35話 マーナ星域会戦
王国暦442年1月。
1年が12ヵ月とされているのは、地球時代に使われていた暦の名残だ。
人類が銀河系に進出したことで、居住惑星ごとに公転速度が異なった。だが年月は、人類の標準時間として、今も使い続けられている。もっとも、日だけは惑星ごとの自転で異なり、1ヵ月が12日や40日の惑星も存在する。
従って王国暦の1月1日は、人類連合においても1月1日だった。
「ハッピーニューイヤー」
「新年おめでとう」
連合の首星フィンでは、新たな年が盛大に祝われていた。
全大陸で花火が打ち上がり、夜空には人工のオーロラが光のカーテンを靡かせ、各地の巨大構造物が数十万色にライトアップされて、西暦3742年の文字を浮かび上がらせた。
連合政府大統領は大観衆の前で祝杯を掲げ、大通りは深夜にも拘わらず大賑わいで、今日ばかりは口煩い官憲も深夜の騒ぎを黙認した。
祝杯でアルコールが体に入った人々は、威勢良く叫びながら街を練り歩いた。
「今年はディーテ星人の親玉を倒すぞ」
「蛮族どもは植民地支配から、鎖に繋いで奴隷管理に変えてやれ」
もちろん首星の全員が街を練り歩いているわけではない。
自宅で過ごす人達に向けては、連合民が持つ情報端末にデチューンして宿れる人造知性体たちが、年明けに相応しい明るい歌を届けていた。
マーナ方面軍の通信司令部に属する軍人も、その歌声を聞く大勢の1人だった。
「いやあ、リンネルちゃんは可愛いなぁ。今日の見えそうで見えない衣装は特に堪らん」
「おい、アラン。勤務中に大尉が人造知性体のスカートの中を覗き込むな。司令部員がその態度では、他も緩むだろう」
「ですけど中佐、ちゃんと見えるんですよ」
「お前が見なければいけないのは、スカートの中身ではなく、定期報告だ」
通信司令部で勤務中の中佐が部下を嗜めるが、中佐自身も新年の当直を押し付けられており、通信司令部全体が緩んでいるのが実態だ。
注意されたアランは、悪びれる様子も無く言い返す。
「人造知性体は、おそらく王国の精霊結晶の前段階だと思います。彼女達が、何かの切っ掛けで変異して跳躍進化すると、精霊結晶に宿る精霊のようになるかもしれません。我々も、手伝ってあげなければ」
「勤務外で手伝ってやれ。それで定期報告はどうなっている」
言い訳をしたアランに、中佐は再度の定期報告を求めた。
「大丈夫です。ヘラクレス方面軍は、定期報告を欠かしていません。デクスター元帥が大部隊を指揮しているのに、通信する余裕すら無く全滅なんて有り得ませんって」
「それはそうだがな」
アランの言い分には、中佐も納得せざるを得なかった。
そこへ星系外縁部から急ぎの通信が届き、中佐は部下への注意を一時的に中断した。
アランが多次元魔素変換通信波の回線を開くと、通信司令部のスクリーン下部に偵察艦の艦籍番号が表示され、偵察艦の戦闘指揮所に居る艦長以下3人の士官が映し出された。
『こちら偵察艦4-C06-09BH0121、艦長バルトシーク大尉。緊急事態』
「こちら通信司令部、通信士官アラン・グルーコック大尉。バルトシーク艦長、状況を説明せよ」
バルトシークは、アランを射殺さんばかりの凄みを帯びた目で言い放った。
『ディーテ王国軍の要塞ケルビエルを確認!』
驚愕に目を見開いたアランに、バルトシークは叫び続ける。
『当艦の左舷上方2億3254万キロの宙域、高次元空間からワープアウト。多次元魔素変換観測波による照合で、ケルビエル要塞であると確認され……』
全てを言い終える前に、通信司令部のスクリーンが白く輝いて通信が途絶した。
「……おい、バルトシーク艦長。どうした」
