33話 天空の城
5ヵ月振りに首星へ戻ったハルトは、自宅があった海域で天空の城を見た。
「基本原理は、浮島の土台と、海中の固定台との磁力反発作用で浮いております。反発力を増幅させるために、電力を磁力に変換しておりまして、マイクロ波電力伝送システムを使った大規模バッテリーからの変換器が島内の……」
スタンリー首相から説明を受けたハルトは、気の抜けた生返事を返しながら、空に浮かぶ巨大な城を見上げた。
本来の人工浮島は、建物に陸地が付いた浮島が、海底の固定台と繋がって島になっている。
島の面積は、最低100平方メートルから最大2平方キロメートルと定められており、カルネウス侯爵家が手配した浮遊島は、最大級の島だった。
それでも当時は、他の人工浮島と比べて浮いていなかった。二重の意味で。
「参考にした建築物は、今は消滅した地球のヴェルサイユ宮殿と庭園、モン・サン・ミシェル、そして水の都ヴェネツィアです。浮島の機能も全て備えており、着水して地下階層からの海中観覧も可能です」
「うむ、とても素晴らしい!」
スタンリーの説明を褒めたのは、5ヵ月前に爵貴院議会で首相を叱りつけていた中年貴族のドライヴァー議員だ。
彼は自宅の引き渡しに際し、同席を求めたのである。
「島の面積は、条例では2平方キロとなっておりましたが、そこは戦災による悪影響からの回復を目的とした戦時特例法を施行致しまして、海域分布も調整致しまして、10平方キロと致しました。こちらが配分でして……」
全長200メートルの戦闘艇並だった仮設避難船が、5000メートル級の戦艦並に化けていた。ちなみに破壊される前は、1200メートル級の駆逐艦より小さい程度だった。参考までに、駆逐艦と戦艦の体積は72倍ほど異なる。
天空の城は、10平方キロの面積のうち2平方キロ弱がモン・サン・ミシェルを参考とした建築物になっており、残る8平方キロがヴェルサイユ宮殿を参考とした芸術性に溢れる数々の館と美しい庭園、森などになっていた。
浮島内は、ヴェネツィアを参考に作られた河川で区切られ、見た目が古風な船や橋で行き来できるようになっている。
ヴェルサイユ宮殿を参考とした数々の館は、いずれも貴族の館として申し分の無い贅を凝らした建物になっており、館からは広大な庭や地中海を見渡せる。
側室や愛妾が沢山受け入れられる造りで、さらに充分な増築の余地まであった。
「アマカワ子爵、如何でしょうか」
茫然自失としていたハルトは、不安げな表情でハルトの顔色をのぞき込む首相に対し、辿々しく謝辞を述べた。
「この度は、私の自宅を素晴らしく復旧して頂き、誠にありがとうございました。首星防衛戦で、敵の全てを防ぎ切れなかった身に対する罰だと思って受け入れておりましたが、かえってお手間を掛けさせる結果となりました事、申し訳なく存じます」
「そんな事はありませんぞ!」
「左様です。これは私ども政府の失態でございました」
ハルトが客避けのために避難船を浮かべていた言い訳を取り繕うと、ドライヴァーが目を見開いて否定し、スタンリーも冷や汗を掻きながら同調した。
ハルトは頷いて了解の意を示すと、改めて礼を述べた。
「これほど見事に再建下さった首相閣下、ご尽力下さったドライヴァー議員閣下、そして関わって下さった関係者の皆様方にも感謝を申し上げます」
これで終われば良いなと考えたハルトに、ドライヴァーが笑いかけながら訊ねた。
「それで停滞しておられた婚約などの打診は、受けられそうですかな!?」
予想していた力強い問い掛けに、ハルトはユーナの顔を思い浮かべながら、引き攣った笑みを浮かべた。
王国政府は本気だ。これが気に食わないと言えば、次は要塞艦並みの自宅を作られてしまう。世界遺産は10個くらいに増えて、ピラミッドなども建てられるかもしれない。ハルトは悟りの境地で頷いた。
「はい。自宅を理由としてお断りした方がおられまして、このように再建も叶いましたので、未だご縁が残っていれば、再びご連絡をしてみようかと思います」
少なくとも、『邸宅に関しては、手配致しますのでお待ち下さいね』とメッセージを送って来た青色のイタズラ子狐には、返事をしなければならない。無視しようものなら、次は一体何をされるか知れたものではない。
ハルトの考えを聞いたドライヴァーは、我が意を得たり。と、柏手を打った。
