43話 2種類の要求
「天華連邦から2種類の連絡があった。国交樹立交渉と、戦争準備段階の最後通告だ」
即位後、初めて行われる御前会議の場において、国王ヴァルフレートは冷めた怒りと共に天華連邦から届いた2種類の連絡を周知した。
オンラインも含めた正式な出席者は、国王、首相、尚書15名、首星に居る大将以上の上級将官20名、第一王妃と第一王女、爵貴院議長と国民院議長で合計41名に及ぶ。各自は緊張と共に、事前通達されていた情報を再確認した。
天華連邦とは、地球時代にユーラシア大陸の大国が、ディーテ独立戦争以前に独自開発した惑星を祖とする星間国家だ。
王国が併合した旧連合のマクリール星系から得た情報によれば、中心星系として現在は6つの星系があり、6国に分かれて連邦国家を形成している。
6国の関係は特に良好な訳ではなく、発展を競い合う関係にあるらしい。
総人口は連合を大きく上回っており、これは地球時代に元となった国家が巨大な人口を抱えていた事実から、惑星環境が人口増加に耐えられるのであれば、爆発的な人口増加は起こり得る。と、王国は判断している。
科学技術に関しては、天華と連合に交流が有り、連合はフロージ共和国と交流が有り、フロージ共和国はディーテ王国と交流が有り、と繋がっているため、極端な差は無いと考えられる。
そして連合が掴んでいた情報によると、天華は連合が諦めた魔力者の人工授精による量産を続けていた。
連合の人工授精による量産魔力者は、世代ごとに0.45倍で下がった。
1万の魔力が、1世代後に4500、2世代後に2025、3世代後に911。
そのため連合は人工授精による量産を断念したが、天華は国家の強権で制度を押し通した。しかも高魔力者の遺伝子と、中魔力者の母体との組み合わせで、軍艦量産が成っている。
総戦力までは連合も掴めていなかったが、試算した天華の力は連合を凌ぐ。
天華の高魔力者が、連合の魔力改変を行っていない魔力者の最高値である公爵級まで存在していた場合、中魔力者が魔力100や500程度であろうと、子供達の魔力は世代ごとに押し上げて、最終的には巡洋艦級の魔力者まで到達している試算が出た。
一回り大きな連合の巡洋艦に比べれば、戦力評価は多少落ちるだろうが、圧倒的な物量は質を補って余りある。
強大な軍事力を持つ天華連邦が、王国と連合の戦争に介入しなかった理由は、長大な距離と意識の問題だ。
地球から最短で500光年、ディーテ星系とは地球経由で680光年。移動技術が今より格段に低かった独立戦争当時は、介入が現実的ではなかった。
また独立戦争以前に地球と別れて、密かに自分たちの惑星開発に励んでいた彼らにとって、ディーテ政府と地球政府の争いは他人事だった。
今となって接触してきたのは、王国が天華から250光年先のマクリール星系を獲得して、連合という国境の壁も取り払われたからだ。
「まずは国交樹立を求めてきた深城の宋家。6国中1国に過ぎないが、天華が最初に入植した星系を有しており、人口は自称210億人で天華2位。中立の立場を望んでおり、王国と5国との戦いには参戦せず、他の天華は売れないが、王国も売らないと言っている」
ヴァルフレートを除く40名の出席者から声は出なかった。
今まで全く関わりの無かった相手であるが故に、判断材料に乏しい。
5国と1国は、仲違いしているのか。それとも王国を油断させて、背後から撃つ罠であるのか。6国の歴史や関係が分かれば判断の参考になるが、併呑した旧連合も詳しい情報は持っていなかった。
だが御前会議を開いた時点で、ヴァルフレートは既に結論を出していた。
「深城との国交樹立、並びに深城の中立的立場は、これを受け入れる事とした。割れた相手を1つに纏める必要は無い。先方は事前交渉で色々と提案してきたが、全て受け入れ可能な内容だった」
それもそうか。と、ハルトは頷いた。
御前会議で提示された深城の出した条件は、一定期間の相互不可侵条約、王国軍捕虜の引き渡し、既に深城で受け入れた旧連合亡命者の引き渡しを求めない事、婚姻外交で両国の娘を数名ずつ出し合う。等だった。
