60話 諸侯会議
諸侯会議は、女王が全ての上級貴族家を対象に参加を呼び掛けて開催された。
会議の内容は、戦争で勝つ具体的な手順の説明だと事前に通達されている。
参加は星間通信が認められており、出席は当主以外に後継者でも良いとされていたため、上級貴族家は殆どが出席した。
出席できなかったのは、第二次ディーテ星域会戦で当主と後継者が同時に戦死して、未だに後継者が定まっていない上級貴族家だけだった。
先の会戦における貴族の死者は、幅広く存在する。そのため継承資格者の喪失や魔力不足で、断絶や降爵となった貴族家は多数存在した。
とりわけ王都系の貴族は被害が甚大で、他にも魔法学院に通っていた貴族子女や、王都に滞在していた貴族も殆どが戦死した。それによって消えた伯爵家も複数存在している。
ハルト、ユーナ、コレットは両親と祖父母を亡くしており、ハルトとコレットは兄も亡くした。フィリーネであれば、王都に居た両親と姉、弟が戦死している。
これらの影響は甚大で、ユーナは王位を継承させられたが、コレットも自動的にリスナール子爵家を継がされてしまった。フィリーネは、先に父親が継承するはずだった侯爵家を一世代分だけ早く継承せざるを得ない。
ハルトの父方の実家であるヒイラギ男爵家は、本家にハルトの従兄弟が辛うじて1人生き残っていたが、そうでなければハルトはアマカワ侯爵とソン公爵の他に、ヒイラギ男爵も兼任させられるところだった。
このように貴族社会は惨憺たる有り様で、立て直しには相当の時間を要すると目される。
その立て直しに必要な時間をどのように捻出するのか。女王が示す方針に各貴族は最大の関心を寄せていた。
会議の冒頭、ユーナはベルナール王子とジョスラン王子を出席させた理由から説明した。
両名のいずれかは次王で、もう一方も次期ストラーニ公爵となる。各家にも後継者の出席は認めており、2人も同様の扱いであると。なお次王は未定のため、両名の発言資格は次期ストラーニ公爵とされる。
そのような説明を行ったユーナは、両王子に告げた。
「2人とも、今回は一切発言せずに聞いていなさい。今回は王国が勝利する具体的な手順を説明した上で、諸侯に協力してもらうための通達です。姉のやり方を見て、自分が王位や公爵位を継いだ時の参考にしなさい」
両王子を成長させると決めたユーナは、両王子が次王になれる経験を積ませ始めた。
ベルナールは魔法学院高等部の3年生だが、ストラーニ公爵代理として、首星を領地とする公爵領の統治を任せた。卒業後には全面的に公爵領の統治を行わせて、政治を行える国王候補にさせる方針だ。
ジョスランは、4月から本人の希望で士官学校の1年生になる。そちらは自ずと前王ヴァルフレートや女王ユーナのように軍事に精通した国王候補になるだろう。そのジョスランに対しても、ユーナは機会を設けようと企図していた。
女王で在ることを望んでいないユーナは、ハルトが両王子に不安を抱こうとも、彼らが国王に至る道を阻害する意志は持たなかった。本人達の進路を尊重しつつ、両者ともに国王となり得る機会を与え、姉として応援する立場を取ったのだ。
ハルトとしては、そんなユーナの意志を尊重するつもりだった。
タクラーム公爵が後ろ盾にいるジョスラン王子には不安を持つが、ヴァルフレートが行わせた調査の結果、ジョスランと恋仲のタクラーム公爵家令嬢リシンは本人の性格はまともな事が判明している。
問題は、明らかに悪人のタクラーム公爵だ。
リシンが昨年固定した魔力は3万6451で、推定値を大きく上回った。
これはタクラーム公爵家が所有する装置を使用したものだとハルトは確信している。精霊結晶を装着していれば精霊が守ってくれるので吸収を防げるが、旧連合民には精霊結晶の使用を認めておらず、タクラーム公爵家が彼らから集めようと思えば実行出来たはずだ。
旧連合民に精霊結晶の使用を認めない限り、今後もタクラーム公爵家は自家の子孫を高魔力者に引き上げられる。
そんなタクラーム公爵の目的は自家が1000年の繁栄を得ることであり、ジョスランがリシンを妻として次王になれば目的が達成できるように思えるが、ユーナの存在が公爵に危機感を抱かせる要因に成り得るだろう。