「うむ。それは、真に結構なお話ですな。早速ご連絡なされると宜しい。これほど立派な子爵邸であれば、お相手が公爵家の御令嬢であろうと、全く問題ありません。そうでしょう、首相閣下」
完全にどこの誰か分かっているドライヴァーに続いて、スタンリーも相槌を打った。
「はい。実はドライヴァー議員からも、どのようなご縁を断っておられたのかを内々に教えて頂きまして、それはもう不備の無いように調整してまいりました。ですから子爵がご心配されるような問題は、決して起こりませんのでご安心下さい」
「……それは重ね重ね、痛み入ります」
外堀を埋められるとは、このような状況を指すのだろう。
ハルトは張り付いた笑みのまま、機械的に礼を述べた。
薄暗くなった地中海の海上に、次々と人工の光が灯されていく。
数多の浮島が煌めく光景は、まるで銀河の星々を水面に映しているようだった。そんな光輝く星々の中で、ひときわ大きな光を放つ島があった。
アマカワ子爵邸……通称、天空の城。
かつて地球に存在し、ディーテ独立戦争で消滅した地球の世界遺産を複数再現し、さらに現代技術も惜しみなく注ぎ込んだ、地中海の浮遊島である。
その城の主となったハルトは、モン・サン・ミシェルを参考とした主要建造物に住んでいる。そして城の貴賓室から、散策場に至るまでの通路の壁には、王国史をモチーフとしたレリーフが彫り込まれていた。
今日のハルトは、客人であるコースフェルト公爵家令嬢クラウディアの下へ向かうべく、レリーフが刻まれた通路を歩いていた。
ディーテの始まりは、惑星を理想郷へ造り替えていく黄金期だった。
星々の海を渡って惑星に辿り着いた人々は、惑星に電気分解や光触媒反応を起こす機器を投下し、様々な植物の種子を撒いて、酸素濃度を上げながら惑星環境の向上に務めていった。
真っ暗だった惑星に最初の光が灯され、それが燃え広がるように瞬く間に惑星全土へと広がっていった。
緑色の海は、美しい青色に変わっていき、地球から運ばれた様々な魚が生き生きと泳ぎ出した。茶色の荒野は緑に溢れ、家畜が気ままに闊歩して、その隣では入植者の家族が楽しそうに笑っていた。
そんな輝かしき黄金期の次には、最悪の暗黒期が到来した。
ディーテの人々は、地球に資源と労働力を搾取され、長らく苦しめられた。ディーテを守ろうとした人々は、地球から送り込まれた懲罰艦隊によって処刑台に立たされ、見せしめに殺されて死体を晒し者にされた。
ディーテの人々は、なけなしの財産と末代までの未来を魔力者達に託し、魔力者達も親兄弟を殺されながら、決死の覚悟で、艦ごと地球に身を投げていった。
暗黒期は、1割を切った帰還艦隊の報告と共に終わりを告げた。
軛から解き放たれた人々は抱き合って歓喜し、荒廃した大地で独立を叫んだ。生産力が搾取から発展に振り向けられた豊かな惑星は、瞬く間に発展していった。
老人達は家族の墓地に佇みながら、その死が無駄にならなかったと感慨深げに、天に伸びていく高層都市群を見守った。
その時代は、ディーテによる星間移民の始まりでもあった。
地球への特攻が失敗した時に、他星系へ逃げるために進められていた大型移民船計画。
第二代国王となるはずだった男が、弟にディーテ星系を託した上で、自らが船団長となって、アポロン星系への移民の指揮を執った。
より困難だから私が行く。そのように弟へ告げたコースフェルト公爵家の初代当主は、弟とディーテ星系に残る人々に見送られて、10億人と共にフューチャーアロー号で新天地へと旅立った。
レリーフは数十枚が彫り込まれており、王国の主要な歴史を余さず刻んでいる。それぞれのレリーフを手で触れれば、通路に組み込まれている投影装置で、当時の映像を見ることが出来る。
そんなレリーフの最後には、3枚のレリーフが彫り込まれていた。
フロージ星系の連合奇襲攻撃。ロキ星域会戦。そして首星防衛戦。
ハルトが懐かしそうに歩みを進めていくと、最後のレリーフが勝手に起動して、ハルトの周囲を立体映像装置の投影空間で飲み込んでいった。
『全貴族と全私有艦艇に、緊急徴用命令を発する。年齢制限は全て撤廃する。直ちに王国軍と合流し、指定された軍艦船を稼働させろ』
非常事態を告げるアラートが鳴り響き、魔法学院中等部の生徒達が軍専用空路を使って、宇宙港へと運ばれていく。
