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52話 九山星域会戦

 天華3位の新京が壊滅した報は、直ちに侵攻軍の下に届けられた。


『ケルビエル要塞が、新京星系を急襲しました。防衛艦隊は66%を撃沈されて壊滅。首星の宿安には、全大陸へ天体を突入され、半面を核融合弾で焼き尽くされました。死者も全人口の85%、推定125億人以上です』


 非現実的な報告には、膨大な映像データが添えられていた。

 かつて大都市があった地域は、巨大なクレーターと草木も生えない荒れ果てた荒野になっていた。核融合弾の爆発を何度も浴びた建造物の残骸は、炭化してボロボロになっており、触れれば粉々に崩れそうだった。

 天体を突入される映像もあったが、惑星周辺で防衛艦隊と王国の戦闘艇が入り乱れ、迂闊に撃てない宙域でケルビエル要塞が急加速しながら何度も投射しており、惑星の防衛施設や防衛艦隊が突入を防ぐのは不可能に近かった。

 その後の核融合弾も、惑星付近で300万発も撃ち込まれれば、防ぎ切るのは不可能だ。

 不幸中の幸いだったのは、新京の居住惑星が昼夜のサイクルに1週間も掛かり、昼が真夏で夜が真冬のため、人々の居住空間が地下に広がっていたことだ。それによって全人口の15%が、地上の熱放射や衝撃波を免れた。

 だが防衛戦は、一方的に蹂躙されて敗北に至っている。加速から減速に転じてのミサイル波状攻撃や、乱戦の作り方、要塞位置を移動させて一方的な攻撃を続けるなど、ケルビエル要塞の司令官は実戦経験が豊富で戦い慣れている。と、ユーエンは評価した。


「ディーテの国王が、長女を宛がったのも道理か」


 王制国家において、有能すぎる家臣を御すのに最も良い方法が娘を宛がう事だ。

 それだけで家臣は義理の息子となり、息子達にとっては義兄弟となり、家臣に対して様々な制約を課せる。

 親子関係となれば、基本的に利害関係が一致する。また妻となった娘は、夫と実家との間を取り持つので、殆どの不満は致命的な破綻へ至る前に解消される。

 妻の父や兄弟を殺せば、人間性の観点から国民が付いて来ない。不満を煽ろうと策動する者たちも、対象が娘を与えた義父と妻を得た義息では諦めるしかない。

 それほど評価されているアマカワ司令官と彼のケルビエル要塞は、ユーエンの想像を上回る戦闘能力を有していた。

 天華主力と交戦して、推定3000万発の核融合弾を消費したにも拘わらず、新京星域では約800万発の核融合弾を使用し、推定740万の戦闘艇を投入した。

 新京の防衛艦隊は、王国軍の戦闘艇の約28%、推定207万艇を破壊した。

 だが引き替えに、防衛艦隊は約66%にあたる3万3152隻を撃沈された。参戦した新京の他艦船も大半が半壊し、居住惑星の死者は、全人口の85%にあたる推定125億人。残存艦隊が救助活動を行っているが、惑星の居住環境は崩壊しており、人間が住める状態まで惑星環境を回復するためには膨大な手間と時間を要するだろう。

 天華の侵攻軍には、新京を統治する高家の後継者・麗孝(リキョウ)も参加している。

 報告を受けたリキョウは、取り乱したりはしなかった。

 これは戦争であり、ディーテ王国民が敵星系に天体突入を行う民族である事は、開戦前から分かっていた。新京では懸念の声も上がり、何度も激論が交された末に、未来の様々な展望に鑑みて開戦へと舵を切ったのだ。

 1000年後に新星系で暮らす新京の子孫たちは、この戦いは必要だったと結論付けるのか。それとも愚行だったと侮蔑するのか。いずれになるのかは、これからのリキョウの成果次第となる。