存命で退位した国王は、通常は上皇となって王族籍を維持するため、女王を退位して大公を名乗るユーナも臣籍には下らない。王族籍を有するユーナの子供も、親の身分に準じて王族籍を持つことになるため、ジョスランの次の世代でユーナの子供と王位継承を争いかねないのだ。
ユーナが名乗る予定の大公位は、高天原。
日本神話で天津神が住んでいた高天原が命名の由来で、母親の実家である高宮の『高』と、ハルトの家名である天川の『天』が入り、銀河という天上に領地という平原を持つ『原』で纏まる。
氏名は、ユーナ・アマカワ・タカアマノハラ・アステリアで、呼び方は「タカアマノハラ大公殿下」や「大公殿下」となってしまう。
ユーナが大公位を得てしまうことも、子供が王族籍を得てしまうことも不可避であり、タクラーム公爵には一定の警戒を抱かざるを得ない。
それでもユーナの精神に対する優先順位が遥かに高いハルトは、ジョスランが国王を担える程度に育てば、後ろにタクラーム公爵が居ても仕方が無いと割り切らざるを得なかった。
タクラーム公爵家のみならず、ラングロワ公爵家も問題児だった。
ハルトも精霊結晶を有するソン公爵であり、第二夫人の予定者は弦の会を立ち上げたコースフェルト公爵家の孫娘で、大公位を持つことになるユーナと共に在るのだから、公爵の1家であるタクラームくらいは抑えなくてはならないのだろう。
両王子は、今のところ真面目に国王を目指している。ハルトは本人達がまともに育ってくれることを願った。
「それでは会議を始めます。アマカワ司令長官……爵位ではソン公爵が優先されますが、わたくしはアマカワと呼びます。ソン公爵家を蔑ろにしているのではなく、シャリーとの仲も良好ですが、わたくしは退位後にアマカワ侯爵夫人も兼ねるつもりですので」
「未来の妻として、アマカワ家を立ててくれて恐縮です」
諸侯を前にアドリブで退位後の意思を示したユーナに、そう思っているのだろうと予見していたハルトもアドリブを返した。
事前にベルナールとジョスランに対して発言するなとユーナが告げていたからか、ユーナの様子を観察している諸侯からは冗談交じりの発言などは返って来ない。
気を取り直したユーナは、話を元に戻した。
「話が逸れましたね。司令長官、戦争で勝つ具体的な手順を説明して下さい。目標達成に必要な軍事機密の開示を許します。そして諸侯と後継者達には、軍事機密の漏洩を固く禁じます。場合によっては厳罰に処します」
女王であるユーナに一礼したハルトは、司令長官として軍の計画について説明を始めた。
「1週間前、ディーテ星系で通称『カーマン博士の置き土産』を稼働しました。効果は、マクリール星系と同様です」
初手で、核融合弾級の爆弾発言が投げ込まれた。
爆弾発言は盛大に炸裂して衝撃波を生み出し、諸侯の間を蹂躙しながら末端の伯爵令息まで薙ぎ倒していった。
マクリール星系に置かれているカーマン博士の置き土産は、艦艇の戦力評価を5倍に引き上げ、星系から1光日の範囲で敵の通信やワープによる侵入と離脱を妨害し、無人の魔素機関を稼働させて敵を倒せると広く知れ渡っている。
王国は仇敵である人類連合に対して、カーマン博士の置き土産を用いてトドメを刺した。僅か2年前の話であり、それを忘れた上級貴族が居るはずがない。
衝撃が駆け抜けた後の諸侯には、数多の疑問が生じた。博士の置き土産は、一体幾つあるのか。そして、なぜ今まで使わなかったのだと。
ユーナは変化に乏しい表情で、第二次ディーテ星域会戦の前には行えなかった旨を淡々と告げた。
「会戦で両親と祖父母を同時に失ったわたくしが、司令長官を質して説明させました。国賊となった元王太孫や元公爵のように、地位が高くとも軍事機密を漏らす者はおりますので、前王陛下に倣って『博士の置き土産』の仔細は開示しません」
元王太孫レアンドルと元公爵のラングロワが、ユーナの父親であったヴァルフレートを殺させるために人類連合に機密情報を流したのは、博士の置き土産と同様に上級貴族達が深く記憶するところだ。
質問を封じたユーナは、諸侯に対して念を押す。
「女王であるわたくしが、わたくしの王国を勝たせるために、未来のアマカワ侯爵夫人となるわたくしと利害が完全に一致する司令長官に対して、必要な事をさせています。司令長官、説明を続けて下さい」
