が、皮肉そうな笑みを浮かべながら提案してきた。

 2人の娘は、タクラーム公爵家側が用意した子爵達が再婚の形で引き取ると。


「両家は、第二次ディーテ星域会戦で次代候補者達が戦死して、次代以降が魔力不足で降爵の危機にある家だ。子供が爵位貴族家の後継者となるのだから、子爵夫人として最大級の扱いを受けられる」


 タクラームの提案は、レアンドルの妹2人の将来に関しては、最大級の良い未来を示していた。ユーナの精神をハルトがメンテナンスするように、アストリッドとセシーリアにも専属の補助者が付くのであれば、療養所に放り込むより遙かにマシだとハルトは考えた。

 引き替えの条件は、九山のリュウホを多数の深城系王国民を救った功績で子爵に叙爵して、公爵家令嬢ジギタリスを嫁がせ、2人の子供に家を継がせることを条件に伯爵へと陞爵させて、九山民を統治させるというものだった。


「公爵家令嬢ジギタリスを、九山のリュウホに?」

「如何にも」


 タクラームが目を付けたのは、九山民の統治に関してだった。

 タクラームは大前提として、宋家の血統で深城民を従わせるように、九山民は林家の血統で従わせるのが好ましいと語った。中心人物とするのは、王国側に付いたリュウホを置いて他には無い。

 リュウホは他国民であるが、王家から枝分かれした公爵家の娘など相応の血統を混ぜれば、王国民の理解も得易くなると。

 候補にジギタリスが挙げられた時、昨今では多少の話で動じなくなったハルトも、心理的な衝撃を受けて、一時的な思考停止に陥った。

 ハルトの同学年にして、乙女ゲーム『銀河の王子様』ではラスボスの悪役令嬢ジギタリス。

 彼女は公爵家が奪った魔力の加算を行えず、妹のリシンが第二王子ジョスランの婚約者となった事で、完全に脱落したとハルトは思い込んでいた。


「タクラーム公は、新伯爵に与える領地については、如何考えられる」

「九山民はソン公爵を恨み、深城民は九山民を恨んでいるだろう。深城で一緒にしない方が良いのではないか。アルテミス星系は、蓮昌よりも土地が空いている。侯爵から伯爵に下がった者の土地もある。そちらに来れば良い。ジギタリスの祖父である私が支援できる」

「…………成程」


 タクラームの言い分にハルトは呆れると同時に、九山民を自星系に引き込む公爵の目的は、魔力を奪う遺物の秘密を知るジギタリスを使って、九山の国家魔力者から魔力を奪う事にあるのだろうと予想した。

 精霊結晶を付けていない相手からは、タクラーム公爵家の装置で魔力を奪う事が出来る。その秘密を知る者は極小だ。おそらくリシンですら、魔力を奪う事は知らないだろう。

 林家はジギタリスの嫁ぎ先となるが、後ろ盾となるタクラーム公爵家やジギタリスは丁重に扱わなければならない。伯爵夫人ジギタリスは、相当に自由が利く立場となる。

 そして天華民の間では、国家魔力者には最初から人権が無いために、どのように扱っても林家との間で争いにならない。「開発に従事させるために国家魔力者を1万人ほど寄越してくれ」と言っても、リュウホは応じるだろう。

 単なる居候と、伯爵位を得て正式な領地と領民を預かる形とでは、王国での立場が全く異なる。リュウホが応じることは疑いの余地が無い。


「旧敵国民に嫁ぎ、旧敵国民を統治させるのであれば、ジギタリスくらい図太い方が良いのではないかな」


 図太いのはお前の遺伝子だ……と、脳内で相手に突っ込みを入れたハルトは、回答に思考を巡らせた。

 国家魔力者の魔力は、魔法学院中等部の生徒達の3分の1程度だ。それらを奪って加算出来る魔力は、ハルトの3分の1で王級魔力者程度となる。

 タクラームが目的を果たした場合、タクラーム公爵家の子女からは最大で5万ほどの高魔力者が生み出される事になる。公爵が工夫すれば、さらに上も目指せるだろう。

 それに対してハルトの子孫は、精霊の力を借りた魔力継承で対抗出来るが、圧倒的に有利というわけにはいかないだろう。そして今回のように、政治的な敗北も有り得る。ハルトは、そのように考えた。


