51話 新京星域会戦
王国歴443年4月。
先月の第二次マクリール星域開戦後、何処かへと姿を消したケルビエル要塞は、敵に捕捉されずに天華連邦の支配領域へと侵攻していた。
マクリール星系への侵攻軍は、流石にセラフィーナの支配領域から出ていると推定されるが、行き先を察知されず、途中で天華の船にも索敵されなければ、星系に奇襲攻撃を行える。
王国側は、天華連邦の詳細な星域図を所持していない事になっている。
少なくとも深城のハオランは、深城内部に金で情報を売る者がいくらでも居る事や、王国側から漏れる事も理解しており、王国側にそれらの情報を渡す事は無かった。
但し、ディーテ王国に売った娘のシャリーが、自身の立場に鑑みてハルトに情報を渡した。
シャリーは、引き籠もりのコミュ障だ。
当時、吐きながら必死にハルトと意思疎通を行おうとしたのか、それとも頭だけは良いので咄嗟に自身を高く売ったのか、ハルトには判断できなかった。だがシャリーの行動は、実を結んでいる。少なくとも彼女は、ディーテ王国でアマカワ侯爵という強大な庇護者を得た。
そして天華が使う航路を知れたハルトは、そこから大きく外れる宙域を進んで、新京の周辺宙域まで見つからずに接近できた。
「マクリール星域会戦で最初に大戦果を挙げられた件に続いて、借り2つ目だな。もしも希望があれば、2つは極力叶えるからな。ああ、ゲーム好きで、コミュ障の引き籠もりで、天華と無関係な公務をしないのは、希望とは別に叶えるから安心してくれ」
ケルビエル要塞の戦果に貢献したシャリーは、国交樹立の式典後、そのまま婚姻外交相手のハルトに付いてきた。
第二次マクリール星域会戦前にディーテ星系へ送る事も出来たし、事実として婚姻外交で来た他の2名や、首星ディロスに置かれる深城大使館の職員、外交使節団はそちらに向かっている。
だがシャリーがディーテ星系に行っても、王国と深城から付けられる監視の人間が居るだけで、アマカワ家の人間は誰も居ない。王国はシャリーを飽きさせないように、様々な交流会や催し物に誘うだろうが、それは彼女にとって地獄だ。
ハルトは保護した猫を飼うのに近い感覚でシャリーの部屋を用意して、世話をするアンドロイドも付けて、定期的に顔も出している。
ゲームと精霊を仲介役にした事が功を奏したのか、シャリー側も頑張った成果であるのか、ハルトと会話する際のシャリーは、あまり言い淀まなくなった。
「だったら、あたしを捨てないで。もう帰れないから」
「そうだな。もちろん捨てないし、婚姻外交で来た孤立無援な立場を再認識して、俺がシャリーの立場を守る事を心がける。マクリール星域会戦で、事前に天華軍艦の性能情報を渡してくれたのと引き替えだ。国王陛下と争いになっても、何とかするさ」
ハルトが太鼓判を押すと、ピンクグレージュの頭が小さく頷いた。
「あと、強く怒らないで。あたしは言いたい事が言えないし、立ち直れないから」
「そうか……分かった。俺はシャリーを強く怒らない。何かあっても怒るのでは無く、どうすべきか相談する。俺が約束を忘れて怒ったら、シャリーの精霊クロエが俺を注意してくれ。王国が逆転する航路を教えてくれたのと引き替えに、怒らない事だって」
対戦ゲームのために姿を現わしている精霊クロエに呼び掛けると、クロエは微笑と共に了解の意を返した。
『シャリーとハルトさんの約束を理解しました。破ったらどうしますか』
「まず謝る。おそらく余裕が無くて、シャリーが会話を苦手な事を忘れていたのだろうと思う。悪かった。可能な限り怒らないように心掛けるから、許して欲しい」
『ちゃんと謝ってあげて下さいね』
「ああ。シャリー、それで良いか」
「大丈夫。がんばる」
シャリーと合意を形成したハルトは、やはり本国に送らなくて良かったと考えた。最初に人間関係を構築しておかないと、完全に心の壁を張られていた気がしたのだ。
婚姻外交は国王の命令に基づくものだが、一度引き受けた以上は、無責任に放り出すような真似はしたくない。
