07話 死亡フラグは方々に
ハルトたちが士官学校に入学して、1年3ヶ月。
2年生に外出許可が与えられて以降、主にコレットを介して、これまで連絡の途絶えていた魔法学院高等部の情報が入り始めた。
魔法学院は、中等部が1学年100人で、高等部は1学年300人。高等部で加わる200人の生徒は、主に高魔力だった外部生たちだ。そんな魔法学院の実態は、家柄と魔力が釣り合う相手を見繕うお見合い場である。
準貴族以下の高魔力者を入学させる目的は、地位・名誉・財産などを欲する準貴族と、高魔力者の血を欲する貴族とを引き合わせる事にある。
学院自体がお見合い場なのは、流石は乙女ゲームの舞台となるだけの事はあると言うべきか。
ハルト達の学年は、王太孫殿下、宰相や魔導長官の息子、巨大グループ企業経営者の御曹司、士爵家に現われた大魔力保持者などが揃い踏みだ。
条件の良い相手が多すぎて、女子生徒たちの目移りは留まるところを知らない。
もっとも悪役令嬢ジギタリスだけは、最初から王太孫だけが狙いだった。だが周囲からの魔力略奪が実現せず、彼女が王太孫妃に成るのは不可能となった。さらにゲームとは異なり、王太孫とはクラスも離れている。
原作と乖離した原因は、ハルトにある。
彼が憲兵の前でジギタリスの虐め行為を訴え、校長も話を一切否定しなかった為、ジギタリスが未来の王妃は勿論の事、側室にも相応しくないと判断されて、殿下の集団お見合い会場から密かに排除されたのだ。
お陰でジギタリスは、クラスメイトに対して大暴れであるらしい。
もっとも未成年の子供の思考回路に問題があるのは、養育環境を整えて育てた保護者の責任だろう。彼女は家族から、王太孫妃たるを期待されて育てられただけでしかない。失敗した後の身の処し方も教わったりはしなかった。
ハルトとしては、タクラーム公爵家には現実を受け入れて、真っ当に向き合って欲しいと願っている。何しろ王国には、強大な外敵が存在しているのだ。
王国歴439年現在の人類は、概ね4つの勢力に分かれている。
A.ディーテ王国 総人口、約400億人、居住惑星6個。
B.人類連合国家群 総人口、約280億人、居住惑星6個。
C.フロージ共和国 総人口、約160億人、居住惑星3個。
D.天華連邦 総人口、数百億人程?、居住惑星複数。
Aは地球人から独立した国で、Bは地球から根拠地を移した各国の集合体、Cは戦後に運よく独立を果たした共和国、Dは連合とは別の星系に去って連合とも距離を取った国だ。
四大勢力の他にも、Bに居住惑星を乗っ取られたヘラクレスやマーナの末裔、Bに加わらない地球国家の40億人、他星系へ向かった人々なども存在する。戸籍に乗らない非正規人口も、最低数十億人は存在する。
ディーテ王国と天華連邦とは、700光年もの距離や、戦争相手である連合を挟んだ反対側という位置、歴史的な背景も存在するために交流は一切無いが。
ディーテ王国が優先すべき問題は、AからCの3勢力についてだ。
ABCの人口比は10対7対4で、戦力差は10対14対4。
人口と戦力の不均衡は、B国家群の一部が、かつて人工授精で高魔力者を量産したためだ。
但し、当時の親から子への継承魔力の平均は、Aが0.9倍であったのに対し、B国家群はA王国の半分程だった。
世代ごとに魔力が半減していく状況に、B国家群は危機感を募らせる。
やがて共に在る親子の魔力継承が確認されて以降、B国家群の一部は高魔力者を国家管理し、魔力量などを基に結婚相手を国家が決めるようになった。
非人道的だという声は当然上がったが、次の脅迫が良識的な人々を黙らせた。
「地球に天体群を落とした凶悪なディーテ星人に、また母星を吹き飛ばされたいのか」
魔力持ちの個人的な異性への趣向と、全員の生存。
どちらに重きが置かれるか、最初から論ずるまでもなかった。
国家で強制的にくっつけた夫婦の成功例が頻りにアピールされ、制度が続けられた結果として、Bは高魔力者の比率がA王国の数倍に上がったのである。
A王国はB国家群に危機感を抱いており、様々な状況を想定した対策を練っている。
その一つが、BがCに突然侵攻する事を想定した移動訓練であり、士官学校の2年生にも航宙実習先としてCの首星へ向かわせている。
