58話 再侵攻計画
西暦3744年初頭、太陽系の支配者は天華連邦であった。
宇宙空間を航行する軍艦は天華のみだ。
天華連邦の管制システムに従った民間船のみが航行を許される。
現状に鑑みれば、実効支配者がいずれであるのかは一目瞭然であろう。
地球には旧連合加盟国10億人、旧未加盟国40億人、合わせて50億人が住んでいたが、彼らは一様に天華の支配下へと収まっている。
かつてディーテ王国は太陽系の支配に際し、元王太子グラシアンの指示によって、旧未加盟国の40億人を優遇し、加盟国の10億人を冷遇する政策を行っていた。
グラシアンの死後や、ヴァルフレートの即位後も、一度与えた特権を取り上げれば反発するために優遇は続けられ、天華側に星系を奪われるまで制度は続いた。
旧非加盟国側から見れば、太陽系を制圧されたのは加盟国側の責任である。
加盟国側が、フロージ共和国で王国に先制攻撃を行った結果として、反攻作戦によって太陽系を制圧された。
そのため非加盟国が被った経済的損失を加盟国側が賠償するのは当然だ、という考え方によって、王国の優遇を自己正当化していた。
加盟国側が有していた地球上の土地割譲であったり、非加盟国側に有していた権利や株式の譲渡であったりするが、それら様々な優遇政策によって王国による支配の不満が打ち消されていた40億人は、天華侵攻軍による一律の扱いに不満を燻らせた。
加盟国側の告発によって、隠し財産を没収されていく非加盟国側は、天華の圧倒的な軍事力に対しては抗する術がない。現在の地球では、地球人同士が争う事態に陥っている。
地球人同士が争って、隠し持っている財産をさらけ出してくれれば、統治の労が減る天華側にとっては都合が良い。
圧倒的な武力によって現地住民の抵抗を抑え込んだ天華は、僅か1年で支配星系の数が王国と逆転した。両勢力が有する居住星系は、破壊された物も含めれば12対6から、6対12へと反転している。
勢力圏に限れば、天華の指導者達が思い描いた計画通りに進展したといえる。
深城星系も獲得しており、想定よりも増えたという見方も可能だ。そのように説明する事で、天華国内からの反発は、新京と九山の元住民を除けば小さかった。
「この段階で停戦すれば、支配星系が大幅に増えるな」
「戦死するのは国家魔力者だけだろう。もっと投入して王国領を奪うべきだ」
勇猛かつ無責任な声は、天華内において多数上がっている。
新京と九山が破壊された状況に鑑み、星系防衛に不安を抱く者もいるが、勇ましい人々は語るのだ。我々には、一体どれだけの国家魔力者がいると思っているのだと。
天華に沢山の国家魔力者が居たのは事実だが、彼らは1年間で減った国家魔力者の数までは知らなかった。
一般には非公開であるが、国家魔力者は1年間で大幅に減少している。
現世代は、107万人から76万人減って、残り31万人。
前世代等は、92万人から31万人減って、残り61万人、
次世代は、192万人から65万人減って、残り127万人。
今すぐ戦える世代は、約200万人から92万人へと、半数以下に減じていた。
しかもケルビエル要塞が抱え込んでいた900万艇は、天華艦隊12万隻と互角の戦力評価で、天華人民が居住する4星系の同時防衛には、最低でも48万隻を必要とする。
『侵攻に使える戦力は、残り44万隻分しか無い』
この事実を一般に公開すれば、勇ましく強弁していた者達も、流石に青ざめるだろう。
天華全体を取り纏めているユーエンは、次世代の魔力者を2倍から可能な限り引き上げるように指示すると同時に、防衛時には母体の総動員も命じた。
母体は現役世代が70万人で、子供を産み終わった世代が60万人。
最低でも駆逐艦級は動かせる母体130万人に、それらが暮らしている4星系を守らせる。すると巡洋艦で17万3000隻分の防衛戦力が上積みされて、侵攻には61万隻というマクリール星系への攻撃時と同程度の戦力を動かせるようになった。
