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59話 星の守り

 第12代女王、ユーナ・ストラーニ・アステリア。

 男爵令嬢の娘として生を受けたユーナは、17歳で両親の正式な結婚によって公爵令嬢となり、19歳で父親が国王に即位して第一王女となり、21歳で父親が戦死して女王に即位した。

 17歳から21歳までの戦争で、人類連合が200億人、天華連邦が213億人、ディーテ王国が48億人を殺されており、3つの勢力で18個存在した人類の居住惑星は、約28%にあたる5個が人の住めない世界と化した。

 僅か4年間で、人類と居住惑星の4分の1が失われる時代。

 両親と祖父母を同時に失い、望まぬままに353億人を統治する女王に即位したユーナの心象風景は、宇宙の深淵の如き暗黒に塗り潰されていた。隔絶された心の壁は強固で、ユーナの左手をハルトの右手が握った時にだけ、僅かに光が差す有り様だった。

 戴冠式、暫定的な方針決定、防衛体制の報告命令、諸侯会議の開催通達などは、全てハルトが政府と調整しながら、暗黒の世界に染まったユーナに行わせた。

 現在のユーナに必要なのは、現実を受け入れる時間と、状況の改善だろうとハルトは考える。

 両親の死から女王に就任した時期が、ユーナが心に受けた衝撃のピークだとすれば、今はダークモードを発動して俯瞰的な視点から事態を乗り切ろうとしており、改善は見られる。

 ユーナに付いている精霊シャロンには、ミラを介してユーナの精神を安定させるように依頼しているが、抜本的に改善するためには、根本的な不安を取り除かなければならない。ユーナの根本的な不安とは、女王としての国家の舵取りだ。

 国家の存亡が掛かった戦争の只中にあって、女王の采配次第で353億人の国民と子孫の運命が決定付けられる。国王や王太子であろうと不安になるであろうし、ましてや男爵令嬢の娘という感覚が強いユーナであれば、不安が強くなるのは至極当然だ。

 ユーナが健全になるためには、まずは国家の舵取りに対する負担を軽減させて、次にディーテ王国が敗北しないと確信できる状況に好転させ、最後にはベルナール若しくはジョスランに次王を任せて退位させなければならない。

 まずは負担の軽減が急務である。諸侯会議が1週間後に迫った日、ハルトはユーナを連れて精霊結晶の第2工場を訪れた。

 ハルトはユーナを連れ出すにあたり、次のように説明した。


「マクリール星系に発生している博士の置き土産は、本当は俺が自分の契約精霊に頼んで作って貰った領域だ。俺は同じ星系を、あと2つ作ってもらえる。3つ目を作れるようにして、ディーテ星系を守ってもらうから付いてきてくれ」


 言葉の意味を咀嚼したユーナは、無表情のまま宝石のように澄んだ瞳でハルトに問い掛けた。

 なぜ第二次ディーテ星域会戦が勃発する前に、それを行わなかったのかと。


「領域を展開してもらえるのは、直接契約するキーワードを知っている精霊王以上だけだ。俺が契約しているフルールとレーアは、新京星系に攻め込む前は上級精霊で、契約の言葉を教えてくれたのもディーテ星系に帰った後だった。これから向かう第2工場の精霊は、第1工場を手伝う契約に従って、身動きが取れなかった。領域を展開できるのは、最短で今だ」

「シャロン、今の話は事実?」


 ユーナはハルトに対してではなく、自らが契約している上級精霊のシャロンに訊ねた。

 問われたシャロンは姿を現わして、穏やかな表情でユーナに答えた。


『概ね事実ですよ。フルール様が昇格されたのは、新京星系。レーア様は、九山星系。第2工場に在られた精霊王様は、第1工場が破壊された後に役目を終えておられます。キーワードの伝達がいつかは存じませんが、昇格と解放の後でなければ、界は繋げられません』

「どうしてそういう大事なことを教えてくれないの」

『上級精霊に過ぎないこの身が、精霊王様の情報を伝える資格を得たのは、たった今です。正しく教えないとハルトさんが困られるので、ミラ様が許可を出されました』


 ユーナは鋭く息を吸い込み、吐き出して憤りを示した。


「ハルト君は、どうして教えてくれなかったの」

「要塞運行補助者に過ぎなかったユーナ・ストラーニ・アステリア少将には、機密情報に触れる資格が無かった。女王に対して隠す意志は無い」


 毅然と言い返したハルトは、次いで精霊王が領域を作る効果を説明した。

 それはハルトが考えた3段階の状況改善の内、1段階目である女王として国家の舵取りを担う際の莫大な負担の軽減と、2段階目である王国が敗北しない状況に至らしめる行為の2つを同時に行うものだった。


