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04話 ライバルキャラ撃沈

 ヒロインのライバルキャラの一人、フィリーネ・カルネウス。

 彼女の実家は、総人口400億のディーテ王国において、僅か14家しか無い侯爵家の一つだ。王家と公爵家を含めても、王国で偉い順から上位20家に入る。

 各侯爵家は、8億人程度の領地を有しており、貴族の幅広い非課税特権との相乗効果で、凄まじい力を持っている。ハルトの祖先が住んでいた日本の約8倍もの国家を束ねるに等しい一族だ。

 爵位と引き替えの義務は、侯爵級の巨大な魔力で、全長1万7000メートルの要塞艦の動力源となる事。戦時には敵の砲撃から首星を守る防壁となり、敵の首星に突入する流星群の一つとなる。

 フィリーネの祖父は侯爵で、フィリーネの父は次代侯爵だ。

 だがフィリーネの世代で誰が侯爵位を継承するのかは、未だ定まっていない。

 王国法において『侯爵』は、基準値12、魔力1万7280以上と定められる。

 それは魔力を保ち、人類連合に対抗する力を維持するためだ。

 ディーテ王国には地球人と壮絶に殺し合った歴史があり、独立を維持するために高魔力者が不可欠であるため、侯爵位の継承条件に例外は許されない。

 次代の魔力が落ちるなら、爵位も落ちると国法で定められている。

 また同一血統によって爵位の独占が起こらないように、爵位継承は直系のみとも定められている。


 そのため後継者に選ばれるのは、出産で魔力を1割ずつ落として貴族家当主としての魔力基準値を満たさなくなる心配の無い男性である場合が多い。

 だがカルネウス侯爵令息の子供は、3姉妹と弟の4人姉弟だった。

 長女ヨハンナ、魔力は1万9750。当主として、一度子供を産める。

 次女フィリーネ、魔力2万5733。当主として、三度子供を産める。

 三女ドローテア、魔力2万7040。当主として、四度子供を産める。

 長男ホルスト、魔力は1万2548。そもそも子爵相当の魔力しか無い。

 まずは魔力不足により、本来本命である長男が、侯爵位の継承候補から外された。以降、次女と三女を本命として、長女も交えた三つ巴の争いが始まった。

 3姉妹の具体的な争い方は、配偶者の選択だ。

 親から子供への魔力の引き継ぎは、「(父親+母親×3)÷4」を基準として、概ね99.99%は基準の半分以上から2倍以下の範囲内に収まる。

 子供の魔力を平均すると親の0.9倍で下がる傾向にあり、父親が貴族で母親が平民のような極端に差がある場合の魔力継承も上手くいかない。

 稀に親の2倍以上の魔力になる事もあるが、それは宝くじの一等に当選する確率(2000万分の1)にも等しいと言われる。

 そのためカルネウス侯爵家に限らず各貴族家は、子孫がなるべく高い魔力になるように、爵位継承者を選別している。


 侯爵位の継承条件は、姉妹の婚期中か爵位が父に移るまでに、子供が最も高い魔力値になる相手を選んでいる事。

 子供への魔力継承は、母親が父親の三倍も影響を及ぼすため、フィリーネは妹との魔力差1307の三倍である魔力3921ほど条件の良い相手を見繕って、実家に連れて行かなければならない。

 公爵と侯爵、侯爵と伯爵の魔力差は、約4000。

 従ってフィリーネは、三女が伯爵級を連れてくるなら自分は侯爵級、三女が侯爵級を連れてくるなら公爵級を連れて来なければならない。

 しかも三女の方が若いため、三女は次女が連れてきた相手に合わせて相手を変えられる圧倒的に有利なアドバンテージを持っている。

 次女フィリーネと三女ドローテアの仲は、ハルトが知っている乙女ゲームのハードモードでは最悪だった。

 少なくともドローテアはフィリーネを敵認定しており、ドローテアが侯爵位を継承した場合、敗北者となったフィリーネに何をするか分からない。女性が行う復讐は、時に男性の理解を超える。そしてドローテアは、ハルトの理解を超える女だ。