フロージは独立国であり、王国軍は入国制限がある。そのため書類上は輸送船団となり、今年度は輸送艦24隻、護衛艦16隻、駆逐艦5隻、教官用の軽巡洋艦2隻の合計47隻で向かう。
「貴様ら重戦艦科は、次までに合計45班を編成し、各班で艦長、副長、主計長、航宙長を選んで申請しろ」
重戦艦科のクラスメイト達が、一斉にイエッサーと返答した。
これは世間的には、高校二年の修学旅行になるのだろうか。魔法学院では、学院を挙げての男女の仲が良くなる計画が、盛り沢山に練られているに違いない。
だが士官学校の場合は、往復360光年で移動だけに65日間も費やす実習だ。当然ながら移動するだけでは無く、航路計画書の作成、艦艇運用、乗員指揮、航宙日誌の記載方法にまで教官の指導が入る。貴族家の子女が士官学校に進学しないのも道理であろう。
それでも各自には月々の手当が出ている以上、黙々と受け入れるしか無い。
指導教官が退出すると、ハルトの隣に座っていたフィリーネが彼の指を掴んで、端末機を勝手に操作してハルトを班長に立候補させた。
続いて自身の端末機を操作してハルトに班員申請を行うと、再びハルトの指を操って申請を承認させてしまった。
どうしても自分の将来設計を推し進めたいフィリーネが、ハルトに甘えるという行為に被せて、行動の制御を図ったのだ。
ハルトの魔力だけを評価していた当初のフィリーネは、侯爵家令嬢として余裕を持っていた。権力が無ければ出来る事は限られており、困った時はフィリーネに頼るしか無いだろうと考えていたのだ。
それが精霊結晶の製造・販売元であるセカンドシステム社の全株式を独占していると知って以降は、焦りが滲んでいる。
精霊結晶の販売数は、既に千万個単位に及ぶ。
博士は「お菓子工場でお菓子を製造する」くらい簡単に精霊結晶を量産できる為、買い手が付けば一気に売れていく。
現在、精霊結晶の価値を最も高く評価しているのは、ドローテアの件で骨身に染みたカルネウス侯爵家だ。
侯爵は『装着者を自立支援する性能』や『魔力を同調して底上げする性能』に目を付けた。そして自領の直属軍や警察を始めとした公務員2000万人分の精霊結晶を発注した。
上級貴族が極端な動きを見せれば、他の貴族や行政も注目する。現代技術から隔絶した性能と、博士の間違った金銭感覚で付けられた安価を理解すれば、各貴族もカルネウス侯爵家を模倣しないわけがない。
貴族が動いた頃には王国軍も事態を把握して購入に加わり、星間移動を行う民間企業団も追随して、王国中が精霊結晶の争奪戦となっている。
いずれ王国中の人々が、精霊結晶を使うようになるだろう。会社の非公開株式を100%独占するハルトの影響力は、いずれカルネウス侯爵家を凌ぐかもしれない。
フィリーネの焦りと無意識の甘えから行われた班の申請に対して、ハルトは抵抗しなかった。どうせ班は二人で組んだであろうし、既定路線までの流れに一々文句を言ってもキリが無い。
すると様子を窺っていたコレットが、ユーナに声を掛けて共にハルトの班に申請を出し、堂々とハルトの指を掴んで承認を押させた。
そして申請が通った瞬間、コレットは掴んでいたハルトの手を無造作に捨てたのであった。
「あのなぁ。せめて両手で手を握るとか、ちょっと照れてみせるとか、もっとお淑やかなやり方は無いのかよ。リスナール子爵令嬢」
「あら、そういう事はカルネウス侯爵家の御令嬢にお願いされたら如何かしら」
コレットは抗議の声を軽く受け流した。
「フィリーネは、内心ではちゃんと照れているから…………痛っ」
件の御令嬢に小突かれたハルトは、これから編制される班の中で、おそらく最も権威の無い班長となるだろう。
「はいはい、ご馳走様」
指導教官は班を編成しろと命じたが、こんな班は流石に想定外のはずだ。
班の編制手続きが完了した以上、何を言っても無駄である。
勝手に指を操られたハルトが改めて編制表を見直すと、フィリーネが副長、ユーナが主計長、コレットが航宙長の役割になっていた。
その様子を見ていた同期のクラスメイトの一部は、ハルトに恨みがましい目を向けていた。
彼らも、ハルトとフィリーネの件は致し方が無いと見なしている。1対1でお互いが同意している以上、口を挟むのは野暮というものだ。そこまでは常識の範疇で、大半にとっての許容範囲である。