アランが混乱する中、中佐はバルトシークが訴えたかった内容を、言葉で伝えられるよりも明確に受け取った。
間を置かず、通信司令部の他のオペレーターたちからも悲鳴が殺到する。
「通信司令部に、星系外縁部からの緊急通信と救援要請が次々と入っています」
「全ての非常通報装置を作動させろ」
通信司令部に詰めている中で最上級者である中佐は、直ちに非常事態を発した。
『マーナ星系全域へ緊急事態報告。こちらマーナ方面軍通信司令部、当直佐官クレマン・スターニク中佐。マーナ星系外縁部に、王国軍のケルビエル要塞が出現した。直ちに対応されたし』
通信司令部がマーナ星系内に警報を発した頃、超長距離ワープを終えたケルビエル要塞は、既に作戦行動を開始していた。
真っ先に放出した天体回収部隊が、星系外縁部に展開して作業を開始する。
その間に天体群を強行突破したケルビエル要塞は、後方宙域の掃討に第5艦隊を放出した。直後、要塞は魔素機関を再稼働させて加速を始めた。
同時に星系内全域の魔素機関を探査しながら、4個艦隊を出港待機状態にさせた。
「多次元魔素変換観測波、質量波、光学観測による過去の映像を統合しました。出港中の第5艦隊とも情報統合中」
通信士官の報告と共に、要塞のメインスクリーンに星系図と戦力分布が投影された。
ケルビエル要塞の巨大な作戦司令本部では、大小百以上のスクリーンと投影機に様々な情報が映し出され、数千名の士官が情報を確認しながら、遠征軍への指示を行っている。
最上席には総司令官ヴァルフレートが座しており、そこから見下ろせる位置に、補佐を行うイェーリング大将とリーネルト大将の指揮所も設けられている。
ハルトは巨大化している作戦司令本部の一画に元々の要塞司令部を構えており、ヴァルフレートの命令に従いながら要塞を稼働させていた。
『要塞の索敵情報に、セラフィーナの索敵結果も加えてくれ』
『分かったわ』
ハルトが指示した途端、ケルビエル要塞のメインスクリーンに、マーナ星系の宇宙港に駐留する敵艦隊、小艦隊や分艦隊、単艦までもが次々と表示されていった。
魔素観測されていない建造中を含めた移動要塞も光学観測で拾い上げられ、赤い光が表示される度に算出されていった連合戦力は、やがて100対60で落ち着いた。
ヴァルフレートは一瞬だけハルトの司令部に視線を向けた後、高らかに宣言する。
「第一目標、惑星フィネガスの軍事宇宙港と駐留艦隊、並びに衛星軌道上の移動要塞。要塞を加速させ、要塞背面から全艦隊と全戦闘艇を出港させよ。惑星フィンの敵軍人が惑星フィネガスに駆け込む前に、素早く破壊しろ」
「了解しました。『セラフィーナ、加速。それなりに速度を出してくれ』」
『良い度胸ね』
ハルトに急かされたセラフィーナが、笑いながら魔素に何らかの干渉を行った。
するとケルビエル要塞が青色巨星の如き青光を放ち、爆発的な加速を開始した。
「要塞船速、有り得ない加速です。時速2億キロメートル……3億キロメートル……このままでは、展開する部隊が減速できずに、敵惑星に突入してしまいますっ!」
航宙部長が真っ青な表情で、悲鳴を上げながら訴えた。
報告を受けたヴァルフレートは、即座に立ち上がって叫んだ。
「今すぐ加速を停止しろ! 全艦隊、戦闘艇群、要塞全港から緊急出港せよ。放出後、要塞再加速。動き出す前の敵を倒せっ」
ヴァルフレートの怒号で推進装置が止められると同時に、通信士官達が各所に怒鳴り始めた。
「全軍、直ちに出港せよ。要塞加速度が規定値を超えている。全軍の展開完了前に、敵へ到達してしまう。繰り返す、全軍、直ちに出港せよ」
ケルビエル要塞の外壁が次々と開き、洞窟から飛び出す数十万のコウモリの群れのごとき勢いで、数百万の王国軍艦艇が爆発的速度で一斉に飛び立った。
