53話 ディーテ王国の性質
九山星域会戦における王国軍戦闘艇の損害は、240万艇にも及んだ。
ケルビエル要塞に残存するサラマンダーは、約292万8000艇。開戦前の900万艇から、3分の1以下まで激減している。
敵に与えた損害は、第二次マクリール星域会戦が敵艦17万6000隻と、空母9120隻分の戦闘艇。新京星域会戦が、約3万3000隻。九山星域会戦が、約3万2000隻。合計25万隻以上で、サラマンダー1875万艇分に相当する。
天華5国の常備戦力は100万隻で、全軍の4分の1を削った計算だ。
新京星系の147億人と、九山星系の103億人も、8割から9割にあたる210億人前後は死んでいる。5国の総人口は790億人で、人口も4分の1以上を失わせた。
5国が有する次世代の国家魔力者は、推定192万人。2国の損害から、次世代の軍艦も約65万隻が消えた事になる。以降の子孫達も、連鎖的に消えている。
現在戦場に出して居る戦力が失われれば、2国は戦争継続が不可能だろう。あと3国を倒せば、ディーテ王国の勝利となる。
もっとも奇襲攻撃を行った新京に比べて、2つ目の九山星系では敵の防衛力が大幅に向上していた。現有戦力で3つ目の星系を攻撃する事は不可能で、ハルトは攻撃の続行を断念した。
「参謀長、前線の戦況報告を行う。マクリールやヘラクレスの中継衛星は壊されているだろうから、深城まで伸ばした通信衛星に、連絡用の偵察艦を出してくれ。そしてケルビエル要塞は、一度マクリール星系まで戻ると」
「はっ。ですが閣下、マクリール星系に戻られるのは何故でしょうか。当要塞の保有戦力は激減しており、戦闘継続は困難です。一度本国に戻られて、戦闘艇を補充なされるべきかと愚考致します」
ケルビエル要塞は、失った戦闘艇を補充しなければならない。
フルールとレーアを精霊王に昇格させるために、マクリール星系に立ち寄る必要がある。という情報が無い中では、参謀長の進言は正しいものだった。
事情を説明できないハルトは、寄り道の言い訳をでっち上げた。
「敵が王国領へ攻め込み難くなるように、マクリール星系の先にあるマーナ、フレイヤ、トールの3星系を破壊して、敵とディーテ本国との距離を広げる。マクリール星系に寄るのは、突入用天体の補充が目的だ」
「…………破壊でありますか」
「そうだ。敵は新京と九山を失い、異常が出るマクリール星系も使えない。ヘラクレス星系は、ドワーフの住処。太陽系は、多民族の統治困難地域。マーナ、フレイヤ、トールの3星系も破壊すれば、ろくな中継地を持てず、長大すぎる距離で侵攻が困難になる」
ディーテ星系と天華で最短の大泉との距離は930光年で、片道10ヵ月。
仮に王国の1星系を落とされても、周辺星系から奪還部隊を送る方が、敵が本国から増援部隊を出すより早くなる。
サラマンダーは星系間移動を行えないが、ケルビエル要塞が1000万艇も詰め込んで突入すれば、損耗した侵攻部隊を撃破して奪還できる。1度で取り返せずとも、敵の増援が来るまでに2度、3度と奪還を試みる事が可能だ。
そのくらいは本国でやって欲しいとハルトは望むが、サラマンダー部隊を運べる移動要塞を運行できる王級魔力者は極めて少ない。
王級魔力者は、王位継承権者が何人も側室や愛妾を設けて、その子孫から王級魔力者が誕生すれば側室や愛妾を正妻に引き上げる形で、ようやく王家を維持できている。
後は公爵家で、極稀に誕生しているくらいだ。誕生すれば当主候補、あるいは王妃候補となるので、やはりサラマンダーの輸送係には向かない。
それでもハルトが居れば、奪われた星系の奪還は叶う。
「ですが、我々の居住惑星まで破壊して良いのでしょうか」
参謀長はハルトの説明に理解を示しつつも、3星系を居住可能状態に復旧させるまでに要する時間や手間、費用などを思料した。人為的に復旧困難な状態まで破壊した惑星は、環境を戻すまでに、国家の一大事業レベルの投資を要する。
どこまで破壊するのかはハルト次第だが、例えば直径30キロメートルの鉄の塊を時速1億キロで、真っ正面から惑星に突入させた場合、惑星には地球の半径6371キロメートルと同程度のクレーターを作れる。
地球程度の惑星であれば、大気と水を全て失うどころか、惑星全体の3割から4割が溶解する。現役世代が生きているうちに、その惑星に生物が戻る事は二度と無いだろう。
もちろんハルトの目的は、浄化した瘴気をミラに吸収させる事であり、惑星を消滅させる事では無い。だがある程度の破壊は行うつもりだった。
