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50話 セラフィーナの領域

 マクリール星系の外縁部から16億キロメートル外側に離れた宙域に、刹那的な恒星が数百万の単位で発生した。

 光学観測中の画面を真っ白に埋め尽くす閃光の数々に、索敵を担当する天華の士官は恐怖した。魔素を持たない核融合弾が、数十万本単位で宙域を飛び交っている。

 魔素観測では、魔素が発生しないミサイルを見つけられない。爆発で軍艦の残骸が大量に飛び交い、質量波観測も役に立たない。光学観測すらも封じられて、一体どうやってミサイルを見つければ良いのかと。

 視界を奪われて、シールドを限界まで張る天華軍の右翼に、王国軍のサラマンダー300万艇が一斉に襲い掛かった。


「戦闘艇、第1指揮所から第100指揮所、総司令部の情報統合システムと正常に連動中。各分所の戦闘連動システム、敵魔素反応に対して、敵右翼軍に一斉攻撃を開始」


 天華連邦軍は、ケルビエル要塞に向かって進撃していた。そのためケルビエル要塞から向かってくるサラマンダーの群れは、避けられるはずが無かった。

 瞬く間に乱戦状態に陥った天華の前衛艦隊は、宙域を飛び回る300万丁ものレーザー光線銃に光線を浴びせられて、豪雨を浴びせられた雪のように次々と融かされていった。

 サラマンダーは、要塞の戦闘連動システムで攻撃目標を指示されているが、パイロットが操縦していないわけではない。期待値を大きく上回る戦果を挙げるパイロットも、一定数が存在した。

 今まさに敵艦を撃沈した第42分所に所属する操縦者のアロイス・カーン少尉も、そんな異常な戦果を積み上げるパイロットの1人だった。

 アロイスは2年前に王国軍の戦闘艇操縦者として志願し、短期養成所を出て伍長に任官した。

 その時に軍用のD級結晶を与えられ、以降はマーナ星域会戦から4連戦で行われた4星域会戦に従軍して大戦果を挙げ、特別に引き上げられる制度で正式に少尉任官が適っている。

 4度の会戦中、アロイスは戦闘艇と一体化しているような感覚を体感していた。高速で飛び回りながら、敵の攻撃を知覚して身体を捻るように避け、足で大地を蹴って移動する感覚で敵艦に回り込み、意志を飛ばす感覚でレーザーを浴びせる。

 感覚が顕著になったのは、4つ目のマクリール星域会戦だった。

 白い光で塗り替えられた世界で、アロイスは水辺に白百合が咲く、青く澄んだ湖畔を見た。そこは白夜のような世界で、恒星の代わりに1つの大きな星と無数の小さな星が煌めいて世界を照らしていた。

 マクリール星系の恒星マクリールや惑星ウイスパと、大きな星との間には星雲のような帯が結ばれていて、何らかのやり取りを行っていた。

 不可思議な世界で、アロイスは巨大な魔素の流れに乗りながら、押し出されるように変換魔素を放ち、戦闘艇よりも大きな駆逐艦を単独撃破する大戦果を挙げた。4星系で武勲を重ね、勲4等プロキオン章という高い評価を得たアロイスは、軍から声を掛けられて王国軍士官になった。

 その感覚は、この第二次マクリール星域会戦においても同様に感じ取れている。

 宙域を高速で飛び交う数千万の残骸を感覚で避けながら、シールドを張って衝撃波を弾き、この特別な星系に流れる魔素を借りてミサイルのように流れていく。

 その先には数十艇の味方が居て、彼らは巡洋艦級の敵艦と戦っていた。

 アロイスが駆るサラマンダーは、敵艦が無数に飛ばす短距離砲で味方が爆散していく中を駆け抜けて一瞬で敵に迫り、天頂からシールドを纏っていない艦首に主砲を浴びせて破壊し、そのまま天底方向へと駆け抜けていった。

 爆散した敵艦が、円状に広がりながら衝撃波と破片を撒き散らしていく。戦闘艇で補助を行っている軍用アンドロイド兵が、アロイスの戦果を称えた。


「敵巡洋艦級・パイツェンの撃破を確認しました。アロイス少尉は、武勲章と昇進の基準を満たしました。おめでとうございます」

「次は中尉か。戦闘艇の操縦者は少尉が基準だが、昇進すると、どうなる」

「5艇の小隊長で中尉、25艇の中隊長で大尉、100艇の大隊長で少佐。100艇は空母搭載数です。100艇を超える基地の戦闘艇指揮官や、要塞の戦闘艇部長は、中佐以上です。現在のケルビエル要塞の戦闘艇部長は准将。最高位は本庁の戦闘艇部長で少将」

