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06話 策動の悪役令嬢

 士官学校では、先輩後輩の上下関係が非常に厳しい。

 それは上官役、部下役を学ばせるカリキュラムが、士官学校の至る所に組み込まれているためだ。

 一例を挙げるなら、食事であろう。

 戦闘艦科の生徒が座る食堂は、10人掛けのテーブル席だ。

 そこには3〜4年生が各2人、1〜2年生が各3人ほど座る。

 そして1年生は給仕役を務め、2年生はその指導役を仰せ付かる。

 何か失敗すれば3年生が1〜2年生を叱り飛ばし、3年生の注意の仕方を4年生が監督する。

 これは上官の命令を絶対とする軍隊の教育の一環であり、各テーブルの組み合わせは何度も変えられて、様々な上官・同僚・部下を経験させられる。

 そんな上官に従う事を当然とする士官学校において、先輩の頼みは何であろうと断り難い。

 それが人目を忍んだ士官候補生の宿舎で、同室者を退席させられ、一方的に要求されたとしてもだ。


「ヒイラギ二年生サードクラス。君の次の休暇申請タイミングはいつだ」

「はっ、来月であります」

「ではそのタイミングで我々に付き合い給え」

「イエッサー」


 上級生達の呼び出しに関して、ハルトには一切の心当たりが無い。

 普段ろくに関わりの無い先輩達であり、互いに顔すら認識していなかった。

 そんな相手に、士官候補生に与えられる数少ない休暇を勝手に使わせられるとは、一体何事だと文句を付けたくなる要求である。

 対処方法は、休暇申請に『情報端末で記録した先輩2人の指示』を添えて、彼らの指示に基づく外出だと士官学校側に報告を上げる事だ。

 そうしておけば、指示されて休暇を取得した学生側に素行や品行方正さのマイナス査定が付かない。あるいは教官次第では、プラス評価を付けてくれる。

 但し、結局のところ拒否権は無いが。

 その代わりハルトは、申請に添付データを加える他、いくらかの手間も掛ける事にした。


「セラフィーナ、頼む」


 ハルトが情報端末に声を掛けると、精霊結晶から女性が姿を現わした。

 彼女は金髪紫眼で、耳はハーフエルフのように長めで、群青色のツーピースを着て胸元には百合の花のような装飾を付けており、背中には白翼を生やしている。

 彼女の名前は、セラフィーナ。

 カーマン博士にもらったA級精霊結晶から顕現した存在で、乙女ゲーム『銀河の王子様』でユーナをサポートしていた精霊ではなく、親友コレットが貰っていた精霊の方だ。

 性能はユーナの精霊であろうと、コレットの精霊であろうと、同じA級なので問題はない。サポート能力は現代の情報端末など及びも付かず、技術的に1000年以上は飛び越えている。