 顔に隠しきれない激情を滲ませながら、リキョウは意志の力で現実を受け入れようと図った。


「ケルビエル要塞から惑星を守るためには、防衛艦隊は5万隻では全く足りない」


 様々な感情が入り乱れるリキョウは、それでも天華の勝利のために警告を発した。

 天華5国は、国家魔力者100万人が動かす軍艦100万隻を有していた。

 そのうち75万隻が侵攻に用いられ、25万隻が防衛に充てられていた。1星系ごとに5万隻が、国力が低い各国向けに定められた最低限の防衛戦力だった。

 現在までの戦闘結果から、王国の戦闘艇は、天華の巡洋艦級・白城パイツェンとは75艇で互角と見なされている。すなわち防衛艦隊5万隻は、王国軍の戦闘艇375万艇と互角だ。戦闘の際には、味方を巻き込んだ核融合弾による攻撃も有効である。

 だが新京星系の防衛戦でケルビエル要塞と戦闘した際は、要塞から居住惑星に向かって延々と降り注がれる核融合弾を防ぐために、戦闘艇に核融合弾を撃ち込む余裕が無かった。

 新京星域会戦に参加して、今も生き残っている王国の戦闘艇は532万艇。

 防衛戦力が豊富な天華1位の天都に来れば迎撃できるが、他の星系を襲われれば耐え切れない。

 ケルビエル要塞の戦力も2星系目で尽きて、3星系目は防げるようになろうが、2星系目の被害を許容出来るはずも無い。


「ケルビエル要塞の動向が判明するまで、各国から出した増援艦隊は各国へ戻す。各々は、自国へ防衛体制の強化を指示。リキョウは揮下の軍勢と共に新京へ戻り、被害の対応と、天華領内の防戦指揮を執ってくれ。各国の増援艦隊の采配も任せる」

「分かった」


 ヘラクレス星系に突入間近だった本隊を戻しても、新京から次の星系に向かうケルビエル要塞には追い着けない。

 それが分かっているユーエンは、間に合う部隊を戻して対応させると同時に、新京の後継者であるリキョウを本国へ返す結論を出した。

 壊滅的な被害を受けた新京には、今後の方針を定める指導者が必要だ。

 ケルビエル要塞が急襲した時点で、新京の高家が逃げ出してくれていれば良かった。だが建国してから初の戦争で、敵の襲撃時には国家指導者が逃げるという発想が無かった。

 リキョウを戻さなければ、支配家を失った新京はまともに動けない。逆に戻しておけば、他の星系が被害を受けても、他家と連携して暫定的な対応や独自の判断を行ってくれる。


「我々本隊は、ディーテ星系に向かった別動隊を支援するため、予定通りヘラクレス星系を攻略して、敵軍を引き付ける。精霊結晶工場の破壊は、もはや不可欠だ。別動隊のウンランと通信が繋がるうちに状況報告を行う」


 天華連邦は、王国の非人道性を大義名分としている。

 だが軍事工場を破壊するために、工場が設置されている大陸を吹き飛ばすのは、必要な範囲内だ。と、ユーエンは別働隊に念を押した。

 本来ユーエンは、大陸ごと吹き飛ばす行為を望まない。

 敵は皆殺しにするよりも、地球からの離脱者のように国家魔力者として組み込む方が遙かに合理的だからだ。敵艦隊を蹴散らして、無傷の星系を制圧するのが本来の予定だったが、その選択を行える余裕が無くなった。

 別働隊の首星ディロス攻撃時、王国の最大戦力であるケルビエル要塞が参戦できない事は確定している。ウンランの別動隊は、主力から20万隻の増援を合わせて350個艦隊35万隻であり、戦闘艇2625万艇に匹敵する。


「……刺し違えか」


 マクリール星系は衛星フラガを制圧できないために惑星制圧は停滞しているが、星系から王国軍は排除した。フレイヤ星系は落とせており、マーナ星系とトール星系にも別働隊が進行中だ。ヘラクレス星系は突入間近であり、王国の首星ディロスも直撃できる。