「そうか。先があるようで何よりだ」


 一斉採用された数百万人の戦闘艇操縦者に、小隊長は存在しなかった。

 ケルビエル要塞に搭載されているサラマンダー900万艇のうち、3万艇ずつを指揮する300の指揮分所の指揮官が、アロイスにとっての隊長のような存在だ。指揮分所には、ベテランの戦闘艇操縦者が最低4人ずつ配属されており、アンドロイドで対応できない問題の調整を行ってくれる。

 アロイスは自身に関して、おそらくは昇進し続けるだろうと考えている。

 それは自分の腕が良いから……だけではなく、自身に付いている精霊が勤勉だからだ。

 不意に操縦桿を掴むアロイスの左手が、精霊によって勝手に左へ押し出された。サラマンダーが左側へ飛んだ後、元々の進路上を天華艦の砲撃が掠めていく。


『危ないよ』

『ああ、助かった』


 アロイスの精霊ミリーは、そのままでは死ぬ状況に際して、アロイスを強引に突き飛ばしてでも攻撃を回避してくれる。それだけではなく、操艇や魔素の感知、周囲との連携にまで、常にミリーのアシストがあった。


『要塞側に、はぐれた敵艦が向かっているよ。周りの精霊に教えたから、連携して倒そう。前に出ている戦闘艇は、付いている子に見限られた愚か者達だから気にしなくて良いよ。もう1つ戦果を挙げて、そのまま要塞に帰投しよう』

『…………分かった』

『あたしとの事は内緒。あたしは困らないけど、あなたが困る』

『分かっている。パートナーとの話を、誰かに言ったりはしない』

『それなら良い』


 王国軍には、アロイスのように目覚ましい戦果を挙げるエースパイロットは、一定数が存在した。

 エースパイロットほどでは無いにしろ、大きな戦果を挙げる者も続出しており、逆に呆気なく死んでしまう者たちも居た。

 本来のサラマンダーは戦力評価0.08で、天華標準艦のパイツェンは戦力評価6だ。

 サラマンダー75艇で、パイツェン1隻と互角。それが魔素機関を正常に稼働できないパイツェンは、シールドを張れない艦体部分を狙われて、15艇程度と相打ちになっていた。

 天華の戦闘艇・雲浮ユンフーも同様の有り様で、本来は戦力評価0.04で、サラマンダー1艇とユンフー2艇で互角のはずだった。それが現実は、10艇でサラマンダー1艇と互角だった。

 王国軍のサラマンダーは宙域を駆け回り、大量の敵艦艇を撃沈しながら、新たに踏み込んでくる後続の敵を削り続けた。

 サラマンダーが敵を破壊する間、ケルビエル要塞は敵右翼方向へ大きく回り込み、天頂方向から見て時計回りに回転する形へ進路修正を試みた。

 指揮を執っている司令官代理のコレット少将に、准将の階級を持つ参謀長から報告が入る。


「サラマンダーの損害は28万艇、出撃させた300万艇の9.3%です。敵は残存艦45万6000隻の約3.3%にあたる1万5000隻ほどが撃沈。敵戦闘艇は、137万艇の5.8%にあたる約8万艇が撃沈」


 28万の戦闘艇操縦者が、接敵から僅か3時間で戦死した。

 彼らを出撃させたコレットは、個人としては青ざめたが、王国軍将官の目線では、期待値以上の戦果が挙がっていると認識した。

 3交代させているサラマンダーは、合計900万艇もある。30万艇で敵の3.2%を削れるのであれば、900万艇で96%を削れる。敵の戦闘艇が尽きれば軍艦に集中できるため、900万艇で敵軍を削り切る事は不可能ではない。