 装着時間が短いために、ハルトとの意思疎通が完璧とは言えないが、ハルトが自分で考えるよりも良い結果を持ってくる可能性すらあるのが彼女達だ。

 セラフィーナは2人の先輩が立ち去った入り口に目を向けると、直ぐに2つの分体を生み出して彼らを追わせた。

 1ヵ月後にはメディアで大々的に取り上げられる精霊結晶も、今は殆ど知られていない。

 まさか精霊の分体が追いかけて来るなど思いも寄らない2人は、ハルトの元から立ち去った途端に口を軽くして、秘密を口にした。

 彼らが漏らしたのは、彼らがカルネウス侯爵家に従う分家筋の末端であり、ドローテア側から命令されて、ハルトをドローテアに引き合わせるために連れ出すという事だった。


『二度と悪さが出来ないようにするなら、連れ出された先で、ドローテア自身が主犯だと自白する証拠を記録して、いつでも王国中にばらまけるようにしちゃうのが良いわね』


 精霊達は装着者視点の記録を取っており、あらゆるトラブルで証拠を出してくれる。また独自に魔素を操れて、魔素機関を介さずとも装着者を多少は守ってくれる。

 相手側を映像で記録したセラフィーナは、魔力を用いた魔素の伝達ラインで、自分たちの記録は残さずにアドバイスを行った。

 1000年先の技術を頼れば、ドローテアの企みを王都中に生中継する事すら容易い。

 だがドローテアの行動次第では、侯爵家の母屋にまで飛び火してしまう。


『ドローテアを封じるのは良いけど、カーマン博士の会社と株を守るために、カルネウス侯爵家は後ろ盾にしたい』

『それなら最初から証拠の確保に巻き込んでしまいましょう。侯爵家の弱みも握れちゃうわよ』


 頼もしいサポートを受けたハルトは、カルネウス侯爵家を巻き込む案を採用した。

 最初に持ち掛けた相手は、ハルトと一蓮托生なフィリーネである。

 外部へ連れ出そうとしている男達の自白映像を全て見せた上で、侯爵家のお家騒動に巻き込まれた被害者の立場を主張する。


「と言うわけで、ドローテアが陰謀を巡らせている。顔合わせの時にフィリーネが『勝負は終わったと思うのだけれど』と煽ったからじゃ無いか」

「う゛っ」


 フィリーネの口から、侯爵家の令嬢らしからぬ呻き声が発せられた。

 ドローテアの性格であれば煽らなくても何かを仕掛けてきただろうが、暴発した原因は敵視している姉からの一言である可能性が高い。

 引き金を引いた事を自覚したフィリーネは、茫然自失と佇んだ。


「俺を連れ出した場所に、ドローテアが待ち構えているだろうな。その場所では、情報端末の通信機能が遮断されているはずだ。乗り換えるように勧誘されるか、遺伝子提供者を辞退するように脅迫されるか、どっちかだろうな」


 接点の無かったハルトとドローテアには、それ以外に要件など無いだろう。彼女は間違っても『義理のお兄さまに会いたいから、無理を言ってしまいましたの』などと宣う性格ではない。

 侯爵家への紹介が終わっている以上、乗り換える事も基本的に有り得ない。侯爵家からハルトへの大幅な信用の低下に見合うメリットを、ドローテアが提示できないからだ。

 結局のところ行き着くのは脅迫である。


「今でしたら、祖父が首星におります。直ぐに報告しますので、証拠データのコピーを下さいませ」


 カルネウス侯爵家に従う分家筋の末端が、侯爵家令嬢ドローテアの指示を受けて実行している。これはカルネウス侯爵が責任を持って対応しなければならない問題だ。フィリーネは、至極真っ当な判断を下した。


「ドローテアがシラを切って逃げて、二度目を仕掛けられないように、現場を押さえる必要があるだろうな。通信を遮断されない新型の情報端末があるから、それを使ってリアルタイムで確認してくれる人達を侯爵家で用意して欲しい」

「新型の情報端末ですの?」

「正確には追加の端末機だな。セカンドシステムという会社が販売し始めた製品で、今回の証拠映像もそれを使って確保した。論より証拠っていうし、説明するから使ってみてくれ」


 ハルトは数量限定で提供してもらったB級精霊結晶をフィリーネに渡した。

 フィリーネの情報端末に精霊結晶が接続されると、端末から淡い光が溢れた。光は数秒で収まり、フィリーネの傍に金髪に青い瞳のエルフのような女性が顕現していた。

 エルフのような金髪の彼女は、ハルトの傍に姿を隠して存在するセラフィーナへ視線を送って何かを行った後、フィリーネに向き直って語り掛けた。


『わたしの名前はエレノアです。フィリーネ、あなたのサポートをしますのでよろしくお願いします』

「あ、えっ、これは一体何ですか」

『あなたにとってのわたしは、あなたを守る精霊です。わたしに何が出来るのか、あなたが何をして欲しいのかは、少しずつ話していきましょう。今は妹ドローテアへの対応について。わたしたちは常にドローテアを監視し、いつでも中継することが出来ます』

「…………はい?」


 説明を受けたフィリーネは、頭の中が真っ白になったらしく、完全に呆けた。

 B級以上は困った性能だと博士が説明していたのも道理である。


「それはフィリーネ専用の性能が良すぎるやつだ。普通の精霊結晶も通信遮断は受けないから、俺がドローテアと会う時に中継を見て、言質を取ってから介入してもらう。悪いけど外出許可を申請して、早めに侯爵達へ渡してくれ」


 ハルトは貴族用のC級精霊結晶を6つ押し付けた。

 フィリーネの祖父、祖母、父、母、姉、弟の6人分であり、ドローテアには渡さないよう念押しも行う。


「今回の件、フィリーネに貸し一つという事で良いか」

「うう゛っ」


 ハルトはシミュレーション演習でフィリーネに助けてもらった借りを、侯爵位継承への支援で返している。その前例に基づけば、今回の貸しは途方もなく大きなものとなる。

 フィリーネの口から、普段にも増した沈痛な呻き声が溢れた。


「正直な話、あまりに扱いが悪いと、ドローテアの誘惑に乗ってしまいかねない。侯爵家に対しては、フィリーネに協力して酷い目に遭った時に、フィリーネが責任を持たなかったと説明するかもしれないし」

