40話 サラマンダー計画
戦後のディーテ王国は、遅れ馳せながら戦闘艇の電磁パルス砲対策と、能力向上を図る事となった。
王国では国賊たちの機密漏洩で志願兵数十万が犠牲になっており、戦後であろうと対策を行わない訳にはいかなかったのだ。
元々の戦闘艇は全長120メートルだが、魔力160が追加されるD級精霊結晶であれば、全長150メートルまで大型化できる。電磁パルス砲対策のコーティング処理で厚みを増そうとも、武装を強化しようとも、魔力者と魔素機関に問題は無かった。
正式名称・サラマンダー計画。
サラマンダーとは、16世紀のヨーロッパにおいて錬金術師パラケルススが記した『妖精の書』において、地、水、火、風の四大精霊の1つに数えられた火の精霊だ。
精霊結晶の力によって戦闘宙域を駆け回り、激しい炎を噴き掛けて敵艦を撃ち落とす戦闘艇に相応しい名称だとして、新型戦闘艇はサラマンダーと名付けられる事になった。
戦闘艇の優れた点は、操縦者が1名で人的損害が小さく、精霊結晶の装着者が対象のために人材確保が容易で、自動制御されるために操縦の教育が簡単で、構造が単純なので建造も楽なところだ。
元々の戦闘艇は、レーザー砲と魔素機関を繋げ、艇体各所にスラスターを付け、それを外装で覆って形状を整えた高速機動砲台だった。サラマンダーは、その性能面を最優先にした結果、持ち手が無い飛び回るレーザー光線銃となった。
星間航行能力や居住性、食料生産能力や循環システム、兵器搭載能力や汎用性などの各種機能は全て捨てており、自動化した工場でレーザー光線銃を作るほど簡単に建造できる。
試作型は完成しており、後は許可を出すだけだった。
「それでは新たな戦闘艇であるサラマンダーの試験結果につきまして、ご説明申し上げます」
大佐の階級を持つ軍政省企画局のサラマンダー計画課長が、通信画面に姿を見せる三庁の少将9名に説明を開始した。
サラマンダー計画部長、戦闘艇部長、空母艦部長、要塞部長、防衛施設部長、アンドロイド部長、会計監査部長、戦闘艇教育部長……そして精霊結晶部長。いずれも所管の範囲内において、相応の裁量権を持つ将官たちだ。
「サラマンダーの全長は150メートル。従来の1.25倍と大型化しますが、空母への搭載数は従来のままです。魔素機関は、D級精霊結晶の加算160に合わせた専用タイプを用いて、出力が1.33倍になりました」
調整に奔走させられた空母、要塞、防衛施設の各部長たちは、それぞれ苦々しい表情を浮かべた。
それでも電磁パルス砲対策のコーティング処理を行うためには、サイズが大きくならざるを得なかったのだ。
「魔素機関を大型化させたサラマンダーは、攻撃力、防御力、機動力のいずれも向上しました。対艦戦闘力は、従来の戦闘艇の1.6倍です。当然ながら艦隊戦力評価も、向上しました」
「戦闘力が1.6倍になったのか!?」
要塞部長が驚きの声を上げると、計画部長が誇らしげな顔となった。
計画課長が、他艦と比較した新型戦闘艇のデータを示す。
・巡洋艦 全長3300メートル 戦力評価8
・新空母★ サラマンダー100艇 戦力評価8
・旧空母★ 旧型戦闘艇100艇 戦力評価5
・軽巡洋艦 全長2100メートル 戦力評価3
・駆逐艦 全長1200メートル 戦力評価1
・新戦闘艇 サラマンダー1艇 戦力評価0.08
・旧戦闘艇 従来戦闘艇1艇 戦力評価0.05
・新 1個艦隊戦力評価 3843
・旧 1個艦隊戦力評価 3693
数値を見た要塞部長は、それが見間違いで無いのかを何度も確認した後、計画部長に尋ねた。
「この数値が正しいのであれば、今度は巡洋艦の不要論が出るぞ。シミュレーションは、どれほど行ったのだ」
「技量が平均的な操縦者5000人に操艦させてデータを取り、コンピュータであらゆる環境の模擬戦を合計10兆回行わせました。敵評価値の1.2倍の戦力があれば、いずれの艦種が相手でも勝率が平均8割を超えております」
「ぬう……だが、建造費などは如何か」
要塞部長に問われた会計部長が、右手の指でこめかみを押さえながら口を開いた。
「使用する資源量は従来の2倍だが、新型戦闘艇の量産によって軍艦と軍人の被害が減るのであれば、遥かに安く上がるとの結論が出た。戦時中であれば、私も強く推す側に回っただろう」
「今は違うのか」