飛び出した4個艦隊は、艦首を回頭させて惑星フィネガスに向きながら、ケルビエル要塞の上下左右を囲むような位置取りで陣形を展開していく。
それら要塞と艦隊の中間宙域は、600万の戦闘艇が埋め尽くしていった。
王国軍総司令部は、600万艇をそのまま戦闘連動システムで動かすのではなく、3万艇ごとに指揮の分所を立ち上げて、その統括を行う形を取った。
200の戦闘艇指揮所は、それぞれ3万艇の戦闘艇を戦闘連動システムで動かしつつ、旧来の戦闘艇操縦者たちが指揮分所に詰めて不備を確認していく。そのため総司令部は指揮負担が軽減され、辛うじて運用可能な範囲内に収まっている。
「戦闘艇、第1指揮所から第200指揮所、総司令部との連動を開始しました。情報統合システム、正常に稼働中」
「艦隊出港完了。戦闘艇は順次出港中ですが、射出も可能なため、魔素機関は稼働可能です」
マーナ星系内部に放り出された王国艦隊は、進路上に存在する連合艦船を悉く撃破しながら、超高速で中心部に突き進んでいった。
ヴァルフレートは矢継ぎ早に指示を出していく。
「展開した全艦隊、核融合弾を発射せよ。前方は全て敵だ。何に当たっても構わない。ミサイルは要塞内で生産できる。残量を気にするな。敵に向かって撃ちまくれ」
「はっ。全艦隊、ミサイル群を発射しろ。目標、前方の全て」
「アマカワ中将、要塞のミサイル群も撃て。敵の防衛ミサイル発射施設群から発射される迎撃ミサイルを突破しろ」
「了解しました。ミサイル群発射。目標、星系内の敵ミサイル発射施設の全て『セラフィーナ、ミサイルが前を塞ぐ前に、敵宇宙港を狙い撃ってくれ』」
星系内の王国軍が艦艇とミサイルに分離し、瞬く間に総数を倍増させた。
艦隊に先行するミサイル群は、艦隊の盾や槍となって敵に突き進んでいく。
そんなミサイル群の真横を、ケルビエル要塞の質量波凝集砲撃が通過していった。
「ケルビエル要塞、レーザー照射を行いました。距離9億2000万キロ……消滅しません。惑星フィネガス衛星軌道上の人工物に命中!?」
「ケ、ケルビエル要塞の要塞主砲っ、敵軍事宇宙港に命中しました」
総司令部要員が驚愕する中、要塞主砲が照射状態のまま、敵の宇宙港を貫いた。
ハルトの魔力は9万1150だが、A級結晶を足せば9万7400だ。宇宙港の座標と公転速度も、宇宙港から発進する敵艦隊の魔素反応で同定できる。
自ら移動できない宇宙港は、長距離でも命中させる事が可能だった。
想定外の攻撃を受けた連合軍の宇宙港では、出港準備中の軍艦が攻撃を受けて大規模な爆発を引き起こし、他の無防備な艦を連鎖で爆発させていった。
主砲は照射状態で軍事宇宙港を引き裂き続け、爆発をさらに増やしていく。
「ケルビエル要塞の主砲、敵宇宙港を引き裂いています。魔素反応から推定される敵駐留艦隊、およそ6個艦隊。敵6個艦隊、全滅です!」
艦隊の多くが出港できていなかったのは、殆どの人が暮らす首星フィンではなく、隣の惑星フィネガスを軍事宇宙港にしていたからだ。
ヘラクレス星域会戦から帰還した将兵の多くは休暇中で、新年の深夜で自宅にいるか、街に繰り出して酒を飲んで騒いでいた。
首星フィンは王国の侵攻情報を知って交通網が麻痺し、そこから隣の惑星軌道上にある艦隊に搭乗するには、時間が足りなすぎたのだ。
『セラフィーナ、次は敵要塞に攻撃してくれ。全部壊す』
『惑星の影にもあるわよ。アンジェラ、要塞を惑星に周回させて頂戴』
ハルトがセラフィーナに依頼すると、セラフィーナが勝手にコレットの精霊に指示を出して、要塞推進機関の稼働を調整させた。