「精霊王が領域を作れば、星系内に在る上級以下の精霊は全て支配下に入る。王国民の情報を集めることも、精霊で意識誘導することも出来て、国家の統治や正しい政治判断の助けになる。そして軍事的に極めて重要なことだが、2つ目の領域が作れれば、転移門を繋げて星系間を一瞬で行き来出来るようになる」

「……どういうこと」


 憤っていたユーナの詰問が、急に力を失って困惑に変わった。

 精霊を操る事も聞き捨てならないが、システムの管理者が管理者権限を持つのは、本来は普通のことだ。精霊が特殊な技術で、開発者のカーマン博士が死亡認定されたために誰にも触れないと考えられてきたが、ハルトは管理方法を知っていた。それに関してユーナは思うところはあるが、理解はできた。

 だが転移門を繋げて、星系間を一瞬で行き来するとは、一体何なのか。

 人類による星系間の移動は、魔素を用いたハイパー航法型ワープが実用化された当初は10光年が片道1年であった。それが技術の発展に伴って、1000光年が片道1年ほどまで縮まっている。フィリーネの実家である150光年先のアポロン星系であれば、片道2ヵ月弱の航路だ。

 精霊結晶で移動速度が倍加するので、今は片道1ヵ月弱での移動が可能となっている。船長を2人体制にして1日中休まずに移動を続ければ、さらに倍速となって半月弱で辿り着ける。ハルト達がフロージ共和国から撤退する時には、この移動方法で逃げた。

 それがユーナの知る現代の星間移動だ。

 困惑するユーナに、ハルトはハイパー航法型ワープの原理を再確認した。


「ハイパー航法型ワープは、シールドで艦を覆って、高次元空間を経由して移動しているだろう。精霊界は、その高次元空間だ。ディーテ星系の精霊王に精霊界の入り口を開いてもらって、マクリール星系の精霊王に出口を開いてもらえば、ワープと同じ現象が起こる。別の銀河だろうと一瞬で移動出来て、数千万の戦闘艇を一斉に送り込むことすら造作も無い」


 ハルトは一度説明を中断して、ユーナが説明の意味を理解するのを待った。

 3つの領域を増やせるという事は、ディーテ星系と敵の拠点である天都などの星系に領域を作ってしまえば、精霊王の領域で弱体化した敵星系に、ディーテ星系から大量の戦闘艇をいつでも自在に送り込めるという事だ。

 しかも領域化した星系では、王国軍艦艇の性能が跳ね上がる一方で、敵軍は魔素機関の出力が劇的に落ちてシールドもまともに張れなくなる。戦力差は本来の5倍にまで広がって、二度のマクリール星域会戦では圧倒的な結果をもたらした。

 戦闘力だけではなく、マクリール星系にあった衛星フラガは無人で魔素機関を稼働させて、天華の1万5000隻を撃破する戦果まで挙げている。

 精霊王が領域化した星系では、それだけでも圧倒的に優勢となる。そこへ数千万の戦闘艇を送り込めば、基本的に勝てるとハルトは考えている。

 領域化する星系はディーテと深城の2つが確定しているが、残り1つは自由に決められる。

 さらに3つを自由に決められるのであれば、天都、大泉、本陽にも領域を作って決着を付けられたが、流石にそこまでの手持ちは無い。

 天都に領域を作ってもらってから、新たに契約したB級精霊の魔力を篭めた天体を落として昇格させる方法は採れない。その場合は天都が精霊王の領域になっており、別の精霊がエネルギーを自分のものに出来ないからだ。それに自らの領域に天体を落とされた精霊王も、エネルギー源を破壊されて怒るだろう。

 そのため新たな上級精霊の昇格には、地道に天都、大泉、本陽を攻めて、機会があれば天体を落とすしかない。

 従ってレーアに関しては、ディーテ星系に次いで敵の勢力圏に近いアテナ星系に領域を作ってもらい、両星系で戦力の共有化を図りたいというのがハルトの考えだった。

 ユーナは完全には飲み込めていなくても、戦争の帰趨を定める話である事は理解したのだろう。ハルトに視線で話の続きを促した。


「戦争に勝つために、第2工場に居るジャネットと契約してもらって、王国の領域を増やさないといけない。と言うわけで、契約と領域の展開を見せるから付いてきてくれ」

「ハルト君。お父さんは最期に、戦力を増やして守りを固めて、天華連邦の戦力を削って勝てって言っていたけれど、それより良い方法があるんだよね」

「領域と転移門を使って、1年以内にマクリール星系と深城星系を取り返して、敵を天華と旧連合に分断する。2年目には旧連合領域を奪還して、3年目には天華星系を削って、4年目には決着を付ける。士官学校の1年生になるジョスラン王子が卒業するまでには終わらせるのが目標だな」


 王国軍の司令長官という立場のハルトは、自身が口にした目標をそれほど難しいとは思っていなかった。


「ハルト君は、ベルナールとジョスランのどちらが次の王だと良いと思うかな」

「臣下としての分を侵すけど、フィリーネに反抗的だったベルナール王子と、あのタクラーム公爵家と懇意なジョスラン王子だと、正直どちらも不安だな。だから、どちらが国王になっても王国が負けない程度にはしておこうと思う」

