48話 侵略戦争
西暦3742年1月。
天華6国の中心に位置する新京には、年明けから4国の大艦隊が集結を始めていた。
天華連邦は、西暦3045年の深城初入植以来、雑草が大地に広がるように強かな発展を続けてきた。
天華6星系は、いずれも素晴らしい惑星だった……とは、言えない。
地球の居住性を基準とした場合。総合的に上回ったのは深城だけで、比肩したのが天都、後の星系は地球に劣った。
最初に深城へ入植した天華民国は、星系内の人口増加から必要に迫られて、新京と九山に同時移民を行った。
いずれも深城より居住性が悪い星系で、両星系に移民した人々に加えて深城からの追加も合わせた多数の人々が、次の3星系へと移民を行った。
現在の天華は、総人口1000億人。天都303億、深城210億、新京147億、大泉125億、本陽112億、九山103億である。
深城を除く5星系では、惑星環境の限界付近まで人口が増えており、罰金を科す形での出産抑制によって生存環境を維持していた。
次の惑星に進出するには、巨額の出費を強いられる。しかも天華は、星系単位で独立しているため、独立させる側に何らかの見返りが得られるわけでもない。非正規人口は安価な労働力となるため、支配者層にとって現状は一概に悪いものではない。
このような状況から、ユーエンが星系進出を考えようとも、周囲が非協力的でなかなか前には進まなかった。
だが現状に至り、すぐに居住できる改造済みの星系が大量に出現した。他国家の星系獲得であれば、将来の危険性の排除や、天華の勢力増大など、様々な理由を付けて推し進められる。
旧連合6星系を獲得できれば、天華民は2000億人に届くだろう。旧王国6星系を獲得できれば、3000億人に達する。
天華の星系が十数個まで増えれば、足の引っ張り合いがあっても、新たな星系への進出は阻まれなくなる。
その先をユーエンが見る事は出来ないが、天華民の生存圏は、現在の太陽系を中心とした半径1000光年から、2000光年に広がった時点で1兆人以上に増える。
天の川銀河10万光年の全体に天華民が進出するのは、時間だけの問題となるだろう。
天の川銀河の全域に進出した天華民の総人口は、果たして何人になるのか。銀河自体にもハビタブルゾーンが存在し、銀河の中心に近すぎても、外側に位置しすぎても人類の居住には向かない。それでも30兆人くらいにはなるだろうとユーエンは想像する。
その先は、別銀河への進出だ。
宇宙には、数千万光年の範囲に数千個の銀河が密集する銀河団や、数億光年の範囲に数万の銀河が網目状に集まって形成される超銀河団があり、宇宙全体では最低でも数兆の銀河が存在する。
しかも高次元の存在が判明している現代において、人類が進出可能な領域はこの宇宙1つでは無い。
別銀河へ進出すれば、人類以外の高度な知的生命体との遭遇は避けられないだろう。その時に人類が勝つか、折り合うか、負けるかは、高度知的生命体との遭遇までに、人類が如何に発展したかに掛かっている。
遥か未来を見据えるユーエンにとって、今この戦争でディーテ王国に勝つ事こそが、その後の統一された勢力による人類の飛躍に繋がるものだと確信している。
ユーエンにとって、ディーテ王国は油断ならない相手だ。
天体突入によって他民族を減らし、一躍トップに躍り出たディーテ王国民は、自国の発展と繁栄に限れば、極めて効率的な選択をしている。彼らが身内であれば、さぞや心強かっただろう。
そして深城の宋家とハオランに対しては、失望している。
天華発祥の地である深城を治めていながら、なぜ天華全体の未来を考えられないのか。精霊結晶を手に入れたディーテの跳梁を許せば、天華の下に人類が飛躍していく未来が失われる。
共に手を携えてなど、夢物語だ。必ず、いずれかの時代で衝突する。そして現時点で倍の星系を持っているディーテが、天華の制御下に収まらない可能性は、かなり高いとユーエンは考える。
子孫のためにディーテを押さえられる機会は、今しか無い。完全に勝てば良い。そうでなくとも、星系を奪うなり、人口を減らすなりして、力を弱めておかなければならない。