一定期間の相互不可侵条約は、ディーテ王国と天華5国が争う間、戦争に関わりたくないという中立姿勢の深城が求める条件としては妥当だ。
王国軍捕虜の引き渡しは、王国が国交樹立を受け入れざるを得ない状況を後押しする。拒否すれば、軍の士気や国王の人間性にダメージを受けるためだ。無条件で渡せと相手を脅せる状況でも無い。
旧連合亡命者の引き渡しを求めない件は、両国が犯罪者引き渡し条約を結ばない以上、どのみち要求できるものではない。明文化する事で、両国に割り切らせるものだ。
婚姻外交に関しては、ハルトが裁定者に視線を送ると人の悪い笑みが浮かべられた。
「気にしている者が居るが、もちろん婚約が決まっている娘を出したりはしない。先方の王女を出されようとも、こちらの王女とは釣り合わぬだろう。もう1人の王女は、若すぎるしな。先方は国王の孫娘を含めて数人を出すと言っているが、こちらも国王の亡き兄の娘などを出すつもりだ」
ヴァルフレートの悪辣さに、ハルトは呆れた。
国賊レアンドルの妹たちは、死んだ父親が身分や立場までは剥奪されなかったために、王族として残っている。
半年前までの彼女達は、父の即位後には王女、兄の即位後には王妹という立場が約束されており、貴族家の子女達から傅かれて来た。
だが現在は、王国にとって極めて有害な一族の娘となっている。
父親は、首星に10億の死者を出して、アマカワ侯爵を不当に遇してヘラクレス星域会戦でも王国を敗戦させた無能者。
兄は、軍事機密の漏洩を指示して国民に数多の犠牲を出した国賊。
そして正室の娘であれば、母親は長男を国賊に育てた3段階降爵のラングロワ出身者。叔父は、機密漏洩で数十万の国民を殺した国賊。となる。
一族の罪であって本人の罪では無いが、教育環境はお察しだ。出自で威張れた分だけ、反動も大きくなる。
国中に睨まれる彼女達は、婚約が解消され、友人との縁が切れていき、この先も王国では孤立が続く。
そんな彼女達を婚姻外交で国外に出す事は、彼女達にとって救済になる。
婚姻外交を行う娘たちは、ぞんざいに扱えば相手国の国民から非難され、友好関係を悪化させる要因となる。婚姻外交で相手国に向かう場合、相手国では政治的配慮から、極めて丁重に扱われるのだ。
救済する優しい国王。という形で、厄介な兄の娘たちを厄介払いしてしまうヴァルフレートに、ハルトは強かさを感じた。
「国交樹立の式典は、深城から250光年のマクリール星系で行う。出席者の体内に爆弾でも埋め込まれていては困るため、余は式典に参加せぬ。余の代理として、余の成人した唯一の子であるユーナ第一王女を向かわせる」
出席者達の視線が、ヴァルフレートとユーナ、そしてハルトに目まぐるしく移った。
初耳だったハルトは驚いたが、国王であるヴァルフレートが出席しない点に関しては理解できた。
現在の王国には、王位継承権者が2人しか居ない。
両者は高校1年生と中学2年生であり、ここでヴァルフレートが倒れて王国が混乱すれば、天華5ヵ国に征服されかねない。
だからといって、高校1年生や中学2年生に国交樹立の国王代理は任せられない。ユーナが代理を行わされる理由は、他に適任者が居ないからだ。
ハルトは、自らの精霊に呼び掛けた。
『ミラ。ユーナの精霊シャロンを介して、ユーナにメッセージを送ってくれ。陛下は行けないけど、マクリール星系にはセラフィーナが居るから、爆弾の心配は無い。ユーナは安全だって』
『はいはい』
ハルトが少し待つと、何か言いたげな表情のユーナが視線を合わせながら微笑したので、ハルトは若干怯えつつも、ミラに追加のメッセージを頼んだ。
『勿論、俺も一緒に行くから。と、追加で頼む』
『最初に「俺とセラフィーナが居るから大丈夫だ」とか言うべきでしたね。言わなくても伝わるとかの問題じゃないですよ』
『分かったから早くしてくれ。王女殿下が微笑で圧を掛けている』
『仕方が無いですねー』
メッセージを送って暫くすると、ハルトに向けられていた圧は消えた。
なお現在は、王国の存亡に関わる戦争と国交に関する御前会議中である。ハルトは今さらながら表情を取り繕い、真面目な顔で国王に向き直った。