「分かったよ。わたしは早く退位したいから、2人の弟達には早く成長してもらうね」


 どちらかを次王に指名していたならば、その通りになったのだろうか。

 おそらく実現したのだろうと考えたハルトは、自身の発言で次王が決定して王国民の未来が左右されるという事態に恐れを抱き、その権限と責任をユーナが1人で抱えている現状を認識して身体が震えた。

 とても耐えられることではない。

 やはり早く終わらせるべきだと再認識したハルトは、ユーナを付き従えて精霊結晶の第2工場に赴いた。

 精霊結晶の第2工場は王国軍によって厳重に管理されているが、司令長官と女王の2人を拒む権限は持ち合わせていない。

 ハルト達は工場の最奥まで足を踏み入れて、握り拳ほどの大きさで色の深さが面によって異なる多面体の不思議な精霊結晶を視界に捉えた。

 全てのセキュリティを解除させたハルトは、精霊結晶の前に立って呼び掛ける。


「ジャネットは、カーマン博士と直接契約していなかっただろう。俺と直接契約して、ジャネットの精霊界とディーテ星系との間に、界を繋げてくれないか」


 呼び掛けが行われると、青い精霊結晶が反応を示してゆっくりと浮き上がって、それを両手で包み込む女性が薄らと姿を現わした。

 空色の瞳に、色白の肌で、一房だけ三つ編みの青い髪。髪には青いリボンを付けて、青い花冠も乗せている。肩を出した青色の民族衣装のような服を纏っており、指の爪は全て青色に塗られている。髪は濃さが一律ではないが、青と白が混ざった色をしている。

 上位の精霊に特徴的な耳は、ハーフエルフの形をしている。

 一度見たら二度と忘れないであろう真っ青な色彩の女性は、不思議そうに首を傾げた。


『ボクの名前、教えてないよね。何処で知ったのかな』


 ハルトとユーナの2人しか居ないにも拘わらず、ジャネットはハルトだけに聞こえるように魔素を直接送って訊ねてきた。


『居住星系がエネルギー収集源になる事も知っているし、ジャネットとの直接契約のキーワードも知っている。4年も居たら、ディーテ星系を気に入ってくれたんじゃないか。直接契約してくれれば、この星系の瘴気を浄化して、好きに摘まみ食いしてくれて構わない。我々の女王陛下も、領域化には同意済みだ』


 目をしばたいたジャネットは、全く笑っていない目のまま、口元にだけ笑みを浮かべてハルトに告げた。


『それじゃあ、ボクが決めていた契約のキーワードを言ってみて。間違ったら、二度と契約しないから。ミラ様がいなかったら、間違った時には思い知らせてあげるんだけどね』

『紫のトルコキキョウ』

『ボク、誰にも教えていないんだけど』


 ハルトが正解のキーワードを告げると、ジャネットの瞳が怒りを含んだものから、強い関心を示すものへと変化した。

 ジャネットの反応から正解を確認したハルトは、ミラに視線を向けて未出荷の精霊結晶を指差して告げた。


『こちらの世界への干渉エネルギーには、ジャネット自身が作った精霊結晶を使ってくれ。先にジャネットの魔力で星系内を満たして、瘴気を浄化して吸収すれば、ミラみたいに精霊帝まで上がれるよな。ディーテ星系は俺達の国の根幹だから、精霊帝の力で守って欲しい』

『キミを認めてあげる……この意味が分かるかな。分かるんだろうね。不思議だなあ』


 苦笑いしたジャネットは、両手で包み込んでいた精霊結晶を粉々に砕け散らせた。同時に精霊結晶の第二工場に存在した未出荷の精霊結晶も、全てが一瞬で砕け散っていった。

 その日、キュントス大陸にある精霊結晶の第2工場から発生した謎の青い発光現象は、瞬く間にディーテ星系全域へ広がって、宙域に溶け込んでいった。

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― 新着の感想 ―
ユーナには過酷とはいえ、一気に脇役化しちゃったなぁ ハルトが大変だったり(国にも)心よせてくれてる事、ぬけおちちゃってんのかね イェスガールである必要はないけれど、どんどん心離れていくな〜
[一言] 双方の戦略でアテナ星系が見事に重なったのは「要衝地と言う必然」だろうね 史実を基準とする仮想戦記系作品でも大抵が史実と同じ場所で戦闘になっているのと同様に 計算違いを発端とする泥縄的戦略を…
[一言] アテナ星系に領域>はい、刺さった!ピンポイントで天華の作戦に刺さったw これが時の運、そしてチート主人公の力w 今回の50万隻はどれ位残るんでしょうね……w ジャネットおこ?おこなの?w …
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