やはり戦争は不可避だ。と、ユーエンは結論を出している。
「長い話を聞かせたが、やはり私は、天華のために戦争が不可欠だと考えている」
新京の支配家である高家の麗孝は、ユーエンの演説に目を細め、険しい表情のまま頷いた。
「我々は同意したのだから、ユーエンに責任を押し付ける気は無い。戦争による被害には懸念があるが、それでも深城のような道は選べなかった」
宋家が捕虜の返還や婚姻外交を行う事は、深城に入っている者達が中枢へ金を握らせて聞き出している。
深城は、5家が勝てば天華の勝利となって勝ち組に入る。ディーテ側が勝っても、深城だけは安泰でいられる。そして両勢力が引き分ければ、中間貿易や調停役など、全人類に対して主導的な立場となる。
だがそれは、深城だから取り得た道だとリキョウは考える。
天華3位の新京は、居住環境が厳しい星系で、待ち続ける事は出来なかった。
K型主系列星の新京がハビタブルゾーン内に有する居住惑星・宿安は、地球の約1.3倍の大きさと重力を持つ。
自転速度が遅く、昼夜のサイクルが地球で1週間も掛かるため、昼は真夏で夜は真冬になる。自転のせいでコリオリ効果が乏しく、雲が出来るのは昼夜の入れ替わりで気温の変化が大きくなる時が大半で、降水量が少ないために大陸内部は荒れ地が多かった。
人の手で大気密度の向上や緑化は成ったが、自転速度の調整は出来ていない。
リキョウは故郷の新京に愛着こそあれど、連合や王国の居住に適した惑星が手に入るのであれば、高家が主導して新京の大半を移民させる考えでいる。
その考えに同意しているのは、天華6位の九山を治める林家の劉帆も同様だった。
「我々の九山は、リキョウの新京よりも更に貧しい。新たな恒星系が必要だ」
赤色矮星の九山がハビタブルゾーン内に有する居住惑星・夏丘は、新京の惑星・宿安と殆ど同じ惑星であるが、恒星に近いために潮汐ロックが起こっており、昼夜が完全に固定されている。
そのため日光を浴びる量が多く、惑星内の水は減少傾向にある。さらに自転しないために磁場が弱く、恒星風の影響で大気や水の消失も続いている。コリオリ効果が起こらないために雲も発生せず、雨も降らない。
現在は星系内から氷を運んで、夏丘の永久昼と永久夜の各地域に投下して環境を保っている。人が移住しなければ、いずれ惑星の水は涸れ果てていた。
リュウホは「なぜこのような惑星に移住したのだ」と、移住した祖先たちを恨みがましく思っていた。そして今では、星系人口が限界に達しつつあった当時の深城に騙されたのだろうと考えている。
九山からの一斉移民に対する思いは、新京のリキョウ以上に強く持っている。
そんな両者に対して、ユーエンは約束を行った。
「両国には、直ぐに居住可能なマクリール星系と太陽系を割り振る。天体突入されたトール、マーナ、フレイヤは、100年単位の環境調整が必要だ。ヘラクレス星系は、ヘラクレス星人が住んでいる故に使えない」
新京と九山の後に移民が行われた天都、大泉、本陽は、両星系に比べれば住みやすい星系で、そこまで急を要する状況では無い。とはいえ抜本的な解決には、もはや移住しか無いのだが。
各国の状況から、直ぐに居住できる2星系は新京と九山が獲得し、天体突入された3星系は、1位の天都がマーナ、4位の大泉がトール、5位の本陽がフレイヤ星系を割り振られる予定になっている。そしてヘラクレス星系は、天華の共同管理地とされる。
マーナ、トール、フレイヤは、いずれも環境調整をするだけで居住環境の回復が見込める。しかもフロージ共和国との貿易が期待できて、いずれフロージ共和国が有する3星系を手に入れる橋頭堡とも成り得る。
旧連合領の全てを平らげた後は、王国領へ侵攻する事になる。
王国領の居住星系は6つあるため、先に良い星系を割り振られた新京と九山が優先権を譲って、天都、大泉、本陽が3星系を選ぶ事になる。具体的な配分は、戦争への貢献次第であるが、5国に対して割り振れる星系が6つあるために、調整は可能と考えられている。