但し天華外の国家魔力者は、これで出尽くした。
あとは次世代の国家魔力者が育つのを待つか、天華民を徴兵するしか手立てが無い。
天華の国籍を有する魔力者は、民間船を動かして経済活動を支えており、裕福かつ血統が良い名家揃いで、国家魔力者のような使い方は出来ない。国家魔力者だけで片を付けなければ、統治の足元が揺らいでしまう。
それら戦力の他にも、天華5国には大きな懸念材料があった。
『深城の支配状況は、どうなっている』
深城への侵攻を提案して実現させた高家のリキョウは、天華5国軍を統括するユーエンからの通信での問いに、苦々しい表情で答えた。
『最低限、成立したといったところだ。宋家は、先代とハオランが自爆して捕縛が出来ず、宋家を継承したシャリーなる娘が生きている限り、深城民の抵抗に大義名分を与えてしまう。組織的な抵抗活動は、数年単位で続くだろう』
『誰か適当な宋家の血統を使って代理総督にするなり、高家や林家と婚姻を結ばせるなりして、緩衝材を作って深城民を大人しくさせられないのか』
質問したユーエン自身も、それくらいは行っているだろうと考えている。彼が本当に聞きたいのは、それを行っても上手くいかない理由だった。
リキョウは険しい表情のまま暫く押し黙り、やがて重々しく口を開いた。
『新京と九山からの避難民37億5000万人と、200億人以上の深城民との利害が対立している。勝者である新京と九山の民は、当然だが深城の土地や財産、権利を奪う側だ。奪わなければ成り立たず、奪われる側が抵抗するのも必然。力で押さえ付けない限り、どうにもならない』
説明を受けたユーエンは、深い納得と共に頷いた。
新京と九山はケルビエル要塞の急襲で破壊されており、避難民は最低限の財産しか持ち出せていない。着の身着のままの者も居たであろうし、それを天華5国の軍勢が補償することも出来ないので、彼らが生きていくためには深城から奪うしかないのだ。
ユーエンは新京と九山側の陣営であって、彼らが人間として生活していくために深城から土地や財産、権利など相応のものを奪うことは仕方がないと見なさざるを得ず、それによって抵抗活動が発生することは許容範囲内だった。
新京や九山の民が、生きるために必要な以上に深城から奪っているのだとしても、ユーエンに制止する意志はなかった。
新京や九山の民は、居住星系を破壊されて難民と化したことに強い不満を抱いている。それらを解消するためには、必要以上に深城から奪わせなければならない。
さもなくば統治者であるリキョウやリュウホが、新京や九山の人民から不満を抱かれて、新京や九山の戦力を自在に動かせなくなる。それは2人から戦力を供される天華5国軍を不利にさせ、戦争の敗因に繋がっていく。
一生分の財産を奪われた者は、一生掛けて抵抗活動に身を投じるだろうが、やむを得ないことだとユーエンは見切りを付けた。
『リキョウとリュウホは、引き続き制圧した深城の統治を頼む。新京と九山でも利害の対立があるかも知れないが、そこは争いにならないように2人で上手く調整してくれ』
『ああ、了解した』
星間通信を終えたユーエンは、次に同じ太陽系内に駐留している徐家のウンランとの話し合いを行った。
天華4位であった徐家のウンランは、35万隻の戦力でディーテ星系を直撃して、国王ヴァルフレートを殺し、結晶工場があった王都のある大陸も破壊している。
大いに名声を高めたウンランだが、彼は首星ディロスを完全には破壊し切れなかったことを後悔していた。
前国王が出した通信によれば、精霊結晶は生産済みの在庫が大量にあるらしい。
生き残った人間は、それら精霊結晶の在庫を使って戦闘艇を操縦するようになるだろう。