「終戦後というタイミングに、多少の戸惑いを覚えただけだ。旧連合民を威圧する必要もあろう。財政局は、既に局長が必要な予算を承認している」
「なんだ。賛成ならハッキリ言えば良いではないか」
「軍の財布を預かる会計監査部は、支出に対して渋ってみせるのも仕事の内だ」
会計監査部長が憮然と答えると、要塞部長はつまらなそうな顔をして黙った。
両者の話し合いが終わると、計画課長が説明を再開する。
「新たな資源調達も不要ですので、建造は艦艇造船所で容易に行えます。ご承認を頂けましたら、建造の後、星間航行部隊へ優先配備、次いで星系防衛部隊へ配備の予定です。疑義など、ございますでしょうか」
実務的な質問は幾つか出されたが、いずれも反対するほどの内容では無かった。9名の少将からは直ぐに承認が集まり、サラマンダーはディーテ王国軍に正式配備される事が決定した。
その中で1人だけ最後まで無言を貫いた少将は、会議が終わるとすぐに通信を切って通信室を出た。
少将は、無駄に広い廊下をアンドロイドたちに頭を下げられながら通り抜けていく。やがて1つの部屋に辿り着くと、ノックして入り、部屋の主に不満を訴えた。
「お母さん、聞いてよっ!」
言い募る少将の見た目は、10代後半。
やや黒みがかった茶髪は、ふわりと広がりながら肩まで伸びている。
髪よりも明るい瞳は茶色で、生気に満ちている。白くて瑞々しい肌に、ぷっくりとした薄桜色の唇が映えている。
顔の造形は美しく整っており、対面すれば柔らかい印象を与える愛嬌がある。
均衡の取れた身体は、一般的な女性に比べて鍛えられているが、それでいて女性らしい丸みも帯びている。
彼女の氏名は、ユーナ・ストラーニ・アステリア。
自身より強大な敵を倒した時にだけ与えられる武勲章を五度も受章した歴戦の少将閣下であり、首星防衛戦で数億人を救命した王国守護者の1人にして、王族では国王に次ぐ絶大な人気と知名度を誇る第一王女殿下である。
「どうしたのかしら」
ユーナに聞き返した母親は、外見は加齢停滞技術で三十路を維持している。
黒みがかった亜麻色の髪は、娘よりもサラサラとしており、軽くウェーブが掛けられて胸元まで伸びている。
瞳は緑のペリドットと黒を混ぜた色で、ユーナよりも色素が濃い。目付きは垂れ目で、力強い印象を与える瞳の色彩とは対象的に、穏和な印象を与える。
軍人だった娘とは異なり身体を鍛える事はしておらず、ごく一般的な貴族令嬢の1人だ。
母親の氏名は、マイナ・ストラーニ・アステリア。
ディーテ王国の第二王妃であり、公式にはマイナ妃殿下や、第二王妃殿下と呼称される。
一人娘のユーナが、同級生の男子を巡ってカルネウス侯爵家令嬢と争う事になり、仕方が無いからとユーナの父親ヴァルフレートの第二夫人となった。そして夫が国王となり、王妃教育を受けないままに第二王妃となった元男爵令嬢だ。
国民に対しては、ユーナ第一王女の実母として、幅広く知れ渡っている。
戦争を終わらせた夫と、数億の国民を救った娘の功績で、国民からの好感度は最初から上限を振り切れている。そのため王妃教育を受けていない元男爵令嬢という点は、まったく不利に働いていない。
随分と年下の第一王妃を立てながら、第二王妃として公務を手伝い、公務には自分の趣味趣向で戦災孤児の支援などにも勝手に力を入れつつ、時折一人娘の様子を聞きながら、のんびりと暮らしている。それが第二王妃の日々である。
「会議に出ても、完全に話にならないの!」
「あら、そうなの」
娘の話が楽しみの1つである第二王妃は、穏やかな笑みを浮かべながら続きを促した。
「あのね。前に一度だけ、わたしの後ろでお父さん、最高司令官で元帥のヴァルフレート・ストラーニ・アステリア国王陛下が話を聞いていて、途中で会議に入ってきた事があって、それからわたしが会議に出るときは、皆が全部に賛成して、会議が単なる報告会にしかなってないの!」
「お父さんは会議で、何を言ったのかしら」
不思議そうに尋ねるマイナに、ユーナはふくれっ面で訴える。
「『精霊結晶による艦隊増強計画は、元々が余の発案だ。汝らは、各々の所管する範囲で実現にあたっての問題点を掌握し、それらを解決せよ。また遅滞する要因があれば、会議の場で述べよ。余がそれを排除する』って脅したの。きっと部長さんたち、上司の局長さんに報告しているよ。だって局長さんたち、会議の前に承認を出しているもん!」
「そうなのね。きっと凄く実現したかったのでしょうね」