しかしユーナとコレットに関しては、許容範囲を超えるのだろう。
同期たちが無言の視線で抗議する理由は、士官学校の99対1という男女比にある。
乙女ゲームに登場するような、女性の中でも100人に1人の美少女は、士官学校においては万に一人の確率となる。すなわち1学年3万人の中では、フィリーネ、ユーナ、コレットの3人しか居ない。
コレットがユーナを引っ張ってきてハルトと組む理由は、中学時代の同級生である貴族仲間で固まり、無骨な男達から自身と親友の身を守ろうとしているからだ。
班編成からあぶれたので班に入れて下さいと言っても拒まれる。それが分かっている彼らは、ハルトに何とかしろと目で訴えているのだ。
「配属される艦でも見てみるか」
同期たちの視線に気付かぬ振りをしたハルトは、端末に入った情報を確認した。
声かけや相談をすっ飛ばして最短で編成を完了させたハルト達には、一番年式の新しい駆逐艦が自動的に割り振られていた。
割り振られた駆逐艦は、ディーテ暦422年から採用されたDD422Vel-04319、通称・ヴェロキラプトル級駆逐艦だ。
王国軍の駆逐艦の型式名には、小型恐竜の名前が付けられる事が多い。
近年は新しい順に、ブイトレラプトル級、ヴェロキラプトル級、ピロラプトル級、グラキリラプトル級、アトロキラプトル級、ユタラプトル級と命名されている。
型式名に『ラプトル』と付けば、それは王国軍の駆逐艦である。
駆逐艦は全長1200メートルで、人員は乗組員150名と、人間の8倍ほど配備されているアンドロイド兵たち。
航宙実習の乗組員は、45隻の乗員数4750名のうち3600名ほどが艦長科に属する士官学校2年の生徒たちだ。
ハルトたちの駆逐艦には、ハルトたち以外にも他の戦闘艦科、補助艦科から人員が割り振られ、残りは艦を運行するために必要な技術を持つ下士官が乗り込んでくる。
艦の主兵装は、質量波凝集砲だ。運行者の魔力と魔素機関があれば、連射し過ぎない限り使い続けられる。他にも魔素変換防護膜や、多次元魔素変換観測波等は、いずれも正規軍の標準兵装のままだ。
ヴェロキラプトル級は、昨年から配備が始まった最新型から1代型落ちしただけの新しい駆逐艦で、総合的な性能は軍から高い評価を受けている。
「これは悪くないな」
口に出したのは控えめな評価だったが、表情からは笑みがこぼれた。殆どの艦隊で現役艦として用いられており、士官候補生が航宙実習で使える艦としては、最上級の部類に入るだろう。
「そうですわね。艦籍番号から見て、同型艦の中でも古くないようですし」
自分では無くハルトの端末を覗き込んだフィリーネが、艦籍番号を見て喜んだ。
「直ぐに編制が終わって良かったよね。駆逐艦の残りは、ピロ級2隻と、グラキリ級1隻、アトロキ級1隻なんだって」
ユーナが自分の左手を伸ばして、端末をハルトに見せてきた。それを一読したハルトは、教官の悪辣さにどん引きした。
「それは酷い」
王国軍の駆逐艦は、概ね20年単位で新型に更新している。
ピロ級は地方の警備艦隊が現在でも現役で運用しているが、グラキリ級は最終版でも42年前で練習艦扱いであり、アトロキ級は62年以上も前で運用されておらず、戦時用の予備艦として保管されている。
様々な性能の艦で編成を組む訓練である以上、遅くても置いて行かれるわけでは無い。それに駆逐艦は、護衛艦や輸送艦などに比べれば遙かに速い。
だが半世紀前の艦では、運用に四苦八苦するのは目に見えている。挙げ句に教官から怒鳴られて、評価も高くならない。
「これって編制が遅かった班に対する罰よね」
コレットが指摘したとおり、これは教官の教育の一環であろう。そして駆逐艦がこの扱いである以上、護衛艦や輸送艦の年式もお察しである。
ハルト達の会話に聞き耳を立てていた周囲の同期たちが、慌てて編制に走り始めた。凄まじい勢いで班が立ち上げられ、雪崩れ込むように班員が加わっていく。駆逐艦の枠が埋まり、護衛艦の枠も埋まり、乗り遅れた者達も続々と比較的新しい輸送艦に参加していった。
「それじゃあハルトは、他の4隻の駆逐艦長と相談して、艦隊陣形案と実戦計画書の素案を作成して頂戴。あたしは航路計画書を作って、ユーナの運用計画書も見ておくわ」
