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69話 アテナ星域会戦

 アテナ星系から8光年の彼方、星間通信衛星を大量配備していたアテナ星系方面軍の索敵網が、数十万隻に及ぶ天華侵攻軍を捕捉した。


『天華侵攻軍を捕捉した。総数、推定50万隻。非常事態宣言を発令する。全星系民は、直ちに避難艇に搭乗せよ。繰り返す。損害は王国が補償する。今すぐ避難艇へ搭乗しろ。敵が迫っている。第二次ディーテ星域会戦で、37億人が殺された時の敵より多い。今すぐ逃げろ、殺されるぞっ!』


 避難命令を発令したのは、准将の階級を持つ通信司令部の通信司令官だった。

 司令長官のハルトは、フロージ共和国への航宙実習で旧連合に奇襲された際の苦い経験から、通報体制を根本から作り変えていた。


・敵を1隻でも発見した報告があれば、即座に星系方面軍へ繋ぐこと。

・星系方面軍に所属する准将以上は、索敵部隊から敵艦隊5万隻以上の侵攻情報が入った時点で、情報が間違いでも構わないから、直ちに全星系民への避難命令を出すこと。

・民間船からの通報であろうと、同様に避難準備命令を出すこと。

・発令に伴い発生する全ての損害について、王国が常識の範囲内で補償する。


 これらを徹底させた命令には、苛烈な内容が付け加えられていた。


・かつてアマカワ司令長官が旧連合の奇襲攻撃を通報した際、通報を受けた航宙管制センターの下士官が、即座には上へ報告せずに時間を浪費させた。結果、連合が戦争の大義名分を捏造した証拠と、侵攻情報の詳細を持った敵捕虜を乗せた駆逐艦が、撃沈の危機に陥った。

・敵の侵攻情報は、全住民の生死や戦争の勝敗に直結する。通報から処理までの行動は、後日に司令庁で検証した上で、通報に関わった部隊全員に対して、昇進や昇給、左遷や降格、解任から軍法会議での銃殺刑までを徹底的に行う。女王と司令長官の名において、どこの誰が庇い立てようと絶対に容赦しない。


 ハルト本人は、「これだけ念を押せば、通報は期待通りに処理されるだろう」程度の感覚だったが、脅された側が受けた心理的な影響は極めて甚大だった。

 先だって、王国で上から20人までに数えられる天上人の侯爵2名が、伯爵に降爵させられた上で、貴族と国民から一斉に責められて自裁にまで追い込まれた話は、王国中に知れ渡っている。

 天華の侵攻情報を受け取った准将は、家族が王国中から攻撃される未来を想像して震え上がり、恐怖に震える指を必死に操作して非常通報装置を起動させ、蒼白な顔色と死にそうな叫び声で避難命令を出した。

 通信端末からの避難命令を受け取った住民達は、准将の恐慌状態を伝播されて、追い立てられるように大慌てで最短の中型コンテナへと駆け込んだ。

 逃げ遅れる者も居たが、情報端末の位置情報と移動速度で「遅い」と判断した軍用アンドロイド兵達が、あらゆる手段で遅れている者達を回収してコンテナに放り込んでいった。

 星系各地に配備されていた500万艇のサラマンダーには、最短距離の操縦者が駆け込んで発進態勢を整えていた。彼らは、間を置かずに駆け込んできた避難民を詰め込むと、直ちに惑星から飛び立って、アテナ星系では緑色に光輝く転移門へと突入していった。

 そして発令から1日後、ケルビエル要塞がアテナ星系に到達した頃には、全住民の98%を上回る59億人が避難を完了していた。


「通報の処理に携わった奴らは、会戦の後に全員昇進と一時金を与えるか」


 死にそうな顔色の准将が、逃げてくれと必死に懇願する映像を見せつけられたハルトは、自分の命令は役に立ったと確信しつつも、なぜか悪い事をしたような気になって呟いた。

 それにしても、アテナ星系に領域を作らせて正解だった。と、ハルトは自己の判断を振り返った。

 当初は、私的な利便性を考えて、フィリーネやクラウディアの実家があるアポロン星系に転移門を作ろうと考えていたのだ。

 精霊結晶はハルトの私物であるし、王国の中心領域にあって物資や援軍を集め易いアポロン星系であれば、転移門の作成に理由付けも容易だ。カルネウス侯爵家を継ぐフィリーネも、転移門があれば侯爵位の引継ぎが楽になる。

