66話 管理者
2つの星系に、両星系を一瞬で繋ぐ転移門が開かれて1ヵ月。
女王ユーナは転移門の詳細を軍事機密とした上で、用途は両星系の戦力共有化と、避難先の確保だと発表している。
避難の際には、数百万艇のサラマンダーが投入される。
全長150メートルでスリムなサラマンダーは、全長100メートルの中型コンテナ1個を魔素機関で覆って移動できる。中型コンテナ1個は、4000人を月単位で生活させられる居住空間を提供出来る。
1日以内の緊急避難では快適な居住空間など不要で、サラマンダー100万艇が1万人ずつ避難者を運べば、それで100億人の避難が完了する。
星系の各エリアに中型コンテナを取り付けたサラマンダーを300万艇ほど配備すれば、100億人も住んでいない両星系の避難は確実に行える。
あとは王国民が転移門を信頼するだけであり、避難をスムーズに行わせるために、転移門の使用は民間にも全面的に開放された。
「転移門は民間船にも開放する。銀河基準面で、上半面が王国軍と従軍義務のある爵位貴族家用、下半面が民間用だ」
両星系から同時に侵入しても、精霊の誘導に従う限り衝突事故は起こり得ない。そして精霊の誘導に従えば、いつ誰が使用しても良い。
そのように聞かされた王国民は当初こそ困惑したが、メディアが中継で無事に往復して以降、居住星系から僅か3億キロメートルの至近に発生した他星系への転移門には、大量の民間船が行き来していた。
「これは凄まじい商売のチャンスだ」
民間企業や星間物流業者は、通行料が不要の転移門を商売の好機と捉えて、盛んに行き来しては新たな交易を生み出していった。
一般人とは関心の方向性が異なる研究者達は、転移門の存在に顎が外れた後、転移門に張り付いて様々な計器で観測を行っている。
また両星系の軍艦長とサラマンダーの操縦者、そして従軍義務の対象貴族達は、誰もが一度は転移門を通過させられた。
魔法学院の生徒達まで1人残らず通らされた結果、転移門という存在が事実であると知らしめられた各星系の貴族達は、茫然自失とせざるを得なかった。
第2回諸侯会議は、転移門の衝撃が貴族を震撼させた後に開催された。
事前に通達された会議の内容は『新星系の管理者について』である。
マクリール星系には最初から博士の置き土産があって、深城にも置き土産を展開するのであれば、両星系の奪還は実現が近い。実現後の管理者について、諸侯会議で合意を形成しておくことが会議の目的の1つであった。
なお王国に存在する不文律は、踏襲される予定だ。
『1星系に1公爵を据える』
深城星系には、王国へ従属したソン公爵家。
マクリール星系は、ユーナが退位後に興すタカアマノハラ公爵家。
公爵不在のアテナ星系には、ストラーニ公爵家。
それらの考えが事前に伝えられており、人口が多い両星系において、星系の管理を補助する侯爵や伯爵を置くのかについて議論される事となった。
「それでは第2回目となる諸侯会議を開催します。今回の内容は、新星系の管理者について」
会議を開催したユーナは、最初に各星系へ据える公爵家について認識の共有を図った。
ソン公爵家が深城に据えられるのは当然として、残るマクリールとアテナについては、マクリールの方が統治困難なのは明白であり、困難な方にユーナを据えるべきだという案を出している。
何しろマクリールは長らく戦争を行っていた旧連合民が住む旧連合領で、既に天華の被保護国として王国からの独立宣言まで行っている。王に成れなかった方の王子に任せるには、統治の難易度が高すぎるのだ。
マクリールはハルトとユーナが相談した上での計画で、当面の統治はリーネルト上級大将が行っていたように、距離を置いて現地政府をコントロールする間接統治を考えている。また実務面では、王国政府、王国軍、領域を管理しているセラフィーナ、連合民を管理している人造知性体リンネルらによる支援を前提としている。
マクリール星系の96%は戦争で民間人に犠牲を出していないマクリール星人だが、残る4%は各星系を破壊された連合の避難民で基本的に王国を恨んでいる。統治が困難なことは王国中が理解しており、ユーナの管理方法に文句を付けられることも無い。
前王の指示で大公となるユーナ自身は、自由に出来る収益性の高い領地を求めているわけでは無い。退位後は単にハルトと結婚して新婚生活を送る考えを持っており、マクリール星系を間接統治するのであれば、それが実現するわけだ。
