61話 2人の王子
第1回目の諸侯会議が終わると、通信を切ったベルナールは離宮に意識を戻した。
異母姉である女王ユーナが会議で発した従軍の勅命は、事前に告げられていた内容だ。
ケルビエル要塞の運行補助者として従軍し、武勲章を獲得して、王国民が王位や公爵位の継承を認められる実績を挙げること。
諸侯会議で周知することで、獲得後には国王ないし公爵として国民に認められる条件を満たしたのだと認めさせる意図があるのだと、ユーナ自身が説明していた。
ベルナールにだけストラーニ公爵領での政治経験も積ませているのは、建前としては弟ジョスランが士官学校に入学するからで、本音では嫡男として期待しているのだと事前にユーナが告げていた。
(ジョスランにも同様のことを言っているのかも知れないが)
ベルナールはユーナの言葉を鵜呑みにするほど子供ではないが、それでも期待をしていると言われて悪い気はしなかった。ベルナールは嫡男であり、ヴァルフレートの後継者は自分なのだという自覚もある。
小さい頃に父から聞かされていたのは、いずれ父が公爵となって新星系への移民を指揮する未来だった。
新公爵家となる父親は、新星系に骨を埋める。そしてベルナールは、2代目の公爵として、新星系を安定させる事を求められていた。
結婚相手の選択基準として、公爵家を潰えさせない高魔力女性が求められていた。また性格に関しては、王国で最辺境となる未開の新星系に付いて来られる者を選べとも言い聞かされていた。
そのためベルナールが女性を選択する基準は、幼少時に父親から教え込まれた基準に沿って、「我が儘や贅沢は求めず、田舎でも付いてくる高魔力女性」となった。その後に立場が変わっても、教え込まれた選択基準が変わる事は無かった。
士爵令嬢のベアトリス・ルグランを選択した理由は、彼女が我が儘や贅沢を求められない士爵の娘であり、2度の婚約破談と2度目の相手が国賊であり、第一王子の自分に従うしか生きる道のない高魔力女性だったからだ。
演習で彼女を庇ったことでフィリーネ・カルネウス少将から注意を受けたが、演習の成績よりも確実に手に入れる方を優先した件については、反省も後悔も一切していない。
本番となる第二次ディーテ星域会戦では、己の役割を果たしたので、文句を付けられる筋合いは無い。と、ベルナールは確信している。
辺境の新星系に移民する未来は、人類連合との戦争で立ち消えた。
幼い頃に言い聞かされた生き方が崩れて、新たな生き方を指示されないままに父親の王族籍が復活して、ベルナール自身も王位継承権者となった。
やがて従兄弟のレアンドルが国賊となり、父親が国王に即位して、ベルナールは第一王位継承権者となった。ここでようやく、新たな立場となったベルナールは、次王になることが求められたのだと明らかになった。
変化した立場に困惑したが、それでも事情が事情故に仕方がないとベルナールは現実を受け入れた。だが生き方を切り替えたところで、父が戦死して異母姉が女王に即位し、また生き方の再修正を迫られた。
姉は、次王ないし次期公爵になれと告げた。
ベルナールとしては、どちらにするか明確にして欲しいという思いがある。
父が興した公爵家を継げというのであれば、幼い頃からその覚悟をしてきたベルナールには受ける意思がある。また次王を継げというのであれば、父が王となってしまったために、嫡男が後を継ぐのは運命だろうと受け入れられる。従って、どちらであろうと構わないが、どちらかはハッキリと決めてもらいたい。
数百億の国民を統治する国王と、老獪な貴族達の間で立ち回る公爵では、準備の仕方が異なるのだ。そして姉であれば、宣言するだけで実現する。
積み重ねた勝利で王国民からの圧倒的な支持があり、婚約者が王国軍と精霊結晶を掌握しており、前王ヴァルフレートから継承の決定権を委ねられて大義名分も持っている。早々に決めてしまった方が、選ばれない方も傷が浅くなるだろう。
他のことは姉のせいでは無いにしても、人生を翻弄するのは止めて欲しいとベルナールは考える。
「優柔不断な姉だと言うと、怒られるか」
「女王陛下のお立場に同情する100億の国民が、殿下に攻撃の矛先を向けますよ」
「仕方が無い。止めておこう」
ベアトリスに指摘されたベルナールは、不満の表出を取り下げた。
王と公爵のいずれになるにせよ、100億の王国民を敵に回せば統治に悪影響が出る。
「ああ、そうだった。姉によれば、私とジョスランは次王と次期公爵で確定だそうだ。どちらが次王になろうとも、ストラーニ公爵になる側の名誉は充分に保つ形を取ると言われている」
ベルナールが次王に選ばれる場合、「軍事では士官学校に進学した弟ジョスランが上回るが、今後の王国は支配星系を統治しなければならず、嫡男で支配星系の統治経験も有するベルナールを選んだ」と説明される。