ハルトは社会から、側室や愛妾を増やせと求められる。社会が求めるのは高魔力者であって、時間を費やせない相手には適当にしても良いのだと。高魔力者を増やす意味も、充分に教えられた。
だが庶民の感覚では、それに対する違和感が拭えなかった。
ハルトにとって、遺伝子提供相手のフィリーネは、結婚しないがパートナーの感覚がある。ユーナは、正妻になる相手だと思っている。クラウディアは、議会まで動かして明確な自己選択によって自分の所へ来たのだから、ちゃんと受け入れる意識を持った。
そしてシャリーも、ハルトの中で個人の人格を認め、納得して受け入れる意識を持てた。
ハルトは自身の考え方を、相手の女性を物扱いする感覚が嫌なのだろうかと自己分析した。
嫌なら高魔力者にならなければ良かったのではないかと振り返るも、タクラーム公爵家の装置を自己使用した時点では確信が無かったし、ジギタリスに使わせるよりも遥かにマシな結果になったと思っている。
後は、自身の考えと社会の要求との間で、どのように折り合いを付けるかだ。
「とりあえず俺を頼ってくれ。それと早いうちに、俺の正妻予定のユーナと会った方が良いな。ユーナは第一王女になって色々と無理をしているけれど、本質は凄く良い子なんだ。シャリーの事情を知れば、味方になってくれる」
「……もう一度同じ事をするの、無理」
「あの映像を再生するだけで、後は基本的に俺が説明する形でどうだ」
「…………数日くらい、心の準備をしないと、無理。吐くかも」
シャリーは弱音を吐いたが、ハルトはユーナを巻き込む形を選択した。
ユーナは感情で納得させなければならず、逆にコレットは理性で納得するタイプだ。フィリーネは乙女回路と上級貴族的な視点が混ざって複雑だが、ハルトは強引に押し通す術を身に付けた。クラウディアは王国民のためになると理解すれば受け入れる。
私生活に算段が付いたハルトは、目前の作戦に集中し始めた。
ケルビエル要塞はワープを続け、やがて新京星域から3光年の宙域へ辿り着いた。未だに敵には発見されておらず、次のワープを行えば星系外縁部に突入できる。
要塞司令部のハルトは、全員に宣言した。
「これよりケルビエル要塞は、敵星系への最終ワープインを行う。作戦の目的は、敵の居住惑星に天体を落として、王国に攻め込む敵の国家魔力者をまとめて消す事だ。敵侵攻軍に本拠地が襲われていると教えて、王国領から撤退させる目的もある」
ハルトは説明していないが、もう一つの目的として、自身の精霊フルールをセラフィーナと同じA級精霊に昇格させる事がある。
ワープアウト後の出現予定宙域は、恒星系から約50億キロメートルの恒星系外縁天体群から外側。
星系内では時速4億キロで侵攻し、12時間後に居住惑星・宿安まで進撃して、ケルビエル要塞内に収容してある突入用天体の1番から10番を突入させる。
天体は直径1キロメートルのタングステンを耐熱コーティングしたものだ。
タングステンは自然物の状態でも高温強度に優れており、密度は1万9250キログラム毎立方メートルで通常岩石の6倍以上も高いため、突入用天体として向いている。そのうち1番から10番には、フルールの魔力を込めてある。
直径1キロメートルは駆逐艦程度の長さだが、時速1000万キロで大陸に入射角45度で衝突した場合、直撃地点に直径200キロメートル、深さ75キロメートルほどのクレーターが生まれる。これは地球において、恐竜を滅ぼした天体衝突に匹敵するエネルギーだ。
惑星の軌道や自転への影響は殆ど無いが、直撃地点から半径4000キロメートルは熱放射の範囲で、直接浴びた生物は焼き殺される。
発生する地震は、マグニチュード11.4。それよりも危険なのが衝撃波で、直撃地点から半径8000キロメートル以内は、多層フレームの強化建造物を除いて、全ての建造物が破壊される。
