67話 次世代へ
女王とアマカワ司令長官が2つの侯爵家と争ったことは、2つの侯爵家が伯爵家に降爵したために経緯が包み隠さず公表されて大きな話題を呼んだ。
「諸侯会議の場において侯爵2人が、軍務中のアマカワ司令長官を『貴族の義務を果たしていない』と侮辱した。王国軍の信頼を不当に貶める利敵行為で、同時に王国憲法に反して連合や天華のように遺伝子提供を強要した」
両名の発言部分からの映像が全て公開された事で、王国民は降爵の理由を正確に知らされた。
争いの原因に関しては、映像が公開されているために議論の余地が無い。王国民が盛り上がっているのは、両名の行為が『1階位の降爵』に値するのかについてだった。
ケルビエル要塞で25万隻を倒し、212億の天華民を殺したアマカワ司令長官を貶めて活動を阻害することが、降爵に値するのか。
大多数の結論としては、降爵に値するだった。
「戦争をしている今、陛下と司令長官の邪魔をすること自体が利敵行為だ」
「その侯爵達は、アマカワ司令長官を批判出来るような功績を立てたのか」
口に出して問うた側は、もちろん答えも知っている。
アマカワ司令長官が2人いれば、第一次ディーテ星域会戦では首星ディロスを守り切れたし、第二次ディーテ星域会戦では敵への侵攻と、本国の防衛を同時に行えた。その侯爵達は、2人目のアマカワ司令長官のような貢献はしていない。
より正確には、伯爵に落ちた両家が果たした国家への貢献は、ヘラクレス星域会戦で他の貴族同様に軍を出しただけだ。2つの侯爵領が王国の直轄領であった場合と比べても、結果は殆ど変わらない。
しかもサラマンダーがある現代では、彼らが要塞艦で活躍しても、微々たる影響しか及ぼさない。
司令長官が果たした貢献に比べて見劣りは甚だしく、両名には義務を果たせと宣う資格は皆無で、むしろ両名が最低限の義務しか果たしていないと判断された。
婚期を遅らされて即位させられた不憫な女王ユーナに向かって、婚約者ハルトの遺伝子を渡せと不当に要求するろくに貢献していない侯爵達。そして脅された婚約者ユーナを庇って、喧嘩を引き受けた国家の英雄ハルト。
そのような構図から、論理と感情の両面で王国民が女王側に付いた事で、少なくとも国民院での女王解任決議案は成立不可能となった。
なおハルトが精霊結晶、博士の置き土産、転移門などを管理・運用していた件については、ネットワークの各所で王国民が「知ってた」と連呼した。
本当に知っていたのかは不明瞭だが、ハルトが実行者であれば、博士の死亡認定後にマクリール星系やディーテ星系、アテナ星系で都合良く博士の置き土産が発動した事に説明が付く。
女王と司令長官が転移門の現象を管理できており、その力を以て天華に対抗しているという事実に、むしろ王国民の大多数は安堵した。
さらに侯爵家が徒党を組んでも、ハッキリと意思表示をして不当な要求を拒める女王に対しても、人々の信頼感は高まった。
侯爵2家分の協力が失われたところで、サラマンダーを運用する女王と司令長官にとっては誤差の範囲内だ。争いの影響は、殆ど無いと見なされた。
もちろん王国民の中には、争いによって大きな影響を受けた人も存在する。
首星ディロスの魔法学院高等部では、侯爵家から伯爵家に降爵されたジェローム伯爵令嬢の元へ婚約者が訪ねて来て、周囲から注目を浴びた。
「ジェローム伯爵令嬢テレーズ、君との婚約を破棄する」
婚約者の第一声は、大方の生徒が納得する内容だった。
婚約の破棄を告げたのは、シャレット侯爵令息レオン。
シャレット侯爵家の領地は、ディーテ星系との間に転移門が繋がれたアテナ星系。領地貴族であるシャレット侯爵家は、天華が攻めてきた際には避難民の行き来を行う責務を負っている。