本来であれば、軍の司令官レベルで判断できる範疇では無い。だが今回のハルトは、国王と両院議長が参加した御前会議で勅命を受けている。
「私は御前会議において、旧連合領は時間稼ぎに使えと勅命を受けた。すなわち、敵の侵攻を阻害するために旧連合領を破壊する行為は、最高意志決定機関の承認を得た範囲内だ。無人の惑星を守る代わりに王国を守れないのでは本末転倒だ。まずは何をしてでも勝つ」
「……了解しました」
参謀長が、自身を納得させ切れないように見えたハルトは、言葉を付け足す事にした。
「参謀長。私は昔、ヴァルフレート陛下から有り難いお言葉を賜った。『王国が敗北すれば、君と婚約者は悲惨な目に遭う。何が大切なのか、間違えないようにしたまえ』だ。卿にも家族が居るだろう。旧連合の無人惑星と、王国民の生命、どちらを選ぶかだ。何が大切なのか、卿も間違えるなよ」
「はっ、了解致しました」
姿勢を正して敬礼した参謀長が引き下がった後、コレットがハルトに向かって、物言いたげな視線を向けてきた。
「それでコレットは、何か疑問があったか」
現在、交代で担当している要塞の魔素機関稼働者席には、ハルトとコレットしか居ない。
外部からの視覚と音声は遮断されており、ハルトは幕僚というより、同級生に話し掛ける気軽さで問い掛けた。
「ハルトの考え方の根幹については、ちゃんと納得したわよ。反対するつもりも無いわ。それで旧連合の3星系を破壊して、ディロスへ帰国した後の展望を聞いても良いかしら」
「そうだな。どのくらいの戦力を補充できるかで、可能な範囲が変わるからな……」
本国がどれくらいの戦力を集めるのかは、ハルトにも予想できない。
出征の時点では、旧連合との戦時に集めた3000万人を再集結させ、追加で募集を行っていた。首星ディロスでは900万人が集まったが、それはハルトが引き連れていった。
追加で同数を集めるなら900万。3倍を集めれば2700万。
3倍が集まっていたとしても、再び首星から引き抜く場合、防衛を考えれば半数程度が限界だ。するとケルビエル要塞が連れて行けるのは、最大で約1350万艇になる。
現在のケルビエル要塞は約300万艇を有しており、それを足せば1600万艇を超える。だがサラマンダー2000万艇未満では、本格的に防衛体制を整えた天華各国の攻略は難しい。
第二次マクリール星域会戦で、天華侵攻軍には打撃を与えた。
だが各国が、現役と前世代の国家魔力者を総動員すれば、未だにサラマンダー2000万艇に匹敵する軍艦26万隻を用意できる。核融合弾の発射施設を星系内に大量配備して、サラマンダーの展開と突入を防げば、ケルビエル要塞による居住惑星直撃は不可能だ。
次世代の国家魔力者がどれだけ育っているのかは不明だが、それらを戦場に投入すれば、投入した分だけ攻撃にも回せる。
王国が対抗するには、全星系が敵の攻撃を弾けるだけの戦力を有した上で、敵星系に突入して敵が増える以上の戦力を削らなければならない。
それを実行するためには、攻防合わせて億単位のサラマンダーが必要になる。
「最終目標は、天華の3星系を破壊して、旧連合を併合したような圧勝の形で、戦争を完全に終わらせる事だ」
ハルトとしては、天華が王国に逆恨みして、充分な戦力まで保持した状態で、目先の和平交渉に飛び付くつもりは無い。
あと3回。天都、大泉、本陽の3国を攻撃して敵戦力を失わせると同時に、ディーテ王国に手を出すと惑星を焼き尽くされる。と、敵国の歴史と魂に刻み込んでおくつもりだ。
これはディーテ王国民が身に付けた警告色だ。
毒ガエルやヒョウモンダコのように、自分を食べると毒があるぞと捕食者に教え込み、自分が食べられても子孫には手を出させないようにして、次の被害を減らそうとする。
人類が地球だけに住んでいた頃、各国が核兵器を持ち合って威嚇し合い、撃てば撃ち返すと脅す事で平和を保ったのと同じだ。
ディーテ王国が、星間戦争における最終手段の惑星破壊を行える国だと、王国の敵に分からせる。そうすれば、深城のように最初から戦争ではなく和平を選択する国も現われる。
吹っ切れたのは、いつからだろうか……と、ハルトは己を振り返った。
もしかすると駆逐艦で最初に敵を撃つ時は、手が震えていたかも知れない。だが撃たなければ自分が捕らえられる状況で、一度撃ってからは躊躇いが無くなった。
ハルトにも自己の倫理観があるので、相手が侵略してこなければ、惑星を焼き尽くすような事はしない。攻められるのが嫌なら、攻めて来なければ良かったのだ。