 だが5国のうち、このままでは2国の首星が攻撃されてしまう。

 王国は複数の星系を奪われて大損害を蒙るが、天華側も短期的には大損害だ。

 この戦争の勝利者に関して、中立的立場を選択した深城のハオランが思い浮かんだユーエンは、不快さから眉間にシワを寄せた。

 ハオランが天華側で参戦していれば、別働隊をもう一つ組織して、ディーテ星系と同時にアテナ星系やアポロン星系などを襲わせられた。苦労している各国は、天華の裏切り者を恨むだろう。

 いずれ何らかの対応をしなければならないと考えながら、ユーエンは彼の決定を待つ様々な問題に判断を下していった。




 ユーエンがある種の割り切りを行った通り、ハルトは天都には攻め込まなかった。

 新京星系への攻撃は、ケルビエル要塞が何処へ去ったか知られていない状態で行えた奇襲だった。そこでサラマンダー266万艇を失っており、次は奇襲にならないにも拘わらず、新京の2倍の人口を有する天都に攻め込めるわけが無い。

 標的となる星系は、4位の大泉、5位の本陽、6位の九山で3つ存在した。その中でハルトは、最も戦力が乏しいであろう九山を選択した。

 契約精霊のフルールに続いてレーアを精霊王に引き上げるに際して、大泉や本陽よりも人類の居住歴が長くて総人口が100億を超える九山は、要件を満たすに充分だった。

 要塞司令部のメンバーに対しては、防衛力が低いであろう点に加えて、王国本領に最も近い点、中立を表明した深城と隣接する星系を破壊して分断を図れる点などを挙げて取り繕っている。

 ケルビエル要塞のサラマンダーは、900万艇あった内の47.4%にあたる427万艇が撃沈してしまった。最も戦力の低い最下位の九山を狙う方針は、ユーナ達の理解を得られた。

 ユーナに対しては、ハルトは別の理解も得ようとした。


「と言うわけで、天華軍艦の性能と、天華領域内の航路を教えてくれたのはシャリーだ」


 ハルトは国交樹立式典におけるシャリーの嘔吐や、引き籠もりから家を追い出された父親と娘との会話の再生映像、手持ちのパーティバックからデータのストレージを取り出して、ハルトと共有した事、ミラが精霊結晶を与えた事など全てを見せた。

 下手に隠すから問題になるのであって、全てを包み隠さずに伝えて仲間に引き込んでしまえば、言い訳をしなくて済む。と、ハルトは考えた。

 最初にユーナを巻き込んだのは、ユーナを一番頼っていると示す事で、感情面からユーナに訴えるためだ。


「それでハルト君は、わたしにどうして欲しいの」

「そうだな。シャリーの性格と貢献を知っておいてくれたら、俺がシャリーを庇ってユーナが怒るという事態も防げるし、婚約者なら隠さない方が良いと思ったんだ」

「あ、うん。そういう事なのね」


 一気に険が取れたユーナに、ハルトは祖父の家でプレイしたゲームに出てきた『ちょろイン』という危険な単語を連想して、本人に悟られないよう即座に脳裏から消し去った。

 緊張で固まるシャリーに対し、事情を理解したユーナは自ら歩み寄った。


「聞いた事は、分かったよ。わたしも婚姻外交は同意したから」


 ユーナにとっての最大限の譲歩に、シャリーは最大限の反応である頷きを以て答えた。

 それで反応が途切れてしまったため、ハルトは会話の中継役に入った。


「お互いの精霊を、顔合わせさせてくれないか。2人とも直接は言い難い事があっても、ユーナの精霊シャロンと、シャリーの精霊クロエで連絡できるようになる」


 ハルトは2人を交互に見ながら、精霊を出す事を促した。

 ユーナと精霊シャロンは、ロキ星域会戦前から3年半の付き合いだ。数多の会戦を乗り切った戦友で、シャロンに対するユーナの信頼は揺るぎない。

 一方でシャリーとクロエとの付き合いは短いが、クロエは王国におけるシャリーの最大の味方の1人だ。人間では無いためか、シャリーの人見知りも発動しておらず、言いたい事を言える貴重な相手だ。