獲得星系の割り振りを話すユーエンに、天華5位の曹家から参加した哉藍が別の質問を発した。
「割り振りは合意している。それよりも、大泉の徐雲嵐が、別働隊としてフレイヤ、トール、マーナに向かうという話だが」
「ああ。天華の総戦力は圧倒的だが、時間を浪費すれば王国側も徴兵で戦力を増やす。徐家には、直進から外れる3星系を制圧した上で、ヘラクレスや太陽系で我々と合流してもらおうと考えている。その後は、王国の複数星系へ同時侵攻する手もある」
ユーエンが星系図を見せながら説明すると、別働隊の必要を理解したセイランは、大きく頷いて納得の意を示した。
近場の敵を確実に潰していかなければ、自分たちの星系に逆侵攻されかねない。その意味でも、フレイヤ星系などを押さえておく事は必要だ。
もっとも天華は、充分な戦力を揃えている。
天華120万の国家魔力者のうち、深城を除く100万人1000個艦隊が5国の動員可能戦力だ。そのうち4分の3にあたる750個艦隊が攻撃用、残る250個艦隊が5星系の防衛用に配備されている。
主力が4国の600個艦隊で、マクリール星系へ向かう。徐家が率いる別働隊150個艦隊は、フレイヤ星系方面から侵攻だ。
旧連合の亡命者が持ち込んだ軍艦やデータから、王国巡洋艦と天華巡洋艦級との戦力差は8対6、戦闘艇は0.05対0.04とされている。
だが1000隻の1個艦隊であれば、戦力評価は6000になり、王国の3693を圧倒的に上回る。深城のハオランが最悪の見積もりで出した400個艦隊の戦力評価147万が投入されようとも、天華1000個艦隊の戦力評価は600万だ。
しかも王国側は、昨年3月まで連合と戦争をしていたために、艦隊を動かせる魔力者を大幅に減らしている。支配下に組み込んだ旧連合の魔力者たちも、裏切りやサボタージュが怖くて、前線には出せないだろう。
今は王国が弱っているタイミングで、天華は圧倒的な数の本隊も、ケルビエル要塞が配置されていないであろう星系を攻める別働隊も、負けようが無いとセイランは理解している。
気になるのは分配だが、旧連合領に関しては、予め分配される星系が決まっているために揉める心配は無い。
王国領の分配では貢献が考慮されるが、直進して主力と衝突するであろう4国軍と、迂回して大会戦が行われる可能性が低い徐家とでは、どちらが得をするかは現時点で不明瞭だ。
「我々のマクリール星系侵入は、2月に宋家と王国が国交を結んだ後の3月だ。道は分かれたとは言え、あれも天華。最後の配慮をしておく。その後は、最後通告通りに開戦して、最初に旧連合領を実力で奪い取る。次いで王国へ侵攻だ」
天華5国の開戦理由は、ディーテ王国による人類大虐殺への非難と王国打倒だ。
461年前の地球への天体突入時に人類の大多数にあたる300億人以上、1年前の連合との戦争時には200億人以上が死んでおり、体裁を取り繕える程度の大義名分は持っている。
現代人が行った攻撃では、2年前に連合が王国首星ディロスへの天体攻撃と核融合弾の攻撃を行っており、王国によるマーナ星系攻撃は1年前なので、連合側が先になる。
だがディーテと地球の戦争は継続しており、先に天体突入攻撃を行ったのはディーテ側という解釈だ。
連合による反撃と10億人の死は、星間国家同士の戦争における必要最小限のものだったという事になる。実態は単に防がれただけだが、後世の歴史解釈は、後世の人間にとって都合の良いように変えられるものだ。
「旧連合領の獲得は、第一段階だ。被害の程度を見て、こちらも損害が大きければ連合解放の目的を果たしたと解釈して、一時休戦しても良い。圧倒的に有利なら中断の必要は無い。先に進む。3家とも、何か疑問はあるか」
「高家は異存ない。その方針で征こう」
「曹家も異存なし。我らの手で、天華に繁栄をもたらそう」
「林家も異存ない。子孫のために働こうではないか」
彼らの最終合意を以て、天華5国の750個艦隊が王国への侵攻を開始した。