「ドローテアの行為は、祖父に報告して二度と起こさせないようにしますわ」

「それは精霊結晶を使えば、俺個人でも出来る話だ。そもそも対等な協力者という約束なのに、侯爵家の婿養子意識が抜けていないし、俺ばっかり協力しているじゃないか。このままの関係だと、破綻するぞ」


 フィリーネの性格や行動をゲームで知っているハルトには、彼女の考えが透けて見えていた。

 フィリーネの脳内では、学校を卒業して婚約し、一度軍には勤めるが休暇には祖父や父の領地経営を手伝いながら勉強し、機が熟せば婿養子になって貰う形で結婚して退役……と、貴族のモデルケースが組み立てられているはずだ。

 約束では遺伝子提供者という話になっているが、ユーナと相手が競合していないために焦りは無く、おそらくは済し崩しで婿養子にする流れを目論んでいる。


「何がお望みですの」


 フィリーネは侯爵家令嬢として気丈に振る舞ったが、顔は涙目になっていた。

 ハルトが協力を止めた場合、フィリーネには勝ち目が無くなる。

 追い詰められているドローテアは、侯爵位獲得のために高魔力の老人を遺伝子提供者にしても構わないと捨て身になりかねない。対してフィリーネは、そのような事はできない。


「本当の対等な関係。まずは家の利害を抜いた対等な恋人ごっこからやってみようか」

「………………う゛ぇっ!?」

「駄目なら真面目に破談を考える。一方的に利用されるだけの関係には、付き合い切れない」


 乙女ゲームで言うところの婚約破棄である。実際には婚約していないが。

 さあどうすると迫るハルトに、フィリーネは咄嗟に逃げ腰となった。だが略奪に走るドローテアを思い浮かべたのか、辛うじて踏み留まって目を瞑った。

 目の前で突然無抵抗になったフィリーネに対し、ハルトは数秒ほど逡巡した。

 婿養子は嫌だと訴えたが、ここでキスさせろとまで要求した覚えは無い。だが据え膳食わねば男の恥である。女性に恥を掻かせてはいけない。これは男の義務である。かくしてハルトは、自分への言い訳を完璧に整えた。

 やがて士官学校の校舎裏に、甘い沈黙の時が流れた。

 フィリーネの唇に付けているリップクリームが滑らかで、唇同士が擦れたので位置を直して、そうしているうちにハルトの唇にリップクリームが移って、それを戻そうとフィリーネの唇を咥えて……。

 身体の力が抜けたフィリーネは、ハルトの腕の中でしばらく大人しくなった。


「侯爵家令嬢にこんな事をして……責任、取って貰いますわよ」

「だから婿養子には成らないと言っているだろ」

「う゛う゛」


 呻き声なのか、固有の鳴き声なのか、判断に迷う声が上がった。

 それが復活の切っ掛けになったのか、大人しかったフィリーネは、次第にヒロインのライバルキャラらしく復活を果たしていく。もっとも肝心のヒロインは、完全に蚊帳の外であるが。


「じ、自発的になって頂く分には、構いませんわよね」

「いや本当に諦めて欲しいんだが」


 顔合わせの際に威圧してきた侯爵を思い浮かべたハルトは、心の底から訴えた。




 翌月、ハルトは件の先輩達に連れ出され、王都の一画にある何の変哲も無い建物内に連れ込まれた。そして建物内には予想通り、1人の少女が待ち構えていた。


「お久し振りですわね。ヒイラギさん。少しお話ししてみたいと思いまして、御足労頂きましたの」


 人形のように生気に乏しい白い肌で、姉よりも濃く紫掛かった瞳。姉よりも白に近い銀髪は、顔合わせの時よりも光沢が落ちている。

 服装は全身黒のゴシックロリータで、それがますます人形を連想させる。


「これはカルネウス侯爵家令嬢ドローテア様。ご丁寧に、情報端末の通信機能を遮断してまでお話しですか。大方、姉よりも好条件を提示して、引き抜きを試みると言ったところでしょうか」