 ケルビエル要塞の任務は、本国が徴兵による戦闘艇操縦者をかき集めるまでの前線での時間稼ぎだ。兵士を使い潰す酷い戦い方だが、本来の目的には適っている。

 ケルビエル要塞に居る戦闘艇操縦者たちは、本国に居る家族を守りたくて自発的に志願した者達だから、守れて本望だろう……と、思うしか無かった。


「ケルビエル要塞は、星系を時計回りに移動を続けます。サラマンダーの交代時間になったら、第二波も出すわ。戦闘艇部長、そのつもりで発進準備をしなさい」

「了解しました」


 サラマンダーを盾にする形で進路を変えているため、要塞砲は使えていない。その事にもどかしさを感じながら、コレットは要塞進路を時計回りに修正させた。

 やがて戦闘を終えたサラマンダーの第一波が引き上げるのと入れ替えで、新たに500万発の核融合弾が発射され、その後ろから第二波の300万艇が出撃した。

 王国軍から第一波と同数のミサイルと戦闘艇が放たれた事で、天華側は少なからず動揺した。

 ケルビエル要塞は、まるで冬籠もりするリスが木の実を集めるように、要塞の各所にミサイルや戦闘艇を蓄えていた。巨大すぎる要塞には、どれだけのミサイルや戦闘艇が蓄えられているのか、全く想像が付かない。そのため削り合いを続ければ、天華は敗北しかねないと想像したのだ。


「ユーエン様、ケルビエル要塞より、第二波のミサイル群と戦闘艇です」

「対抗ミサイルを撃たせろ。敵の戦闘艇に対しては、ユンフーを前面に展開。各艦は、近接戦を継続。ケルビエル要塞の予想進路上に核融合弾を撃ち、その先へ艦隊を先行させろ」

「はっ。命令は直ちに実行させます。ですが我が軍のミサイルは、無限ではありません。このままの速度で消費を続ければ、当該星域で戦闘中に尽きてしまいます」

「分かっている」


 分かり切った事を報告されたユーエンは、忌々しげな表情を浮かべた。

 報告内容は事実であり、このままでは勝ったとしても、補給や戦力の再補充に数ヵ月単位の時間が必要となる。

 王国軍の戦闘艇は、電磁パルス砲対策が施されており、戦闘力も上がっていた。そして完全に想定外だったのが、魔素機関の出力異常だ。

 天華6国の事前会議で、深城のハオランが懸念を表明した『中身を全く理解できない技術の脅威』について、ユーエンは甘く見ていた事を痛感させられた。

 仮にマクリール星系での戦闘結果が旧連合の亡命者からもたらされていれば、ユーエンは旧連合惑星への天華移民政策を進めるなど、他の手段を選択していたかも知れない。だが既に開戦しており、天華6家の一画である曹家の後継者セイランが戦死しているため、止める事は出来ない。

 戦況が想定より遥かに悪い事を自覚するユーエンは、望まない作戦を用いざるを得なくなった。


「敵の戦闘艇は、核融合弾対策を行っていない。味方のユンフーを前面に出して、敵戦闘艇と交戦させろ。そして群れてきた敵戦闘艇を、味方の戦闘艇ごと核融合弾で吹き飛ばせ。核融合弾で味方20人が死んでも、敵が10人死ねば構わない」

「は……ですが、それは味方が撃つでしょうか」

「撃たせろ。この宙域には、4国が集まっている。各国は、自国の天華外が動かすユンフーではなく、別国の天華外が動かすユンフーを巻き込む形で撃てば良い。実行すれば、結果としてパイツェンの被害が減って、撃った者が助かる。そう伝えれば実行出来るだろう」

「…………了解しました」

「戦闘艇が無くなれば、次は前衛のパイツェンを囮に使って、同じ事をさせる。だが最初は、パイツェンを使う事まで伝える必要は無い。まずは味方のユンフーを撃たせて、心理的な歯止めを破壊する」


 その苛烈な作戦は、第二波として戦場に突入したサラマンダーがユンフーと交戦状態に入った瞬間に訪れた。

 サラマンダーがユンフーへの蹂躙を開始した時、今までは味方を避けるように打ち込まれていた天華の核融合弾が、味方を容赦なく巻き込みながらサラマンダーを焼き始めたのだ。


「天華連邦軍、天華戦闘艇を巻き込みながら数百万発の核融合弾を一斉発射。出撃させたサラマンダーの第二波が、局地的な超新星爆発級のエネルギーに飲み込まれていきます」


 周辺星系図を映す作戦司令室のメインスクリーンでは、100個の青い光点と、沢山の赤い光点が入り乱れた宙域に、巨大な白い光が灯った。

 白い光は一向に消えず、その宙域に侵入していた青と赤の光は、丸ごと掻き消される。青い光点は1つで最大3万の戦闘艇を表わしていたが、その光が数十個も同時に消えていった。