自在に動く要塞は、宇宙港と係留されていた艦隊を薙ぎ払った後に目標を切り替えて、フィネガスの衛星軌道上にある移動要塞60基を破壊し始めた。
「ケルビエル要塞主砲が、敵要塞を破壊していきます。魔素機関の稼働は戦艦級が感知されましたが、要塞主砲が装甲を突き抜けました。静止衛星軌道上の敵要塞約60基、順次破壊に成功しています」
連合の要塞は、稼働可能な運行者が居ないようだった。
完成した魔力改変者は、別の要塞と共にヘラクレス星系に送り出されているのだろう。と、ハルトは想像した。連合は魔力改変者を量産中であり、それらが動かす要塞がマーナ星系で建造されていたのだ。
連合軍の移動要塞は、全長約30キロメートル。その規模をシールドで覆うためには、魔力3万が必要となる。
連合の移動要塞は、1基もシールドを張れず、それどころか魔力不足者が強引に魔素機関を動かそうとしたために位置まで把握されて、次々と破壊されていった。
「当要塞、惑星フィネガスの自転を大回りに逆周しながら、敵要塞を撃破中」
惑星フィネガスの衛星軌道上へ無防備に置かれていた連合の移動要塞60基は、ケルビエル要塞からの照射を浴びて瞬く間に破壊されていった。
要塞の活躍と並行して、王国のミサイル群も連合のミサイル群と激突しながら、星系内を巨大な閃光で輝かせていく。王国艦隊と戦闘艇も、宇宙港や各基地を飛び出した連合艦や民間船と撃ち合い、爆発の閃光を星系内に撒き散らした。
それらの激しい爆発は、新年を祝う花火であるかのようだった。
「ディーテ王国軍、総司令官ヴァルフレート・ストラーニ・アステリアより、揮下全軍に通達。457年の非交戦期間を打ち破り、我々に奇襲攻撃を行った人類連合国家群に対し、新年の祝砲を浴びせてやれ。容赦するな。我々の祝砲は、敵が求めたものである」
首星フィンに暮らす90億人は、新年の興奮から集団パニックへと陥っていた。
民衆は各地の地下避難施設に雪崩込みながら、避難施設のスクリーンで、破壊されていく連合軍を呆然と眺めた。60基の移動要塞が次々と撃ち抜かれていく中継映像では、足元から崩れ落ちる人々も続出した。
そんな彼らが暮らす惑星自体も、王国軍は攻撃目標としていた。
既に恒星系外縁部では、ケルビエル要塞から出港していた工作艦と空母や軽空母が、一部の戦闘艇と制圧機を引き連れながら、天体を掻き集めている。
それは王国士官学校の1年生から組み込まれている必須科目で、太陽風で外側まで押し出されていた天体を軍艦で牽引して、有人惑星に突入させる作戦だ。
天体を突入させる際は、天体の大きさ、重さ、入射角、突入速度、衝突地形などで威力が異なってくる。王国士官学校を卒業した者であれば、どのような攻撃でどれだけの威力が発生するかは誰もが熟知している。王国軍は、作戦に必要な天体を次々と揃えていた。
そして天体突入作戦に並行して、別の作戦も準備が進められていた。
「総司令官殿下。当要塞は、敵艦隊の7割以上と移動要塞60基を沈めました。残敵は友軍に任せて、首星フィンに捕らわれている味方の救出を行いたく存じますが」
「要塞が全速突入した理由はそれか……良かろう。アマカワ中将の戦果は充分すぎる。好きにせよ。卿の武勲に対しては、昇進と武勲章だけでは足りんな。帰国後には、陞爵の手続きをしてやるから楽しみにしておけ」
陞爵を明言されたハルトは目を見張って驚いたが、直ぐに気を取り直して礼を述べた。
「ありがとうございます。ケルビエル要塞、目的地を惑星フィンに変更」
ケルビエル要塞が、90億人の暮らす惑星に進路を変えた。
ハルトが惑星降下部隊の準備を進めさせる中、ヴァルフレートも追加で指示を出す。
「全艦隊と全戦闘艇に命じる。全ての攻撃目標を殲滅せよ。これよりケルビエル要塞は、特殊作戦を行う。イェーリング大将、1個艦隊に特殊作戦を支援させよ」