その際にフルールの魔力が惑星内を駆け巡り、瘴気を浄化してエネルギーに変換して吸収する。瘴気以外も消し飛ばすが、ディーテ王国軍は王国民を守るために、攻め込んでくる敵を吹き飛ばす立場だ。
10個の天体突入による死者数は、惑星人口のおよそ9割を見込んでいる。さらに惑星に殺戮兵器をバラ撒いて、侵攻中の敵を救援で引き返させる。
「参謀長。12時間後に、激しい戦闘が予想される。戦闘艇の操縦者は全員休憩に入らせて、12時間後に総員第一種戦闘態勢を取れるように備えさせてくれ。要塞の進撃速度を調整するから、大規模な戦闘は12時間後より早まる事は無い」
「はっ、命令は直ちに実行致しますが、閣下は起き続けられるのですか」
「発見されてからは、進撃速度が大事だ。私は機械と薬で消耗を減らす。参謀長は、副参謀長と交代して休め。後で頭脳労働をしてもらう」
「了解しました」
敬礼と共に引き下がった参謀長を見送ったハルトは、ユーナたち運行補助者も休ませると、最後のワープを行った。
ワープを行った後は、司令席を操作して、身体に生命維持装置を取り付ける。
次いで座席の視覚と音声遮断装置を起動すると、ハルトの体感する世界は暗闇に包まれた。すると正面にモニターが、1画面だけ投影されるような光景が映し出された。周囲からは、山を流れる小川のせせらぎだけが聞こえてくる。
視覚情報と聴覚情報の制限は、脳の負担を減らすためだ。既にハルトは、触覚、嗅覚、味覚も一時的に喪失しており、この状態であれば200時間は戦える。だが意識すれば手元の機器を見る事も出来て、ハルトの操作によってケルビエル要塞は星系内を移動し始めた。
精霊達に手伝ってもらいながら、宙域に浮かぶ天体群の間を高速で避けて進む。外縁部を突破してからは、時速4億キロまで上げて、居住惑星の宿安に向かって進撃した。
「…………時速6億キロまで上げて、居住惑星に核融合弾を50万発ずつ、10回に渡って発射。要塞の前方をミサイルだけ先行させる。直線である以上、広範囲の攻撃は必要ない。敵の迎撃ミサイルを撃ち落とす」
脳の負担を軽くしているハルトだが、意識はハッキリとある。
指示を出した後に魔素機関の出力を上げると、要塞は急激に加速した後、敵星系へ10度に渡って核融合弾の豪雨を降らせた。1度目は時速6億キロで、2度目からは2000万キロずつ減速し、時間差を付けて間断無い攻撃を先行させる。
発射後、時速4億キロにまで減速した要塞は、再び星系内を進撃していった。
やがて星系内を進撃した6時間後から、30分間隔で10度に渡って両軍のミサイルがぶつかり合った。
宇宙空間の黒い背景に、百万という白い星の爆発が何度も引き起こされる。
建国以来、一度も戦争の経験が無かった天華側は、最初に核融合弾を撃ち過ぎた。そのため多くの核融合弾が最初の爆発で巨大な花火と化し、その後も繰り返された攻撃で応射するミサイルを失ってしまった。
結果として爆発が発生する宙域は、徐々に居住星系へと近づいて行ったのである。
「アマカワ閣下、要塞背面のシールドを一時解除して下さい。敵星系まで残り2時間です。サラマンダーを発進させます」
「…………分かった」
参謀長や運行補助者のユーナたちが要塞司令部に戻り、740万艇のサラマンダーへ発進命令を出した。
そのタイミングでハルトも遮断装置を解除して、通常の感覚に戻った。
周囲を見渡すと、右側にユーナとコレット、左側にフィリーネとクラウディアが座っている。司令部のスクリーンは、半分がミサイルの爆発で輝いている。
星系図には攻撃目標の惑星スーアンが映っており、その前面に50個艦隊5万隻ほどの敵が表示されていた。
天華の5万隻は、サラマンダー375万艇あるいは王国軍78個艦隊に匹敵する。
現在の王国軍艦隊は、全軍を合わせてその半数で、ケルビエル要塞が存在しなければ絶対に攻略できない防衛力だった。
だが現宙域における戦力評価は100対51で、王国軍が圧倒的に優勢となっていた。