 他にも両軍の乱戦宙域では、核融合弾の至近爆破が立て続いており、天華の戦闘艇を殆ど消滅させるのと引き替えに、王国軍のサラマンダーも掻き消していた。


「第二波のサラマンダーを要塞に撤退させなさい。迎撃ミサイル一斉発射。サラマンダーの撤退を援護させなさい」


 コレットは盛大に愚痴りたい気持ちを、参謀長の命令を阻害すると考えて理性で抑え込んだ。

 急速反転したサラマンダーを追って、天華の核融合弾が迫ってくる。それを要塞のミサイル群が迎撃し、そこで発生した爆発が逃げ遅れたサラマンダーの一部を飲み込んでいった。

 天華の戦闘艇129万が殆ど破壊されるのと引き替えに、王国軍も同数の戦闘艇が破壊された。

 前衛艦隊がサブスクリーンに表示されていた第二波の300万艇は、今や179万5000艇にまで激減していた。暫定的な戦力評価は100対94で王国軍が有利だが、天華軍に同じ手を使われれば戦力評価に拘わらず、集団で動く戦闘艇が一方的に撃ち減らされる。


「リスナール司令官代理。戦闘艇は、戦闘連動システムで運用しております。集団で動かなければ、戦闘連動システムが使えません。ですが集団で動けば核融合弾の餌食となり、個々に交戦させれば敵艦の自動迎撃システムに各個撃破されます」

「分かっているわ。戦闘艇の発進は中止します。次の対応は、交代後のアマカワ司令に判断してもらいます」

「了解しました。戦闘艇の展開予定を全て中止します」


 参謀長が命令を通達して以降、ケルビエル要塞はミサイルの応射を続けながら後退する事に終始した。

 コレット自身もサラマンダーを消耗品と割り切って、敵軍を削るために使っていたが、サラマンダーごと敵を撃つような戦闘はしていない。

 首星に攻め込まれて、突破されれば惑星に住む民間人が殺される状況まで追い詰められれば躊躇わずに撃つが、侵略戦争で自分から攻め込んでいながら味方を撃つのはコレットの倫理に悖る。

 コレットが指揮を担った12時間中、サラマンダーは約160万艇が破壊され、天華は戦闘艇136万8000と軍艦約1万7000隻が撃沈した。

 通常の戦力評価であれば、196万艇のサラマンダーを犠牲にする引き替えの戦果であり、5倍ほど有利な特殊環境下では39万2000艇の被害と引き替えに出す戦果であった。もちろんコレットは、自分が敵の指揮官に負けたと思っている。

 交代時間の1時間前に作戦司令部に来たハルトに、コレットは悪化した戦況を報告した。

 ハルトとしては、コレットに任せた事も含めて自分の判断であり、彼女を責める気は全く無かった。


「3交代にしていたから被害が3分の1で済んだし、撤退判断が素早くて割り切りも良かった。俺の番でやられていたかも知れなかったし、コレットはくじ運が悪かっただけで上手くやったと思うぞ。これは本心だからな」

「そう言ってくれて有り難いけれど、ハルトはどうするの」


 戦闘艇は1つの指揮分所が3万単位で運用しており、それが300分所ある。

 戦闘艇を小分けにするのであれば分所を増やす必要があるが、分所の指揮官はベテランの元操縦者たちで、志願兵を集めた頃から教官として現在の戦闘艇パイロットを指導してきた。

 彼らが分所の指揮官を担うから上手く指揮できるのであって、戦闘艇を動かした事の無い者を応援で出しても、戦闘艇の作戦実行能力は大幅に落ちる。

 戦闘艇と同様に分所も3交代にしているが、判断力を要する指揮所の指揮官達を薬物で起き続けさせるわけにもいかない。指揮官に無理をさせても、戦闘効率の低下や致命的なミスという結果でしっぺ返しが来るのだ。

 これ以上の戦闘艇による戦闘は、採算が合わないとハルトは判断した。


「これよりマクリール星系を一時放棄して、マクリール星系に一番近い天華第3位の新京へ侵攻する。居住惑星を壊滅させ、追加徴用できる国家魔力者を減らし、惑星攻撃兵器をバラ撒いて、救援のために敵侵攻軍を本国に戻させるのが目的だ。その時の星系防衛力を判断して、次の攻撃星系も決める」

「…………本気?」


 副長官補佐という役職でハルトの補佐を担ってきたコレットは、他人よりはハルトの発想に慣れている。そんなコレットですら、防衛で時間を稼げと言われているのに敵の本拠地へ逆侵攻すると言い出したハルトには、発言を聞き直さざるを得なかった。