不安な顔をする周囲の中等部生達に、最悪の情報が次々ともたらされた。
王国軍は、小艦隊と私有艦を合わせて8個艦隊、移動要塞2基、防衛要塞1基、攻撃要塞1基。対する連合軍は、推定で16個艦隊と移動要塞1基。
戦力評価は100対150という圧倒的に不利な状況で、敵の襲来に対して味方の救援は間に合わない。
そしてディーテ星系には、120億人が暮らす首星ディロスがある。
120億人が死に瀕した危機的状況に対して、王国軍は旧型や廃艦扱いの全軍艦に未成年の貴族子女を乗せ、民間船も全てを徴用して、決死の防衛戦を展開した。
『クラウディア様、フューチャーアロー号は、最新の武装が積まれていません。公爵家の私有艦隊にお乗り下さい』
立体映像で誰かの視点を見ていたハルトに、護衛が呼びかけた。
すると本来の視点の主、クラウディアが護衛に言い返した。
『軍艦には本来の稼働者がいるでしょう。旧式のフューチャーアロー号は、中等部生の私が動かすべきです』
『ですがフューチャーアロー号は、シールドこそまともに動きますが、主砲は60年前の型式で、副砲もありません』
護衛が重ねて警告するが、クラウディアは聞き入れなかった。
『あなた達だけで逃げなさい。私は逃げません。どれほどの困難が訪れようとも、コースフェルトは最後まで民を導きます』
毅然と言い切ったクラウディアは、やがて旧型の大型移民船を稼働させて、首星ディロスを背にして、侵攻してくる敵軍の前に立ちはだかった。
星系中から掻き集められた艦船が、最終防衛線に集まってくる。そこへ通信が入った。
『私は王国軍退役中将で、元艦隊司令官のゼッキンゲン侯爵アルテュールだ。王国軍の手が足りないため、王国軍司令長官ヴァルフレート・ストラーニ上級大将より、徴用された学生諸君の指揮権を預かった。まずは……』
ゼッキンゲンの号令により、敵を受け止める複数の網が、首星の前面に広がり始めた。学生達が1隻の大型艦を基軸に、4隻が中列に出て四芒星を形成し、8隻が前列に出て八芒星を作る半包囲の網を作っていく。
ゼッキンゲンは学生達の動きを見ながら、外側の八芒星に足の速い船を配置し、内側の四芒星に足の遅い船を配置しながら、敵が来る前に次々と配置を組み替えていく。
網の起点の1つとなったクラウディアの前で、ついに王国軍と連合軍の戦いが始まった。
最初に交戦を開始したのは、16の赤い球体の端に側面から襲い掛かった、青い光点だった。
青い光点は尋常ならざる速度で赤い球体の1つに体当たりをすると、瞬く間に青い光線を全方位に放ち、赤い球体の内部を抉り取っていった。
『ケルビエル要塞、敵1個艦隊を撃破。敵の撃沈艦は約8割!』
赤い球体の1つを破壊した青い光点は、そのまま突き抜けて2つ目の球体に衝突していった。球体の中で青い光が輝きを放ち、内部からハリネズミのように青い針を飛ばして、赤い球体の7割を削り取った。
青い光は、3個目、4個目、5個目、6個目と、瞬く間に赤い球体を崩壊させていく。やがて11個目の球体を食い破った時、球体はシールドに巨大な揺らめきを発生させた。
何が起きたのだと目を見張る学生達に、通信士官の報告が流れてきた。
『ケルビエル要塞、健在な敵の4個艦隊に、それぞれ一千万発ほどの核融合弾を発射。敵が爆発に飲み込まれていきます。さらに要塞から戦闘艇群が一斉発進。崩壊した敵艦隊を、次々と蹂躙しています』
敵を突き崩したケルビエル要塞は、12個目となる赤い球体を叩き割って、全ての敵を蹂躙して駆け抜けていった。
『ケルビエル要塞、敵軍の約半数を単独撃破。敵指揮艦の移動要塞と要塞艦、全て撃沈。敵陣形は、完全崩壊しました。戦力評価は、王国軍だけで100対150から、100対75まで好転』
防衛に張り付く貴族達の通信網から、一斉に大歓声が沸き上がった。ケルビエル要塞を省いたとしても、既に王国軍の戦力は敵侵攻軍を上回っている。
クラウディアが見つめる星系図には、崩壊して不定形になった薄い赤色が、王国軍のまとまった青色に削り取られていく状況が映し出されていた。
だが赤い波の全てを防ぎ切る事は出来ずに、次々と王国軍の防衛ラインを突破されてしまった。
『各起点艦、割り振られたエリア内で、首星と敵艦との間に自艦を移動させろ。前列は広がって敵を包み込め。中列は包んだ敵を逃がすな』
ゼッキンゲンの号令で、魔法学院の学生達が寄せ集めの旧型艦を動かしながら、敵の突撃を受け止めていく。
