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39話 天華6家

挿絵(By みてみん)

「我々は、決断しなければならない」


 マクリール星系から、銀河の外側へ600光年の彼方。

 天都と呼ばれる恒星系と近隣星系を統治するタン家の後継者・憂炎ユーエンは、同じように250光年から500光年離れた恒星系を統治する5家の有力者たちに語り掛けた。

 ユーエンを含めた6家は、総人口1000億の天華連邦を構成する6国の支配家だ。

 歴史を遡ること697年前、西暦3045年にユーラシア大陸の大国が、太陽系から500光年離れた恒星系・深城シェンチェンに自国のみで移民した。

 それは自国の繁栄を目的とした星間移民であり、地球各国には秘匿されていた。大国は独自開発した深城に国民を移住させ続け、星系を自国領として既成事実化していった。

 500光年彼方の深城は、ディーテにも劣らぬ理想的な居住環境を持つ星系だった。

 地球から離れていたために現地政府の判断で開発を続けた深城は、必然的に自治権の強い独立星系へと生まれ変わっていった。

 移民から237年後、地球への天体攻撃が行われた頃には、深城は数十億の人口を抱えており、周辺星系に新たな移民先を求めて進出する星間国家となっていた。

 地球本国から着の身着のままで避難してきた「無力なくせに威張り散らす勘違い連中」を軍事力で強制的に統治下へ組み込んだ彼らは、自らを『天華民国』と呼称し、複数の星系に移民した後は『天華連邦』を名乗った。

 天華連邦は、現在6つの居住星系を中心に構成されている。

 人口の多い順に天都ティエンドゥー深城シェンチェン新京シンジン大泉ダーチュワン本陽ベンヤン九山ジョウシャン

 統治家はタンソンガオシュツァオリン

 各星系は最短で250光年、最長で500光年ほど離れており、天華の気質から独立性の高い集団として6国に分かれた。


挿絵(By みてみん)


 天華6国は、各々が周辺星系を資源調達地として組み込み、互いに競争やけん制も行いながら、深城の初定住から697年に渡って繁栄を続けてきた。

 人類国家連合群との交流は、限定的に存在した。

 天華の成り立ち故に接触は限定的だったが、様々な情報を得るために最低限の交流は保ち続けた。互いの民間交易船が行き来することは無かったが、政府の星間交易船は国家間交易を行っていた。

 天華民は、自らを合理的な民族だと考えている。

 その合理的な考え方に基づき、王国と連合が争って天華が繁栄する漁夫の利こそが、天華の歩むべき道となっていた。

 王国と連合が戦争を繰り広げる間は傍観し、決着が付きそうであれば横槍を入れる方針で、経過を見守ってきたのだ。

 だが二勢力の星間戦争は、王国による連合全星系の併呑という形で、終結してしまった。


「決断は必要だが、問題は中身だ。宋家は、唐家が提案した王国への開戦には反対する。我々は最良の機を逃した」


 ユーエンの通信室には、現在5つのスクリーンが表示されている。

 その1つ、深城から多次元魔素変換通信波で長距離通信を繋げている男が、毅然と反対の意思を示した。

 天華の発祥の地となった深城を統治する宋家。その当主と第一夫人との間に生まれて才覚も示し、順当に後継者となった浩然ハオランだ。

 ユーエンは目を細め、厄介な反対者の顔を見詰め返した。

 彼に加えて、当初は天華3位の新京や4位の大泉からも懸念が示されていた。

 反対1家と懸念を表明した2家は、いずれも王国が攻め込める宙域に首星を持つ。

 王国が攻め落とした旧連合のマクリール星系は、深城から僅か250光年の近距離だ。新京や大泉も400光年未満で、王国であれば確実に攻め込める。

 ディーテ王国は、敵の居住星系に天体攻撃を行う事を常套手段とする国家だ。逡巡した家は、いずれも自領が被害を受ける可能性を懸念したのだ。

 後方星系は最初の打診で賛同しており、新京と大泉も説得に応じ、残りは深城の宋家だけとなっている。

 深城はマクリール星系から近いだけでは無く、王国首星からも680光年と最短の星域にあり、ヘラクレスや太陽系にも近い。天華民が太陽系から最初に移住した星系であるから、当たり前の話ではあるが。