操縦者を志願制から強制的な徴兵制に変えて、住民を掻き集めれば、操縦者は億単位で揃ってしまう。国民の人生に直結する社会制度の変更には相当の理由付けが必要だが、首星を攻撃されて数十億人を殺されたという理由であれば、充分に実現可能だ。
「徴兵直後の戦闘艇操縦者は弱かった。核融合弾も効果的で、8000万艇と35万隻が釣り合った。1隻で75艇ではなく、228艇を倒せている。敵は弱いうちに叩くべきだ。王国への攻撃の手を止めてはならない」
早期の再攻撃を強く主張しているのは、ウンランが戦闘艇という数の暴力を体験したからだ。
35万隻という膨大な戦力で攻め込んだ彼は、8000万艇という星雲の如き膨大な戦力で迎え撃たれて、戦果を挙げる引き替えに手持ちの戦力を使い果たさせられた。
戦力の補充速度では王国軍が有利であり、このまま座して待てば、いずれ星の洪水が天華側に流れ込んでくると予見された。
天華側が一方的に勝っていれば停戦の選択肢もあるが、新京と九山を破壊された天華側の方が損害は大きく、前王ヴァルフレートが通信で勝ち方まで指南してしまったために、現段階で成立は不可能と見なさざるを得ない。
天華が勝利するためには、王国が有する6つの星系を破壊して完全に勝利するか、相応の被害を与えて勝つのは無理だと分からせて降伏させるか、戦闘で引き分けて現状の支配星系を認めさせるしかない。そのようにウンランは、決定権を持つユーエンに主張している。
「勝利と停戦のいずれに至らしめるにせよ、王国の星系を破壊して、敵が終戦を考えるような損害を与えなければならない。防衛や予備を除いた戦力を使って、直ちに侵攻すべきと具申する。功績が偏ることが問題であれば、指揮官を変えてもらっても構わない」
「分かっている」
再攻撃に関しては、ユーエンも必要だと認識している。
ユーエンが懸念しているのは、天華側が各星系を破壊すれば、旧連合民を大量殺戮した王国の非人道を大義名分とした宣戦布告が成り立たなくなることだ。開戦当初に考えていた王国が有する星系の無傷での獲得や、王国民の非天華扱いでの支配も不可能になる。
それでも現在の苦境を理解する彼は、大義名分を維持して敗北するよりも、大義名分を保てなくても戦争で勝利を得ることが優先されると判断せざるを得なかった。
「先に新京と九山を破壊したのは奴等だ。心苦しくはあるが、絶滅戦争方式で攻撃されては、対抗せざるを得ない。また、結果を出した指揮官を変える必要もない。92万隻の戦力からの防衛は……」
天華3星系と深城では、国家魔力者の母体を防衛に使える。
各星系に巡洋艦4万3000隻相当の配分が可能であり、そこへ艦隊から9万隻ずつの防衛戦力を割り振れば、合計戦力が13万3000隻相当となる。これでケルビエル要塞の12万隻相当という戦力を防ぎ切れるようになる。
ユーエンは4星系に9万隻を配備する一方で、旧連合のマクリール、ヘラクレス、太陽系には2万隻を割り振って合計42万隻が防衛戦力と定め、残り50万隻をウンランに託した。
次世代の国家魔力者は、1年間に5国を合わせて6万人から7万人が補充されるので、その分が各星系の予備戦力となる。
「50万隻が限界だ。それで可能か」
「それだけあれば充分だ」
35万隻でディーテ星系に相応の被害を与えたウンランは、50万隻というユーエンの提示に納得した。ウンランは、単純に50万隻でディーテ星系に再侵攻しようとは考えていなかったのだ。
「王国側は、ディーテ星系に防衛戦力を集めているはずだ。それを迂回して、手薄なアテナ星系を落とし、次いでマカオン星系、ポダレイ星系と、後方星系を破壊していく」
「…………なんだと」
思わず聞き返したユーエンに、ウンランは淡々と付け加える。
「新京と九山が欲した居住星系は、深城の獲得で解決済みだ。天都、大泉、本陽に対する報酬として、マクリール、ヘラクレス、太陽系、それに破壊された3星系もある。あとは王国の各星系を破壊して、戦争を終わらせれば良い」