小さな嵐を巻き起こした張本人は、しれっとした顔で役割を確認する。
「わたしもコレットの航路計画書をチェックするね。これって輸送船団を護衛する形だから、輸送船団の航路計画に合わせる感じかな。それとも戦闘部隊が航路を指示して、輸送船団に合わせてもらう形かな」
「明記されていないから、教官に確認した上で、士官候補生で決めろと言う事なら輸送船に割り振られた人達との協議が必要ね。あたしがやっておくから、ユーナは運用計画書を作ってくれるかしら」
「はーい」
息の合った二人は、ポンポンと話を進めていく。
おかげで艦長の役割の一つである部下への指示が、全く要らなかった。
艦長としての威厳を気にしたハルトは、何かすべきだろうと考えて副長役のフィリーネに、大雑把な問いを投げてみた。
「性能差の分だけ、新型艦の負担を増やさないとマズいかなぁ」
「艦長さんの判断にお任せしますわ」
副長からは、あまりに素っ気ない回答が行われた。
もちろん艦長の方針に従うという意味では、フィリーネの対応は間違っていない。
ハルトは他の駆逐艦を艦隊の前後左右に配置し、自艦には機動性を持たせる案を思い付いて、艦長同士の話し合いに持ち込もうと考えた。
他班の編制も終わり、輸送艦の艦長達によって、輸送船団名の投票が始められた。
フロージ共和国も航宙実習は承知しているとは言え、書類上はあくまで輸送船団であり、艦艇47隻のうち過半数の24隻が輸送艦だ。そのため艦隊名も、輸送船団らしい名前を付けなければならない。
表示されている候補には、シルクロード船団、ゴールドラッシュ船団などと、実に景気の良い船団名が並び、それに対抗するように、捕らぬ狸の皮算用船団、宵越しの金船団なども挙げられていた。
もちろん全て却下であろう。
これは王国軍の艦隊が、人類連合がフロージ共和国へ軍事侵攻する際に迎撃艦隊を送り込む軍事演習の一環であり、共和国側の国民感情に配慮すべく書類上は輸送船団として登録する集団名だ。
周囲から注目を浴びてどうするのだと、後から指導教官に叱責される事は目に見えている。
「あいつらアホじゃ……ん、アラジン船団」
船団名の候補を眺めていたハルトは、単に候補名を読み上げる口調ではなく、事実を受け入れ難くて拒絶する口振りで一つの船団名を読み上げた。
乙女ゲームでも一度しか出てこず、簡単に流されていった一つの船団名。
それはディーテ王国と人類連合との星間戦争において、開戦の口実にされた部隊の名前であった。
フロージ共和国で情報を手に入れた人類連合国家群は、アラジン船団がディーテ王国軍の運用する艦隊だと分かった上で、フロージ星系外縁部にて臨検しようと図る。
もちろんディーテ王国は、人類連合に司法権など与えていない。無抵抗に臨検を受ければ連行されるため、法的にも現実的にも抵抗しか有り得ない。
そして抵抗することによって、ディーテ王国側が先制攻撃をしたという理由をこじつけられて、全艦を捕縛・撃沈させられる。
自然停戦期間が長かった人類連合側は、再戦にあたって国内向けの開戦口実が欲しかった。
それが航宙実習を行っていた士官候補生の艦艇だとは、ハルトには思いもよらなかったが。
だが改めて考えれば、相手が航宙実習中の艦艇を狙うのは当然のように思えてくる。
開戦理由をこじつける以上、トラブルに対して碌な初期対応が出来ないであろう実習生を狙うのは、合理的な判断だ。また、艦長科に属する高魔力持ち2000名以上を纏めて撃破ないし捕縛できれば、1個艦隊の運行者を撃滅するに等しい戦果となる。
記憶している戦力差は、人類連合側が約3倍。しかも選抜された高魔力者が、通常より強い魔素機関を搭載した最新艦を運行している。
連合側もフロージ共和国の周辺には大軍を送り込めないが、小集団を現地で合流させる手法によって、充分な戦力差で包囲網を作って待ち構えている。
対して味方艦隊の士官は、新兵より遥かに劣るライセンス取り立ての士官学校2年生たち。
どう考えても一方的な虐殺となり、ろくな抵抗も出来ずに蹴散らされる。
「どこか具合でも悪いのですか」
声を掛けた時には素っ気なかったフィリーネが、心配そうにハルトの顔を覗き込んできた。