「今の王国が相手であれば、我々は確実に勝てる。だが100年後には、12の恒星系に1000億人を擁する国家、各星系の防衛には、精霊結晶を用いた膨大な戦闘艇群。我々の子供や孫世代の脅威について、宋家はどう考える」


 1位の唐家から問われた2位の宋家は、険しい表情で懸念を口にする。


「指摘は事実だ。今であれば、あちらの基準で50個艦隊と、通常兵器対策を終えた戦闘艇が数千万艇……全員熟練と見積もって、400個艦隊相当。徴兵すれば増えるだろうが、戦闘艇は星間移動できないのだから、天華連邦は勝てる。だが王国が捨て身になれば、深城が被害を受けかねない。従って反対する」


 その間に王国全星系を確実に併呑できる。その言葉が出かけたユーエンは、喉元から這い上がってきた感情を飲み込んだ。

 王国は連合との戦いにおいて、巨大要塞に精霊結晶を使う戦闘艇の大軍を載せて、4星系を瞬く間に落とした。

 4番目のマクリール星系制圧後、王国支配領域に取り残された連合国民10億人のヘラクレス星系は降伏するしか無かったが、降伏を受け入れられずに亡命した者達も居る。

 深城に亡命した旧連合軍人からは、王国の戦力や精霊結晶に関する情報が入手できた。その上で、天華は確実に勝てると判断したのだ。

 考え込んで沈黙していたユーエンに対し、反対派のハオランは自らの考えを口にする。


「天華の脅威を排除する事が目的だとしても、まずは国交を結び、天華が精霊結晶の技術力を得た上で、圧倒的に有利なタイミングで動けば良い。近年は緩んでいたが、天華の国家魔力者は世代ごとに倍加も可能だ。そもそも我々には、王国への恨みも無い」


 ハオランが指摘したとおり、天華にとってディーテ王国は、特に恨みが無い相手だ。

 地球を破壊されたが、それによって天華は本国から完全に解放された。

 地球からの不遜な避難民たちは、天華外として天華の下に組み伏せたが、彼らのうち高魔力者は各家が血を取り入れ、中魔力者たちは現在の国家魔力者の礎とした。

 天華1位の天都を治める唐家のユーエンも、魔力が高かったロシア系避難民の血を何度も入れて、外見はアジア人ではなく、栗色の髪で肌は白く、目が茶色のルーシ人に近い見た目だ。

 国家魔力者の量産方式は、魔力者男性の精子を用いて、魔力者女性に子供を生ませる人類国家連合群と同じだ。連合は世代ごとに魔力が平均0.45倍に下がって断念したところを、天華は強引に押し通した。

 例えば魔力2万2000の高魔力者男性と、魔力3400程度の中魔力女性との間に生まれる子供は、0.45倍でも第一子が3623、第二子が3508、第三子が3404、第四子が3312になって、母親の魔力から下がらない。

 4人産ませて男女が半々であれば、次世代には船を稼働させる男2人と、子供を産ませる女2人で、天華の船と魔力者の母体が倍化する。

 360年前、約2000人の母体で始まった制度は、概ね30年サイクルで1.8倍ずつ母体を増やし、現世代では120万人以上の新たな母体を生み出している。

 女と同数の男も生まれており、天華は王国巡洋艦規模の艦を動かせる120万人以上の魔力者によって、王国基準で2000個艦隊以上の総戦力を有している。目標値から脱落した者達の子孫も戦闘艇を動かせるので、艦隊の汎用性は低くない。