 それでもアテナ星系に転移門を開いたのは、ディーテ星系と並んで狙われ易いのが、天華とディーテ星系に近いアテナ星系だと確信していたためだ。

 アテナ星系単独では、サラマンダーが4500万艇しか配備されていなかった。ディーテ星域会戦では8000万艇で敵35万隻と引き分けている。

 ハルトがアテナ星系に領域と転移門を作らなければ、サラマンダー4500万艇で50万隻の敵軍を迎え撃たなければならず、60億人の住民は皆殺しにされていたと推定される。


 ディーテ星系とアテナ星系の操縦者は、合計7000万人だ。

 ようやく量産体制が整った大型戦闘艇イスラフェルは、流石に切り替えには間に合っていない。投入する戦闘艇はサラマンダーで、前会戦よりも1000万艇ほど少ない戦力で、15万隻ほど多い敵との戦いになる。

 7000万艇と50万隻の戦力評価は、100対160。

 戦闘艇と操縦者だけをアテナ星系に集めていても、勝てなかっただろう。アテナ星系を守り得る唯一の選択が、領域を作る事だったのだ。

 恒星系外縁部への敵軍到達まで、推定で残り23時間。全住民に逃げろと呼びかけた行動は早かったが、ワープ可能宙域まで逃がす時間も無かった。


「サラマンダーは、恒星アテナから20億キロメートルの各宙域へ、敵の外縁部到達前に分散配置中です。各宙域の戦闘艇係留所にて魔素機関を停止し、敵の接近まで待機の予定です。敵との中間宙域への核融合弾も、事前配備中です」


 ハルトが戦時准将となった時に少佐として付いた参謀であり、このほど総参謀長という役職に昇格したマルセル・ベルトラン中将が、星系全体の動きを見ながら報告を上げてきた。

 4年前は、若手の少佐だったのに……と、自分の昇進速度を棚に上げて軽い感慨に耽ったハルトは、ベルトランに対しては特に指示を出すことが無いと判断して、アテナ星系に領域を作ったレーアに依頼した。


『敵の先行部隊が来る前に、転移門を閉じてくれ。敵と交戦に入る直前までは、敵の魔素変換も妨害しないでくれ。敵を騙して、逃げられない距離まで引き込んでから、全ての敵艦を破壊する形にしたい』

『正面から戦って、全部ガツンと壊せば良いのに』

『敵が逃げて、他の星系に行かれると困るんだ。だからここで片を付ける』


 猪突猛進したがるレーアに念を押したハルトは、ケルビエル要塞の魔素機関稼働者席を眺めた。

 今会戦では、ユーナ、コレット、フィリーネの3人が乗っていない。

 3人は、女王であるユーナに与えられた新造の移動要塞レミエルに乗艦しており、惑星アイギスの衛星軌道上を周回しながら、逃げ遅れた住民の最後の避難先となっている。

 ディーテ王国の国王には、戦場で移動要塞を動かす活躍が求められる。

 国民に対して「ケルビエル要塞で活躍する方が戦果は上がる」と言って、ユーナが持っている武勲章を見せれば、一応は納得されるだろう。

 だが精霊結晶を使わなければ公爵級の魔力者でしかないユーナは、その点に関する議論を避けるためには、王級魔力者しか動かせない移動要塞で実際に戦場へ立って見せた方が良い。

 かくしてレミエルは、女王が乗っていると示すために、わざわざ白く塗装されている。要塞には多数の装飾も施されており、如何にもな御座艦となっている。

 総旗艦レミエルに同乗しているコレットは、戦場に立つ女王の補佐役だ。中将の階級と伯爵位を持ち、公爵級のシールドや推進が可能なコレットは、ユーナの補佐として丁度良い立場を持っている。