 勿論ハルトは本気だった。

 天華の被害は大きく、侵攻軍60万隻のうち17万6000隻と戦闘艇136万8000艇が撃沈し、全体の31.3%が失われている。核融合弾も半数は消費したと目される。

 対するサラマンダーは900万艇中160万艇ほどが破壊され、17.7%が失われた。マクリール星系という特殊環境下における両軍戦力は互角で、ケルビエル要塞は大戦果を挙げたといえる。

 それでも逆侵攻で拠点を壊滅させなければ、侵攻は止まらないだろう。


『セラフィーナ、ちょっと敵星系を潰して、フルールとレーアの昇格用のエネルギーを稼いでくる。可能な範囲で敵のワープ、レーダー観測、通信を阻害しておいてくれ。それと衛星フラガの魔素機関は、自由に使ってくれ。この星域なら、好きに出来るだろう』


 魔力で呼び掛けると、ハルトの脳内に懐かしい声が響いた。


『制約は、必要があるから設けているのよ。今回は、あたしの契約者であるハルトを襲いに、あたしの領域まで侵入してきた敵だから、許容できる範囲ね』


 セラフィーナの姿は見えないが、ハルトは自身の左側に魔力の繋がりを感じて振り向いた。

 金髪に薄紫の眼で、耳はハーフエルフのように長めで、群青色のツーピースを着て、胸元には百合の花のような装飾を着け、背中に白翼を生やしている。

 そんな人間の視覚情報に合わせた仮の姿から、現在のセラフィーナは本来の形に戻っただけだ。姿が見えなくても、セラフィーナは傍に居る。ハルトは気にしない風を装い、気軽に声を掛けた。


『匙加減は、セラフィーナに全て任せる。それじゃあ、行ってくる』

『久しぶりに手伝ってあげるわ。行ってらっしゃい』


 ケルビエル要塞の魔素機関に、ハルトとセラフィーナの魔力、そして星系内を流れる膨大な魔素の一部が流れ込んだ。

 ハルトたちの視界に映る世界が青く輝き、次いで周囲を取り巻く星々が4度固まって小さくなり、真っ暗な中に数え切れない星の河が流れる空間を僅かに泳いだハルトは、小さく固まっていた星が4度広がる光景を見た。

 天華連邦と戦闘中であったにも拘わらず、航路計算を飛ばしたケルビエル要塞は、マクリール星系から一瞬で姿を消し去った。




 マクリール星域において交戦中だったユーエンたちの目の前で、ケルビエル要塞は突然青く発光し、直後に姿を掻き消した。


「ケルビエル要塞がワープインしました。当星系内から、魔素変換反応が消失」


 天華連邦が攻め込んで、ディーテ王国が撤退した。紛れもなく天華連邦の勝利なのだが、ユーエンはとても勝った気にはなれなかった。


「魔素機関の異常は回復したか」

「いいえ、ケルビエル要塞の撤退後も、出力、レーダー、通信が全て異常状態です。恒星系内が最も酷く、外縁部から21億キロメートル離れた現宙域で8%ほどの改善が見られます。恒星系から半径1光日が、異常発生領域だと推定されます」