 姿を現わしたシャロンにクロエがお辞儀をして、シャロンが頷き返して両精霊が契約者に見せる顔合わせは終わった。

 その後ハルトは、新京から九山へ移動する合間、シャリーが持ち込んだゲームを3人で遊んで過ごして、シャリーとユーナが打ち解けられるように気を配った。そして交友値がある程度上がり、次はクラウディアも混ぜるかと考えたところで、第二の敵星系である九山星系へ到達した。


 新京と九山での戦いは、1ヵ月未満で相次いで行われるため、基本的には変わらない。

 近距離までは、シャリーにもらった情報を使って、民間船が通らない航路で接近する。ケルビエル要塞の索敵範囲は敵よりも遥かに長大で、精霊王に昇格できる程の力を得たフルールのおかげで跳躍距離も伸びたため、敵の索敵に捕まらずに九山星系まで移動できた。

 ケルビエル要塞の能力が上がっているのは、敵にとっては悪夢だろう。

 広大な恒星系外縁部の全体に機雷群を撒けるはずも無く、ワープした要塞は抵抗を受けずに星系内へと侵入していった。

 生命維持装置を付けて、各種の情報も遮断したハルトは、新京とは全く異なる世界を進んでいく。

 それは草花が咲き乱れる春の野原を、妖精フルールに導かれるように歩いて行くかの光景だった。

 フルールの眷属と思わしき、色取り取りの大量のチョウチョが、ハルトの魔力と交わって要塞砲の姿を取りながら宇宙空間を飛んでいく。星系内に存在する艦艇や迎撃兵器は、悉くがチョウチョに纏わり付かれて、打ち砕かれていった。

 赤、青、黄色、白などのチョウチョたちが星系内を飛び回り、それらが飛んだ宙域には風に舞う花びらが吹き荒れていく。

 ハルトは新京と同様に加速し、50万発のミサイル攻撃を10回に渡って行ってから減速し、正面の進路だけは綺麗に整えた。正面以外から来る敵の攻撃は、フルールのチョウチョが消していき、内側に入り込まれても要塞表面に浮かび上がる花びらのシールドが防いでいった。

 新京星系では、宇宙空間と視覚を焼き尽くす核融合弾の閃光が入り乱れ、新星爆発が乱舞する世界が生み出されていた。一方で九山星系では、春の嵐に宙域が飲み込まれていくような光景が生み出されている。

 格段に引き上げられたフルールの力に、ハルトは精霊達の間に存在する格の違いを実感した。意味不明な現象を引き起こすケルビエル要塞に、九山防衛艦隊は恐怖しているだろう。

 索敵の結果、九山の防衛戦力は6万5000隻に増えていた。これはサラマンダー487万5000艇に匹敵する。

 サラマンダーの数は532万8000艇で、両軍の戦力評価は要塞を除いて100対91。

 最下位の九山星系で殆ど互角であり、ハルトは攻撃対象を最弱の九山にして正解だったと認識した。王国軍は数的に劣勢であり、ケルビエル要塞が逆転する唯一の手である以上、失敗は許されない。

 情報の遮断を解いたハルトは、既に戻っていた参謀長に命令を下した。


「核融合弾、追加で300万発を発射。その後ろから、アンチミサイル群を撃ち込め。ミサイルで敵を防ぐ間に、全てのサラマンダーを発進させろ。近接戦闘戦で、敵の防衛網を突き破れ」

「了解しました」


 要塞から膨大なミサイル群が撃ち出され、その後ろから532万8000艇というサラマンダーが、巨大な津波となって、九山星域の居住惑星・夏丘シァーチュウに押し寄せ始めた。

 王国へ攻め込んできた天華連邦には、戦争の恐怖を魂に刻み込んで、厭戦気分に至ってもらわなければならないとハルトは考える。停戦にしろ、終戦にしろ、一方が戦争の継続を断念しなければ実現しないのだ。