 フィリーネは揮下艦隊を展開して、逃げ遅れた住民を回収してレミエルに運び、戦闘中はレミエルの護衛を担っている。

 かくしてケルビエル要塞には、普段の運行補助者3人が不在だった。

 ケルビエル要塞には、ハルトとクラウディアの他に、ベルナールとジョスラン、両王子の婚約者であるベアトリスとリシン、そしてソン公爵夫人であるシャリーの5人が魔素機関の稼働者として乗り込んでいる。

 戦いの前半では、ハルトとクラウディアに両王子。後半では、ハルトとシャリーに両王子の婚約者達。そのメンバーでケルビエル要塞を稼働させて、お膳立てによって武勲章を与えて、王侯貴族の義務を果たさせる予定となっている。

 要塞の戦力評価は、前半に8442、後半に8600となる。

 多目に見積もった戦力評価9000に、星系の戦力5倍効果を掛けて4万5000を算出しても、戦力評価6の天華巡洋艦7500隻を撃破すれば、従軍したメンバーに武勲章を与えられる。

 2人の王子を同時に組ませるのは、別々に戦わせて比較可能にしてしまうと、片方の武勲が高かったと言われかねないからだ。

 またシャリーには、座席の視覚と音声遮断装置を起動させて、野菜の着ぐるみのようなゆるいキャラ達が多数出てくるゲーム感覚で誤魔化しながら、野菜達と戦わせる予定だ。

 ハルトはお膳立てに関して、ユーナが退位するために両王子と婚約者に与える事も、王国の貴族教育を受けていないが深城星系の統治には必要不可欠な宋家のシャリーにノルマを果たさせる事も、必要だと考えている。

 そのため今回は、ハルト自らが提案して5人を引き連れてきた。

 誰からも後ろ指を指されない体裁は、充分に整えている。


「転移門が閉じた後の避難先は不可欠であり、それが女王の移動要塞であれば王国軍が死に物狂いで守るため、避難民の安全性は最大級に高まる。逃げ遅れた王国民は女王陛下にお守り頂くのが一番安全だ」

「最後の避難先となる移動要塞には、補助の魔力者を付けるべきだ。高魔力者で、司令長官補佐の役職と中将の階級、伯爵の身分を併せ持つリスナール中将は、軍や貴族に命令を出して要塞を守らせることも可能だ」

「実際に避難民を要塞に運ぶ輸送艦や、要塞を守る艦隊、戦闘で破損した艦艇の修理も必要であり、それらは隷下に補助艦が多い特殊編成のカルネウス中将に担わせるのが最適解となる」


 かくして王国民のためにユーナ、コレット、フィリーネの3人が外れて、4つの魔素機関を持つケルビエル要塞の稼働者は、ハルトとクラウディアの2名となった。

 そのため王級魔力を持つ両王子と婚約者達、そして公爵級の魔力を持つシャリーは、ケルビエル要塞の魔素機関を動かすために必要な人材となった。

 5人が貢献するのであれば、それは事実として王国の役に立ったと言うことであり、武勲章の基準を満たせば与えて当然の判断となる。

 このようにお膳立てして、ハルトは5人に武勲章を与える準備を整えた。


「ベルナール・アステリア少将待遇、そしてジョスラン・アステリア中尉。2人とも、必ず武勲章を取らせてやる。また中尉には、昇進させる予定もある。今回、たまたま機会が訪れなかったとしても、必ず取れる機会を用意する。だから焦って暴走するなよ。軍の命令に、必ず従え」

「了解しました」

「了解であります。司令長官閣下」


 ベルナールがクールに返答し、そしてジョスランが士官候補生らしく気取って敬礼したのを見て頷いたハルトは、アテナ星系の外縁部に視線を向けた。

 やがてケルビエル要塞の背後で転移門が閉じて、レーアの行動によって敵の先行部隊が星系にワープアウトしてくることを察したハルトは、魔力者達に対して一度休むように伝えた。星系内に入られてからも、開戦までには多少の時間がある。