「話し合いが纏まったらしいな。国交樹立の委細は、後ほど各自へ個別に話す。続いて旧連合領と全連合民を引き渡せと要求した5国に対してだが、もちろん要求は拒否する。開戦後に関しては……」
ヴァルフレートが示したのは、旧連合領の全てを犠牲にする遅滞作戦だった。
天華の総戦力は不明だが、天華が王国を簡単に倒せると考えているのであれば、天華2位の宋家が和平交渉を持ち掛けてくる事など有り得ない。
国家総動員体制を発し、人員を掻き集めてD級精霊結晶を装着させ、戦闘艇サラマンダーを量産配備して、6星系の防衛力を徹底的に高める。
本気の王国は、物理的には数億単位の戦闘艇を星系防衛に展開できる。旧連合領は守れないが、戦闘艇で旧王国6星系の守りを固めてしまえば、王国滅亡は阻止できる。
それを実現するまでの間、旧連合領の全てを犠牲にしてでも敵に対する時間稼ぎを行う。
主力はマクリール星系で敵主力と戦い、他星系は別働隊で陽動と時間稼ぎを行う。
王国軍の主力はケルビエル要塞であり、首星から900万人の戦闘艇操縦者とサラマンダーを連れて行き、ハルトの判断で可能な戦闘を行う事とされた。
900万人は、連合との戦時中に首星ディロスで集めて教育した戦闘艇操縦者たちだ。そのうち500万人は、連合4星系で実戦経験を積んだ猛者である。辞退者が出るかもしれないが、そこは下士官を戦闘艇操縦者に振り分けてでも数を集める。
深城との国交樹立でユーナがマクリール星系を訪れた際、ケルビエル要塞はマクリール星系に残って、次の天華5国襲来に備える。首星から丸ごと居なくなる戦闘艇搭乗者は、新たに首星の110億人から募集される。
「マクリール星系には、カーマン博士の置き土産がある。使い方は、アマカワ大将が熟知している故、適任だろう。アマカワには敵の遅滞を目的として、ケルビエル要塞揮下の戦闘に関する自由裁量権を預ける。支援の艦隊は何個必要だ?」
その問いは、事前調整されたものではなかった。
半世紀ほど王国軍に所属していたヴァルフレートは、艦隊司令官や司令長官の長い経験から、どのような状況で艦隊が何個必要かを熟知している。さらに、その場で展開を組み立てていける天才肌でもある。
万人がヴァルフレートと同レベルではない事を彼自身も知っているはずだが、ヴァルフレートのハルトに対する評価は高い。
ハルトは乙女ゲーム『銀河の王子様』で知っていた様々な展開を活用したに過ぎないが、それがハルトの標準的な対処能力だと誤解されている節がある。
今回の条件は、他星系に艦隊を多く送れて、ハルト側の遅滞作戦も成立する数。
ハルトは900万艇のサラマンダーを割り振られるケルビエル要塞に、それ以上の戦力は要らないと判断した。強いて挙げれば、工作艦があれば助かる。
「戦力は充分ですので、艦隊を割り振って頂く必要はございません。工作艦のみ150隻ほど、要塞に回して頂けましたら有り難く存じます」
「よかろう。工作艦であれば多少の余裕がある故、念のために200隻連れて行け」
「陛下のご配慮に感謝申し上げます」
工作艦の要求に許可を与えたヴァルフレートは、次に旧連合人の扱いを説明した。
ディーテ王国にとって大切なのは、王国と王国民だ。1年前まで敵国だった旧連合領と連合民は、優先順位がディーテより下となる。彼らの全員は連れて行けないため、一時的に奪われる事も止む無しとされた。
但し、旧連合領の魔力者だけは、利用されないために全員が王国領へ連行される事となった。
「天華5国が戦争による連合民の大量死を非難し、解放を訴えて宣戦布告する以上、天華5国に旧連合領を奪われたからと言って、即悲惨な結果とは成らぬだろう。守れるのであれば守るが、難しいのであれば一時的な放棄はやむを得ない」
ディーテ王国は立憲君主制だが、戦争に関して国王は強い決定権を持つ。
大前提として星間戦争は、魔力者が軍艦を動かさなければ戦えない。精霊結晶があれば戦闘艇を動かせるが、ワープが出来ないので敵星系には侵攻出来ず、いつまで経っても戦いを終えられない。
人類国家連合群を滅ぼした実績まで持つヴァルフレートの決定に、閣僚や議長たちは口を差し挟まなかった。
その日、王国に2度目の国家総動員体制が発令された。