 マクリール星域会戦で一方的な戦いを経験した旧連合民は、反乱を起こそうなどと馬鹿な事は考えない。人は忘れる生き物であるが、戦争を経験した世代が生き残っている間くらいは、戦争は起こらないだろう。

 だからハルトは、敵の射程外から一方的に焼き払うという理不尽さを体現した。


「敵との距離、9億8000万キロメートル。閣下、まだ射程外で…………」


 参謀長が困惑する中、精霊3体の魔力加算を合わせたハルトの要塞主砲は、長大な距離を駆け抜けて防衛艦隊の前列を破壊した。

 ケルビエル要塞は進撃しながら、当たるはずが無い距離の敵を確実に破壊し続けていく。

 敵は綺麗に並べられた的のようなものだった。この宙域が敵の星系内で、ミサイル保有数は敵が上回っており、時間が経てば人員と艦隊も増えていくという状況でなければ、ハルトは味方に被害の出ない射的ゲームを続けただろう。

 2時間に渡って敵を蹂躙したケルビエル要塞は、サラマンダーと敵防衛艦隊が乱戦に至る前に銀河天頂方向へ移動して、敵艦隊の後方に主砲を浴びせ掛けた。

 攻撃はユーナとクラウディアで、推進がフィリーネ、コレットは補助。そしてハルトは、精霊王フルールという絶対的な防御を展開しながら、その合間でミラとレーアに攻撃を行わせる。

 星系図には、サラマンダーを表す青い光の壁と、敵の防衛艦隊を表す赤い光の壁が衝突する姿が投影された。最奥に居住惑星が映り、そこへ青い光の津波が流れ込み、赤い光と混ざり合って紫の混戦宙域を示していく。

 紫が増えるほど混戦状態の形成に成功しており、敵の核融合弾を撃てなくさせられている。前方は殆ど全域で混戦状態となっており、敵星系への天体突入は、第一関門を突破した。

 要塞司令部では、戦闘艇の指揮分所と参謀達が様々なやり取りを行っている。


『右翼方面の混戦状態は、我が方が有利。左翼方面は数的に不利な戦場が多数あります。敵軍が意図的に戦力を集約して、各個撃破を試みている模様』

『中央から左翼へ部隊を移動。中央の抜けた穴に右翼から第65から第100分所までのサラマンダー部隊を回せ』


 参謀達の調整に、ハルトは一切口を出さない。どれだけ指揮してもキリが無く、とても手が回らない状況だ。

 代わりに敵の薄い右翼側に要塞を動かして、そこから敵惑星に向かって核融合弾を20万発ほど撃ち込んだ。敵軍と敵惑星は慌てて迎撃ミサイルを撃ち上げ、敵艦隊も左翼から右翼に一部の部隊を動かして、左翼の劣勢が解消される。

 このように劣勢の解消方法は、部隊を回す以外にも存在する。

 それをする必要も無いくらいの体制を整えたければ、3万艇ごとに指揮分所を立ち上げている現状から、1万艇ごとに指揮分所を増大して、分所と要塞司令部の人員も増員しなければならない。

 だが王国は全星系でサラマンダーの操縦者を追加徴兵しており、戦闘艇を指揮できる経験豊富で優秀な者たちは、指導者役として各地に不可欠なのだ。これでもケルビエル要塞は、王国で最も優遇されている現場だ。

 ハルトは実戦経験が豊富な操縦者たちを指揮官に上げる考えを思い浮かぶも、サラマンダー操縦者達が現在進行形で次々と戦死していく状況を目の当たりにして、実現性に疑問符を付けた。だが彼らを犠牲にしてでも、敵惑星に天体を落として、天華の国家魔力者を減らさなければならない。

 激しい消耗戦が続く中、左翼側に敵が防げない巨大な穴が空いた。ハルトが右翼に攻撃を集中して敵が右翼に移動したタイミングと、ケルビエル要塞の参謀達が戦闘艇を左翼に振り向けたタイミングが重なって、敵の左翼が崩壊したのだ。

