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41話 合同防衛演習

 人類国家連合群との戦争において、ディーテ王国は二度の大失態を演じた。

 1つは、440年のディーテ星域会戦。首星で10億人が死んだ。

 1つは、441年のヘラクレス星域会戦。軍が貴族を全く統制できなかった。

 そのため王国では、441年から士官学校に星系防衛演習が加わり、442年からは魔法学院生との合同防衛演習が追加された。

 月1回、魔法学院高等部で貴族籍に連なる者と有志の者は、士官学校までやってきて、極めて高性能な軍用シミュレーション機で仮想空間に入り、与えられる軍艦の操艦を行う。

 仮想空間での操艦は、実際と殆ど代わらない動きをする。

 なぜなら各自が精霊結晶を介して本物の魔力を発しており、その測定結果と乗艦の能力に応じた動きが再現されているからだ。このシミュレーション機は、軍にしか置かれていない。

 王国歴442年7月から行われている合同演習は、今回で3回目。

 防衛する星系が毎回異なるため、割り振られる乗艦も毎回異なった。

 星系方面軍が有する予備艦や徴用貴族用の防衛艦、進宙式を終えていない新造艦や、廃艦前の旧式艦、魔素機関を用いる防衛衛星も対象となる。

 各々が入っているシミュレーション演習機の筐体に、王国軍務省教導局の第三教導部長フィリーネ・カルネウス少将のアナウンスが流された。


『これより防衛戦を行います。あなた方の役目は、有事に備え、有事には王国と王国民を守る事です。連合が滅びようとも、連合の残党、国内反乱、中立国やヘラクレス星人、国交未成立の天華連邦や他移民国家、敵対的な異星人との遭遇など、いつ何が起こるか分かりません』


 並べ立てられた国や勢力は、連合ほどには実習生たちに危機感を抱かせなかった。

 だがこの実習は、今が有事だから行うのではなく、有事にきちんと動けるように行うものだ。

 士官学校生や訓練学校生には、職務遂行義務がある。貴族籍にある者たちにも、徴用に応じる義務がある。そして嫌であれば辞めても、現時点では敵前逃亡にならない。


『やる気が無いのでしたら、どうぞ士官学校や訓練学校を辞め、貴族籍を捨てて下さい。腐ったみかんが混ざっていると、他のみかんまで腐ってしまいますので。そして烏合の衆も求めていません。まずは指揮官の命令を聞きなさい。それではシミュレーション機を起動します』


 士官学校1年生のクラウディア・コースフェルトは、真っ暗だった仮想空間に膨大な星々と、人工物の光が溢れ出す瞬間を眺めていた。

 空間内で一際大きく輝くのは、G型主系列星と、地球の1.4倍の大きさの惑星。それぞれの名称は、恒星ディーテと惑星ディロス。

 軌道上の軍事宇宙港からは、多数の軍艦が次々と飛び出している。


「…………首星防衛戦ですか」


 友軍は、8個艦隊、移動要塞2基、防衛要塞1基、ケルビエル要塞1基。

 敵軍は、16個艦隊と移動要塞1基。

 戦力評価は100対150。

 戦力は当時と同じだが、防衛要塞には国王ヴァルフレートの息子2人が乗り、移動要塞の1つには王国軍に入ったクラウディアが乗っている点が多少異なる。

 その他にも指揮官が士官学校の上級生であったり、軍艦を動かすのが士官学校の下級生であったり、戦闘艇を動かすのが訓練学校の学生であったり、掻き集めた艦艇を動かすのが魔法学院生であったりする。その他は、全てコンピュータが動かしている。

 感慨にふける彼女の聴覚に、フィリーネのアナウンスが割り込んできた。


『絶対に譲れないラインが、死者10億人未満です。どれほど過程が素晴らしくても、これに限っては結果が全てです。各指揮官は、出来ませんでしたでは済まされません。絶対に出来るようになりなさい。それでは教導部からの通信を終わります。状況開始』


 フィリーネの通信画面が消えると、クラウディアは移動要塞ゾフィエルの魔素機関に魔力を送って、膨大な魔素を変換して推進機関のエネルギーに変え、星系内を流れる星となった。