「接敵に先んじて、要塞主砲を照射して、綺麗に整列している敵軍を焼き払う。9億キロメートルから2億キロメートルの範囲で照射を継続。戦闘艇と敵との交戦後は、天頂方向に移動して斜め上から敵後方と敵星系へ、主砲と核融合弾を継続攻撃。ユーナとクラウディアが攻撃補助、フィリーネは推進機関。コレットは適時交代」
ハルトは敵の射程外から一方的に撃つという常套手段を選択したが、常套手段は効果的だから多用され、多用されるから平凡で在り来たりな手段になる。
優勢な状態で、奇想天外な手を打つ必要は無いのだとハルトは考える。そして自己の考えが正しい事を証明すべく、敵の艦列に向かって要塞主砲を浴びせ掛けた。
青く輝く光の柱が、ケルビエル要塞から新京艦隊の前列に向かって伸びていった。
光の柱は天華の右翼に位置する前列艦を貫くと、そのまま突き抜けながら左翼側にズレていき、その隣に位置していた艦を次々と貫いていった。
整然と艦を並べれば、艦の制御能力の高さを国民に示す事は出来る。だが戦場でケルビエル要塞を前にした時、それは標的を綺麗に並べて、まとめて撃って下さいと主張するほどの愚かしさだった。
要塞主砲は、瞬く間に天華の右翼から左翼へ突き抜けて、千隻もの艦を焼き払った。そして今度は左翼側から右翼側に向かって、次の段の敵列を焼いていく。
「防衛指揮官が無能だな」
天華の国家魔力者は、上に対して従順で、悪く言えば自己判断力が乏しい。
国家魔力者たちは、士官学校を出ていない。同乗して命令を実行させるアンドロイドたちは、自身の命を省みない。
個々の艦が判断できないならば、指揮官が指揮をしなければならない。ハルトの体感では、侵攻軍の司令官に比べて、星系防衛を担う司令官の能力は数段下だった。
ケルビエル要塞が一方的に防衛艦隊を焼き続ける中、天華艦隊は艦列を崩しながら要塞に向かって前進する手を打った。
敵が乱れれば、戦闘艇の集団戦法の獲物となる。サラマンダーは接敵した天華艦隊に突入し、核融合弾に焼かれないように内部へと深く突き進んだ。
5万隻の巡洋艦に、740万丁の光線銃が襲い掛かる。戦闘宙域の全方位で両軍の攻撃が入り乱れ、収拾が付かない混乱状態の中で、多数の艦と戦闘艇が落ちていく。
物凄く操艇が上手い一部の戦闘艇を除き、戦場では軍艦と戦闘艇のぶつかり合いによる消滅合戦となった。
ケルビエル要塞は、接敵状態に無い後列側の敵を一方的に焼き払う事で、味方の損害を減らそうと試みた。ユーナたちは役割を果たし、コレットは他の3人の負担軽減や参謀達との連携という裏方を率先して担った。
「我が軍、圧倒的に優勢です。サラマンダーの一部が、敵居住惑星スーアンに浸透」
参謀の報告を受けたハルトは、吉報に頷きつつも目的を再確認した。
「参謀長、我々の目的は、要塞内に入れてある10個の天体を敵惑星に落とす事だ。サラマンダーの一部を天頂方向に移動させて、天頂方向側の敵を掃討させろ。当要塞は、その外側から回り込んで天体を落とす」
「直ちに命じます」
参謀長の通達が戦闘艇の分所に飛ぶと、星系図に映る惑星の前面で交差していた2種類の光から、青の一部が分かれて天頂方向から惑星を包むように移動を開始した。
数で押し通した戦闘艇が安全宙域を作ると、ハルトは要塞を加速させながら突入用天体を4つ、向かい合う惑星の上下左右に放出した。
要塞から天体を放出された事を確認した天華軍は、天体突入を阻止しようと動いた。
制宙権を奪われていたために、展開している艦からの核融合弾による強引な迎撃や、惑星内からの迎撃を行うしか無かったが、それでも2発は阻止出来た。
だが残る2発は阻止が叶わず、要塞から向かって左側の大陸と北極に、ハルトが予定していた時速と入射角に近い数値で突入した。
大陸の突入地点が火球に包まれ、熱放射が半径4000キロメートルを焼き払った。さらに倍する範囲に、強烈な衝撃波が駆け抜けていく。
北極側でも衝突地点が海を軽々と突き抜け、吹き飛ばされた地点から巨大津波が発生して、北半球の各地に向かっていった。
