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44話 再国家総動員体制

 王国歴442年10月。

 連合最後の星系であったヘラクレス星系が降伏してから7ヵ月が経ったディーテ王国で、2度目となる国家総動員体制が取られた。

 天華連邦という遠方国家からの最後通告に、当初の王国民は実感が湧かずに戸惑った。

 だが国王ヴァルフレートの口から直接、天華5国の言い分である「連合民を大量に殺して非人道的」「旧連合領と旧連合民を全て引き渡せ」が伝えられ、それが先方の大義名分である事、連合併呑によって国境が接した事、戦争で疲弊した後の漁夫の利である事などが伝えられると、王国民は天華連邦の一方的な言い分に怒りを抱いた。

 植民支配からの独立戦争に関して、ディーテ王国民のイデオロギーは明確だ。独立戦争は自分たちと子孫が人として生きるために、必要不可欠な行為だったと王国民は確信している。

 しかも王国と旧連合は、戦争に関する条約や協定を一切結んでいなかった。戦い方にケチを付けられる筋合いは全く無い。


「戦争が非人道的であるならば、それ以前に行われてきた植民支配も非人道的だ。植民支配には文句を付けず、戦争に文句を付ける天華人は、『非人道的な行為』に一体どのような判断基準を設けて口を差し挟んで来た!」

「植民支配が問題ないのであれば、天華も植民支配されてみろ」


 植民支配に反対したディーテ政府指導者が処刑されたように、植民支配に反対する天華人も処刑されて、それすら受け入れるのであれば、ディーテ王国が天華連邦を未来永劫に渡って植民支配した上で、彼らが望む人道的とやらを享受させてやる。

 そのように激怒した王国民は、天華連邦との戦いが「自分たちの独立戦争の正当性を守るための戦い」だと認識して、改めて戦争の覚悟を決めた。

 王国では、400年以上に渡って蓄えた連合との戦争準備物資が豊富に揃っており、それが殆ど消費されないままに戦争が終結して山積みとなっていた。旧連合領から接収した資源も莫大で、戦争による国家の収支は巨額の黒字になっている。

 従って軍事費が足りなくなる心配は一切無く、高額の報酬を示された戦闘艇の操縦者は続々と集まった。

 6つの星系で採用されていた3000万人以上の戦闘艇操縦者は、戦争対象国が変わっても大半が集まり、さらに追加募集も行われて数が揃う見込みが立った。

 新型戦闘艇サラマンダーも、最優先で量産されている。

 精霊結晶のようにお菓子工場でお菓子を量産するほどの速度では無かったが、ケルビエル要塞に横付けされた大量の造船所が、毎日フル稼働して大量の戦闘艇を生み出しては、ケルビエル要塞の巨大な胃袋の中に放り込んでいった。

 出征の準備が整うまでの間、ハルトは侯爵領の政治決裁を一時的に王国政府へ委ね、司令庁で行っていた仕事の引き継ぎを行うなど、自身の後始末を行っていた。

 そこへクラウディアから連絡があり、自分も連れて行って欲しいと直訴されたのである。


「クラウディア・コースフェルトは、ディーテ王国の王級魔力者として、ケルビエル要塞の運行補助者に志願します。ハルト様、絶対に連れて行ってくださいね」


 クラウディアの表情に悲壮感は一切見られず、むしろ青い瞳をキラキラと輝かせ、最前線に立って国民を守れる事を喜んでいた。

 全身で歓喜を表わす白銀髪の子狐に、ハルトは念を押す。


「士官学校に在学したまま戦場に出る前例は、俺たち自身が作った。戦闘艦科からの徴用で、中尉に任官させる事も出来る。でも家族は、何か言わなかったか」

「祖父のコースフェルト公爵は、『王国のために戦いなさい』と賛成してくれました。これがメッセージです」


 ハルトが知るコースフェルト公爵は、孫娘たちの心配では無く、王国公爵としての使命感を強く抱く人物だ。

 アポロン系貴族や名士たちの集いで出会った際、公爵からは魔力者を増やすためだとして、クラウディア、伯爵令嬢エベリナ、子爵令嬢の娘ガブリエラという3人の娘を紹介されている。