物理的に転移門の通過を禁じられたジェローム伯爵家の血を入れた場合、シャレット侯爵家は貴族の責務を果たせなくなる。
「テレーズ、君には何の落ち度も無い。僕には勿体ない素晴らしい人だったことを証言する。君のような可愛くて、気が利いて、誠実な婚約者が出来て、僕は本当に嬉しかった。高等部を卒業したら早いうちに結婚して、共に歩みたいと思っていた」
レオンが説明する周囲にはベルナール王子の姿もあったが、彼も婚約者ベアトリスと共に両者の話し合いを見守るしか無かった。
一瞬、ほんの僅かにベアトリスが笑みを浮かべた直後、レオンは婚約破棄の理由を説明した。
「精霊を使えなくなれば、子孫が貴族の従軍義務に応じられなくなる。貴族特権の恩恵を受ける我が家は、王国民に対して義務を果たさなければならない。婚約を破棄するしかないんだ」
子孫が精霊と契約できなくなれば、それだけでも貴族として致命傷を負う。精霊が付かなければ、艦速が半減して現代の艦隊行動に着いていけないからだ。艦の戦闘能力も落ちて、各家が果たす魔力相応の貢献も果たせなくなる。
遠巻きに事態を見守っていた生徒達は、苦悩する2人に逃げ道が無いのかと話し始めた。
「テレーズ様を正妻から側室に変えれば、大丈夫なのではありませんか」
「どのみちテレーズ様の子孫は、精霊結晶を使えませんわよ。転移門も通れませんから、船への同乗すら断られます」
周囲が諦観して再び静まった中、沈黙していたレオンは髪を掻き上げる仕草を行った後、テレーズに向かって言った。
「…………やはり、婚約は破棄しない。僕は爵位の継承権を捨ててでも、君の婚約者であり続ける!」
「「「ええええっ!?」」」
前言を撤回して宣言したレオンに、周囲は度肝を抜かれた。
「僕個人は、第二次ディーテ星域会戦に参加して従軍義務を果たした。僕個人が受けた恩恵分は王国に返した。それに僕自身は、精霊結晶を使える。辺境星系で大型輸送船でも動かして、一緒に暮らしていこう。僕は君と結婚する」
「レオン様っ!」
婚約破棄を撤回されたテレーズは、感極まって泣き出した。
極めて珍しい逆転劇を目の当たりにした生徒達は、2人に感動して一斉に拍手をする。その様子を眺めていたベアトリスは、2人を眺めて呟いた。
「へぇ、とっても素敵ですこと」
このような現象は、基本的に起こり得ない。
ラングロワ公爵令息ステファンとの婚約を王太孫レアンドルによって破棄されたとき、ステファンは抵抗しなかった。
二度売られ、しかも二度目の相手が国賊となって名誉が地に落ちたベアトリスは、父からベルナールに三度目の売却をされて、王級魔力を持つ第一王子の最低な婚約者という肩書きの他には何も残っていない。
前途多難な未来を想像して、それでもベアトリスは彼らに羨望の視線を送った。
本人が幸せだと感じれば、それは本人にとっては幸せなのだろう。
だが伯爵に落とされた2人は、残念ながら自分達の状況に幸せを感じることは出来ていなかった。
ドラーギ伯爵は、己が認識する窮状を訴えた。
『我々は、タクラーム公のご指示で遺伝子提供をさせるようにと働きかけておりました。戦時中にこのような諍いは国益を損なうとして、爵貴院で降爵反対決議と、司令長官の行為に反対決議の票を頂きたい』
ディーテ星系から星間通信を受けたタクラーム公爵は、150年の寿命のうち3分の2を過ぎたとは思えない活力の漲る表情で、口角の片側を釣り上げた皮肉っぽい顔付きで笑った。
「貴公は、王国を貴族軍と国民軍の2つに割って内戦に突入したいのか。天華と戦争中の今このタイミングで。剛胆な考えだ」
ハルトは諸侯会議の場において、両伯爵家に与した貴族家にも同じ制約を科すと脅した。
