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57話 新女王ユーナ

 天華の総司令官ユーエンは、王国への侵攻に先立つ3家への説明で、次のように語った。


『旧連合領の獲得は、第1段階だ。被害の程度を見て、こちらも損害が大きければ連合解放の目的を果たしたと解釈して、一時休戦しても良い。圧倒的に有利なら中断の必要は無い。先に進む。3家とも、何か疑問はあるか』


 それから1年が経ち、陥落に時間の掛かったマクリール星系や、ディーテ星系の戦力を減らす目的で意図的に残していた太陽系を含めた全ての旧連合領が、天華5国によって制圧された。これによってユーエンは、自らが定めた第1段階を達成している。

 天華5国が受けた損害は、ケルビエル要塞との戦闘で25万隻、マクリール星系の衛星フラガを完全破壊するまでに6万隻、深城制圧時に10万隻、ディーテ星系で35万隻だった。

 僅か1年で76万隻が失われ、2惑星の居住環境も破壊されて、1年前に想像した10倍もの損害を被った。前世代や、前々世代の国家魔力者も徴兵しているが、それらを合わせても動員可能な巡洋艦級は開戦前を下回る。国家魔力者の母体も防衛に動員し、次世代にも手を付けていかざるを得ない有り様だ。

 対する王国側は、膨大な戦闘艇を増やせて、ケルビエル要塞を用いて天華側に何度でも送り込める。

 ケルビエル要塞の力を思い知らされたユーエンたちは、王国軍の戦闘艇900万艇が攻め込んできても星系が陥落しない戦力を用意した。だが王国側が侵攻を繰り返せば、天華側の防衛戦力は削ぎ落とされる。

 懸念しているのは、戦力補充の差が有り過ぎる事だ。

 赤子から15歳まで育てさせて確保する国家魔力者と、精霊結晶を装着させるだけで確保出来る戦闘艇の操縦者とでは、補充の難易度が天と地ほどに異なる。

 天華側の大攻勢に耐え切った王国の防衛力は想定外で、開戦前の天華5国が想定した見積もりは甘かった事になる。あるいは深城のハオランが指摘した見積もりが正しかった事になるだろう。

 ここで連合解放の目的は果たしたとして停戦……などと虫の良い話が通じない事は、ユーエンも理解していた。


「ウンラン、良くやってくれた。ディーテの国王を殺し、首星ディロスの精霊結晶工場を消し飛ばし、王国軍と貴族に甚大な人的損害も与えた。功績に応じた分配では、大泉が第一優先権を得たと認識している」


 ユーエンが自ら発言した第1段階を実現させたように、ウンランも自ら提唱したディーテ星系直撃と精霊結晶工場の破壊を実現させている。国王を打倒する戦果も挙げており、天華の計算違いも多少は補われた。

 絶賛されたウンランは控えめに頷いた後、ユーエンに警告を発した。


「民衆の数だけ増やせる戦闘艇は脅威だ。ディーテ本国に第2、第3の攻撃を繰り返して、早々に潰してしまった方が良い。攻め込めるのは、敵の防衛力が落ちている今しか無い。3年も放置すれば、次は3倍の100万隻で侵攻しても落とせなくなっているかも知れない」


 せっかく気分が良くなっている総司令官に警告する事は、警告したウンラン自身も望まざる行為だ。天華側の3星系にも防衛戦力を置かなければ危うい事も、大泉の後継者であるウンランは重々承知している。

 それでも防御のみを行った先には破滅の未来しか見えず、指摘せざるを得なかった。


「分かった。直ちに第2撃の侵攻戦力を手配する」


 はたしてウンランの警告に理解を示したユーエンは、激減と徴兵で混乱する各国の戦力を再び引き抜く意志を固めた。

 だが次の攻撃部隊が成果を挙げても、それで戦争が終わるわけではない。

 ウンランが傍受した通信によれば、次王は若い女王である事が判明している。

 ユーナ・ストラーニ・アステリア、現時点で僅か20歳。

 士官学校を卒業し、ケルビエル要塞の運行補助者として数多の戦場を駆け抜け、武勲によって将官に昇進した前王の武を継承する女王。深城との国交樹立式典では国王代理を務め、国主として政治面の役割を果たせることも証明している。