「当事者と成り得るベルナールとジョスランには、事前にストラーニ公爵家がアテナ星系側で良いかを考えるようにと伝えていました。両名の意志を問います。まずはベルナール、異論はありますか」
「ありません」
婚約者ベアトリスの故郷でもあるアテナ星系と、旧連合の蔓延るマクリール星系とでは、ベルナールがアテナ星系を選ぶのは当然の選択だ。
回答に頷いたユーナは、次に第二王子ジョスランの意志を確認した。
「ジョスランは異論がありますか」
「異論の前に、条件を伺いたいのですが。人口50億のマクリール星系には、他の貴族は入りますか。1つの公爵家が50億人を統治するのでしたら、かなり良い条件だと思いますし、他と同じ12億人なら誰もやりたがらないでしょう。2倍程度なら妥当だと思います」
ジョスランは、タカアマノハラ公爵家やソン公爵家の統治人口を減らそうとしているようだった。
本人が考え付いたのか、タクラーム公爵家側から示唆されたのかは判然としないが、だったら自分でやってみろと思ったハルトは、精霊を介してユーナに直接意志を伝えた。
『良い条件だと思うのであれば、ジョスランがマクリール星系を管理すれば良い。アテナ星系にも精霊王レーアが居て転移門もあるから、ユーナの領地がアテナ星系になっても全く困らない』
ハルトのメッセージを受け取ったユーナは、感情の起伏に乏しい表情のまま、ジョスランの発言に対する結論を告げた。
「ジョスランはストラーニ公爵となって、マクリール星系で妥当と述べた24億人を統治なさい。タカアマノハラは、アテナ星系の12億とします。ベルナールは王位を継ぐ準備をするように。それでは次の議題に移ります」
「どうしてそうなるのですか!」
ユーナがジョスランをストラーニ公爵にすると宣言して次の議題に入ろうとすると、慌てたジョスランが制止の声を上げた。
問われたユーナは、平然と答えた。
「ジョスランには、王に不可欠なバランス感覚が無いと判断したためです。従って国王は任せられず、公爵が確定しました」
「バランス感覚が無いとは、どういうことですか」
「数年前まで殺し合った旧連合の24億人と、王国民だけが暮らす12億人。これが領地として釣り合うと考えるとは、愚かしいにもほどがあります。バランス感覚を問われる国王は、到底任せられません。以上です。それでは、次の議題についてですが……」
アテナ星系は、王国が開発した王国民だけが暮らす12億人。
マクリール星系は、数年前まで殺し合った旧敵国民24億人。
しかもマクリール星系は、新たな敵国である天華連邦に近く、王国本土からは遠く離れており、天華の被保護国として独立宣言まで行っている。
アテナとマクリールが、統治人口が2倍であろうとも釣り合わない事は、諸侯や王国民も認めるだろう。故にユーナが次王にベルナールを選んだ判断にも、王国民は納得するだろう。
ユーナやハルトの統治人口を減らそうとしたジョスランは、痛烈なしっぺ返しを受けて慌てて言い募った。
「待って下さい。マクリールの統治は、24億人では釣り合っていなかったようです。先ほどは、私が認識を間違えておりました」
よほど旧連合民24億人を統治したくなかったのだろう。体面も無く発言を撤回したジョスランに、ユーナは端整な眉を顰めて聞き返した。
「それでは改めて問いますが、ジョスランが考え直した、妥当な統治人口は幾つですか。その数字でジョスランに統治を任せるかもしれませんので、自分が統治する立場を想像して発言なさい。同じ問題で、二度の発言撤回は認めませんよ」
諸侯が見守る中、ジョスランは少し間を置いてから慎重に口を開いた。
「マクリール星系は、政府の補佐の下に全て公爵領で良いと考えます。2倍や3倍では割に合いませんし、一括で管理しなければ不公平感が出て、住民の不満に繋がります。それと旧敵国の統治は、姉上で無ければ荷が重いと考えます」
言い方が変化したジョスランに、ハルトは背後に立つアドバイザーの影を想像した。
ハルトが精霊を使ってユーナと相談するように、ジョスランもタクラーム公爵家からアドバイスを受けているのだろう。
『マクリールと深城は俺達の領地に確定した上で、住民を王国へ組み込むまでの数百年間に、王国の版図を広げて、他の公爵領の統治人口を引き上げてバランスを調整しろ。とでも、言えば良いかも知れない』