 ヒロインのユーナが高等部で出会う攻略キャラのうち、后を必要とする王太孫や、王太孫の腹心である公爵令息以外の高魔力者との交友値が上がった場合、フィリーネは自衛のために、一歩も引かない強力なライバルキャラとなる。

 中等部では王太孫と、腹心で女性には目を向けない公爵令息以外にめぼしい相手がおらず、フィリーネは高魔力となった男子が大量に入ってくる高等部に期待するはずだった。

 その歴史が、中等部の魔力順位発表で王国最高と称えられていた王太孫を超えたハルトの出現により、若干と称するには控えめな変化をもたらした。

 魔力が王太孫を超えて国内最高。

 中等部の同級生で同い年。

 容姿、性格、成績、友人関係に特段の問題なし。

 中等部時代の交友関係に問題なし。

 男爵家から独立した士爵の次男で、爵位の継承予定無し。

 定められた婚約者どころか、彼女も居ない。

 最高の獲物が目の前を歩いているのに、それを見逃して別の獲物を探しに行く肉食獣は居ない。獲物が士官学校への進学を表明した結果、フィリーネはライバルが一気に減ると喜んで、そのまま士官学校まで追ってきた。


「先日の借りを、返して頂ければと思いまして」


 笑顔で嬉しそうに告げるフィリーネに、ハルトはすんなりと納得の意を示した。


「カルネウス侯爵家の後継者争いか」

「あら、ご存じでしたのね。どの程度を知っておられますか」


 ハルトが知っているゲームの知識と現実とは、殆ど一致している。兄弟姉妹と誕生順まで同じため、ハルトはゲームの知識を前提に話した。


「三女ドローテアより不利で、ワンランク上の相手を連れて行かないと大ピンチだったかな」

「お恥ずかしながら、そのとおりですわ。過日、姉ヨハンナが侯爵級の魔力を持つ相手を連れてきました。わたくしも誰かしら連れて行かないと、祖父に何かあった時に阻止できませんの」

「それで候補者として、高魔力者の俺を紹介したいということか」

「はい。お願いしますわ」


 フィリーネが、あざとい上目遣いでハルトを見つめた。

 困っている時に手を貸してくれた同級生から、困っているので手を貸してくれませんかと頼まれるのは、それほどおかしな話では無い。なんとか切っ掛けを作ったフィリーネが、それを活用してハルトに声を掛けた次第だ。

 もちろん紹介された後、それでさようなら……とはいかない。

 カルネウス侯爵に紹介された以上、多少は付き合っていますと体裁を取り繕う必要がある。そのまま問題が無ければ先に進むだろうし、少なくともフィリーネはそのつもりでいる。

 ハルト自身も、別に悪い話では無いと思っている。


「フィリーネから声を掛けて貰えるなんて、物凄く光栄な話だとは思う」


 フィリーネの遠い祖先は、北欧だろう。

 乙女ゲームでヒロインのライバルになっていただけあって、外見は容姿端麗の見本だ。サラサラと流れるような銀髪に、美しい空色の瞳。顔立ちは花が咲くように愛らしく、体型は体操選手のように無駄な肉が無くてスリムだ。

 仕草は柔らかく、平素は物腰も穏やかでありながら、士官学校に来るほど芯も強い。

 ユーナがジギタリスと争う際には、味方になって手を貸してくれるルートもあったため、ライバルキャラの設定だが特に性格も悪くない。

 追い詰められ過ぎると壊れる事があるが、それは妹ドローテアのせいだ。

 妹も人形のように整った造形だ。そして中身は、真夜中に動き出してナイフを片手に襲ってくる人形である。ヤンデレから『デレ』を省いた存在が、三女ドローテアだ。

 そんな妹を乗り越えて侯爵家を継承した場合、フィリーネはエピローグでしっかりと女侯爵の役割を果たせていた。

 胸は大きくなくて、妖精のようではあっても妖艶ではないので、男性の好みは分かれるだろう。但しハルトにとって、それはマイナス点では無かった。さらにハルトには、上級貴族の後ろ盾を欲する理由もあった。