 士官学校生や貴族子女もC級精霊結晶を使っているが、クラウディアだけはC級精霊結晶に加えて、B級精霊結晶という格上の精霊もサポートに付いている。

 C級精霊と、B級精霊の差について、クラウディアはよく分かっていない。

 姿に関しては、明らかに異なっている。

 C級精霊結晶の精霊ソフィアは、クラウディアと外見年齢が同年代の少女の姿だ。薄紫の髪と瞳に白い肌。紅色の洋服で髪に大きなリボンを付け、白手袋と白ブーツに、先端が青い宝石で石突が金色の白い杖を持って浮かんでいる。

 性格は温厚で協調性が高く、クラウディアに道を選ばせて、その後ろをサポートしながら付いていくタイプだ。

 B級精霊結晶の精霊シンシアは、外見年齢は成人女性で、姿は白翼を生やしたニンフだ。青い髪に青い瞳、白いドレスのようなツーピースを纏い、先端に青い宝石が付いた身の丈ほどの白い鎌を持っている。

 性格は勝ち気で、率先して最適な道を示し、問えば複数の道の結果も教えてくれる。

 クラウディアが気になった2人の違いは、持っている青い宝石だ。

 ソフィアの宝石は陸地の無い水の惑星のような姿で、周囲を5つの衛星が取り巻いている。そしてシンシアの宝石は、海王星のように濃くて深い青。

 C級精霊とB級精霊の力の差の一端が、その宝石に表れているのかも知れない。そんな風に考えるクラウディアに、総司令部から通信が入った。


『私は、王国軍士官学校4年首席のエリアス・ローランだ。総指揮は私が、軍の指揮は私と4年次席のガルシア副司令、魔法学院生の総指揮は、3年首席のフォーレ副司令が受け持つ。それでは通信を2つに分ける』


 士官学校生と魔法学院生との通信が分けられた後、ローランは士官学校生たちに指示を出した。


『ケルビエル要塞より、敵右側面から攻撃を仕掛けると通信が入っている。攻撃によって敵全軍を突破し、敵陣形は崩壊状態になると考えられる。そこで我々は、8個艦隊を縦2列、横4列にして広域展開する。さらに各艦隊の担当宙域では、10個の分艦隊による縦3列、横3列、後ろ1個分艦隊の細分化を行って、敵を1隻たりとも取り溢さぬように図る』


 事前にシミュレーション演習の内容を教えられていたわけではないにも関わらず、ローランは間を置かずに8個分艦隊を宙域に配分していった。

 ゾフィエル要塞司令部の星系図には、仮想の艦隊陣形が次々と示されていく。

 最初に、艦隊が縦2列、横4列で敵が攻めてくる方向へ長方形に広がる。次いで8個の各艦隊が、9個分艦隊の縦横3列で正方形に展開、その後ろに艦隊司令官の乗る1個分艦隊が、指揮と支援目的で配置された。


『旗艦は移動要塞サリエル。万が一に備えて、ガルシア副司令官と第一副司令部は移動要塞ゾフィエル、フォーレ副司令と第二副司令部は防衛要塞ガルガリエルに移す。軍の指揮は私が行うが、ゾフィエルの配置と指揮はガルシア副司令の判断に任せる。それでは配置に付け』