「はっ。第4艦隊のレンダーノ中将に命じる。ケルビエル要塞の任務を支援せよ」
「了解しました。アマカワ子爵、帰国後は2度目の大宴会を楽しみにしている」
蹂躙戦に移行した王国軍が、星系内の攻撃目標とされた全てを破壊して回る。
惑星防衛衛星群、軍事宇宙港、警備艦隊駐留所、防衛ミサイル発射施設群、天然資源集積宙域、大規模加工施設、軍用艦艇造船施設群、軍需品生産工場……それら全てが、粉々に吹き飛ばされていった。
その間にケルビエル要塞は、第4艦隊を引き連れながら、首星フィンの衛星軌道上に侵入した。
「偵察衛星、拡大投影対象。マックール大陸ニューガイヤ州アレスマイヤー地区近郊135軍収容所。作戦目標を省いた地上への攻撃を開始しろ。首星フィン制圧作戦、開始」
ケルビエル要塞から、膨大な人工物が放出された。
数百万のミサイル群、10万基の軍事衛星、20万機の大気圏内無人戦闘機、60万機の遠隔戦闘用ドローン、そして1万艇もの強襲降陸艇が軌道上に広がっていく。
最初に数百万のミサイル群と、惑星地表から打ち上がる迎撃ミサイルとが、首星フィンの大気圏内外を、閃光と爆風で埋め尽くした。
その嵐の中を突っ切った膨大な数の軍事衛星が、首星フィンの地上に光の豪雨を降らせ始めた。
地上では軍事施設のみならず、新年をライトアップで祝っていた巨大構造物までもが次々と破壊されていき、瓦礫と粉塵が吹き上がって、空に砂の雲を生み出した。
膨大な無人戦闘機と戦闘用ドローンが砂雲を突き破って惑星内を飛び交い、大気圏内のあらゆる人工物に襲い掛かっていく。
敵の頭を徹底的に押さえ付けた王国軍は、2万艇もの強襲降陸艇を一斉に大気圏内へ突入させた。大気圏突入で真っ赤に燃え上がった強襲降陸艇は、迎撃されて数百艇の損害を出しながらも、地上に194万体ほどの軍用アンドロイド兵と制圧兵器を展開させていった。
「最優先目標は、最速での全エリア制圧だ。捕虜を人質に取られた場合は、敵を人質ごと殺して先に進め」
ディーテ王国では、人質の生命に配慮して犯人の要求を呑む事は、一切認められていない。人質に価値を与えてしまうと、以降の犯罪で犯人が人質を取るからだ。
人質を取られても、人質の安全に構わずに犯人を捕縛または殺害するのがディーテ王国の犯罪予防策であり、ハルトも王国の原理原則は厳守した。ただし、救出できる者については、可能な限り助けるつもりだった。
「制圧完了後、収容所内の王国軍捕虜を可能な限り生存状態で連れて来い。選別は後で行うが、爆発物が埋め込まれていれば先に除去しろ。急げ」
目標を与えられたアンドロイド兵たちは、制圧兵器を引き連れながら、あらゆる損害を完全に無視して、目標に向かって雪崩のように押し寄せていく。
重武装した王国軍アンドロイド兵と制圧兵器は、衛星軌道上からの支援砲撃を受けながら、連合の魔素機関を搭載した大型の人型制圧機や、連合アンドロイド兵たちと激しい地上戦を繰り広げていった。
その間に連合軍を駆逐した王国軍7個艦隊と600万の戦闘艇は、マーナ星系内のあらゆる人工物を破壊して回っていた。
軍用艦艇造船施設群や、軍需品生産工場では、建造中だった新型艦艇などが建造施設ごと宇宙の塵と化していく。そこでリーネルト大将から、ヴァルフレートに確認があった。
「総司令官殿下。第3艦隊より、天然資源集積宙域を制圧したと報告がありました。王国領域では殆ど採掘できず、フロージ経由で輸入している希少鉱物も多数あり、接収の是非について確認が入っております」
ヴァルフレートは、作戦行動中の艦隊からわざわざ確認があるほど価値の高い物資なのだろうと判断した。