「あら、判断力は悪くありませんわね。あたくし、話の早い方は嫌いではありませんわ」

「それはどうも」


 ハルトから直接切り出したのは、早々に言質を取るためだった。

 ドローテアも無駄話をする気が無いのか、呆気なく目的を認める。

 ドローテアの行動が早かったのは、短絡的になったからでは無く、姉との仲があまり進展しない間にと思ったのでは無いかとハルトは考えた。

 機を制すれば優位に立てるため、急ぐことは決して悪いことでは無い。

 彼女にとって理不尽だったのは、ハルトが事前に行動を予知しており、心構えも対策も出来ていた事であろう。


「お姉様は、『自身が主導権を握って、相手に願望を押し付けて束縛する性格』ですの。あたくしは、そのような事は致しませんわ」

「フィリーネ嬢の性格に関しては、否定できないかもしれないですね。それでドローテア嬢は、どのように違われるのですか」

「あたくしは、別に束縛しませんわ。ヒイラギさんが気に入った女性を囲うハーレムを、侯爵家の財産で作ろうとも一向に構いませんわよ。表向きは別館や別荘で働くメイドにして、お好きに為されば宜しいですわ」


 ハルトは精霊結晶を介した先で聞いているフィリーネを思い浮かべて自制した。


「両親がそのような関係だと、子供は可哀想だと思われませんでしょうか」

「ヒイラギさんの父君は男爵家の次男で、ヒイラギさんも次男でしたわね」

「その通りですが」

「それではご存じないかも知れませんが、上級貴族の男性で、側室や妾を持たない者は殆ど居ませんわ。上級貴族の男性は、魔力者を増やす事が社会的使命ですの。上級貴族の女性は、量より質ですけれども」


 ハルトはディーテ王国と人類連合の争いの歴史だけではなく、近い未来に再開する戦争も思い浮かべて、魔力者の必要性には理解を示した。

 上級貴族達のやっていることは、王国を滅亡させないためには完全に正しい。それはこの先の歴史が証明することになる。

 だが同時に、ドローテアがハルトに対して異性としての興味を全く持っていない事も理解できた。


「お姉様は、そういう事がお好きではありませんの。事あるごとに締め付けてきますわよ」

「確かにフィリーネ嬢は、そうするかもしれませんね。恋愛小説が好きそうな印象です」

「ええ、面倒くさいでしょう」

「………………うーむ」

 ハルトはドローテアと意気投合しつつあった。

 もっともフィリーネは、ヒロインと攻略が被るキャラに対して、遺伝子提供者として協力してくれるならユーナが好きでも構わないと言い出す展開もある。よほど追い詰められた場合に限るが。


「どのみち、ヒイラギさんに選択肢はありませんけれど」


 ハルトが妄想に耽っていると、ドローテアが淡々と告げた。


「それは、どういう事でしょうか」

「通信を遮断した環境で、ヒイラギさんを取り押さえる準備も出来ております。侯爵家の婿として相応しくない罪状を用意する事など容易いですわ。あるいは殺す事も。ですからヒイラギさんは、あたくしの提案を受けるしかありませんの」

「相応しくない罪状というのは、どのような事でしょう」

「外出許可を得た士官候補生が、都市で民間人の少女を暴行。手順はヒイラギさんを気絶させて、精液を採取して、予め用意しておいた娘に使う。と言う形です。被害者も、目撃者も、ヒイラギさんを取り押さえる者も、既に用意しておりますわよ」

「なるほど。侯爵家の権力を用いて王国軍所属の士官候補生を強制的に連れ出し、通信遮断を行った空間で、逆らえば士官候補生が民間人の少女に暴行を行ったと冤罪を着せると脅迫ですか」


 密かに記録を取っているハルトは、ドローテアの発言内容を口に出して再確認した。


「無実の士官候補生に冤罪を着せて、王国軍の戦力を減じさせる行為は、利敵行為。王国軍の名誉を不当に貶める行為も、利敵行為。他にも私個人への拉致監禁罪、脅迫罪、強要罪……」


 罪状を列挙しても、ドローテアの表情は一切崩れない。

 それどころか、脅迫に対する回答を述べろと視線で促している。


「分かりました」


 ハルトが放った第一声は、ドローテアが望むものだった。


「それでは侯爵閣下、カルネウス侯爵家令嬢ドローテアが侯爵家の権力を用いて行った犯罪行為に対して、介入をお願い致します」

「…………えっ?」


 ハルトが精霊結晶を介した情報端末を操作すると、カルネウス侯爵と侯爵令息が同時に映し出された。

 笑みを浮かべたまま凍り付いたように固まったドローテアに、祖父である侯爵の険しい眼光と、父である侯爵令息の冷めた眼差しが突き刺さった。さらに両者の背後には、母である侯爵令息夫人と姉のフィリーネも能面のような表情で控えている。