 転移門が閉じたために、住民の避難先が移動要塞レミエルに切り替わった。

 星系内からは、数千万のサラマンダーが息を殺すように、魔素反応を掻き消していった。




 アテナ星系に到達した天華侵攻軍50万隻は、太陽系やヘラクレス、深城などの最前線に到達した艦隊から、可能な限りの戦力を引き抜いた5国混成軍だった。

 特徴としては、死なせても惜しくない前世代以前の国家魔力者が多く割り振られている。

 それら使い捨ての者達を使い切って、王国の各星系に甚大な損害を与えるのが、遠征軍総司令官のウンランが自らに課した目標であった。


「ワープアウトしました。アテナ星系の外縁部、恒星から57億キロメートルの宙域です。先行した強襲偵察艦隊の報告通り、核融合弾の事前配置は有りませんでした。魔素反応の急速低下減少現象も有りません。観測結果は正常です」


 参謀長の報告を受けたウンランは、到着と同時にマクリール星系のような核融合弾の嵐に巻き込まれなかったことに深く安堵した。

 マクリール星系では、ワープアウト直後に2000万発の核融合弾を浴びせられた天華侵攻軍60万隻が、僅か6時間で14万隻もの損害を出している。

 別動隊だったウンランは当事者ではないが、先のディーテ星系侵攻時には、全方位へ分散してワープアウトする手を取った。

 今回も慎重を期して、同様に全方位へ分散する手を打ち、先行部隊が安全を確認した後から主力をワープアウトさせて、万全の態勢で戦いに臨んでいた。


「参謀長。敵の数はどれくらいだ」

「光学観測では、恒星から20億キロメートルの距離に、多数の戦闘艇係留施設が確認されました。星系の戦力は、戦闘艇6000万から8000万の間と推定されます。それと魔素反応は有りませんが、光学観測ではケルビエル要塞らしき姿も確認されています」


 王国軍の戦力を聞いたウンランは、2つの問題に対して端麗な眉を顰めた。

 問題の1つは、配備されている防衛戦力が予想よりも多かったことだ。

 首星が置かれているディーテ星系が8000万艇であったため、首星ではないアテナ星系は、その半数を上回る程度だろうと考えていたのだ。

 防衛戦力が8000万艇だとしても、前回より15万隻も増えたウンランが負ける事は無い。ただし次の星系に進撃する戦力は不足する。

 もう一つの問題は、ケルビエル要塞らしき存在についてだ。

 魔素反応が無ければハリボテなのか、本物なのかは分からない。だが本物であった場合は、ウンランの侵攻を読まれていたということになる。

 マクリール星系のようにワープアウト直後から襲われたわけでは無いので、ハリボテの可能性があるし、本物であってもマクリール星系ほどの対策は行えないのであろうが、ウンランにとっては警戒に値する事態だった。

 いずれにせよアテナ星系を攻撃しない選択肢は有り得ない。

 使い切りの戦力を使い切る覚悟を決めたウンランは、参謀長に進撃の指示を出した。


「念のため、ケルビエル要塞を警戒しろ。各艦隊旗艦のロンシェンには、艦隊の後ろから指揮するように伝えろ。総旗艦から序列10番までの指揮艦は、星系内に入るな。国家魔力者の全艦隊には、進撃命令を出せ」