3星系目、4星系目、5星系目。
ハルトは全星系を容赦なく破壊して、天華5国にディーテ王国の性質を分からせるつもりだった。そうする事で自国の安寧を保ち、長い目でみれば犠牲を減らせる。
「ハルトなら出来るわよ。今回、2倍の敵と2星系を破壊して上級大将と勲二等。次に成功すれば、元帥と勲一等。戦後は、最高司令官席で偉そうにふんぞり返れるなんて、良い身分じゃないの」
「副司令長官だけでキツイのに、最高責任者なんて想像も出来ないな。だけど俺が2階級上がったら、コレットも2階級上がって大将だから、女性初の三長官を任せて仕事を分担してもらうか」
「それは流石に、遠慮願いたいわね。これ以上の活躍をすると、結婚できなくなるわ」
「…………はぁっ?」
ハルトは間の抜けた声を上げながら、理解できないと全身で表した。
1度の会戦で、自身よりも戦力評価の高い敵を単独で倒した時にだけ受章できる武勲章は、本人に限っては一生分の貴族の義務を果たした証拠となる。少なくとも王国民は、武勲章を持つ貴族は、貴族の義務を果たしたと認めてくれている。
今回の会戦で勲二等を得られるコレットは、人生7回分の義務を果たしている。内容も首星防衛や旧連合征服など輝かしいもので、コレットが妻となる貴族家は、数代に渡って王国民の支持が約束されるだろう。
さらに今回の功績で昇進すれば中将で、魔力も辛うじてだが公爵級。
今のコレットであれば、侯爵家あたりから「令息の妻に、そして将来の侯爵夫人に」と打診が来てもおかしくない状態だ。少なくともハルトは、そのように認識していた。
そんなハルトの思い違いを、コレットは否定した。
「前に言ったでしょう。貴族家が娘を出し合うのは、貸し借りなの。あたしは活躍し過ぎて、もう貰い手が居ないの」
ああ。と、ハルトは大いに腑に落ちて納得した。
ケルビエル要塞の戦果は、魔素機関の稼働者であるハルト、ユーナ、フィリーネ、コレットら4人が主たる功績者だ。
首星防衛戦だけではなく、ディーテ王国が建国以来の悲願であった人類連合国家群の征服まで成し遂げた中核的存在のケルビエル要塞は、最大級の評価を付けられている。
ハルトは、侯爵家の中で宮中席次2位まで陞爵され、第一王女が降嫁予定で、領地も優遇された。将来は王国軍で、長官職も確約されている。
ユーナは、第一王女の身分を得て、深城との国交樹立では国王代理の待遇を得た。その気になれば、様々な名誉職が望みのままに得られる。
フィリーネは、継承予定のカルネウス侯爵家が、侯爵家の中で宮中席次1位に上がった。アマカワを超える席次が、どれほどカルネウスが高く評価されたかを示している。
連合を倒すために作られた王侯貴族制度であり、実際に連合を倒したのだから最大評価を得て当然だ。というのが国王の評価だ。
コレットは…………実家のリスナール子爵家が陞爵していない。リスナール子爵家は兄が継承予定で、コレットは家を継がないからだ。
功績はコレットが打ち立てたものであり、コレットが自分で家を興すのであれば爵位……おそらくハルトとの比較で子爵から伯爵を得られる。
どこかに嫁ぐのであれば、その家に功績が持ち越される。伯爵以下の家であれば、1段階の陞爵。公爵家や侯爵家であれば、宮中席次の上昇。公爵家で宮中席次が上がるなど、建国来初の出来事になるだろう。
コレットの価値は高騰し過ぎて、それに見合う対価は、上級貴族でも容易には払えない。
俺のせいだろうか。と、ハルトは振り返り、半分くらいはコレットを最初にケルビエル要塞へ配属した国王のせいで、残り半分くらいは自分が引っ張り回したせいだろうかと控えめに見積もった。
実のところ、概ねハルトのせいである。
「…………ああ、ええと」
「なにかしら」
「いざとなれば、アマカワ家の側室という手で解決しよう。ユーナも、コレットなら認めると思う」
側室を増やせという世間の圧力に譲歩する形にもなるし、正妻と側室の争いも起こらない。ユーナとコレットは親友で、ハルトとコレットの付き合いもそれなりにある。リスナール子爵家への対価は、高魔力が確定的な子孫の1人が嫁に行けば解決する。
提案したハルトに、コレットは僅かに考える間を置いてから言葉を返した。
「選択肢として、もらっておくわ。お返事は、いつまでかしら」
「加齢停滞技術で、平均寿命が300年だろ。とりあえず半世紀くらいは待っておく」
「分かったわ。あまり期待しないで待っていてね」
「了解」
ハルトの返事を聞いたコレットは、僅かに微笑んで頷いた。