 女王の傍に控える婚約者は、ケルビエル要塞司令官で王国軍大将のアマカワ侯爵。新京と九山に逆侵攻した彼は、2星系に居住していた212億人を容赦なく殺している。

 国王の交代によって、王国側の継戦能力が落ちたと見なせる要素は皆無だ。

 連合領の獲得で幕引きにしようと天華側が停戦を呼び掛けても、父親を殺された女王が即停戦に応じれば国民の支持を失うであろうから、王国側が停戦に応じることは有り得ないだろう。

 想定外の激しい潰し合いに発展していく現状からの脱却には、完全に決着を付けるか、王国と旧連合が400年以上に渡って自然休戦したような形での幕引きくらいしか、今のユーエンには思い浮かばなかった。




 第二次ディーテ星域会戦から、5ヵ月が過ぎた。

 王国側の最終的な損害は、防衛戦力の96%を失い、防衛戦に参加した貴族と将官の9割以上も戦死し、首星の王国民も37億4869万人が死亡する甚大なものだった。

 それでも紙一重の差で、首星に押し寄せた侵攻軍は撃退できた。

 救助活動は、首星の半分と防衛要塞が無事だったことから迅速に行われた。居住惑星の機能回復も、星系内の生産施設や資源も惜しみなく投じられて大半が完了した。

 ただし王都には巨大なクレーターが生まれており、王都は地中海を挟んだ対岸のキュントス大陸に移転されるなど、復旧を断念せざるを得なかった部分も少なからず存在する。

 最前線から帰還した当初のハルトは、王都が消し飛んだ首星を目の当たりにして呆然自失とした。精霊結晶の第一工場は、巨大なクレーターの上に空いた座標にかつて存在した。という有り様だったのだ。

 精霊神の精霊結晶は、第二工場に在るA級精霊が回収してくれていたが、その際に第一工場は魔素の流れが変わっており、生産機能は戻らないと告げられている。


「第一工場で生産できなくても、エネルギー源としては使えるだろう。ミラが預かっておいてくれ」

『それは構いませんが、これからどうするのですか』


 ミラの大雑把な問い掛けに、ハルトは今後の展開について考えた。

 ハルト自身は、上級大将に昇進して司令長官に就任している。アンダーソン軍政長官とオルティス参謀長官が戦死してしまい、長官職の1つを埋めざるを得なかったのだ。

 イェーリングとリーネルトの両上級大将を、全体指揮者の分散配置という名目で強引に後方へ下げて生き残らせてくれなければ、さらに酷いことになっていた。

 将官が死に過ぎて不足しており、昇進に相応しい戦果を挙げたユーナ、フィリーネ、コレットの3人も、揃って中将に昇進している。

 役職は、ユーナが軍政庁付で軍籍だけ残り、フィリーネが参謀庁付と要塞駐留艦隊司令官を兼ねて、コレットが司令長官補佐とケルビエル要塞副司令官を兼ねる。

 王級魔力者のクラウディアは、要塞司令官級まで早急に引き上げるために、マクリール星系、新京星系、九山星系それぞれの功績で1階級ずつ昇進して中佐まで引き上げられた。

 昇進した……ではなく、昇進させたというのが実態だ。人事を所管する参謀長官のリーネルト上級大将は、軍政長官のイェーリング上級大将と共に、ハルトを全面的に支援する立場を公言している。

 王国からハルト達に向けられる期待を極論すれば、「ディーテ王国の全権を委ねるから、天華連邦にディーテという必殺の矢を突き立てろ」だろう。

 その最たる例が、ユーナの女王就任だ。

 前王ヴァルフレートの遺言に従い、移動要塞ゾフィエルを動かして王級魔力者である事を万民に知らしめた第一王女ユーナは、爵貴院と国民院の追認を得て、第12代ディーテ女王に就任した。