「畏まりました」


 総旗艦からの命令を受けた天華侵攻軍は、国家魔力者を前面に出しつつ、恒星系の全方向から中心部に向かって進撃を開始した。

 全天から流星群が突き進み、その後ろからは牽引する天体も付いていく。星系内に薄く広げた膜が、次第に厚みを帯びながら小さくなっていった。

 外縁部から国家魔力者達の動きを見守っていたウンランは、王国軍の統制が良く取れていると感じた。

 王国のアテナ星系方面軍は、ディーテ星系を襲ったよりも遥かに多い50万隻という侵攻軍に対して、右往左往せずに恒星から20億キロメートルの距離で待ち構えている。

 この状況で末端の兵士にまで命令を遵守させるのは、容易に出来ることでは無い。

 その理由がマクリール星系のような展開に持ち込むためであったならば、アテナ星系では王国軍の数が多いために、侵攻した天華侵攻軍は壊滅する。

 ディーテ星系ではマクリール星系のような現象が発生しなかったが、常にそうだとは限らない。嫌な予感を抱いたウンランは、命令を多少変更した。


「総旗艦から序列10番までの指揮艦は、護衛艦隊と共に統制可能な最後方まで下がらせろ。マクリールのような魔素機関の機能低下と通信妨害が発生した場合は、撤退命令を出すように各艦隊旗艦へ事前伝達しろ。撤退先は、太陽系とする」


 やがて天華侵攻軍の最前衛が22億キロメートルまで近付くと、王国軍戦闘艇が次々と魔素機関を稼働させて、戦闘配置に着き始めた。

 その頃には両軍の核融合弾が中間宙域で何度も炸裂しており、光学観測を掻き乱された両軍の索敵は多次元魔素変換観測波が主体となっていた。

 天華側が観測した魔素反応は、約7000万艇。

 それだけであれば勝てると思いながらも、ウンランは最前線の観測結果を注視し続けた。

 そして最前線の多次元魔素変換観測波が途切れ、星系内が黒色から緑色に上塗りされて魔素機関の反応が落ちた直後に叫んだ。


「全軍を撤退させろっ。旗艦も反転離脱だ!」


 ウンランの命令は実行に移されたが、接敵間近まで引き付けられていた侵攻軍は、慣性の法則で王国軍戦闘艇との全面衝突に突入した。

 最初に飛び出したのは、ケルビエル要塞だった。

 静止状態だったケルビエル要塞は、星系内を渦巻く魔素の濁流に背中を押されて爆発的な勢いで加速し、侵攻軍に襲い掛かったのである。


「敵はまともにシールドを張れない。副砲を当てるだけでも爆発する。沢山の副砲から一斉に数を撃て。シールドと推進は俺に任せて、自分の精霊に手伝ってもらいながら、射程内の敵を撃ち続けろ!」


 星系内の魔素を支配する精霊王レーアに背中を押されているケルビエル要塞は、高速で星系内を周回しながら、侵攻軍を次々と射程内に収めるように飛び回った。

 ケルビエル要塞の魔力者で真っ先に動き出したのは、クラウディアだった。

 B級精霊シンシアとC級精霊ソフィアの支援を同時に受ける彼女は、すぐにケルビエル要塞の副砲を一斉に稼働させて、周囲の天華艦を瞬く間に輝く星々へと変え始めた。

 クラウディアの魔力が変換されて降り注がれた光の豪雨が、大量に群れている天華艦隊を激しく打ち据えて、各艦を強烈な光を放つ新星へと変化させていく。

 生み出された数多の新星達は、その直後には衝撃波と破片を撒き散らしながら宇宙から掻き消されていった。

 クラウディアは攻撃を続けながら、両王子に鋭く声を掛けた。


「2人とも、早く戦って、背後の王国民と居住惑星を守りなさい!」


 クラウディアに指示された2人の王子は、我に返ると慌てて魔素機関を稼働させて、その力を副砲に送り込んで周囲へと撒き散らした。

 効率はB級精霊に劣るが、2人の王子が装着している精霊結晶もC級だ。2人が素人にしては及第点な戦果を挙げる中、ケルビエル要塞は星系を渦巻く魔素の流れに乗りながら、時計回りに激戦となった宙域を駆け抜けていく。

 ケルビエル要塞の防御を担っていたのは、精霊王フルールだ。ケルビエル要塞の周囲では、花びらが舞うように部分的なシールドが乱舞して、敵艦から放たれる攻撃を次々と受け止めていく。どのように敵の攻撃を感知しているのかは定かでは無いが、敵艦の攻撃は全て弾かれている。