ハルトのメッセージに小さく頷いたユーナは、諸侯を見渡しながら告げた。
「わたくしが次王であれば、両星系はタカアマノハラとソンに任せた上で、住民を王国に組み込むまでの数百年間に、王国の版図を広げて、他の公爵領の統治人口を引き上げてバランスを調整するでしょう。ジョスランは参考になさい」
「はい、わかりました」
ジョスランが同意して、次王と領主達の合意が形成された。
次の議題は、旧敵国であったマクリール星系や、宋家が治めると思い込んでいる天華民の深城に、2倍以上の統治人口で転封を希望する爵位貴族家があるのかについてだった。
当然だが、そのような家が有るはずも無い。
ユーナとジョスランが話し合った直後でもあって、ユーナが苦難となるが誰か引き受けてくれと言っているのでは無い事も理解した諸侯は、誰も名乗り出なかった。
それでも諸侯が列席する会議の場で、自由に希望を述べて良い機会を作った上での決定だ。後日に不満が出れば「なぜ議論をした時に言わなかったのだ」と、言い返せる。その根拠作りが、今回行った会議の目的の1つだった。
「わたくしが事前に用意した議題は終わりました。諸侯からは、意見や提案などはありますか。優先権を宮中席次の順として、自由な発言を認めます。まずは公爵家から、通信画面に質問の意思を表示するように」
主催者であるユーナが自由な発言の機会を与えると、ポダレイ星系のドーファン公爵が質問の意思を示して訊ねた。
「お許しを得て、女王陛下にお尋ね申し上げます。諸侯も気になっておられようが、転移門についてお伺いしたく。転移門とは、一体何でありましょう」
ハルト達にとっては、必ず出ると想定していた質問が発せられた。
そしてハルトは、「公爵から質問の手が上がらなければ、侯爵の順番になった時に質問して欲しい」と、カルネウス侯爵に依頼すらしていた。
転移門がどれだけ作れるのか、どこまでの転移を可能とするのか。その回答次第では、別星系への移民難易度が飛躍的に下がり、別星系の資源獲得が容易となり、王国は爆発的に発展する。
ポダレイ星系のドーファン公爵は、自領の発展のためにも、首星や各星系とポダレイ星系を転移門で繋げたいだろう。
ユーナは事前に決めていた回答者に説明役を振った。
「転移門を管理運用している王国軍から答えさせます。司令長官アマカワ上級大将、軍事機密に差し障りの無い範囲で報告しなさい」
「畏まりました。今回の諸侯会議では、アマカワ侯爵やソン公爵では無く、軍務中の王国軍司令長官という立場で報告いたします」
あくまで軍務中の司令長官として答えると前置きしたハルトは、転移門について説明を始めた。
「転移門とは、精霊が管理する高次元空間を経由したワープの出入り口です。門の管理者は、マクリール星系を含めて全て私の契約精霊であり、門の開閉や通行の対象者は、私が指示できます。敵は一切利用出来ませんので、ご安心下さい」
「なんだと!?」
ハルトの説明を受けた諸侯は、強い衝撃を受けた。
説明内容が事実であった場合、「博士の置き土産が発動して助かった」とされていたマクリール星系における人類連合との最終決戦での逆転劇は、ハルトによって意図的に引き起こされた現象になる。
契約精霊によって意図的に引き起こせるのであれば、どのように増やせるのか、どれだけ増やせるのか。契約者であるハルトは、それらも全て掌握していることになる。
「他の星系にも増やせないのか。たとえばポダレイ星系に開けるのであれば、有りっ丈の戦力をディーテに送り込むが」
発言者の資格を以て真っ先に名乗りを上げたドーファンに対し、ハルトは首を横に振って実現出来ないことを示した。
「今は深城までが限界です。増やせるのであれば、王国の全星系と繋いで戦力を集結させ、天華の各星系にも転移門を開いて全軍で突入し、敵を殲滅して戦争に勝利します」
実際に戦場で指揮するハルトの立場に鑑みて、大量に設置できるのであれば、有利になる転移門を惜しむ理由は無い。
それについて納得したドーファンは、マクリール星系だけだった置き土産がアテナとディーテにも増えた状況に鑑みて、将来に視線を向けた。
「将来は増やせるのではないか」
「可能性は否定しません。手法は軍事機密でお伝え出来ませんが、増やせるようになれば天華の星系に繋げて叩きのめすか、王国に開いて守りを高めるか、女王陛下の御意思や戦争の情勢も踏まえて決定することとなります」