(宋家に力が偏りすぎている。女王の立場で国家の統治を考えれば、タクラーム公爵家の提案を断るのは不可能だ)


 タクラーム公爵家に対して、林家と九山民を任せない選択肢は採れない。

 深城星系と深城民に関しては、独立国家であった時に統治者のハオラン自らが王国に従属した為に、そのままの形で組み込まれる事が認められる。

 だが旧連合民くらいの権利は与える九山民15億4500万人を、ソン公爵家の下に組み込む事については、諸侯会議で承認を得ていない。

 諸侯が誰も管理者として名乗り出なければ兎も角として、他の公爵家が名乗り出るのであれば、ソン公爵家ばかりに過剰な人口を任せる事はできない。

 統治人口については、王国籍を与えない旧敵国民を統治するタカアマノハラ公爵家を参考に、本国の伯爵が統治する2億人の4倍程度をリュウホに治めさせて、残りを王家直轄領にする程度の抵抗は可能だ。

 タクラームが企てる本来の目的を阻止する点では、統治人口を半減させる事など、全く意味を為さないが。

 ハルトは無意味な抵抗を断念した後、損害を割り切って答えた。


「タクラーム公のご提案は理解した。まずは元王族2人を引き取る話に対して、感謝申し上げる。叙爵と領地の件については、流石に私の権限を越えるため、権限を持たれる女王陛下に御意思を伺った上で、早めに回答させて頂く」

「我らも公爵であるが故、ソン公爵だけにあらゆる負担を押し付ける気は無い。それでは準備を進めておく」


 ハルトが呆気なく了解した事に、タクラームは瞳の奥で関心の色を光らせながらも、態度では堂々と公爵として協力の意思を示した。

 重ねてタクラームは、話のついでと言わんばかりの軽い口調で、別案も提示した。


「ジギタリスではなく、別の娘を林家に嫁がせる事も出来る。嫁ぎ先が無くなるジギタリスを、卿の側室にして頂ければという条件付きでだが」


 リュウホの相手としてジギタリスの名前を挙げられた時以上に、ハルトはタクラームの提案に唖然とした。

 元とは言え士爵家の次男に、お気に入りの孫娘を側室の扱いで嫁がせるなど、ゲームでは絶対に出て来なかった展開だ。


「魔法学院の中等部では同学年であったが故に、貴家のジギタリス嬢の性格について、多少は存じ上げている。ジギタリス嬢は、元士爵家の次男など、端から眼中に無いだろう」

「公爵位を持つ今の卿であれば、ジギタリスも従おう。正妻から第3夫人までが公爵以上の家柄と魔力では、側室の立場であろうと否とは言えまい。そちらが良ければ、そうしても良い」


 タクラーム公爵が行ったのは、ある程度まともな提案と、受け入れ不可能な別案を比較させて、別案よりはマシだと思わせて相手に選ばせた気にさせるという、使い古された手法だとハルトは考えた。

 ハルトがタクラームの狙いを外して、別案を選択したところで、タクラームは一向に困らないだろうが。

 無論、ハルトがジギタリスを側室に迎える事は、有り得ない選択肢だ。

 ジギタリスを側室に迎えれば、自宅では元女王で大公となった正妻のユーナと、公爵家令嬢だったジギタリスとの間で、胃が痛くなる日常会話が繰り広げられるだろう。


『大公殿下は、このような事も、ご存じありませんのかしら』

『それが王侯貴族の責務を果たす事に、どんな風に役に立つの。貴族らしさを主張するなら、武勲章の1つくらい受章したらどう?』

『アマカワ家の品格や威厳の問題ですわ。国家を代表する貴族には、相応の振る舞いが求められますわ。それを男爵家令嬢のような振る舞いでは、国民がどう思うでしょう』

『貴女は、中等部時代を思い出したら。品格って、何だか知っているの? 威厳って、脅すことじゃないんだけど?』

『あら、国内の政敵を攻撃することも、威圧することも、時には必要でしょう。第一夫人様も、婚前にはドラーギとジェロームの元侯爵2家を叩きのめしたのではありませんでしたかしら』


 ハルトが仲裁に入るまで繰り広げられる争いは、仲裁に入った瞬間に攻撃の矛先がハルトに向けられる。

 ユーナからは事態の責任を問われて、ジギタリスからは上級貴族家の教養が足りていないのではないかと責められるだろう。女性同士の喧嘩に男が口を出すと、火に油を注ぐだけだ。