 クラウディアは、ユーナに続くハルトの2人目の婚約者となっている。これによってスタンリー首相は、背任罪による弾劾訴追決議案の提出を免れた。

 エベリナは、敵前逃亡と疑われたアリサと親しかったために不利な立場だったが、アリサの名誉回復と共に立場も逆転した。戦争終結にハルトの忙しさも加わって、話は流れている。どちらかと言えば、それらを名目にユーナがハルトに圧を掛けて、流させたのだが。

 ガブリエラは、もちろんユーナが戦争終結とハルトの忙しさを理由に断らせている。再び戦争が勃発する以上、また誰かしら紹介されそうな気がするが。

 クラウディアが端末を操作すると、老年の銀狐を思わせる老人の立体映像が2人の前に現われた。


『アマカワ侯爵、コースフェルト一族の娘クラウディアを頼んだ。新たな国と開戦するが、王国にとって最善の選択を行う事を願っている』


 公爵のメッセージは短かったが、クラウディアを引き留める様子が微塵も無い事は、充分に伝わった。

 クラウディアが役に立つか否かで考えれば、非常に役に立つ。

 カーマン博士が調整したケルビエル要塞は、4人の魔力者が同時に魔素機関を動かせる仕様になっている。そしてハルト、ユーナ、フィリーネ、コレットの4人が運行者に登録されているが、予備人員がおらず、2人制の2交代であれば2席分が余ってしまうのだ。

 2つの精霊結晶を付けたクラウディアは、魔力3万2027で頭1つ飛び抜けた王国第二位の魔力者。B級精霊結晶の支援を受ける魔素の操作は、どれほどベテランの軍人でも足元にも及ばない。

 否定する理由が見当たらないハルトは、受け入れる事にした。


「分かった。志願申請書は俺を推薦者として、司令長官に徴用とケルビエル要塞配属、中尉任官の認可をもらう。士官学校の継続も、参謀長官の認可を取っておく」

「ありがとうございます。結構大変なのですね」

「いや、司令長官は直属の上司だから楽だ。参謀長官も、俺に『必要な事はねじ込め』と訓示していたから、仰せのとおりねじ込んでおく」


 前線でもクラウディアに士官教育を継続させるメリットは、前例となったハルトたちの戦果を添付すれば、ぐうの音も出ないほど明確に示せる。

 ディーテ王国において、16歳0ヵ月という史上最年少の中尉が誕生した。

 これまでの最短記録は、王国歴439年11月にユーナが16歳8ヵ月だったので、8ヵ月ほど記録を更新した事になる。もっともユーナは、中尉に任官した直後に大尉、少佐と上がっているが。

 士官学校に半年しか通っていない新米中尉に対して、ハルトは自分達の前例を棚に上げて不安を覚えた。


「俺の直属にするから、軍務中の上官命令はちゃんと聞けよ」

「大丈夫ですよ。私をお役立て下さいませ」


 白銀の子狐は、とても幸せそうだった。

 ハルトは長官2人に調整を依頼し、クラウディアを自分の下に配属させた。

 国を挙げた戦争準備は急速に進み、11月には首星を進発できる目処が立った。そろそろ出征が見えてきた時期、ハルトはヴァルフレートから個別に呼び出しを受けた。

 同席しているのは第一王妃カサンドラ、第二王妃マイナ、そして第一王女ユーナの3人だった。珍しい取り合わせに驚いたハルトだったが、内容はさらに驚くものだった。


「アマカワ侯爵も、婚姻外交の候補者の1人として考えてもらいたい」


 ハルトは思わず同席する3人の王族女性に視線を送った。

 ユーナは明らかにダークモードに入っており、戦争で敵味方が死ぬ事を許容する俯瞰的な視点に立っていた。

 殆ど関わりの無い王妃2人は、よく分からなかった。第一王妃は、やや申し訳なさそうな表情をしている。第二王妃は何かしら言いたい事を抑えている様子だったが、何を言いたいのかは分からなかった。


「畏れながら、陛下のご息女であらせられるユーナ第一王女は、臣の将来の第一夫人でございます。第一王女殿下と臣との仲を危うくさせるに足る理由が如何なるものか、臣には陛下のご遠謀が理解致しかねます」