 旗艦サリエルは、8個艦隊の中央に配置される事になった。

 星系内を駆けていた流星の進路が急速に曲がり、8つの壁を作る王国軍の中心部へと向かっていく。

 その間、ガルシアからクラウディアに通信が入った。


『そういう訳で私が乗る事になったが、要塞司令官として要塞運行に関し、意見はあるかな』

『精霊に自由に駆けさせて下さい。要塞が撃沈せず、沢山の敵を倒せば良いのですよね。精霊に任せれば、最大の戦果を挙げられます。ケルビエル要塞のように』

『…………よかろう。任せた』


 ガルシアとの通信が切れた後、クラウディアは魔力が繋がるシンシアとソフィアに呼び掛けた。


『それでは2人とも、よろしくお願いしますね』

『一番良い選択だったわね。あたしに任せなさい。天底方向を時計回りに駆けて行きましょう。そうすれば相手が下には出ないから、敵が抜ける方向は上に限定できるわよ』

『それで良いですよー。ソフィアは、推進機関の操作をするね』


 流星は艦隊中央に寄ってガルシアを回収した後、加速して艦隊左下から大回りに速度を上げ続けていった。

 既にケルビエル要塞は、敵右翼から特攻を仕掛けている。

 ケルビエル要塞が最初に戦うと、真っ当な星系防衛戦にはならないのでは無いかと思いつつも、省けば戦力差が100対189になる敵から首星を守り切れないし、戦闘艇が大量配備された現在の防衛体制を反映したら逆に圧勝してもっと訓練にならない。

 現実に起きて悲惨な結果をもたらした会戦であれば、各自もより一層真剣になるだろうから、これが最良の演習なのかも知れない。

 そう考えながら、流星は敵艦隊の最右翼を底から削り始めた。

 副司令でゾフィエル要塞に配置されているガルシアが、クラウディアに代わって要塞要員への指揮を行い始めた。

 主砲と副砲からレーザー攻撃が行われ、ケルビエル要塞に散らされていた敵艦が次々と沈み始める。

 2体の精霊に操られるゾフィエル要塞は、敵が少なければ浮上し、敵が多ければ底へ潜りながら、敵よりも長い射程で敵艦を一方的に狩り取っていった。

 敵の間引きは、要塞が進むごとに大胆になっていった。

 敵から攻撃が向けられても、感知したソフィアが完全に間に合うようにシールドを展開して要塞を庇い、シンシアが即座に主砲や副砲で敵を撃ち砕いていく。戦場の敵にとっては、小さな2つ目のケルビエル要塞が現われたにも等しい状況だっただろう。

 先行したケルビエル要塞の後を追って、クラウディアは戦場を駆け続けた。首星に迫る敵艦を次々と刹那的な光点に変え、星系図から赤い光を奪っていく。シンシアが振り回す鎌が敵を捕殺し、ソフィアの構える杖が敵の攻撃を弾き、要塞は殆ど無傷のまま敵を突破してしまった。

 戦果は、敵の撃沈が315隻で、戦力評価は1188。ゾフィエル要塞の戦力評価506を2倍以上も上回っていた。


「こんなに簡単なんて、機械の故障ですか」

『ケルビエル要塞が暴れて敵が乱れた後、立て直される前に行ったからでしょ。戦いには、機があるのよ。覚えておきなさい。それじゃあ、次は上から行くわよ。もう立て直されたから、難易度は少し上がるけどね』

『はいはーい。少し慎重に行きますよ。クラウディア、首星を守りますよー』

「分かりました」


 あと4年早く生まれて、ハルト達と同学年だったら。

 脳裏を過ぎったマイナスの思考を、シンシアに先読みされて防がれたクラウディアは、ソフィアに引っ張られるように天頂方向へ上昇していった。

 敵は既に会戦で勝つ事など諦めており、首星ディロスを破壊しようと集団で突き抜けていく。

 敵の大半は、総司令官のローランが展開させた艦隊が防いでいた。それでも敵の密度が濃い部分は、分艦隊で防ぎ切れずに突破を許してしまった。

 当時は、艦隊陣形を固めて、敵の密度が濃い部分を弾き返す代わりに、四方八方から少数の突破を許した。

 そして今回は、艦隊を分散させて全般的に幅広く防ぐ代わりに、密度の濃い敵集団をそれなりに通してしまった。

 その両者では、一体どちらが良いのか。

 クラウディアは徴用貴族として防衛した経験から、敵はバラけていた方が良いと考える。数隻ずつで来るのであれば、後方で対処できるのだ。それが集団になってしまうと、連携されて途端に強くなる。

 ローランは失敗した。と、クラウディアは思った。

 王国軍の正面を突破した敵は、魔法学院生の指揮を執っていた3年首席のフォーレの対応部隊とも戦闘を開始した。

 徴用艦隊は正面からの撃ち合いを頑張ったが、元艦隊司令官のゼッキンゲン侯爵が指揮していたほどの柔軟性は無かった。簡単に釣られて隙を作り、集団で抜けられて首星に迫られていく。