ユーナに促されたハルトは、説明を再開した。
それは、博士の置き土産が持つ本当の価値についてだった。
「畏まりました。博士の置き土産がある星系同士では、転移門を生み出せます。ディーテ星系とマクリール星系は550光年離れておりますが、先だって密かな実験の結果、戦闘艇が両星系を数分で往復できました」
内心で「待て」と制止を求めた諸侯は、一体どれほど居ただろうか。
唖然として自身の耳を疑い、あるいはハルトとユーナの頭がおかしくなったのではないかと疑った者もいたかもしれない。
諸侯が制止しなかったのは、精霊結晶にはワープの補助機能があり、マクリール星系の通称『博士の置き土産』にも尋常ならざる現象を引き起こす効果があることを知っていたからだ。
そして転移門こそが、女王が司令長官に命じた「目標達成に必要な国家機密の開示」なのだと理解した。
「次の置き土産はアテナ星系に展開して、ディーテ星系と戦力を共有します。転移門は、居住惑星から3億キロメートルの宙域で、公転する惑星に連動させながら維持できますので、敵の侵攻があった場合には、避難先としても活用できます」
ハルトは会議の後、直ちに魔素機関の稼働者が3人体制の高速巡洋艦でアテナ星系まで移動して、置き土産を発動する予定であると付け加えた。
領地の配下が説明しているのであれば、あるいは軍事機密だと前置きされていなければ、諸侯は誰しも発言を停止させて、転移門に関する詳細な説明を求めただろう。
重要軍事機密の一端を開示したハルトは、上級貴族の関心を無視して説明を続ける。
「両星系の戦力を共有して、星系制圧に必要な戦力を揃えた後、転移門からマクリール星系に突入して敵を殲滅します。その後は深城に高速進撃して、4つ目の置き土産を発動して、同様に敵を殲滅します。年内には人口と星系保有数で、天華5国を逆転致します」
居住惑星を制圧するのは困難だが、転移門さえ繋げてしまえば、惑星制圧用の軍事衛星や戦闘部隊をいくらでも送り込める。
ハルトは説明から省いたが、現在ディーテ星系では、惑星制圧用の軍事衛星やアンドロイド兵などを量産中だ。宇宙空間の敵を殲滅して、衛星軌道上から地上の敵を殲滅して、地上に重武装の軍用アンドロイド兵を送り込めば制圧完了となる。
旧来の王国民が住んでいない惑星であり、人質を無視して敵を制圧する王国ではあるが、よりいっそう過激な制圧作戦を行える。
また、ディーテ星系外縁部にあった2つの大型天体を衛星フラガのような戦略衛星として活用すべく、魔素機関の取り付け作業も行わせている。
マクリール星系では、衛星フラガが単独戦闘を行って、衛星質量の10%と引き換えに王国軍の23個艦隊に匹敵する敵1万5000隻を破壊する戦果を挙げた。その後は定かではないが、さらに戦果を上積みしているはずだ。
その戦略衛星を建造して、星系制圧後の統治には、マクリール星系と深城星系にある居住惑星の衛星軌道上に周回させる。
直径430キロメートルの戦略衛星サンダルフォンは、マクリール星系に配備。
直径480キロメートルの戦略衛星メタトロンは、深城星系に配備。
地球から見える月のように、両惑星に新たな巨大戦闘衛星を周回させる事で、旧連合民と深城民に誰が統治者であるかを知らしめる。
王国を本気で怒らせれば、直径400キロメートルを上回る巨大天体が、自分たちの住んでいる惑星に突入してくる。これで一斉蜂起しようという気になるはずがない。
ハルトが作戦を説明し終えると、諸侯が発言する前にユーナが補足した。
置き土産は数の制約があり、全星系には置けないこと。
使用する星系は、事前にハルトと協議して決めたこと。
敵勢力には、深城を組み込む時間を与えたくないこと。
「勅命を発します。各星系は、それぞれ速やかに1億人の戦闘艇操縦者を集めなさい。わたくしは旧連合との戦争のように、479年も続ける気はありません」
ユーナは乏しい表情のままに、据わった目を王子達に向けた。
「両王子には、ケルビエル要塞での従軍を命じます。懇意な女性と婚約して、王太子妃ないし公爵夫人の候補者として、共に従軍実績を積ませても構いません。武勲章を獲得して、直ぐにでも、王位ないし公爵位を継承できる準備を整えるように」