 ハルトは軍人だが、自宅に帰ってまで戦争は見たくはない。

 兵器を撃ち合う戦争には多少慣れたが、女性同士の戦争は完全に門外漢で、不文律すら分からない。

 ジギタリスを管理できれば世界のラスボス化は避けられるが、代わりにアマカワ侯爵家のラスボス化は不可避となる。

 考えるだけで頭痛と胃痛に苛まれたハルトは、明確に否定の意思を示した。


「最初の案が現実的と考える。九山民をリュウホとジギタリス夫人に統治させて、タクラーム公もお力添えを為される。ジギタリス嬢であれば、上手くいきそうだ。別案は不要だろう」


 有り得ない選択肢を回避したハルトは、元王族2人を引き取る代わりに、九山のリュウホとジギタリスを結婚させる提案については持ち帰って、ユーナ達に相談した。

 アマカワ家の遺伝子を寄越せと要求されたのであれば、対応はハルトとユーナだけで充分だ。だが今回のタクラーム公爵が行った提案は……少なくとも最初の提案だけは、喧嘩を売る類ではない。

 ハルトとユーナの他に、ジギタリスがどのような存在であるのかを熟知しているコレット、貴族関係では話を通した方が良いクラウディアを加えた面々で、タクラーム公爵家の提案について協議した。

 クラウディアには、ジギタリスが中等部の同学年であり、当時色々とやらかした事は伝えてある。弦の会で強い影響力を持つクラウディアは、もちろん詳細を知っていたが。


「アレが九山民に何かをすれば、深城民は恨みを晴らせるから、良いのかしらね。あたしは我慢に耐えかねた九山民が、思い詰めて武力蜂起しない事を祈るわ」


 別の意味でジギタリスを信頼するコレットは、散々な言い様だった。


「ハルト様、元殿下方の受け入れ先となる子爵家は、本当に魔力不足で困っているようです。タクラーム公の提案は、渡りに船だと思います」

「そうか。確認してくれて助かった」


 伝手で裏を取ってくれたクラウディアに対して、ハルトは礼を述べた。

 ディーテ星系に配されていた貴族家は、殆どが第二次ディーテ星域会戦に従軍して後継者などを失い、少なからぬ家が断絶や降爵の危機に陥っている。

 親族を引っ張ってきて、訳ありであろうと高魔力女性を迎えて、様々な苦労をしながら家を保っている貴族家も存在する。

 それらの貴族家は、伯爵級程度の魔力は確実にある元王族の女性を大事にするだろうと思われる。元王族2人の救済策に限れば、タクラーム公爵家の提案は最上級なのだ。

 権力者となった現在のハルト達が、未だにジギタリスに対して苦手意識を持っているのは、中等部時代のトラウマだとハルトは自己分析している。

 ハルト自身は、貴族子女100人から魔力を奪ったタクラーム公爵家の所業も知っているが、その件を説明出来ないために、元王族2人と嫁ぎ先である子爵2家の救済を断念させる程の脅威は示せない。


「タクラーム公爵家の提案を認めます。ハルト君は、アストリッドとセシーリアがちゃんとした扱いを受けることに責任を持たせて、九山民への扱いにも釘を刺して」

「分かっている」


 タクラーム公爵の目的を推察しているハルトは、補佐と監督を担うタクラーム公爵家が他所からケチを付けられないために、国家魔力者を除いた領民である九山民に対しては、極めて真っ当な統治を行うだろうと考えた。

 結論としてハルトとユーナは、九山民を統治するリン伯爵家と、伯爵夫人ジギタリスの誕生を認める事となった。

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次作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

本作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
[一言] 引き渡す九山民に最下級でも精霊結晶を付けられれば、魔力簒奪を防げないか?
[気になる点] アストリッドとセシーリアがなんとか幸せになってほしい 親とレアンドルのせいで立場が悪くなり、嫁いだ先でも生き地獄とか可哀想すぎる [一言] 頼む!なんとか幸せにしてやってください(● …
[気になる点] 九山民の件での、コースフェルト以外のドーファンら公爵家の判断が気になる。 ソン家が九山民持てないのが互いの感情のはかに、力の偏りがあるというのは一理あるけど 公爵夫人または王妃が現在…
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