 誰かが動かしているフューチャーアロー号が、敵艦の砲撃でシールドを輝かせた。それを防衛要塞が移動して庇い、砲撃していた敵艦を倒した。だが防衛要塞の移動で生じた空白地帯を抜けた敵が、次々と首星内に殺到していった。

 入射角90度近い敵艦による高速の特攻は、大地を砕いて地下避難区画の大半を露出させるには充分だった。大地は吹き飛ばされ、敵艦が起爆させた核融合弾の熱によって、地下は容赦なく蹂躙されていった。

 バラ撒かれた核融合弾の雨によって、惑星の半面が焼かれていく。地下区画に避難していた王国民の死者は20億人を超えた。


「ベルナール・アステリア、自分が何をやったか分かっているのですか」


 クラウディアは敵の残存艦を削りながら、防衛要塞を動かしていた愚かな王子への怒りを露わにした。

 これはシミュレーション演習であり、彼らを教育するために行われている。それを思い直したクラウディアは目を閉じて呼吸を整え、怒りを静めていった。

 演習が終わり、受講生達はシミュレーション機の筐体に入ったまま、講評を受ける事となった。

 最終的に死者は26億人を超えたが、敵艦隊の排除には成功した。それでも教導局からの評価は、厳しいものだった。


『最初に、結果が全てと言いました。2年前は、敵の動きも、味方の動きも分からないまま防衛戦を行いました。ですがあなた達は、それを過去の事として知っていて、改善が出来たはずです。それでなぜ結果が悪くなったのでしょう』


 王国軍と徴用貴族の動きの問題点は、クラウディアが想像したとおりだった。

 王国軍は満遍なく展開した事で、突破された敵の数こそ前回より少なかったものの、大きな敵集団を分解させずに背後へ通した事で背後が対応しきれなかった。

 徴用艦隊は、個々の能力が異なるにも拘わらず王国軍艦隊と同レベルの運用を行ったために、味方が着いて来られずに最終防衛線を守り切れなかった。

 士官学校生を注意したフィリーネは、最後に魔法学院生にも注意した。


『防衛要塞を稼働させていたベルナール・ストラーニ・アステリア実習生。なぜ指揮官のフォーレ副司令に従わず、攻撃の出力を推進機関に回して、フューチャーアロー号へ向かったのですか』

『あのままでは味方が撃沈されていました』


 通信画面に現われたベルナールが、フィリーネの質問に淡々と答えた。

 それに対してフィリーネは、相手が第一王子殿下であるにも拘わらず、キッパリと告げた。


『結果として最終防衛線を突破され、王国民に多数の死者が出ました。実のところ、あなたが指揮官に従えば、死者は2年前の会戦と同レベル以下で済んだのです。あなたは勝手な行動で、16億人を死なせました。素人の勝手な行動は、現場の足を引っ張ります。徴用貴族として従軍したのであれば、王国軍の命令には絶対に従いなさい』

『…………』

『お返事はどうしましたか。わたくしは、王子であろうと容赦するなと陛下より勅命を下されておりますので、容赦なく単位を落としますよ。来年、下級生と一緒に再受講する辱めを受けなければ、あなたは王侯貴族の義務が理解できませんか?』

『…………分かりました』


 愉しそうに微笑むフィリーネに、ベルナールは憮然としたまま答えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クラウディアの出番いいぞいいぞ〜。 でも士官学校に入ったのか。てっきり早く子供作ってるもんだと。ハルトも何かの拍子で命落とすかもしれないんだし。 [気になる点] 王家の血筋とはいえ、いきな…
[良い点] 戦略、戦術の王国事情が1話で纏ってて素晴らしい(上手い)。 [一言] クラウディア 一番好きなヒロインなので登場嬉しい。
[一言] これまでのお貴族様たちも高度な勉強をさせられたりで頑張ってたんでしょうけど。 国家成立の核心に繋がる軍事教練に手を抜いていたのが大失態だったというのが良く分かる事例になってますねぇ……。
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