「光栄な話なんだが……」

「あら、何か問題でもありますか?」

「侯爵家への婿入りは、気持ちの問題で嫌なんだよなぁ」


 長男とは結婚したくないとか、夫の実家で同居は無理だという女性は多いのではないだろうか。それと同様に、妻の実家で妻の父と同居する未来には、ハルトも拒絶反応を示した。


「困りましたわね。わたくしも、なるべく譲歩をしたいのですけれど、侯爵家ともなれば融通が利かない部分も多々ありまして」

「士爵の次男を相手に、破格の譲歩だとは理解している。だけどヒモは嫌だ」


 ハルトの拒絶が自分自身ではなく、条件面にあるらしいと考えたフィリーネは、特に気分を害した様子も無く、考える素振りをして見せた。


「それでは、条件を摺り合わせてみましょうか。おそらく折り合いが付くと思いますわ」


 フィリーネは余裕の表情を見せたが、実際にはヤンデレ(※但しデレを省く)妹に標的認定されており、内心では焦燥感や不安感を抱いている事をハルトは知っている。

 妹がカルネウス侯爵位を継承しても確実に身を守れる立場となると、王太孫妃か、5つある公爵家の継承者の妻しか無い。

 寿命300年と言われている今、各公爵家令息との年齢は合わない。上手く学年が合った唯一の相手も王太孫殿下の腹心で、周囲の女性には隙を見せなかった。

 このままでは、おかしな妄執を抱くドローテアに負けてしまう。

 そのためユーナが攻略キャラとの交友値を上げると、危機感を抱いたフィリーネは色々と大胆な行動を取るようになる。

 一例を挙げるなら、ユーナと攻略が被るキャラに対して、高魔力の遺伝子提供者として協力してくれるなら、ユーナが好きでも構わないと言い出す展開もある。

 侯爵家の財産を一切使わない範囲で浮気を認める。と言うより、むしろフィリーネが浮気相手になるのだが、条件を下げてでも相手を確保しようと図る。

 婿養子が嫌なハルトは、差し当ってユーナへの好感度を自分で勝手に上げてみた。そして、結婚したいくらいにユーナが好きだと自分を錯覚させたところで、フィリーネに交渉を持ち掛ける。


「たとえ受けるにせよ、侯爵家の財産を一切使わない範囲で、俺は自由にさせて欲しいな」

「そんなに締め付けませんわ。参加して頂きたい式典や交流会は少しありますけれど、その代わりに自由に使えるお金はきちんと出しますわよ」


 ハルトは十代半ばにして、将来における妻の管理とお小遣い制度を示されてしまった。しかもこの人生は、平均300年も続く。

 現段階で切羽詰っていないためか、それともユーナと奪い合いになっていないためか。ハルトが勝手に上げたユーナへの好感度は、フィリーネには全く通用していなかった。

 ここで何の脈絡もなく「実はユーナが好きなんだ」と言い出しても、条件交渉のための嘘だとしか思われない。ハルトは渋々と、自身が持つ切り札を切った。


「ドローテアを早々に敗北させられる話があるぞ」

「はぇっ?」


 素っ頓狂な声を上げたフィリーネに、ハルトは思わず苦笑した。


「もう、不意打ちで驚かせるからですわよ。それで、何て仰られました?」


 フィリーネの目からは、先程までとは異なる興味の色が滲み出ていた。釣れたと判断したハルトは、先に条件を詰めようと図る。


「その前に交渉だ。俺の提案が、確実にドローテアを敗北させられると認める場合、その話に乗るなら対等な協力者扱いでどうだ。カルネウス侯爵家に口は出さないが、それと同等に俺にも口は出さないという条件だ」