 情報統合システムと、戦闘連動システムで動くサラマンダーたちは、敵の偏りを見逃さなかった。容赦なく弱点を突いて、宙域の敵を殲滅したのだ。勿論ハルトも、敵の隙を見逃さなかった。


「今だ、天体6個投射!」


 敵が消失した宙域に、突入用の天体6つが時速1000万キロメートルを超える高速で投射された。右翼に固まっていた敵艦隊は阻止できず、天体は大気圏を突き破って大陸の6ヵ所へ突き刺さった。

 惑星内に6つの火球が生み出され、熱放射で周辺を焼き払っていく。その直後には衝撃波は突き抜けて、惑星表面を薙ぎ払っていった。


『レーア、浄化した瘴気の変換吸収を』

『分かっているよ。もう始めているから』


 エルフ耳で周囲を緑の風が渦巻く精霊レーアは、纏っている茶色のストールをはためかせながら、焦点の合っていない目で虚空を見詰めていた。

 変換吸収する魔素の量が多いためか、右手には見慣れない金の腕輪を付け、髪には白いリボンを結び、腰にはベルトを巻いてショルダーバッグを付け、必死にエネルギーを分散しようと図っている。

 その様子を確認したハルトは、要塞の位置を左翼からさらに左側へ移動させて、惑星の反対側にある大陸にも4つの天体を投げ込んだ。

 惑星から打ち上げられた迎撃ミサイルに撃ち落とされたのは2つで、残り2つは突入に成功した。

 攻撃できなかった2ヵ所に対しては、代わりに10万発ずつの核融合弾を投げ込む。レーアが浄化した瘴気の吸収中だが、無事な大陸はミサイルを打ち上げてくるため、破壊せざるを得なかった。

 天華連邦は、王国と連合の様に仮想敵国がおらず、元々は戦争を想定していなかった。そのため地下避難施設の数が少なくて、天体攻撃よりも核融合弾の被害が遙かに上回った。

 惑星の反対側にも敵艦艇と戦闘艇が流れ込んできた事もあり、ハルトは核融合弾の攻撃を中止した。


「王国領に侵攻中の敵を戻すため、九山星系の敵を削って、自力では救助困難な状態に至らしめる。このまま暫く、戦闘を継続する」


 本当は精霊レーアを精霊王に昇格させたいから留まるのだが、それを説明できないハルトは適当な理由をでっち上げた。

 御前会議において国王ヴァルフレートは、『アマカワには敵の遅滞を目的として、ケルビエル要塞揮下の戦闘に関する自由裁量権を預ける』と明言している。敵の遅滞を目的とするハルトの行動は、その全てが王国に承認されているのだ。

 ハルトは急かす事無く、レーアの魔力吸収を待ち続けた。

 ケルビエル要塞しか星系移動手段が無いサラマンダーと、惑星を破壊されれば家と家族が無くなる天華防衛艦隊との乱戦は3時間近く繰り広げられ、互いに退けない敵味方が多数撃沈していった。


『終わったから、帰ろう』


 レーアから報告を受けたハルトは、成功に安堵して要塞を惑星軌道から離脱させた。


「敵星系から撤退する。サラマンダー全艇、速やかに撤収せよ」

「了解しました。直ちに撤収させます」


 ハルトの命令を受けた参謀長以上に、サラマンダーの操縦者たちは喜んだ。

 彼らは大急ぎで戦場から離れ、ケルビエル要塞から最後に放たれる核融合弾の豪雨を背中越しに眺めながら、要塞内部へと舞い戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 突入用の天体6つが時速1000キロメートルを超える高速で投射された。の部分は1000万キロではないでしょうか?
[気になる点] 防衛艦隊の撃沈率が 85%と66%の2つがあります
[一言] 英雄ハルトの活躍の裏で平民階級が国と故郷の為に死にまくっている現状。 騎士階級の取り潰しを決めた新王の決断はギリギリ間に合った扱いでしょうか。 それとは真逆に上位の貴族階級にはハルトに嫁を…
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