 それで足りなければ、前世代の男たちを再徴用すれば良い。子供を産み終わった女も、駆逐艦規模は動かせる。民間船は強制対象外の天華民が運用するので困らない。

 現在の天華6国は、これほどまでに絶大な力を有している。

 繁栄の切っ掛けを作ってくれたディーテ政府による地球への天体突入は、天華にとっては福音ですらあった。

 だがユーエンにとっては、恨みが無いからといって、将来の危険の芽を摘まない理由にもならなかった。


「今であれば、天体突入で200億人を殺した王国を非難し、旧連合星域と連合民を引き渡せと要求できる。その次は王国が本国へ連れて行った連合民も全員返せと要求して、いつでも宣戦布告が出来る。この大義名分は、王国と国交を結んでしまえば使えなくなる」


 開戦の具体的な方法を語ったユーエンに対し、ハオランが制止を掛ける。


「状況は理解している。敗北するとも思っていない。だが犠牲は出るだろう。そして精霊結晶に関して、私には大いに疑念がある。そもそも精霊とは何だ。限界点はどこにある。ワケの分からない武器を持っている相手には警戒すべきだ」

「連合との戦争では、一回り大きな同艦種と互角に戦えた程度だ。戦闘艇の数が厄介な事は認めるが、ワープ能力を持たず、星系内防衛にしか出てこない。王国が敵星系を壊せる以上に、連邦は敵星系を壊せる」

「だからといって深城が壊されては困るのだ」


 精霊結晶に関して、ハオランは強い警戒心を抱いている。

 ヘラクレス星系からの亡命者の手土産には、精霊結晶を持つ王国軍捕虜たちがいた。

 王国軍が使用させていた、貴族・軍艦長専用とされる最高級の精霊結晶。一度接続すれば、他人が使用する事は出来ないが、捕虜自身に使用させて殆どの性能も判明している。

 変換魔素の収束率を上げてレーザーのシールド突破力を引き上げ、逆に変換魔素を集めてシールドの厚みを変える事で防御力を増させ、高次元空間では移動速度と航続距離を向上させ、索敵範囲を広域化させて感知精度も向上させる。

 使用者の魔力を引き上げて、一般人でも魔素機関を稼働させられるようになり、精霊結晶の稼働にエネルギーは不要で、大量生産が可能なので全人類が1つずつ持てる。

 このような技術を過小評価できるわけがなかった。


「我々も理解できて、数点の技術的な問題によって実用化出来ていないのであれば良い。だが、中身を全く理解できていない。それでは過剰に怖れているのかすら判断出来ない。懸念材料を残したまま開戦すれば、後悔するかもしれない。私は深城の安全を最優先する」


 今が機会だと訴えるユーエンと、相変わらず慎重な姿勢を崩さないハオラン。

 互いに相手の言い分は理解できるが、同調は不可能だと鮮明になった事で、ユーエンは決断を下した。


「分かった。それでは賛同する5家で開戦し、反対する宋家は参加しなければ良い。その代わり戦わない者に、戦果の分配は無しだ」

「…………良いだろう。承知した」


 折り合いが付いた6家は、それぞれが安堵した。

 結果として天華連邦は、王国に最も近い深城の宋家だけが独自に王国と国交を結び、その後に残る5家が開戦する事になった。

 先行して国交交渉を行う事になった宋家のハオランは、5家との通信が切れた直後からすぐに動き出した。


「5国を敵に回す王国との国交は、確実に成立する。5国790億人と戦う王国390億人は、加えて210億人まで敵にしたくはないだろう。我々は、戦争のエネルギーを開発に振り向けた方が良い」


 ハオランにとっての最優先目標は、深城に被害を与えない事。

 早々に成立させるために、国交樹立時には、連合からの亡命軍人に手土産として連れて来られた王国軍捕虜の返還も条件に加える事を考える。

 さらにハオランは、もう一手を打つことにした。それは婚姻外交だ。

 深城を統治する宋家のハオランには、6人の妻と15人の子供が居る。優秀な後継ぎを得るために産み分けを行わせた結果として娘は4人しか居ないが、5人目の妻の2番目の子供である佳丽シャリーは、婚姻外交には打って付けの娘だった。