「増やすために協力が必要であれば、我が家は助力を惜しまぬ」
「ドーファン公のご厚意、有り難く」
想定していた質問が終わると、侯爵の番になって2人の侯爵から連名で意見を述べたいという意思が示された。
アルテミス星系に領地を持つ、ドラーギ侯爵とジェローム侯爵。
彼らはハルトの遺伝子提供について、ディーテ星系の貴族達の間を廻って賛同者を集めた中心人物だ。
フィリーネ経由でカルネウス侯爵から情報を得たハルトとユーナは、遺伝子提供に否の結論を出した上で、ここで対応する予定を立てていた。
「連名のドラーギ侯爵とジェローム侯爵、同時に発言して構いません。何を問いますか。おそらく遺伝子提供についてなのでしょうが」
「左様で御座います」
「私もドラーギ侯爵と同じく」
ハルトに遺伝子提供を求める動きは、婚姻外交を行うハルトの立場に鑑みて一時中止せよと前王ヴァルフレートが指示していた。その前王が戦死して重石が外れ、両侯爵は指示に背いて動いていたのである。
深城が天華に制圧されて、もはや外交関係に配慮する必要も無い。精子の提供だけであれば、王国軍の司令長官として活動しているハルトの負担にならないというのが、彼らの言い分だった。
それに対するユーナの反応は、事前に用意していた回答を述べた。
「ディーテ王国では、国家が権力を以って魔力者に子作りを強要する事は禁じられています。わたくしの王国は、いつから連合や天華に成り下がったのですか。王国に制定されている憲法を守りなさい」
魔力改変者を生み出していた旧連合や、強制的に国家魔力者を生み出している天華を例に挙げながら、ユーナは憲法の定めという正論によって両者の訴えを退けた。
それに対して両名は、引き下がったりはしなかった。
「強要の意志はございません。上級貴族の男性は義務を果たしておりますので、ソン公爵にもご協力願いたく」
「左様で御座います。貴族には、魔力者を増やす義務がありましょう」
ドラーギは厳然と、ジェロームはにやけ顔で義務を果たすようにと突いてきた。彼らが王国で各家を味方に付けようと動いていたときの殺し文句がそれである。
「女王に認めさせてから要求すれば、アマカワは実質的に断れません。それこそが権力による強要であり、両名の提案は憲法に反しています」
強要では無く、あくまで義務の履行だと言い張る両名に、ユーナは厳しく問い質した。
アマカワ侯爵は、連合を滅ぼす決定打となり、天華の25万隻を倒し、天華星系2つを破壊し、王国の2星系に領域と転移門を開かせている。
ハルトの貢献を列挙したユーナは、ハルトが義務を果たしていないと主張した両家が果たした貢献を問うた。
「2年前に侯爵となったアマカワに責務を果たせと両名は讒言しましたが、それでは444年間というアマカワ侯爵家の222倍もの年月に渡って王国から貴族としての恩恵を享受してきた両侯爵家は、アマカワと比べて、王国に対して一体どれほどの貢献を果たしましたか」
問われた両家には、ハルトの222倍どころか、逆に222分の1の貢献すら果たせていない。
貢献に関して反論出来ない両名に対して、ユーナは畳み掛けた。
「両家の一族全てを合わせた国家への貢献が、アマカワ1人の222倍に満たない場合、『アマカワが貴族の義務を果たしていない』と讒言して、転移門について説明させるなど軍務中であった司令長官を不当に害した利敵行為で、女王の権限により両家を処罰します。そなたらの家が王国に対して何を果たしたのか、それがどのようにアマカワの功績を222倍ずつ上回っているのかを順に述べなさい」
先の転移門に関する説明で、ハルトが軍務中の司令長官という立場で発言した理由の1つが、軍務中の司令長官を讒言で不当に貶めた形に持っていくためだった。
利敵行為を問われた両名は、弁明を試みる。
「臣が奏上いたしましたのは、貴族として子孫を残して次代へ繋げる点のみでございます。武勲や貢献は一切否定しておりません」
「さようでございます。ソン公爵は武勲に関して貴族で比類無いが、子孫を残す点においては未達成でございましょう。その点のみ申し上げております」
ハルトを軍務中の司令長官という立場にした理由を察した両名は慌てたが、2人の弁明に対する回答をユーナは事前に準備していた。
