49話 第二次マクリール星域会戦
ケルビエル要塞司令部の魔素機関稼働者席は、現在5席が設けられている。
中央がハルトで、メイン魔素機関と繋がっている。その右側にはユーナ、コレットが座り、左側にはフィリーネ、クラウディアが座る。
ユーナ以下4名は、3つのサブ魔素機関を3名が稼働できる。そのままだと1人が余るが、ハルトの不在時にはメイン魔素機関とも繋がれて、4名が同時に魔素機関を動かせる。
稼働者は交代制のため、基本的には全員が同時に揃う事は無い。
例外は戦闘中で、もうすぐ突入するところだ。
ケルビエル要塞の強力な多次元魔素変換観測波が、立体的な空間に映る膨大な魔素の光を捉えている。1つの光は、数十から数千の軍艦が集まって輝いており、その光の群れが数千は存在している。それらは高次元空間を経由しながら、マクリール星系に迫ってきていた。
ハルトにとって、戦場に上位者が不在で、完全な裁量権を持つのは今回が初めてとなる。
戦場の最高指揮官になって、ハルトは初めて迷いを持った。ハルトが行う事は、戦闘では無く、かなり一方的な虐殺になる。
相手が宣戦布告をして、王国に攻め込んできた側であるとは言え、アリの巣に水を流し込むような行為を連想したハルトは、軍人にあるまじき迷いを持っていた。
そしてふと、ヴァルフレートの言葉が脳裏を過ぎった。
『王国が敗北すれば、君と婚約者は悲惨な目に遭う。何が大切なのか、間違えないようにしたまえ』
隣に座るユーナ達の顔を見たハルトは、迷いを振り切った。「腐ったみかんは軍を辞めて貴族籍も捨てろ」とは、ハルトの左隣に座るフィリーネの言である。
この戦争で如何なる結果になろうとも、全く接点が無かったにも拘わらず宣戦布告をして、一方的に攻めて来た天華の自業自得だ。
これからハルトは、敵に対して容赦の無いディーテ王国の恐ろしさを体現すると決意した。
「敵艦隊、推定60万隻。規模は巡洋艦相当。戦力評価は、推定360万。新基準で、936個艦隊相当です。味方戦闘艇900万艇の戦力72万に対し、およそ5倍です」
「この星系には、博士の置き土産がある。敵味方の戦力差が5倍未満なら、戦えるさ」
参謀長から報告を受けたハルトは、味方の戦力評価を訂正した。
マクリール星系は、精霊王セラフィーナが精霊界と繋げている宙域だ。第一次マクリール星域会戦では、当時の連合軍が魔素変換を阻害されて、機関出力が激減していた。
この情報を天華側が持っていない理由は、第一次マクリール星域会戦では連合側がワープも通信も阻害されて、亡命を行ったヘラクレス星系に情報を送れなかったからだろう。
だが天華連邦の戦力は、この戦いに勝っても尽きる事は無い。前世代の国家魔力者70万人以上、子供を産み終わった駆逐艦級を動かせる女性国家魔力者70万人以上、そして前々世代も、一定数20万人程度は動員可能。さらに現役世代120万の子供世代は、230万人以上。
次々と押し寄せる敵を想像したハルトは、抜本的な解決が不可避であると再認識した。
「これより当要塞は、ワープアウト直後の敵全軍を、同時攻撃する。参謀長、当要塞の周辺を除いた敵艦のワープアウト線上に、コンピュータ制御で核融合弾を二千万発配置しろ。着地点までは分からないが、ワープアウト線上で最接近した瞬間に炸裂させれば良い。それで敵を1割から2割は削れるはずだ」
「はっ、直ちに発射を命じます」
ケルビエル要塞の戦力評価は、運行補助者にクラウディアを含めても、2.19個艦隊相当。それで敵の1割にあたる93個艦隊を倒せるのであれば、王国軍史上かつて無い大戦果となる。これほどの大戦果であれば、要塞要員の武勲章と昇進は確実だ。
セラフィーナの支援で敵のワープアウト線を特定できなければ成立しないので、今のところマクリール星系で、実行者がハルトに限るという極めて限定された状況下でしか使えない。それでも今回の異常な戦果で、戦力評価の算出基準が魔素機関の出力から、搭載できる核融合弾の本数も加味した数に見直されるのでは無いかとハルトは考えた。
参謀長が部下達にミサイル発射命令を通達する間、ハルトは左右に座る4人の高魔力者にも指示を出した。