 ミラは、星系内の魔素を流し込んでケルビエル要塞の背中を押すレーアの力を受け止めて、受け流しながら要塞を動かしているようだった。戦闘効率の良い宙域へ都合良く流れていく様子を見たハルトは、要塞の防御と移動を精霊達に委ねた。


 ケルビエル要塞が星系内に新星を作り出していく中、各宙域も加速度的に戦闘の激しさを増していった。

 緑色に染め上げられた星系内では、50万隻の天華艦と7000万艇のサラマンダーが激突しており、人間の脳では到底処理しきれない膨大な光線を入り乱れさせている。

 発生した艦艇の残骸は、軍艦や戦闘艇が搭載するコンピュータの処理能力でも回避しきれないほど高速で四方八方へと無規則に吹き荒れながら、両軍を狂乱に渦に飲み込んでいた。

 戦略衛星サンダルフォンを含めた両軍の戦力評価は、100対32。

 但し天華侵攻軍は逃げに転じており、多くは進行方向から反転しようとして減速状態に入った状態で背中を見せながら、宙域を自在に駆け回るサラマンダー達に群がられて次々と餌食になっている。


『全軍、突き進め。敵は、通信が途絶して指揮系統が崩壊している。シールドも張れない。各個撃破の好機だ!』


 天華側は巡洋艦級50万隻と、母艦から発進した150万艇を合わせた200万の艦艇を投入している。それに対する王国側のサラマンダーは、7000万艇が存在する。

 反転して減速した天華側の艦船は、サラマンダーに付きまとわれて抵抗している間に次々と増援を呼び込まれて、大群に飲み込まれて最前列から順に押し潰されていった。

 王国軍にとっては熟知したアテナ星系であり、通信妨害も受けていないために、母星や母港からの戦闘連動システムも十全に機能している。

 対する天華側にとっては、初めて踏み入った情報不足の星系であり、通信妨害を受けているために、同じ艦隊内での連携もままならない。

 全体としては、逃げる敵をサラマンダーが追いかけながら、次第に星系外縁部へと向かっている形になっていた。

 天華側は、追撃してくるサラマンダーを逃げ遅れた味方ごと核融合弾で吹き飛ばす戦法によって離脱を試みている。

 サラマンダーは多少の足止めを余儀なくされたが、それはケルビエル要塞が味方を誤射せずに敵を攻撃出来る絶好の機会を生じさせた。


「閣下、アテナ星系のシャレット侯爵家の私有艦隊と随伴の要塞艦が、最前線に出て敵と入り乱れています。二等要塞艦2隻は、既に武勲章を獲得出来る基準を1.5倍ほど上回っているようです」


 ケルビエル要塞司令部のスクリーンに、全長1万7000メートル級の二等要塞艦2隻と、その周囲に集う数百隻の艦隊が映し出された。

 要塞艦の運行者は、シャレット侯爵令息レオンと、ジェローム伯爵令嬢テレーズと表示されている。

 2隻の要塞艦は前方に向かって巨大な光の束を投げ付けながら、反転する敵の背中に食らい付いて、背後から敵を焼き尽くしている。


「シャレット侯爵家のレオンは、降爵したジェローム伯爵令嬢の婚約者だったな。俺がジェロームの制約を解いて、親から絶縁は撤回されていたが……なるほど」


 ハルトは少しだけ悩んだ後、通信装置に手を伸ばして、レオンとテレーズへ同時に通信を送った。


『司令長官アマカワ上級大将より、シャレット侯爵艦隊と、ジェローム伯爵家の要塞艦に告げる』


 ハルトは最初に、自らと相手の立場を明確にした。

 戦闘中の宙域で、王国軍司令長官が徴用貴族に対して行う通信であり、両家は従う義務が生じる。身構えた両家に対して発せられたのは、予想外の命令だった。


『目覚ましい戦果を上げた侯爵令息レオンと、伯爵令嬢テレーズには、会戦後に陛下の手ずから武勲章を受章して頂けるように調整しよう。ついでに、2人の結婚式では俺が祝電と、子供のために貴族用の精霊結晶をいくつか贈ろう。だから少し下がれ。今のところ徴用貴族と将官には1人も死者が出ていない。両家とも、即位された陛下の初会戦で、華々しい戦果に泥を塗ってくれるなよ』