 210億人を統治する宋家の中心人物に嫁入りできた才色兼備で高魔力の母親から産まれたシャリーは、母親から受け継いだ優秀な遺伝子と、宋家の英才教育を受けた才色兼備の美女だ。

 彼女は昨年、他の人間が大学に通い始めた年齢で、最難関の国立深城大学を飛び級で卒業した。

 体格は小柄で、小顔に垂れ目で肌が色白。髪はピンクグレージュのナチュラルなイノセントカラーで、肩より少し長いロングを手入れが楽で自然な雰囲気が出る無造作ウェーブにしている。

 普段から気怠い雰囲気を出しており、彼女の年齢と相俟って、少女と大人の中間の危うい色気を醸し出す。

 そんな彼女には、ゲーム好きでコミュ障の引き籠もりという致命的な欠点があった。


「シャリー、お前をディーテ王国との国交樹立を目的とした使節団の一員に選んだ。目的は婚姻外交だ。宋家に新たな家と繋がりを持たせ、宋家の根を広げていく。お前は、宋家のためとなる男に嫁げ」

「え、嫌です」


 自室に乗り込んできた父親のハオランに宣言されたシャリーは、即答で拒否の構えを取った。


「というか、引き籠もりに何を言ってるの。天華外なんて無理。死んじゃうから」

「お前が天華外を拒むのであれば、天華6家内で、最も宋家のためになる相手を選ぶ。それが100年くらい独身で、色々と拗らせた変態大妖怪であろうと、天華内であれば文句は無いのだな?」

「はぁっ? どうして最悪の二択なの。三択目は、四択目は?」


 全力で嫌がり、なんとか時間を稼ごうと図る娘に、ハオランは非情な決定を告げる。


「大学を飛び級で卒業したかと思えば、家に引き篭もってゲーム三昧。だから私が進路を決めてやる事にしたのだ。売るなら早い方が良い。相手は、お前の悪名を知らない。上手くやれ」

「悪名って、一応はヒッキーじゃなくて、団体の理事とかになっているでしょ。パパがしてくれて、私は名義だけだけど」

「そして1年以上も引き籠もるだけだった。最早、お前に拒否権など無い。向こうで一番良い相手を選べ。相手は断れない。これは真人間に戻る最後のチャンスだ。判明している王国の情報は全て渡す」


 ハオランの顔色を窺っていたシャリーは、今回の父親からの「働け引き籠もり」が普段とは異なる事を察した。

 シャリーの小さな口元が、次第に引き攣っていく。


「無理、無理、無理、無理、ほんっとに無理。ねぇ、お願いパパ。あっ、あたしパパと結婚するから!」

「お前が王国へ派遣された後にノコノコと帰ってきたら、両手両脚を縄で縛り付けた上で、変態の寝室へ婚姻届と一緒に放り込んでやる」

「…………嘘でしょ」

「私が悩んでいるのは、どの変態の寝室に放り込むかだけだ。なるべく濃い変態の方が、私に対して恩に着て、宋家のためになってくれるからな。それを心に刻んで、婚姻外交を選択するか、選択せずに変態の寝室に放り込まれるか、いずれかを決めろ」


 通告を終えたハオランは踵を返して、娘の部屋を立ち去っていった。

 扉が音を立てて閉じた後、シャリーは茫然自失としたまま固まり続けた。

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― 新着の感想 ―
割とこの親子の会話、好きなんですよね。 案外、親子仲が悪くなさそうなところも含めて。 普段から、当主自ら足を運んで叱りつけてたんだろうな、とか、働け引きこもり c(`Д´と⌒c)つ彡 ヤダヤダ で、…
[良い点] チャイナ服はっ!?チャイナ服着てくるんですよねこのダメムーブ娘!??
[一言] 厄介な敵と濃いヒロイン(?)登場ですね 続き楽しみです
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