「最初の6時間は、俺が防御と推進を行う。攻撃は、ユーナ、フィリーネ、クラウディアの3人。コレットは交代要員と、俺が不在時の推進。今から6時間後に、4人は12時間の休憩に入ってくれ。以降、俺と皆で12時間交替する」
「あたしたちは、ずっと起き続けなくて良いのかしら」
実戦部隊を指揮する司令庁に所属するコレットが、全員を代表して質問した。
戦闘時の魔力者は、魔素機関の稼働者席に標準装備されている生命維持装置と投薬、機械による意識レベルの維持によって、200時間くらいは起き続けられる。
五感が朧気になり、夢遊あるいは夢見心地の感覚で魔素機関に魔力を送り続けられるのだ。
但しワープ時には事故も発生するため、この機械と薬物の使用は推奨されない。
「単なる艦の運行者なら、その選択肢も有りだ。でもやって欲しいのは、鬼ごっこ。だから判断力を落とさないでもらいたい」
「鬼ごっこ?」
「この星系は、敵の魔素機関出力が大きく落ちる。だから逃げ続ければ、敵の射程外から一方的に撃ちまくれる、逆に囲まれると一瞬で詰むから、4人には万全の状態で、敵に囲まれないように立ち回ってもらいたい」
ハルトの説明を聞いたコレットは納得した。
コレットには、ケルビエル要塞が犠牲になる選択肢は無い。
また王国軍にとっても、この星系でケルビエル要塞が撃沈すれば、以降の戦果は得られなくなる。一度の会戦で2倍の戦果を得るよりも、半分の戦果であろうと長く使い続けられた方が、トータルで見れば遥かに良い結果になる。
2交代制に分けた魔力者の総魔力も、ハルトは本人と精霊3体を足して魔力9万8830、4人は精霊を足して11万3628で、釣り合いが取れている。
総魔力はハルトの方が少ないが、要塞を丸ごと覆えるシールドを張れる事や、同一人物の魔力で繋がる精霊の連携に鑑みれば、一概にハルトが担当する方が不利になるとは言えない。
「ハルトが不在の間、戦闘艇サラマンダーの運用は、どうすれば良いかしら」
「サラマンダーが四方八方に広がっていると、要塞砲を撃つ度に、味方を焼き払ってしまうだろう。戦果が下がっても良いから、俺が居ない間はなるべく接近戦を避けて、逃げながら撃ってくれ」
本来であれば、2個艦隊程度の力しかないケルビエル要塞では戦いにならないために、大量のサラマンダーを投入する予定だった。
常道を完全に無視するハルトに、コレットは呆れ半分で補足を入れた。
「サラマンダーを一方向の展開に限定すれば、制限も少ないわよ。敵の機関出力が落ちるから、サラマンダーは敵を振り切って帰還できるわ。必要なときは使わせて頂戴」
「分かった。だが出撃中のサラマンダーが犠牲になっても、ケルビエル要塞の安全が優先だ。これは正式に命令を出す……」
ハルトは司令席の端末を使って、サラマンダー搭乗員を含む全要塞要員に正式な通達を行った。
『アマカワ大将より、全将官に命じる。ケルビエル要塞の安全に資する場合は、出撃中のサラマンダーごと敵を撃たせろ。要塞が破壊されれば、当該星域の王国軍はサラマンダーを含めて全滅する。要塞要員は、将官の命令を遵守せよ。発令者はアマカワ大将であり、全責任はアマカワ大将が負う』
ハルトは割りと酷い事を命じたつもりだったが、士官学校を卒業して指揮幕僚課程も修了したユーナやフィリーネから異論は出なかった。そしてクラウディアは、初の実戦で緊張しているからか、中尉という階級であるからか、固まっていた。
席を立ったハルトは、クラウディアの下へ行って、小さな両肩に軽く両手を置いた。
「ひゃい。何ですか」
おかしな声を上げたクラウディアに、ハルトは笑いかけた。
「初の実戦で、緊張しているんじゃないか」
「…………ええ、緊張しています。自分で志願したのに」
「緊張するのは正常な反応で、悪い事じゃないさ」
適度な緊張感と適度なリラックスは、集中力をもたらす。
ハルトは、クラウディアの緊張感が適度になるようにバランスを取ろうと考えた。
「星系外縁部で戦うから、要塞はワープで逃げられる。でも魔素機関を阻害される敵は、この星域から1光日以内ではワープ出来ない。不利になったら逃げるから、安心してくれ。でも俺じゃ無いとワープできないから、危なかったら起こしてくれ」
「士官学校で習った事と違いすぎて、混乱します。ですが分かりました。ハルト様を起こす役目は、お任せ下さい。どんな起こし方が良いですか」