「まずは提案内容について、お話しになってみてくださるかしら」


 言質を取れなかったハルトは、話を聞く気になっただけマシだと割り切って、自分のパーソナルデータをフィリーネに送った。

 パーソナルデータとは、ディーテ王国における公式な身分証明書の一つだ。

 データを見れば、本人の魔力だけではなく両親の出自や魔力まで分かるというもので、貴族同士が正式な婚姻を検討する際に用いられる確認手段の一つでもある。

 送信されたデータには、ハルトの魔力が入っている。


「ええと、はぁ、えっ…………」


 魔力9万1150という数値を見て絶句したフィリーネに、ハルトは改めて確認を取る。

 現在は国家機密扱いとなっている詳細な魔力値を開示できる相手は、両親と配偶者候補の貴族家のみ。それ以外は、魔法学院の成績を発表する制度上、王太孫を超えた所まで知るのみだ。

 王太孫の魔力は3万を僅かに上回り、これは王侯貴族でも最高値だとされていた。

 王国では、第一王位継承権を持つグラシアン王太子と、第二王位継承権を持つヴァルフレート第三王子の魔力が匹敵しており、国民の間では王位継承問題が囁かれていた。

 王位継承問題の決着は、グラシアン王太子に王国最高の推定魔力値を持つ嫡男が誕生したからだ。王位継承問題の解決を図るため、王太孫の数値は3万をわずかに上回ると公表されている。

 その王太孫を上回ったハルトは、新たな王国最高の魔力者だ。

 但しハルトの魔力値は公表されていないため、フィリーネは王太孫を僅かに上回る程度だろうと思い込んでいた。まさか3倍も上回るなど、一体誰が予想できるだろうか。


「俺を連れて行って、パーソナルデータを見せた時点で、カルネウス侯爵家の継承争いは決着する。そうだよな」

「……あ、はい。あの、これって本当ですの」

「パーソナルデータを管理しているのは、王国政府だ。そこにある俺のデータにアクセスする権利をフィリーネに渡して、フィリーネが自分の端末で見ているだけだから、俺が何かを出来るわけ無いだろ」

「それもそうですわね」


 王侯貴族の婚姻や国防に直結するパーソナルデータは、王国によって改竄不可能な管理が行われている。納得したフィリーネは、改めて異常値を見直した。

 ハルトの魔力がどれほど異常であり、一体何が出来るのかは、フィリーネにも大まかにしか分からない。それでもドローテアとの争いに決着が付くことは、フィリーネにも確信が出来た。


「ハルトさんは、先祖返りか何かでしたの?」


 動揺が収まらないフィリーネは、会話で間を持たせて、心を落ち着けようと図った。

 ハルトは会話に応じながら、要求が通るのかの確認を行う。


「王太孫殿下の3倍ほど魔力が有るだけだ。それで、確実にドローテアを敗北させられると認める場合、その話に乗るなら、あくまで対等な協力者という事で良かったかな」

「う゛っ」


 フィリーネから、侯爵家の御令嬢らしからぬ擬音が発せられた。

 ハルトは呻き声に聞かなかった振りをしつつ、最終奥義を繰り出した。


「駄目なら、この魔力でドローテア側に売り込むという手があるか」


 その一言は劇的だった。

 青ざめたフィリーネが両手でハルトの服を掴み、引っ張りながら声を上げた。


「待って、待って、それは駄目よ!」

「ドローテアへ引き替えに出す条件は、俺がフィリーネを妾にして好きにして良いとか。ドローテアは喜んで乗るんじゃないか。いや、あいつは絶対喜んで乗るだろ。そっちの方が、随分と良い気がしてきた」


 色々と妄想が捗るハルトに、フィリーネは青ざめた表情で言い募った。


「わ、わかったから。さっきの条件でも何でも良いですからっ。お願いだからドローテアと組むのだけは止めて下さい。何が良いんですか。何でも良いですからっ!」

「それなら対等な協力者。カルネウス侯爵家に口は出さないが、それと同等に俺にも口は出さない。婿養子は無い。遺伝子提供者は大丈夫」


 改めて条件を口にしたハルトに、フィリーネは必死に何度も頷いた。よほど妹が信用できないらしい。あるいは、別の意味で信用しているのだろう。

 この世界は、各キャラに等しくハードモードであるらしかった。

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センパイらの魔力をポン付けしただけのコソ泥がなぜここまでイキれるのだろうか...
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