 ハルトが問い質すと、マイナが責めるような視線をヴァルフレートに向けた。それに乗ったユーナも、父親に抗議の視線を飛ばした。


「分かっておる。このような事態に至り、余に子が少なかった事が、今さらながらに悔やまれる。これより王家の恥を説明する。この場の同席者を除いて他言は無用だ」


 ハルトが頷くと、ヴァルフレートは事情を説明した。

 魔法学院高等部の1年生である第一王子ベルナールは、同い年で士爵家のベアトリス・ルグランに入れ込んでいる。

 ベアトリスとは元ラングロワ公爵令息ステファンの婚約者であり、それを元王太孫レアンドルに奪われて婚約者が代わり、レアンドルが国賊として処刑されてからはフリーとなった女だ。

 先頃行われた士官学校との合同防衛演習においても、ベアトリスの乗るフューチャーアロー号を庇って最終防衛線を突破され、16億人を余計に死なせる演習結果を出している。指導者のフィリーネから名指しで注意を受け、返事を拒んで単位を落としかけた。

 婚姻外交の相手が側室候補としてであろうと、ベアトリスから引き剥がして引き合わせても上手く行くはずが無い。国交樹立の場で、第一王位継承権者が反発して拒否しようものなら、王国が受ける悪影響は計り知れない。

 ベアトリスは、現代における傾国の美女なのだろうか。と、ハルトは考えた。

 王太孫レアンドルを臣下からの婚約者略奪という暴挙に走らせ、ラングロワ公爵令息ステファンを戦勝記念式典での告発に走らせ、第一王子ベルナールをシミュレーション上とは言え16億人を見捨てる行為に走らせている。

 だが美しかろうと、高魔力であろうと、本人に罪は無い。


「なんともはや」


 困惑を示すハルトに、ヴァルフレートは苦々しい表情を浮かべた。


「さらに第二王子のジョスランは、タクラーム公爵家令嬢リシンと男女交際に近い間柄だ。卿には、ジギタリスの妹と言えば分かるか。タクラーム公爵も、リシンを強く推しておる」


 つまりジョスランを国交樹立の場に出しても、リシンから入れ知恵されたジョスランが拒む可能性があると言う事だ。

 国王が行う王子への教育について、ハルトは直訴したい気持ちを耐え切った。2人の息子の母親であるカサンドラ第一王妃が同席していなければ、危うかっただろう。

 ジギタリスの虐めに関しては、ハルトの魔力調査で司令庁の憲兵隊が調査に来ており、そこで告発された結果を司令庁の長官であったヴァルフレートが知らないはずが無い。

 虐めの後ろ盾となっていたタクラーム公爵家が推すリシンなる娘が、如何なる性格であるのかはハルトも知らないが、タクラーム公爵が次王の後ろ盾となるのであれば、王国の未来には暗雲が立ち込める。


「連合との4年に渡った戦時中、合間には公爵へ叙爵されたこともあり、子供への教育は疎かになっていた。忸怩たる思いであるが、これは余の優先順位の問題で、過去に戻れても変えられぬ」


 要するに一切反省していないと宣う開き直りの国王に、ハルトは言葉も無かった。

 戦争当時のヴァルフレートには、王位を継承する予定は無かった。子供達に対して王子としての教育など行えなかっただろうし、ベアトリスもリシンも懇意では無かっただろう。

 現状に至ったのは、万能ならざる人間には致し方が無い範囲だ。無論、それで済ませられる問題でも無いが。


「王子達は若く、能力が足りぬ。婚姻外交で相手が来れば、相手の手練手管に翻弄されよう。そして私が側室に迎える選択肢も無い。万が一にも私が死ねば、国が傾くのみならず、その女が無実であったとしても中立国が敵国に変わる。先方の王女を受けられる男が、おらぬのだ」


 国王の言に、ハルトは御前でありながら溜息を吐いた。

 ヴァルフレートが急死すれば、国賊レアンドルの元婚約者ベアトリスを王妃に迎えようとしている第一王子は次王に不適任だとして、第二王子を推すタクラーム公爵家との間で国が割れかねない。