「接収させろ。国家間交易だ。稼働状態の軍事衛星と引き換えに、それらはケルビエル要塞の輸送区画に押し込む」
「了解しました。第3艦隊に接収を命じます」
王国軍が資源接収の余裕を見せ始めた頃、恒星系外縁部に展開していた工作艦400隻が、巨大な天体を牽引しながら恒星系内に入ってきた。
天体の大きさ、重さ、入射角、突入速度、衝突地形。
天体の大きさはバラバラだが、重さは概ね同じだ。これを入射角や突入速度で調整し、概ね均等に落としていく。
王国としては、可能であれば戦後にマーナ星系を再利用したい。
そのため惑星そのものは破壊せず、地下や海底に潜った人間だけをなるべく多く吹き飛ばすように調整して突入させる考えだ。今会戦では敵を殲滅できたため、そこまで調整する余裕があるのだ。
「天体突入作業部隊、およそ24時間で任務を完了します」
艦隊と戦闘艇がマーナ星系内を掃討し、工作艦部隊が天体を牽引していく中、ハルトは焦れながら自らの救出作戦の成果を待った。
地上ではフロージ星系戦でハルトが軽巡洋艦への接舷と突入作戦を行った時に比べるべくもない、激烈な戦闘が繰り広げられている。
地上強襲部隊が降下したマックール大陸からは途切れる事の無いミサイルの雨が打ち上がり、ケルビエル要塞のミサイル群との間で秒単位の大爆発を繰り広げている。
その下で連合大部隊がニューガイヤ州に集まっていき、それを数十万の軍事衛星と無人戦闘機、戦闘用ドローンが交戦して撃ち落とし合っていく。
惑星内から発進する戦闘艇は、惑星の頭を抑えているレンダーノ中将の第4艦隊との間でレーザー攻撃を繰り広げている。
互いに吹き飛ばされたアンドロイドは、数十万体に及んでいる。
そして大気圏内突入から13時間23分後、ようやく待ち望んだ吉報が届いた。
「突入部隊より報告、全エリア制圧に成功。生体照合結果により、フロージ星系未帰還者302名、ロキ星域会戦未帰還者2万4556名、ヘラクレス星域会戦未帰還者33万9749名の暫定一致を確認しました」
「よしっ、よくやった!」
ハルトの歓喜に続いて、作戦司令本部からもどよめきと歓声、雄叫びまでもが巻き起こった。吉報は作戦を支援していた第4艦隊や他の艦隊にも伝えられ、歓声と熱狂は王国軍全体へと伝播した。
「要塞から追加の輸送艇も出して、直ちに捕虜を救出しろ。救出完了後、作戦投入部隊は全て撤退。撤退や回収が困難な部隊は、全て切り捨てる。天体突入前に首星フィンから離れて、第3艦隊と合流して資源回収だ。戦闘艇部隊も順次収容する」
「了解しました」
ハルトが命じた時点で、星系内の戦力評価は100対1未満になっていた。
この戦いは、昨年の首星防衛戦の攻守入れ替えだった。
攻め手は、ケルビエル要塞と精霊結晶によって、超長距離から気付かれずに近づけた事で、昨年以上の不意を突けた。
そして守り手は、前回の守り手と同様に、主力が前線に送られて不在だった。
防衛要塞は60基もあったが、運行者が居ない時点から防衛力に算出すべきではなかっただろう。その愚かな判断の結果が、惑星フィンとフィネガスに、天体突入の形で襲い掛かっていった。
惑星までは破壊しないように調整された天体が落とされ、大陸プレートを割って地表を灼熱させ、大海洋を叩き割って巨大津波で大陸を洗い流した。
大陸の建造物は、強烈な爆風で塵のように吹き飛ばされ、大海洋で押し流され、巻き上げられた岩石は豪雨となって惑星全土に降り注いだ。
両惑星にそれぞれ100近い天体が落ちて、2つの惑星は甚大な被害を受け、惑星環境は一時的に居住困難なレベルにまで落とされた。
独立宣言から442年。ディーテは、再び連合首星を破壊した。