「2発の突入に成功しました」
「第二投射。北極を除いた3地点。左側は、目標を少し下げて、南にある大陸にしてくれ」
突入天体によって発生した衝撃波と津波が惑星内を駆け抜ける前に、ハルトは次の投射を行わせた。目標は、北極を除いた3ヵ所。打ち砕いた左側の大陸は目標から外して、代わりに南側の大陸を加えた。
第二射の天体が射出されると、制宙権を奪われていた天華の防衛艦隊が、損害を無視して進路上に割って入ろうとした。
結果として多数の撃沈艦が出る中、天華艦隊は3つの天体のうち1つの阻止に成功した。
それが狙っていた右側の大陸に向けたものであったため、ハルトは舌打ちと共に天華防衛艦隊の努力を内心で称えて、司令官の評価を改めた。
だが国家魔力者は殺さなければならない。フルールに浄化した魔素を吸収させるためにも、ハルトはケルビエル要塞を惑星側に近づけた。
「向かって右側の大陸が残っている。天体は残り3つだが、そのうち1つは必ず右側の大陸に落とす。失敗したら国家魔力者を削れず王国を守れない。参謀長、指揮分所に命令を出して、サラマンダーに進路上の敵艦隊を最優先で押さえさせろ。この際、我が方の犠牲は問わない」
「了解しました。最優先で命じます」
命令は、直ちに実行された。
作戦の意味を告げられた戦闘艇が必死に宙域を確保する中、ハルトは要塞の速度を上げて、入射角も深くした上で、残る3つのうち1つの天体を右大陸に投射した。
もっと沢山の天体を用意しておけば良かったと後悔しながら見守る中、8個目の天体は敵の妨害を潜り抜け、目標の大陸に突入した。
予定より威力が高くなったが、失敗した天体が複数あったために、誤差の範囲内とハルトは見なした。3つある主要大陸に天体を落とせたハルトは、次いで北側にある独立した大陸に9個目の天体を投射した。
戦闘艇が努力したからか、9個目の天体も突入に成功して、9個中6個が目標に命中した。最後の天体を向かって右側の大陸に追加で投げ込んだハルトは、敵艦の攻撃が届くギリギリの範囲まで要塞を接近させて、フルールの様子を窺った。
ハルトの契約精霊フルールは、頭部に真紅の宝石が付いた髪飾りを付けて、両手には巨大な青い宝石が付いた杖を持ち、苦悶と上気の表情を浮かべていた。
変換される巨大な魔素を吸収している最中だと認識したハルトは、それについては周囲の人間に告げず、単に方針を通達した。
「天体の突入は成功した。進路上の制圧を最優先させていた命令は解除する。本来であれば殺人兵器を衛星軌道上に撒いて、敵の侵攻軍を戻したかったが、宙域の敵を殲滅しきるのは無理だ。優勢な状態で敵艦隊を間引いた後、当星域から離脱する。指示があるまで戦闘を継続させろ」
「了解しました。最優先命令を解除します」
戦闘宙域は、相変わらず破壊された両軍艦艇の残骸が飛び交う中、残骸と思われていた艦やサラマンダーが動いて撃つなど、混沌状態が極まっている。
何処を向いても敵と味方が入り乱れており、人間の脳の情報処理能力を遥かに超えた戦場では、両軍の戦闘連動システムやアンドロイドの判断速度、そして各自に付いている精霊の感覚で戦いを繰り広げていた。
このような潰し合いは、ハルトが好まない戦い方だ。戦力評価では王国が有利で、味方ごと核融合弾を撃てないように完全な乱戦状態にも持ち込めたが、単なる削り合いであれば、切り上げてしまいたかった。
『終わったよ』
3時間ほど我慢を続けて、敵味方が相応の損害を被った頃、フルールから報告があった。
ハルトは溜息を吐いた後、要塞を惑星の軌道から離脱させて、その次に戦闘中のサラマンダーたちに要塞側への後退を命じた。
サラマンダーが惑星から離れた後、ハルトは密集している敵艦隊と敵惑星に合計300万発の核融合弾を撃って、さらに被害を拡大させた。
爆発の衝撃波で両軍の間に距離が生まれた事により、ハルトたちは宙域から押し出されるように離脱していった。