「俺が起きれば良い。中尉さんに一任する」
「それは楽しみですね」
微笑んだクラウディアを見たハルトは安堵した。
起こしてもらう際は、ユーナを思い出せば直ぐに目が覚めるだろう。案の定、ハルトが横目で見た第一王女殿下の表情からは、ご機嫌斜めの様子が察せられた。
『敵艦隊、マクリール星系にワープアウトします』
参謀長から報告を受けたハルトは、むしろ救いすら感じて指示を出した。
「要塞全砲門、射程内の敵を全て破壊しろ」
直後、マクリール星系外縁部に、大量の光の泡が弾け始めた。
それら光の泡は、全てが核融合弾の炸裂光だった。閃光を放って弾け飛び、炸裂の度に敵艦を巻き込んでいく。
誘爆で炸裂したり、衝撃波で位置をずらされたりと、全てが理想通りに機能したわけでは無い。それでも灼熱の中にワープアウトした敵艦は、全方位から押し寄せるエネルギーに次々と艦を破壊されていった。
巨大な閃光が光学観測を無効化する宙域にあって、レーダーによる索敵を重視するケルビエル要塞は、敵艦隊の魔素反応の異常をしっかりと捉えていた。
『敵艦隊の魔素機関、星系へのワープアウト後から出力が急速低下しています』
魔素機関からの出力は、シールドの展開範囲に直結する。
全長3300メートルの軍艦が魔素機関の出力を5分の1まで落とした場合、シールドの展開範囲は660メートル程度に落ちる。シールドの範囲から、2640メートルが出てしまうのだ。
ケルビエル要塞は厚さ8キロメートルの複合流体金属層で守られているが、それは膨大な避難民を受け入れる最後の砦の役割を持って造られたからだ。通常の軍艦には、損傷箇所を自動修復する複合流体金属層のような特別な装甲は存在しない。
シールドの範囲から出た部分が核融合弾のエネルギーを浴びれば、浴びたエネルギーに応じて艦体を損傷し、被弾部分と繋がるシールド内部の艦体も誘爆して撃沈する。
膨大なエネルギーを浴びせられて轟沈する敵艦は、ハルトの想像通りの結果をもたらした。
ケルビエル要塞の半径3億キロ以内は爆発の範囲外だが、その宙域における天華連邦艦の撃沈率は、ワープアウト線上に核融合弾を撒かれた他の宙域よりも遥かに高かった。ユーナたち高魔力者3名が放つ要塞砲が、周囲にワープアウトした敵艦を秒単位で焼き払っていたのだ。
最初の1時間は、殆ど一方的な展開だった。
核融合弾の地雷原に飛び込んだ天華連邦の第一波は、軒並み破壊されて残骸と化した。残骸は吹き荒れる爆風に混ざる金属片として、後続艦のシールドで覆えない部分を破壊し、地獄への道連れにしていった。
バラ撒かれた2000万発の核融合弾が使い尽くされた約6時間で、天華連邦は主力の23%、14万隻を喪失した。そして戦死者の中に、天華が無視しえぬ被害があった。
「本陽軍の総旗艦、撃沈。曹家のセイラン様、戦死の模様です」
従軍した天華人民の精神に、核融合弾以上の衝撃が炸裂した。
戦場で苦境に陥ろうと、天華外の国家魔力者が全員死ぬまでに離脱を図れば、大勢に影響は出ない。
天華人民にとって、天華外は使い捨てのアンドロイドのような考えであり、決して天華と対等ではない。天華外の国家魔力者は、前に出て矛や盾となるべき存在だ。
それが僅か23%しか損耗しない状況で、天華6家の後継者が戦死するなど、決して有ってはならない事態だった。
もちろんセイランの戦死は、国家魔力者が仕事をサボったわけではなく、ワープアウト線上に核融合弾があったという運の悪さに起因する。全体の23%は、ワープアウト直後に為す術も無く撃沈させられたのだ。
だが後継者を戦死させた本陽軍の国家魔力者たちは、このままおめおめと帰国すれば、一体どのような目に遭わされるか知れたものではない。
指揮官を失った本陽軍は、あからさまに混乱を来した。
そこへ天都の代表・唐憂炎が、本陽軍へ通信を送った。
「本陽軍は戦時序列に基づき、指揮権を引き継がれよ。我らはセイラン殿の戦死状況を観測した。曹家には、私からも正しい報告を行うつもりだ。そして旧連合並びに王国領の分配は、事前の曹家との取り決め通りに履行する。本陽軍は、後日に、曹家当主殿から称賛と恩賞を賜れるよう、冷静に行動せよ」
ユーエンの通信を受けた本陽軍は、僅かに冷静さを取り戻した。