ジョスランが次王に選ばれる場合、「政治経験ではマクリール星系を統治した兄ベルナールが上回るが、戦時であるために、士官学校に進んで軍に精通したジョスランを選んだ」と説明される。
そもそもストラーニ公爵家は、人類連合を滅ぼした前王ヴァルフレートが興して、国家的な英雄である女王ユーナが引き継いだ家だ。歴史は浅いが、他の貴族家が羨望する名誉は確立されている。
「それはおめでとうございます」
「諸侯会議の場で、従軍時には次期王太子妃ないし次期公爵夫人の候補者として、婚約者を参加させて良いと告げられた。君の父は、どうせ反対しないだろう。君を正式な婚約者として連れて行く」
「父から売られるのは、これで3度目になります。準貴族の士爵家で、貴族特権の恩恵なんて受けておりませんのに。沢山の悪名まで付けられて」
達観した表情を浮かべるベアトリスに、ベルナールは異母姉を思い浮かべた。
望まぬまま女王に即位させられたユーナも、かつて第二王妃マイナが存命の頃に見せていた頃の表情から、今は何かが欠落した表情に変わっている。
僅か数年間で、王国民は様々なものを失っていた。
ベルナールが離宮に意識を戻した頃、ジョスランもタクラーム公爵家が首星に有する屋敷の1つに意識を戻していた。
事前の通告通り、異母姉ユーナは諸侯会議の場において、ベルナールとジョスランを次王と次期ストラーニ公爵にすると宣言した。
ベルナールとジョスランは、出自が侯爵家である第一夫人の子供だ。
本家を継ぐのがベルナールとジョスランになるのは、母親の序列や実家の爵位などに鑑みて、当然だとジョスランは考えている。
もちろんユーナが女王を退位した後に大公位を得るのは、元女王と臣下だった公爵が同列にならないために必要な事だとも理解している。これら全ては前王ヴァルフレートが定めたことであり、ジョスランにとっては全てが既定路線だった。
ジョスランが王位を継いでから退位するのは、200年以上も未来の話だ。
それだけの時間があれば、孫や曾孫世代が生まれており、ユーナの子供が高魔力であろうとも、その後の孫や曾孫世代が他と混ざって本家を押し退けるほどの魔力では無くなっている。よって王位継承者の血統が、ユーナ側に移る心配も無い。
孫娘リシンの行く末を気にするタクラーム公爵から、その考え方を教えられたジョスランは、現状が順調であることに概ね満足していた。
「まあまあ悪くない……と、言ったところか」
王位を継承した後も、功績が高すぎる異母姉と義兄予定者を蔑ろには出来ない。
アマカワ侯爵のように強すぎる力を持った臣下は厄介だが、ハルトが王配の立場を望まず、臣下で在ることを受け入れられるのであれば、力を削りながらも上手く扱わなければならないのがジョスランの立場だ。
リシンやタクラーム公爵などの周囲から国王となることを望まれているジョスランは、国王となった後の展開について様々に想像している。
(アマカワ侯爵には父上のように娘を与える訳にもいかないし、妹のミラベルでも側室に与えて従えさせるのが良いのか)
国王に成れない可能性が有り得ることも、ジョスランは考慮している。
2歳年長の兄ベルナールとは両親が同じで、魔力はジョスランの方が僅かに上だが、ユーナに決定権があるために、一体どれほど有利なのかは判然としない。
但し、兄のベルナールが王となり、ジョスランがストラーニ公爵となった場合でも、逆転の機会はある。
それは子供の魔力によって、ベルナール側から王位を移される形だ。
ベルナールと懇意なルグラン士爵家ベアトリスは、魔力2万8152である。
確かに高いのだが、平均的な0.9倍の魔力継承では、ベルナールとの間に王級魔力者は生まれない。するとベルナールの次王は、自然にジョスラン側へと流れてくる。
タクラーム公爵家令嬢リシンの魔力は、3万6451だった。これなら魔力継承が0.8倍と低くても、子供は王級魔力者になれる。
リシンの魔力が推定魔力値から大きく跳ね上がった理由は不明だ。
本人も首を傾げており、固定前に公爵家が有する王都の屋敷で過ごした以外には、特に変わったことはしていないと口にしていた。
公爵家令嬢という立場もあって、調査は慎重かつ丁寧に行われていたが、調査が開始された翌月には第二次ディーテ星域会戦が勃発して、現地調査すべき屋敷も消し飛んで調査は終了している。
タクラーム公爵家が任意に魔力を操れない事は、元王太孫レアンドルの婚約者の地位を求めていたリシンの姉ジギタリスが、推定魔力値どおりの結果を出したことから明らかだ。そのため不明で終わっている。
何かしら人為的に操作出来る理屈が分かれば、子供の魔力を上げて王位継承も確定的となるのだが……と、ジョスランが想像したところで、通信室に屋敷を所有する公爵の孫娘が入ってきた。
「ジョスラン殿下。公爵以上の身分確定、おめでとうございます」