頷いて話を聞き続けるマイナに、ユーナは訴え続けた。
「それで、皆がわたしには極力触れないようにして、触れるときは丁寧語で、説明役の人も大佐さんとか下の階級の人を連れてきて、敬語で如何でしょうか。って聞くの。わたしが発言したら、大佐さんが慌てだして、会議の空気も凍っちゃうの」
「あらあら、大変ね」
「もう、本当に困るよ」
マイナが話を聞き続けると、ユーナは次第に落ち着きを取り戻していった。
「ユーナ、気分転換に王家のお仕事をしてみないかしら」
「……えっ、なにそれ」
「王家、人手不足なのよ」
マイナはのんびりとした口調で、王家の人材不足を語った。
王族には、公益法人の名誉総裁や副総裁、各種式典の列席など様々な公務がある。だが現王の妻子は、第一王妃、第二王妃、子供4人の合計6人だけだ。
引責退位した前国王は公務に就けず、前王妃も夫に準じている。
前国王には、側室を含めて程々に子供が居たが、分家せずに残っていた男性は新国王即位と同時に臣籍へ下り、姉妹たちは全員成人して、殆ど降嫁している。
腹違いの妹は一部残っているが、王侯貴族の義務である国家への貢献……すなわち敵を倒す事や、魔力者の子供を産む事をせずに王族に居座って、一体何をやっているのかと白い目で見られるため、王妃の代役は期待できない。
ディーテ王国においては、王侯貴族は義務を果たすから偉いのであって、王族だから偉いのでは無いのだ。
元王太子は戦死、元王太子妃は放逐、元王太孫は処刑。
元王太子の子供は、側室の子を含めて程々に居る。
だが父親は、太陽系侵攻で首星側に10億人の死者を出した愚者。兄は、軍事機密を敵に漏洩させた国賊。正室の子供であれば、母親は長男を国賊に育て、叔父は軍事機密を敵に流した実行犯で数十万の王国民を殺した国賊。
子供達に罪は無いが、『出自』を選出理由とする就任は不可能だ。
沢山の名誉職を兼ねるマイナは、兼務が限界になりつつあった。そして目の前には、名誉職を一つも持たない、国民に大人気の第一王女が居る。
第一王女は、数多の敵を打ち倒しただけではなく、首星防衛戦では数億人を救命し、その後は救助活動と復興支援に奔走し、太陽系で復興に消費した資源の調達も行った。
第一王女であれば、ケルビエル要塞に命を救われた首星の数十億人や、その親類縁者や友人たちが、根強い支持者となる。どれだけ兼務しようと、式典への出席が少なかろうと、年1回寄稿するだけであろうと、誰も文句を付けない。
むしろ公益法人は、素晴らしい名義を貸してくれたと感謝する。
「王家の公務を入れてくれたら、お母さんは助かるなぁ」
「えー、わたし降嫁するから無理だよ」
即座に断られたマイナは、上目遣いでユーナを見詰めた。
「そんな顔しても駄目。それにお休み中に仕事を入れたら、ハルト君と会う時間も無くなるでしょ。それで他の娘に取られたらどうするの」
「それもそうだったわね」
マイナは名誉職を分担してもらう事を、渋々と諦めた。
一人娘の結婚が掛かっているのであれば仕方が無い。
ユーナが軍の仕事をしているのも、婚約者のハルトが軍に居るためと、アマカワ侯爵家が全株を独占するセカンドシステム社の精霊結晶を管理するため。その2つが最大の理由なのだ。
但しマイナは、娘に釘を刺した。
「でもユーナは、陛下の子供で唯一の成人でしょう。今すぐ陛下に何かあった時、あなたは次王決定までの王権代行者になるわよ」
「えええっ?」
突拍子も無い言葉に、全く意味が理解できなかったユーナは、思わず大声で聞き返した。
「わたし、王位継承の魔力は無いんだけど?」
「あら、あなたの特別な精霊結晶と合わせた魔力はいくつかしら?」
その一言で、ユーナは非常に嫌な状況を察した。
ユーナの魔力は2万6138で、B級精霊結晶を足すと2万8698になる。
王位継承に必要な魔力は2万7440。
王に求められるのは移動要塞を動かせる魔力であって、移動要塞を動かすために精霊の魔力を足してはいけないという決まりは無い。
実際に動かして役に立つのかという疑問は、胸元に輝く勲3等シリウス章が答えを示している。むしろ第一王女より役に立った人間が、王国全体でも指折り数えるほどしか居ない。
そして首星には、数十億人の支持者も居る。
「絶対に嫌。そんなの興味ないから! お父さん、長生きしてね!」
ユーナは心の底から、父親の健康を祈った。