天華6家は、いずれも表に出て活動するのは後継者であって、当主本人ではない。表に出ている者が死亡しても混乱が最小限になるように、各家の柱は2本用意されているのだ。
高齢で実権を後継者に引き継いでいたとしても、次を指名するくらいはできる。それを思い出した本陽軍は、天華6家の一画であるユーエンが証言してくれるという言葉に一縷の望みを託して、秩序を取り戻した。
一方、無事にワープアウトした総司令官のユーエンは、精霊による索敵能力で核融合弾の事前配置が行われたと正確に理解したが、魔素機関の出力異常については咄嗟に判断が付かなかった。
旧連合亡命者は、マーナ、トール、フレイヤの各星系から送られてきた戦闘情報も持ち込んでいる。そのいずれの会戦でも、魔素機関の出力異常は発生していなかった。
最後のマクリール星域会戦のみ通信が届かず、脱出者も居なかったが、この現象がマクリール星系単独であるのか、王国が最後の戦いで新技術を確立したのか、咄嗟には判断が付かない。
天華の別働隊が侵攻しているフレイヤやマーナ星系での戦闘結果で、星系単独であるか新技術の確立であるのかの結論は出るが、この会戦に限っては、ユーエンが自身で乗り切らなければならなかった。
そして彼は、現状における最適解を示した。
「4国全軍、ケルビエル要塞に向かって、核融合弾を一斉発射。要塞への直撃のみならず、敵が後退する予想進路上も攻撃して、シールドにエネルギーを使わせろ。全軍で上下左右に広がり、逃げ道を塞げ。我々の魔素機関の出力が落ちても、加速し続ければ船速は上がる。囲んで攻撃すれば、確実に破壊できる」
ユーエンが選択した手段は、逃げながら一方的に撃つハルトの目論見を阻止した。
ケルビエル要塞のミサイル保有数は膨大だが、天華の軍艦は3300メートルで、それが60万艦もあればケルビエル要塞と張り合える。正面に限定されたミサイルの撃ち合いであれば、先程までのような一方的な戦闘にはならなかった。
要塞の安全を最優先するハルトが、シールドを張りながら後退してミサイルの応酬を強いられる間、ユーエンは混乱の極みにあった本陽の艦隊を立て直し、居住惑星ウイスパと衛星フラガに制圧部隊も向かわせた。
魔素機関の出力差から、天華艦隊がケルビエル要塞に追い付く事は出来なかった。
それでもユーエンは、観測したケルビエル要塞の魔素機関の出力差から、要塞稼働者の交代が行われている事は確認した。
ケルビエル要塞の魔素機関が4つ同時に使える事は、ヘラクレス星域会戦の捕虜から連合に伝わっている。それに対してユーエンが不可解さを感じるのは、ケルビエル要塞が交代要員を含めて8人の稼働者を動員しない非合理的な行動についてだ。
天華も1艦に1人体制で、交代要員など配置していない。だがケルビエル要塞であれば交代要員を配置した方が戦果は挙がる。ユーエンであれば、魔素機関の3倍は人員を重点配置するだろう。
最初の交代を観測してから12時間後。
天華艦隊の残存は76%で、ワープアウト直後の大損害を乗り切って以降は殆ど減らず、ケルビエル要塞の核融合弾は追加で400万発を消費させている。
全方位からの追撃は功を奏し、王国軍は星系外側に後退して星系を放棄しつつあった。
さらに星系から距離が離れるごとに、天華連邦の魔素機関出力も回復しつつあった。魔素機関の完全回復までは、約263億キロメートル。
ケルビエル要塞が星系側に戻らないよう、壁を広げながら迫る天華に対して、交代した王国側の指揮官は新たな手を打った。
最初に観測されたのは、約500万発のミサイル群だった。
その背後からは、数百万の戦闘艇発進も観測されている。しかも王国軍の戦闘艇は、旧連合亡命者の事前情報よりも高レベルの魔素変換を行っていた。
報告を受けたユーエンは、戦闘が第二段階へ移行した事を悟った。
「全軍、対抗してミサイル群を一斉発射。全艦、攻撃を対戦闘艇の近接砲に切り替えろ。空母・白山は、全ての戦闘艇・雲浮を発進させろ」
命令が届いた天華軍から、数百万発のミサイルがケルビエル要塞に向かって発射された。
同時に残存する空母9120隻から、決壊した堤防から水が溢れ出すように、136万8000艇もの戦闘艇が一斉に溢れ出していった。