「両名は勘違いしているようですが、貴族には子孫を作る義務はありません。王国は、貴族特権を与えて従軍義務が果たせなければ爵位を下げる制度を設けて、貴族家の魔力維持と向上を図っているだけです。諸侯会議の場において、司令長官に義務を果たしていないという事実無根の讒言を行って貶めた利敵行為により、女王の権限によって両侯爵を伯爵に降爵します」
「お待ち下さい。臣にそのような意図はありま……」
ユーナが睨み付けた直後、会議の主催者からの操作によって、両名側からの音声が切られた。
「降爵の経緯は公表しますので、決定に不服があれば議会で女王の解任決議をなさい。その代わり天華連邦は、両家に222倍も劣るというアマカワ侯爵と、両家が求める子供を作るために産休に入る侯爵夫人のわたくし抜きで何とかなさい。領域や転移門を増やすアマカワの222倍も貢献できるのであれば、わたくしも安心して任せられます」
議会で3分の2の賛同があれば、国王の解任決議案は成立する。
決定と共に、不満があれば議会で動けとユーナが告げた後、ユーナの戦いを見守っていたハルトが発言の意思を示した。
「女王陛下、少々よろしいでしょうか」
「許します」
許可を得たハルトは、予め用意していた言葉を宣言した。
「アマカワに売られた喧嘩を、未来の妻とは言え現在の陛下に買って頂くわけには参りません。私が買わせて頂きます。ジャネット、アマカワに不当な要求を行ったドラーギ、ジェロームの両伯爵と、その血を引く全ての子孫に制約を科す」
『どんな制約を科すの?』
ハルトが発したジャネットという単語に次いで、姿を見せぬままに声を届けた存在に、諸侯は転移門を生み出させたというハルトの契約精霊を想像した。
「両伯爵と子孫が乗る全ての艦船に、転移門の通過を禁じる。アマカワの干渉が及ぶ全ての精霊結晶に、両家との契約を禁じる。アマカワの敵でありながら領域に踏み入った両家の契約精霊は、契約を強制解除して精霊界に還す。未来永劫、何万年後だろうとだ」
ハルトは精霊帝ジャネットに対して、ハルトが契約している全ての精霊と、その管理下にある精霊結晶に制限を掛けるよう伝達した。
途端に、ディーテ星系で活動していた両名の身体が青白く光り、接続していた精霊結晶が割れて精霊が掻き消えた。
「精霊結晶には、カーマン博士系統と俺系統の2種類が存在する。領域や転移門、これから生み出される精霊結晶は、全て俺系統だ。原点となる俺が科した制約であり、俺の系統を使う俺の子孫達にも制約は解除できない。そして俺には、次王が命じようと解除する意志は無い。だから未来永劫になる」
先に転移門の説明を行ったのは、ハルトを軍務中の司令長官としての立場にする目的の他にも、ハルトが精霊結晶関連の現管理者であると明かして、その恩恵を失う影響を知らしめるためでもあった。
両名から精霊の恩恵を奪ったハルトは、音声を遮断されたままに姿だけで混乱する2人を尻目に、両家が貴族として致命傷を負う宣言を行った。
「貴族の義務を果たせていないアマカワの助力など、ご立派な両家には不要だろう。俺の子孫を連合の遺伝子改変者や天華の国家魔力者のように考えた両家の議案に乗れば、敵対した全ての家に同じ制約を科す。どんな決議案でも出せ。もちろん全面戦争だ。さて、臣の発言は以上であります」
ハルトは騒然とする諸侯のざわめきを無視して、ユーナに視線を投げた。
「ディーテ王国民は、限度を超えた不当な扱いに対しては、相手と刺し違えてでも戦います。アマカワ家の子孫を、諸侯の好きにできる所有物だなどと勘違いしないように。建国の理念を忘れた者は、これを機に思い出しなさい。現王として、アマカワが行う正当防衛を許します」
次王の命令でも制約を解除しないと宣言したハルトを、現王のユーナが許した。それが次代で通じるのかは不明だが、ユーナはさらに念を押した。
「ベルナールとジョスランも気を付けなさい。佞臣に踊らされて、臣下を踏み躙るような命令を発すれば、王家が精霊に嫌われる事も有り得ます。王制国家が内側から滅びるのは、支配者層が道を踏み外した時です。それでは、これにて第2回目の諸侯会議を終えます」
姉の忠告を弟が守るのかは不明だが、両王子への代替わり後に命令を出させて解除させる手は、王家や王国まで巻き添えになりかねないと示唆されて牽制された。
かくして第2回目の諸侯会議は、混乱と焦燥の中で幕を閉じた。