タクラームの見るところ、宣言していた様子ではどれだけの貴族家が票を投じても、全員を相手にハルトは本気で制約を科しそうだった。
貴族抜きでも戦争に勝てるつもりなのだろうと考えたタクラームは、実現の可能性について、かなり高いと見なした。
非魔力者でも魔素機関を稼働させられる精霊結晶を手にした王国民は、貴族の力に頼らない星系防衛が可能だ。貴族が協力するなと言っても、王国民は自分と家族が住む星系を守るだろう。
ユーナやハルトと両伯爵家との争いの経緯を知る王国民の大多数が女王側に付いて、いずれ敵星系を攻撃して侵攻軍を出せなくさせて、王国民の手によって王国は守られる。
すると戦争に非協力的だった貴族は不要となって、貴族制度が廃止される。
そこまで分かっていて両家に与する貴族家は、果たして何家あるだろうか。
女王と司令長官陣営と、両伯爵陣営との争いは、既に勝敗が決したとタクラームは判断している。
『我らは公に言われて……』
ジェローム伯爵が訴えたとおり、遺伝子提供を取り纏めたらどうかと勧めたのはタクラームだった。
「確かに勧めたが、女王ならびに公爵位を持つ司令長官を相手に、他国と戦時中であるにも拘わらず、内戦に発展するまでやることはなかろう。一般貴族家の窮状に鑑み、ご支援を検討願えませんでしょうかと下手に出れば良かったのでは無いか」
『数年前まで男爵令嬢の娘と、士爵家の次男であった身でありながら、あちらは些か調子に乗っているのではありませんか』
ドラーギの言い分に、タクラームは両名のプライドが足を引っ張ったのだと見なした。
ハルトとユーナは、確かに数年前までは士爵家の次男と男爵令嬢の娘だった。
そのような相手に頭を下げてお願いするなど、栄えある侯爵家の当主達のプライドが許さなかったのだろう。
確かに国内の権力争いであろうと、連合との戦争で艦砲を撃ち合うときであろうと、敵と戦う時には爵位と魔力の高い方が強い。では魔力が9万を超えて、女王の婚約者で公爵でもあるアマカワと戦って、両名が負けたのも道理であろう。
現在の戦いで、昔は弱かったと言っても意味を成さない。
「現在の身分と王国に果たした貢献は、相手が上だろう。ここは侯爵らが一度折れて、言い方が意図せず誤解を生んでしまいました。とでも詫びては如何か。前王陛下の義父であるオルネラス侯爵や、ソン公爵の第二夫人の祖父であるコースフェルト公爵らに仲介を頼めば良かろう。一度、損切りされよ」
後始末を他人に押し付けたタクラームは、通信を切った後に自嘲した。
「なかなか上手くいかぬものだな」
ハルトの遺伝子を分配させて、タクラーム公爵家が有する連合の魔力者に使って高魔力の子供を量産させ、王国籍を持たず精霊に保護されていない子供達の魔力を奪ってジョスランとリシンの子供に加算させる。
そんな未来のために行わせた遺伝子の分配提案だったが、結果は失敗だった。
陰謀を行う際、最優先事項はリスク管理である。というのが、タクラームの持論だ。
ジギタリスでは失敗したが、魔法学院から回収した装置を旧連合の魔力者に使って魔力を奪い、それをリシンに加算させて未来の王妃まで後一歩と迫っている。
後一歩が欲しかったが、慎重を期して2人の侯爵を矢面に立たせた結果、失敗してもタクラーム家は傷付かなかった。
使い易い侯爵2家が、使い難い伯爵2家に落ちてしまったが、それこそ損切りしてしまえば良いだけの事だ。
今回の収穫は、ハルトと精霊が何を行えるかを知れたことだろう。
焦ることは無いとタクラームは考える。現時点で、魔力を奪える相当有利な立場だ。彼は、それこそ無数に打てる手の中から、次に何を行うべきだろうかと深い思考の海へと潜っていった。