 艦全体にシールドを張れなければ、高次元空間に入れず、ワープが出来ない。レーダーや通信も機能不全であれば、敵の動きが全く掴めず、外部と連絡すら出来ない。

 これではマクリール星系を確保しても、天華連邦の支配領域として使えたものでは無い。


「王国軍が居なくても常時発動するのか。発生源は特定できるか」

「現時点では不明です。故障して漂流する敵戦闘艇があれば、尋問のために確保するように命じます。また征服するマクリール星人を尋問します」


 幕僚から報告を受けたユーエンは、結果については期待薄だと認識した。ユーエンが特別な軍事技術を持っていたとして、末端の兵士やマクリール星人に教えるわけが無い。

 彼は引き連れてきた惑星攻略部隊に有人惑星ウイスパと衛星フラガの制圧を命じ、主力は通常航行で異常領域から離脱させた。

 惑星ウイスパに関しては、相手側から無条件降伏の連絡があった。王国が放棄したのだから、マクリールは降伏するしか無い。

 だが衛星フラガは、王国軍が大量の核融合弾を配備しており、要塞各所には大量の魔素機関と繋がる質量波凝集砲、防護膜発生装置が取り付けられていた。

 大気圏が存在せず、衛星内部に施設を抱える衛星フラガは、衛星軌道上から攻撃しても効果が薄い。そして内部には、大量の人員と兵器群も存在すると推察された。

 衛星フラガを制圧ないし破壊しなければ、惑星ウイスパは王国軍の攻撃範囲内のままである。

 全長900キロメートルの衛星であれば、核融合弾の衛星内生産も可能だ。速やかに攻略してしまいたかったが、衛星からの反撃は激しかった。

 シールドを十全に展開できない異常星系は、揚陸戦を行うには危険過ぎた。そして大火力で攻撃するには、ケルビエル要塞との戦いでミサイルを使い過ぎていた。

 ユーエンからマクリール星系の最終制圧を指示された司令官は、惑星制圧のためにやむを得ず衛星フラガを半壊させる覚悟を決めた。

 だが天体を向かわせると、衛星から対抗の核融合弾を撃たれて軌道を逸らされたのみならず、巨体にも拘わらず推進機関で動いて避けられ、手も足も出ずに頭を抱える事となる。


 一方、3日を掛けて異常領域から離脱したユーエンは、別働隊としてフレイヤ星系を攻略していた天華4位であるシュ家の雲嵐ウンランと通信を行った。

 王国から奪ったばかりの星系同士で通信が実現するのは、侵攻領域に多数の偵察艦と通信衛星を展開して、魔素通信を中継しているからだ。

 ウンランとの通信で、ユーエンはマクリール星系で発生した事態を包み隠さずに伝えた。そしてウンランが侵攻したフレイヤ星系では、異常が無くて敵が直ぐに撤退した事も知る。


「主力側の状況は理解した。旧連合亡命者が、マクリール星系の通信だけを一切得られなかった理由も得心した。フレイヤ星系で発生しておらず、多用は出来ないのだろう。であれば徐家から、抜本的な解決策を提案する」

「抜本的な提案とは?」

「我々別働隊は、全ての予定を中止して、銀河天頂方向から迂回してディーテ星系を直撃。主星ディロスに存在する精霊結晶工場を完全破壊する」

「…………成程」


 ウンランの提案に、ユーエンは現状からの活路を見出した。

 首星ディロスへの直撃は旧連合も成功しており、精霊結晶工場は一時的に生産が停止している。その際に開発者であったカーマン博士が死亡しており、精霊結晶工場は増設が出来なくなった。

 マクリール星系と同様の事態が発生した場合は、別働隊が壊滅しかねない。だが危険だからと行かなければ、王国との戦争に勝つ事は不可能だ。

 ユーエンは、ウンランの賭けに乗る道を決断した。


「分かった。何が必要だ」

「前線でケルビエル要塞を引き留めて、時間稼ぎをしてくれ。おそらく王国領へ攻め込まれないように、ヘラクレス星系で防戦に入るだろう。それに付き合ってくれ。そして我々が行かないマーナ星系とトール星系の制圧も頼む」

「全て引き受けよう。そして首星を攻めるのであれば、主力軍から20万隻をそちらへ回す。セイランを戦死させた本陽の部隊は、首星ディロスを落とさなければ本国へ帰れまい。核融合弾を用いる自爆作戦に利用してくれ」


 ウンランとの通信後、ユーエンは様々な手を打った。

 マーナ星系ならびにトール星系の制圧には、主力から30個艦隊3万隻の別働隊を編制して送り込んだ。本国での修理が必要な艦と戦闘艇を失った空母は、それぞれの国へ帰還させた。同時に各国に対しては、旧国家魔力者を徴兵して、前線に増援を送るよう指示させた。

 そして主力軍は、ケルビエル要塞が撤退したであろうヘラクレス星系へと進撃したのである。


 王国側のハルトは、マクリール星系で損耗した侵攻軍には、補給と再編が必要になったと判断した。そして本拠地を次々と襲われれば、王国領への侵攻どころでは無くなると考えていた。

 一方で天華側の指導者たちも、ケルビエル要塞には補給が必要になっていると判断した。まさか第三波の戦闘艇を出しておらず、主力と交戦後に補給も防衛も無視して逆侵攻するなど、想像だにしなかった。

 両軍は、常識的な想定の下に行軍してしまった。

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― 新着の感想 ―
あれ もしかしなくても結構ピンチ?
[良い点] どっちがミスをしたというより、戦争概念の違いからの結果 [気になる点] 天華攻めをヴァルフレートが知っているかと、 天華別動隊の対応をどうするのかが気になりますねぇ…… 正直、これで退場…
[良い点] 二つの国の戦争概念の違いが、よく対比されている事。 王国の国家総力戦、絶滅戦争のドクトリンを十九世紀的な利権戦争の天華側が理解出来ていないため、休戦だの工場を破壊だの温い事を言っている。 …
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