「それで陛下は、臣にと仰せであらせられますか」

「卿は国王の未来の娘婿にして、どちらの王子が次王になろうと義兄であろう。立場が安定しているが故に、婚姻外交の相手として先方も納得する。そして国王の長女を妻に迎える男であれば、相手も正室の要求は出来ぬ故、第三夫人で納得しよう」


 ハルトはユーナとマイナに視線を送った後、首を横に振ってヴァルフレートの主張を否定した。


「相手が納得しようと、第一王女殿下と第二王妃殿下が納得されぬでしょう。臣も王族ではありませぬ故、婚姻外交の対象となる事には困惑しております」

「分かっておる。交換条件を出す」

「交換条件でありますか」

「各貴族家から、アマカワ侯爵に側室を迎えさせようと圧力が掛かっているだろう。それを婚姻外交に差し障りがあるとして、全てを一度抑えさせる。弦の会に30人増やされるのと、外交で1人増えるのと、どちらが良い」


 ユーナが不承不承ながら認めた理由を、ようやくハルトは理解した。

 各方面からの圧力を弾いているのは、乙女ゲームのヒロイン的なエンディングを夢見るユーナだ。

 ユーナの視点における2人の婚約は、学生時代の恋愛障害や各種イベントを乗り越えて、ハルト側からの告白後、両者の合意によって成立している。当時の身分は子爵と男爵令嬢の娘であり、立場は同じ学生同士で、ユーナに付随する身分や立場とは無関係にユーナが選ばれた。

 すなわち2人は恋愛結婚だ。と、ユーナは確信している。

 恋愛結婚を予定する2人に対して、魔力者の数がどうだとか横槍が入ってきて、望まないのに第二夫人の予定者を増やされてしまった。それだけでも結婚後の計画が崩れるのに、30人も来れば新婚生活が崩壊する。

 わたしの生活はどうなるの……という危機感を元に、ユーナは世間に対して孤軍奮闘中だ。

 流石に世間も、中等部からの同級生同士で、恋愛からの婚約に至り、首星も守ってくれたユーナ第一王女には遠慮がある。そのため本人達の承諾無しに、競走馬の血統を決める感覚で勝手に雄馬と雌馬を引き合わせるような事はしていなかった。

 だがそれは、連合との戦いが終戦していたからだ。

 天華連邦との開戦によって、これからユーナの防戦は圧倒的に不利となる。

 そこへ210億人の国家との外交関係という大義名分が参戦すれば、ユーナの強力な援軍となってくれる。そんなヴァルフレートの提案に、防壁が欲しいユーナは乗らざるを得なかったのだ。


「それでは頼んだぞ。余程の醜女であれば、断っても良い」


 そんな女を婚姻外交で連れてくるわけが無いにも拘わらず、ヴァルフレートは平然と宣った。

誕生日


ハルト 7月7日 七夕。織女と牽牛が天の川を渡れる日

ユーナ 3月6日 銀河の王子様の発売日(本作の初投稿日

フィリーネ 6月22日 冬が長くて寒いフィンランドの夏至祭

コレット 7月14日 パリ祭。フランス共和国の成立を祝う日

クラウディア 10月5日 天狐の日。(実在の聖女の日は避けました

シャリー 9月9日 重陽の節句(日本でも菊花の宴は宮中行事

リンネル 5月20日 合成ゲノムで自己複製可能な人工細菌の誕生日

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次作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
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ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

本作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
[気になる点] よく「金も名誉も実績も人望もあって国に対抗出来る武力を運用可能な唯一の人間で新技術の大元締め」相手に利益なしの「大損したくなければ損しろ」命令して裏切りの種まいてけるなぁ あの王太孫の…
[気になる点] ディーテ王国において、16歳0ヵ月という史上最年少の中尉が誕生した。  これまでの最短記録は、王国歴439年11月にユーナが16歳8ヵ月で少佐に任官したので、8ヵ月ほど記録を更新した事…
[良い点] 乙女ゲー?本編分のシナリオはifルートでエンディングを迎え、後日談で念願のラブラブだ!と思っていたら、アペンドディスクはまさかのキャンペーンでお邪魔虫追加とか、そりゃヒロインは曇るわさ。 …
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