諸侯会議で告げられた内容のうち、リシンに関わる部分を公爵から聞かされたのだろう。気分が昂ぶった様子のリシンは、ジョスランに駆け寄ってきた。
それを受け止めたジョスランは、表情に僅かな笑顔を浮かべた。
「ありがとう。それでは約束通り、アステリア王家第二王子ジョスランは、タクラーム公爵家令嬢リシンに婚約を申し込むよ。受けて頂けますか」
「ええ、もちろんですわ。お爺様も、お許し下さっていますわよ」
「それは重畳」
ジョスランは、自分のものになったリシンの華奢な身体を抱きしめた。そのまま暫く女性の柔らかい感触を確かめていると、リシンも両手を背中に回してくる。
ジョスランはリシンを抱きしめたまま、今後の予定を語った。
「姉上は、ケルビエル要塞の運行補助者としての従軍を求めてきた。武勲章を取れと仰せだ」
「安全に武勲を挙げさせて頂けますのね。中尉の階級は、頂けますのかしら」
「有り難くも頂けるそうだ。兄上にはストラーニ公爵代理として政治面の実績を積ませる分、こちらには軍事面の実績を支援すると。早く退位させるようにとまで仰せだった。式典で武勲章を付けるのは、さぞかし見栄えがするだろうな」
ジョスランとリシンは、4月から士官学校の1年生になる。
現時点で軍に関する知識は素人と大差ないが、ケルビエル要塞が破壊されない事や、配属された者達が輝かしい武勲を得ている事は知っている。
2歳年上のコースフェルト公爵家令嬢クラウディアは、士官学校1年生の10月に志願して中尉として配属され、1年半後の今はマクリール星系、新京星系、九山星系の功績で3回昇進して中佐になっている。
25万隻もの敵を殺したケルビエル要塞の一員となったクラウディアは、マクリール星域会戦で勲7等グリーゼ章も得ており、王国貴族の義務を果たしたと見なされる立場になった。
そのようなお膳立てをしてもらえるのであれば、実にありがたい話だ。
4年前に異母姉となった女王ユーナは、ジョスランとは接した時間が短くはあったが、姉としてジョスランに相応の支援はしてくれている。
ユーナは前王ヴァルフレートの血を引いており、第二王妃マイナも貴族の出自で正式な第二王妃だ。挙げた武勲は王国史に輝き、「姉として認めても良い」とジョスランが考えられる相手ではあった。
「母違いでなければ、最初から素直に認めても良かったのだがな。それとも異母姉であったが故に、父上が残したものを守り、成人後に譲られるという点で、良かったと考えるべきか」
「女王陛下は、立派な姉君ではありませんか。あたくしの姉なんて、姉であることを笠に着て、足を引っ張ってきますの。魔法学院時代に、女王陛下やソン公爵閣下と懇意にしていれば良かったのに……」
リシンの姉ジギタリスは、魔法学院中等部でハルトやユーナと同学年だった。
そこで関係が正常であれば、タクラーム公爵家は自家の力を以て、ジギタリスをハルトの側室に押し込んでいただろう。
なぜコースフェルト公爵家は面識のない娘を第二夫人に送り込めたのに、タクラーム公爵家は同じ事が出来ないのかと、リシンは祖父に尋ねた。その答えは「関係が懇意の真逆だったからだ」と伝えられている。
一体どちらと関係が懇意の真逆だったのかと問えば、女王と公爵の両方とである。さらに女王の親友にして、司令長官補佐を務めるコレット・リスナール中将とも、懇意の真逆であったらしい。
人脈を作る場で、一体何をしでかしたのだと、リシンは姉の行動に怒りを覚えた。
男爵令嬢の娘や、士爵家の次男などは、公爵家にとっては歯牙にも掛けない相手だ。取り巻きの1人でも潰せる程度の相手であり、それらの準貴族と懇意の真逆だったからといって、普通は誰も責めない。
威厳のある女王でも気取りたかったのか、あるいは王妃候補としてストレスでも溜まっていたのか、そのように思われる程度だろう。
だが懇意の真逆だった2人は、現女王と、王国軍司令長官で精霊結晶の管理者でもある公爵となった。結果として愚姉のせいで、タクラーム公爵家が受ける損害は計り知れないものとなった。
リシンがタクラーム公爵家の出自である事を理由として、次王にベルナール側を選ばれたらどうするのか。同様に、タクラーム公爵家という理由で、アルテミス星系の防衛優先度を下げられたり、精霊結晶の配布を減らされたりしたら、一体どうなるのか。
両者と懇意の真逆であるために起こり得る事態を想像するだけで、リシンは目眩がして意識が遠のいた。
リシンがジョスラン第二王子と婚約して、ジギタリスが女王に許されたなどと勘違いでもしようものなら、一体どうしてくれようか。
想像して憤るリシンの腕に、力が篭められていった。
(…………あの愚姉。よくも可愛い妹に、こんな迷惑を掛けて!)
「リシン、少し痛いのだが」
姉に対する強い怒りで周囲が目に入らなくなったリシンは、ジョスランの身体に回した両手をギリギリと締め上げた。