 21歳になったばかりのユーナを王国初の女王に就任させるなど、平時では有り得なかっただろうが、現在のディーテは国難の只中だ。滅亡に片足を踏み込んだ王国の舵取りは、王国で最大の武勲を有する第一王女ユーナとアマカワ侯爵のペアに託さざるを得なかったのだ。

 ミラに問われた今後について、ハルトはゲームの知識を惜しみなく使う事を決意していた。


「ミラはマクリール星系で、『精霊神様は、此方での御用を終えられました』と口にしていたな。博士と未契約で、精霊神も此方を去り、第一工場が破壊されて補助の役目も終わったジャネットは、フリーだろう。ジャネットとも契約して、ディーテ星系にジャネットの領域を作らせたい。階位が上がった今のミラなら、一時的に4体との契約も可能だよな」


 ジャネットとは、乙女ゲーム『銀河の王子様』でユーナが契約していたA級精霊だ。

 ゲーム内では、ユーナとコレットの2人がA級精霊と契約していた。そのうちコレットの精霊がセラフィーナで、ハルトがカーマン博士から手に入れていないA級精霊がジャネットだ。

 ハルトにジャネットを渡していないカーマン博士は、それを精霊結晶の第二工場を増設するために使った。

 ただしジャネットは、精霊神が顕現していた星域を自らの領域と化していない。精霊神と契約していた博士の依頼で、第二工場で手軽に作れる下級結晶を量産していただけだ。

 そして精霊神は、此方での用事を終えて去っている。


『ハルトさんが、ジャネットと直接契約する言葉を知っているのでしたら可能です。仮に契約出来たとして、その後はどうしますか』


 知らないはずの事を知っているハルトには慣れたらしく、ミラは一々問い質さずに続きを促した。


「フルールとレーアの星系も作って、転移門を繋げたい。星系の1つには、深城を考えている。故郷が今の状態だと、シャリーも可哀想だろう。精霊王への昇格に貢献した契約者に免じて、協力してくれないか。俺の寿命なんて、精々300年未満だ」


 ハルトの呼び掛けにフルールとレーアが姿を現わして、フルールは仕方が無さそうに、レーアは溜息交じりに呟いた。


『オンシジューム。シャリーはゲームで遊んでくれたし、深城星系なら良いわ』

『アネモネ。深城星系じゃなくても良いけど、変な星系は絶対に駄目だからね』


 王国暦444年3月。

 王国は、開戦から僅か1年で総人口の約10%を殺され、旧連合領の全てと110億人も奪われた。対する天華連邦は、深城星系と旧連合領の制圧によって、失った以上の人口と星系を得ている。


挿絵(By みてみん)


 国難に際して戦死した前王から王位を継いだのは、この月に21歳となったばかりの初の女王。17歳まで男爵令嬢の娘として過ごしたユーナは、これまでに女王となる教育を一度も受けていない。

 一方へ大きく傾いた天秤は、戦争の帰趨を示したかとすら思われた。

 だがユーナの傍では、彼女の人生の結末を何度も見た男の手によって、結末を根底から覆す異常事態が引き起こされようとしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第三巻完結お疲れさまです。面白かったです。 [気になる点] 首星を攻撃された知らせを聞いた時のハルトたち要塞側の反応が気になる。 [一言] 天華側は王国側の恨みの深さはわからんだろうな。天…
[良い点] 3巻目、完結おめでとう&お疲れ様です。 非常に続きが気になる引きで終わりましたね。4巻目を楽しみにしています。
[良い点] 素晴らしい出来でした。 特に主人公たちが難事に際して苦労しながらも、上位者として成長した章だったかと、思います。 非常にストーリーラインが秀逸な作品だと思います! 三巻だけでなく、四巻も出…
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