「カルネウス侯爵家の当主として、ドローテアに付き合っている全員に告げる。おままごとの時間は終わりだ。貴様等の行動は、全て記録されている。続ける者は、国法によって処断される」

「今ならば、おままごとに付き合っただけで済む。次は鬼ごっこだ。まずはドローテアを捕まえろ」

 侯爵の重々しい宣言の後、侯爵令息から逃げ道を示された家中の者達は、慌てて飛び出してドローテアを取り押さえた。同時に侯爵令息の指示で待機部隊が突入を開始し、建物内の者達は両手を挙げて捕縛されていった。

「どうして」


 ドローテアが呟いた相手は、祖父でも父でもなく、間近に居たハルトだった。

 ハルトとしては、一応答えらしきものを持ち合わせている。侯爵がドローテアを切り捨てざるを得なかった理由は、侯爵家の権力が及ばない精霊結晶だ。

 通信遮断は失敗しており、ハルトは精霊結晶を用いて犯行映像を各所へ送れる。王国政府と関連省庁、王国軍、王国議会、報道各社、各貴族家……。

 口封じで不祥事を隠蔽しようにも、精霊は自身の判断で独自に行動できる。

 ハルトを殺しても、精霊セラフィーナが情報を拡散してしまえば、侯爵家は王国史上最高の高魔力者を犯罪隠蔽のために殺した罪まで加わって、侯爵家の取り潰しになりかねない。

 残された選択肢は、ドローテアを切り捨てる事だけだった。いかに直系で最も魔力が高かろうとも、これほどの不祥事の証拠を他人に握られては、侯爵位を継がせることは不可能だ。


「二代後のカルネウス侯爵位後継者は、4年後の期限を撤廃し、フィリーネと定める。またドローテアは、爵位継承資格者から除外する」

「あ……」


 ドローテアは小さく息を漏らした後、連行されて姿を消すまで沈黙を保ち続けた。

 やがて1人取り残されたハルトに、侯爵が謝罪を口にした。


「ヒイラギ卿、カルネウス侯爵家が引き起こした騒動で迷惑を掛けたことを謝罪する。ドローテアの行為に対して、卿には迷惑料を支払わせて頂きたい」


 ドローテアの脅威を取り除いた以上、迷惑料の支払いによる示談は、ハルトにとって妥当な落とし処だった。

 被害者はハルト1人で、フィリーネの遺伝子提供者として侯爵家とは利害が一致している。精霊結晶のセカンドシステム社と株式を守るためにも、侯爵家には後ろ盾として権力を維持して欲しいのだ。


「分かりました。迷惑料を受け取って示談にしたいと思います」


 今回の騒動は、中学生の娘が家庭内で、義兄予定者を相手にふざけた事になった。

 実態は異なるため、迷惑料は高額である。ハルトの口座には、超高魔力者の士官候補生として稼げる額の約22年分にあたる50億ロデが振込まれた。

 ドローテアの策動が失敗した後、孫娘を処断した侯爵は、処断の決め手となった精霊結晶に関心を示した。

 そして家中の者がカーマン博士に接触したところ、ハルトが示談金で全株式にあたる500株5億ロデを買い占めており、追加の大規模な資本投下によって借入金をゼロにし、運転資金の補填まで行った事を知った。


「ドローテアに足を掬われたな」


 精霊結晶の利権に絡むには、全株式を持つハルトに話を持ち掛けるしかない。

 だが今回のことで巨大な借りを作った上に、侯爵家が仕掛けた冤罪を晴らす決め手となった精霊結晶が対象とあっては、侯爵の側から権利に絡ませろと持ち掛けられるはずも無い。

 いずれハルトの権利や財産の一部は、フィリーネとの子供であるカルネウス侯爵家の継承者に引き継がれる。権利が欲しいのであれば、まずはハルトが権利を奪われないよう他の貴族から守らなければならない。

 侯爵は目を瞑って暫し考えた後、短く溜息を吐いた。

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

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― 新着の感想 ―
 アルテナの頃から続く独特の言い回しが堪らなく好きです。
[良い点] 権謀術数のストーリー展開がクール! [気になる点] 乙女ゲーのラブコメ展開の気配が見当たらない。。 [一言] 斜め上の主人公カッコいいです!
[気になる点] 「精霊達は装着者視点の記録を取っており」 つまり、トイレ等のプライバシーは…  博士が純真無垢で善人過ぎて、どうやって生きてきたのか不思議になるレベル
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