学生達は、流れてきた敵の殆どを受け止めた。
広げた網から溢れる敵艦は、ゼッキンゲンが手持ちの私有艦を高速移動させて砕いていった。星系図の赤色は次第に薄れていき、このまま防ぎ切れるかと思われた。
だがゼッキンゲンの防衛エリアから外れた連合の小集団が、王太孫が担当している防衛要塞の砲火エリアを擦り抜けて、首星へと落ちていく。
クラウディアのフューチャーアロー号が、落ちていく敵に主砲を叩き付けた。小集団から飛び出して盾となった敵艦が主砲を浴びて爆発し、爆風に押された敵集団が乱れた。
フューチャーアロー号には、副砲が無い。主砲を何度も撃ったが、手数が足りずに小集団の全ては撃ち落とせなかった。そして王太孫の防衛要塞は、正面の大型艦を砲撃するばかりで、背後の小型艦掃討の支援砲撃をろくに行わなかった。
生き延びた敵艦が、火球となって首星へ落ちていく。
瞬く間に王都の上空へ達した敵艦は、抱えていた核融合弾を一瞬で周囲にバラ撒いた直後、地表に激突して巨大な爆発を引き起こした。瞬く間に巻き上がる地表に、上空で炸裂した核融合弾の灼熱が追い打ちをかけていく。
さらに王都を外れた敵艦が地中海に落ちて、核融合弾の爆発で巨大津波を引き起こした。発生した巨大津波は、焼き尽くされた王都に押し寄せていき、破壊された避難区画へと流れ込んでいった。
攻撃の連鎖で防壁を破られた避難区画の一覧が、要救助者有りの黄色から、次々と生存者無しの真っ赤な表示に変わっていく。
『アステリアの弟達、ディロス側の民は、400年前にあなた達へ託したのに、何をやっているのですかっ!』
クラウディアの悲鳴が、フューチャーアロー号の司令部に木霊する。そして悲鳴を最後に、立体映像装置が作り出した疑似宇宙は消えていった。
レリーフが刻まれる通路に戻されたハルトは、重い溜息を吐いた後、再び通路を歩き始めた。
通路の先は白壁で、これからの歴史が刻まれていく。
王国史を辿った通路から抜け出したハルトは、その先の散策場を歩き始めた。散策場には、地中海に数多浮かぶ多数の浮島、そして遥か先には大陸の光が美しく輝いている。
そんな美しい地中海に面した散策場の片隅に、青髪の小柄な少女が腰掛けていた。
立体映像で視点となったコースフェルト公爵家令嬢クラウディアは、ハルトを散策場に呼び出した張本人でもある。
「立体映像、仕掛けましたね」
ハルトが笑いかけると、クラウディアはイタズラの成功を喜ぶような得意気な笑みを返した。
「準備期間は、半年もありましたから」
爵貴院で騒動が起きてから、ハルトが帰国するまでに半年が経過している。
四季が存在する惑星ディロスでは、王都のあるオルテュギア大陸周辺では、地球のヨーロッパ地中海に近い気候を有している。
既に10月に入っており、やや肌寒くなった夜の地中海の上空で、ハルトは羽織っていた上着を脱いで少女の肩に掛けた。
「ありがとうございます」
クラウディアは素直に礼を言って、ハルトの上着を羽織った。
それから二人は、暫く無言で地中海の光を眺めた。
最初に口を開いたのは、クラウディアだった。
「首星防衛戦、敵の半数を単独で倒したケルビエル要塞が2基あれば、それで決着が付いていました。1基で戦うより、2基同時に戦った方が、受ける損害は少ない。ちゃんと分析もしてもらいましたよ」
イタズラを仕掛けた理由を説明するのだろうか。と考えたハルトは、黙ってクラウディアの話を聞いた。
「私は、コースフェルトなのです。私のやりたい事は、王国民を守ること。それが性格、性分、生き方、自己選択する私の人生です。ですが、魔力が足りず、魔力が足りず、魔力が……10億人を死なせてしまいました」
俯いたクラウディアの瞳からは、涙が流れていた。
ハルトがクラウディアに渡した自分の上着からハンカチを取り出し、涙を拭う。
それから暫くの間があって、涙を拭ったクラウディアは言葉を再開させた。
「私は、王国民が大好きなのです。皆が笑顔で在る事が、嬉しいのです。王国の歴史が好きで、前に歩んでいく皆が好きで……」
何かを思い出したクラウディアは、再び沈み込んだ。
「そのまま座して次の10億人の犠牲を見逃す事は出来ません。それでは私の気が触れてしまいます。それに私の子孫に、私と同じ悲しい思いはさせたくありません」