 通信画面に出たレオンは、毅然とした態度で答えた。


『……畏まりました。司令長官閣下のご命令通り、我々は少し下がります。閣下のご配慮に感謝申し上げます』


 レオンの回答に続いて、テレーズの方も深く一礼だけをして通信から消える。程なく、シャレット侯爵艦隊とテレーズがゆっくりと減速していき、最前線で入り乱れていた艦隊が次第に離れていった。

 それを興味深そうに見守るベルナールとジョスランに対して、ハルトは特に何も語らなかった。

 ケルビエル要塞は、単独で8000隻ほどの敵艦を破壊したところで、稼働者を後半のメンバーに入れ替えた。

 要塞が単独で7500隻を破壊した時点で武勲章の獲得基準は満たしていたが、後日ケチが付かないために多目に倒したのだ。

 後1日くらいは余裕で戦えそうなクラウディアと、初陣で精神的な疲労が見える両王子を下がらせて、後半の3人に稼働者を入れ替えたケルビエル要塞は再び暴れ出した。


「野菜、野菜、野菜……」

「ふふふ……蟻を潰しているみたいな気持ちになりますね」

「ここで1隻でも多く倒せば、その分だけ王国の勝利が近付きますわっ!」


 必死に自分を騙し込むシャリーと、嬉しそうに不穏なことを呟くベアトリスと、一番まともそうなタクラーム公爵家令嬢リシンという奇っ怪な組み合わせを目にしたハルトは、彼女達から視線を逸らして目前の戦闘に集中した。

 星系内の全域では、既に王国軍による蹂躙戦が行われている。

 全域で敵の背中を追いかけるサラマンダーは戦果を重ね続けているが、次第に広がっていく敵に対して、ケルビエル要塞の破壊効率は落ちていく。


「早めに稼がないと、ノルマを達成出来なくなるかもしれないな」


 貴族艦隊を下がらせたハルトは、自らは前に出続けて、後半組にも敵を狩らせ続けてノルマを達成させた。

 その後、王国軍は2日間ほど天華侵攻軍を追いかけ回したが、ワープ可能宙域まで到達されて離脱された。

 最終的にケルビエル要塞は、戦力評価値の3.2倍にあたる2万4174隻の敵を撃沈して会戦を終えた。

 アテナ星域会戦における王国軍の損害は、サラマンダー743万艇。対する天華連邦は、侵攻軍50万隻の71%にあたる35万6000隻を失った。

 今会戦において、王国軍は第二次ディーテ星域会戦より1000万艇も少ない戦力でありながら、前会戦を15万隻も上回る敵軍を撃退して、被った損害は10分の1以下だった。

 惑星アイギスは無傷で、民間人の犠牲者は1人も出なかった。


あとがき




通販では、楽天ブックスが41冊の在庫を抱えているみたいです。

そんな情報、作者の心臓を深くえぐってしまうがな(;´Д`)

どこでも良いよという方は、ぜひ……1冊、お願いします( っ゜、。)っバタッ


Q.在庫の表示が41冊から減ったら、作者はどうするの?

A.次話……次話を、追加で投稿しますっ!

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[良い点] クラウディアが星の防衛戦で 民間人に被害出ずに勝利できたのは トラウマ疑惑のあった前回の防衛戦の記憶を払拭する切っ掛けになりそうでよかったー [気になる点] 天華側は戦力的にもう勝てない可…
[一言] 准将かわいそう……でも大事だよね、情報が…… おうふ、まさかのリシンが一番まともw ベアトリスちゃんは色々あったね……w 確かに華々しい戦果ではあるが、さて逃げられたやつらはどうするのや…
[良い点] 宇宙戦争ものでなろうらしい面白さの作品。 [気になる点] メカデザインがわからないので書籍に期待。 [一言] 楽天で予約しました!
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