ハルトはクラウディアの話を聞いて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)だろうかと疑った。もっとも戦争で、全員が平然としている方がおかしく、ストレスを受けるのが正常なのかも知れない。
まして彼女は、王族の防衛要塞の担当エリアだったとは言え、目の前で敵を破壊しきれずに、王都を消し飛ばされている。
クラウディアは、ハルトに訴えかけた。
「レアンドル殿下に嫁いで政治的な支援を行うのは、違うのです。政治が出来る人は、魔力者以外にも沢山居ます。そんな事をしても、私は一生後悔します。王国民が財産も、末代までの未来も託して、私達へ必死に何を求めているのか。私は知っているのです」
クラウディアは顔を上げて、ハルトを見詰めた。
その眼差しに対してハルトは、どのように答えようかと迷った。
迷っているのは、クラウディアを受け入れるか否かについてでは無い。
クラウディアに関しては、爵貴院議員の9割と王国政府を巻き込んで外堀が埋められており、ハルトのみならず、ユーナも自分が正室でクラウディアが第二夫人以下ならと諦めている。……と、ハルトは思いたい。
ハルトが咄嗟に答えに窮したのは、クラウディアにどこまでの情報を開示するかについてだ。
大言壮語を吐きたくはないが、クラウディアの「魔力が足りない。子孫にこのような思いをさせたくない」という悲しみや不安であれば、解消する事が出来る。若干迷ったハルトは、相手が自分の婚約者である事を思い直して、覚悟を決めた。
「クラウディア嬢、あなたに婚約指輪代わりの宝石を贈ります」
ハルトは美しい青色の精霊結晶を取り出し、クラウディアに手渡した。
「え、あ、はい。ありがとうございます」
突然のプレゼントにクラウディアは混乱しつつも、婚約と聞いて嬉しそうな顔で宝石を受け取った。
「今渡した精霊結晶に関する内緒話が3つある。アマカワ家に属するのであれば、実家にも秘密にしなければならない話だ。そういった一族だけの秘密は守れるか」
突然の話にキョトンとしたクラウディアは、やがて微笑んで答えた。
「それは大丈夫です。コースフェルト公爵家にも秘密は有りますから。その秘密が王国法と倫理に反しない限り、私はハルト様の味方をします」
盲目的に従うのではなく、法や倫理に反したら相応に行動するという考え方に、ハルトは芯がしっかりしていると感心した。相応に行動される場合、自身は大変困るが。
「お手柔らかに頼む。1つ目は、司令長官のヴァルフレート殿下や王国軍の一部も知っているから、王国や軍には反していない。今渡したのは、貴族用より上の精霊結晶だ。魔力の加算は810ではなくて、2560になる。クラウディアが使えば魔力3万1000を超えて、王国で俺に次ぐ第2位の魔力者になる」
驚愕の表情を浮かべて青色の精霊結晶を見返したクラウディアに対して、ハルトは2つ目の秘密を開示した。
「2つ目は、誰にも内緒だけど、精霊2体と同時に契約してはいけない決まりは無い。条件があるし、世間一般に出回っている精霊結晶では無理だが、今回は大丈夫だ。使ってみてくれ」
今度こそ驚愕したクラウディアに、ハルトは使ってみろと催促を繰り返した。
勧められたクラウディアが、恐る恐る青い精霊結晶を情報端末に繋げてみると、端末からディロスの海のように青い髪をした白翼を持つニンフが顕現した。
青髪に青い瞳で、白いドレスのようなツーピースを纏い、先端に青い宝石が付いた身の丈ほどの白い鎌を持つニンフは、ハルトの精霊セラフィーナに視線を向けて何かを行った後、クラウディアに語り掛けた。
『あたしの名前はシンシア。話は聞いていたわ。3つ目がこの事なのかは知らないけれど、上級精霊の加護があれば、子供への魔力継承は確実に上手くいくわよ。そこの人間とあなたとの子供なら、それはもう楽しみな結果になるわね』
それぞれが重大な情報を一度に聞かされて思考が追い付かなくなったクラウディアに対して、ハルトはイタズラを仕返したような悪い顔を浮かべた。
「B級結晶は、カーマン博士が死亡して以来、生産できない。在庫は、アマカワ子爵が博士から贈られた残り一桁だけだ。だからアマカワ子爵の子孫限定。一族の秘密ということで宜しく頼む」
驚きのあまり涙を引っ込めた聖女様の頭を、ハルトはポンポンと優しく撫でた。