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30話 王太子、爆散!

 ヘラクレス星系内部への侵攻から21時間、最終決戦場と目される衛星ケイデス到達まで16時間と迫る中、後方宙域から非常事態が告げられた。


「偵察艦より、緊急通信。『敵要塞多数、迂回進撃中』」


 通信士官の報告に、参謀が叫びながら詳細な報告を求める。

 偵察艦からの情報は、恒星スピカ方面へ1光年進んだ宙域にて、連合の移動要塞12基が高次元空間に突入した魔素反応が観測できたというものだった。

 予想出現宙域は、星系外縁部41億キロから44億キロ。予想出現時刻は、約2時間後。

 要塞司令部のメインスクリーンに星系周辺図が投影され、青と赤で示していた敵味方の配置の彼方に、周辺図の外側から急速に迫る12個の赤い光点が追加された。


「星系周辺の偵察艦隊は何をやっていた。索敵させるために配置していたのだぞ」


 参謀が怒鳴るが、ハルトは冷静に指示を出した。


「偵察艦の観測範囲外からの超長距離ワープだったのだろう。落ち着いて対処せよ。参謀長、敵要塞12基を加えて、最新の戦力評価を出してくれ」

「はっ。現在判明している敵の迂回部隊を加えて、最新の戦力評価を再計算しろ」


 参謀長が慌てて再計算をさせると、100対65だった戦力が、100対77まで巻き戻された。開戦時点よりも連合が優勢になったが、未だに王国軍は優勢だ。評価を見た参謀たちが落ち着きを取り戻す。


「念のため、星系内へ進行している友軍に、敵迂回部隊の情報を戦力評価と共に報告しろ。併せて、当輸送隊は、敵別働隊との交戦を避けるため天頂方向に移動しながら、総司令部の別命あるまで現状を継続する旨も報告」


 参謀たちは、直ちにハルトの命令を実行した。

 移動要塞12基という敵の増援を知った中央軍の総司令部は、多少の混乱に陥った。少なくとも全軍の副司令官であるベーデガー大将は、思わず立ち上がって数字を見直した。

 連合の移動要塞は、王国よりも一回り大きくて全長30キロメートルを誇る。それは王国においては、ハルトと王太孫レアンドルの二人しか動かせない規模だ。

 その移動要塞が12基も追加で送り込まれた事態に、連合の魔力改変者が15年以上前から量産体制に入っていることを確信せざるを得なかったのだ。


「ベーデガー大将、どのように対応するのだ」


 軍事に詳しくないグラシアン王太子に対応を問われたベーデガーは、我に返って報告した。


「はっ。迂回部隊は要塞12基ですが、戦力評価は駆逐艦7500隻相当、艦隊で2.4個相当です。中央と両翼から3個艦隊分も振り向ければ、正面が100対75、背後が100対67でいずれも有利となります」


 3艦隊が抽出された結果を見たグラシアンは、ベーデガーに別の展開を訊ねる。


「追加で私の要塞も後ろに向かわせた場合、戦力評価はどうなる」

「はっ……グラシアン殿下の乗艦を、でありますか」


 総司令官自らが敵に対峙するとの発言に、ベーデガーは呆気に取られた。

 だがグラシアンは、構わず意図を説明する。


「そうだ。敵要塞を1つ壊したい。1会戦において、自身よりも戦力評価の高い敵を倒せば、武勲章が得られるだろう。それが1つあれば、王侯貴族として命を賭けて自身より強い敵を倒したと評価される。それで王侯貴族が求められる義務も果たせ、王位継承問題も決着する」


 ベーデガーは、次王が武勲章を持つ政治効果に思いを馳せて納得した。

 グラシアン王太子の対抗馬であるヴァルフレート元第三王子は、ロキ星域会戦では総司令官として圧勝したが、個人の武勲章は得ていない。グラシアンが武勲章を得れば、王位継承問題は簡単に決着するかも知れない。

 問題は、王太子が最前線に出ることだ。敵が捨て身でグラシアンを狙えば、万が一の事態になりかねない。

 ベーデガーは自ら機器を操作して、条件を変えた結果を報告した。


「殿下は王太子であらせられます。中央からの抽出は2個艦隊に増加して、左右からの抽出を戦力評価の高い貴族軍に変更致します。正面は一時的に100対83となりますが、背後は100対53で圧倒的優勢となり、早期に撃破が適います。本隊は一度前進を停止し、殿下が敵別働隊を叩いて再合流された後に進撃を再開します」


 グラシアンは慎重すぎるような気がしたが、その辺が折り合いの付け所だろうとも考えた。


「善きに計らえ」


 命令が中央軍と左右両軍に飛ばされ、中央軍からは王太子を守るべく正規軍の2個艦隊が、左右両軍からは貴族軍が意気揚々と、背後の宙域に向かって転進を始めた。

 その間に12基の連合要塞はワープアウトを果たしており、ヘラクレス星系外縁部から王国軍に向かって進撃を始めた。

 戦場は小康状態で、14時間が経過した。

 王国軍は、敵に前後から挟撃される状況を避けるべく、グラシアン率いる4個艦隊が10億キロほど転進しながら、敵を半円で迎え撃つ態勢を整えた。

 連合の迂回部隊が迫る中、ケルビエル要塞は魔素機関の稼働者がハルトからユーナ達に入れ替わって、またハルトに入れ替わるタイミングとなった。


「交代時間だから、もう休んでくれ」


 これから酷いことになるから。と、ハルトは心の中で付け加えた。

 だがコレットは不思議そうな顔をしながら、状況を訴えた。


「王太子殿下の部隊が、もう敵の別働隊と接敵するわよ」


 根っからの貴族であるコレットやフィリーネは、見届けなければならないと思っているのだろうか。そう考えたハルトは、3人を自由にさせる事にした。


「分かった。休憩時間を消費しすぎて影響が出ないようにしてくれ」


 頷いたコレットとフィリーネ、そして二人に付き合うらしいユーナと共に、ハルトは司令部で王太子と敵要塞12基との接敵を見守った。

 王国軍本隊から10億キロも離れた背後の宙域で、グラシアン王太子の移動要塞と4個艦隊が、敵の移動要塞12基と主砲の射程内である3億キロに入る。

 すると敵の要塞12基が魔素機関を一斉に停止させて、6分間の慣性航行を行った。

 僅か6分という短時間で3000万キロもの距離を詰めた敵要塞12基は、直ぐに12個の魔素機関を再稼働させた。そして要塞12基の周囲からは、2万個もの新たな魔素反応が現われていた。


「緊急事態です。敵要塞12基の周囲に、大艦隊が出現しました。推定で12個艦隊相当!」


 通信士官の叫び声に、要塞司令部の数百人が一斉にメインスクリーンを凝視した。

 驚愕する人々が見上げる星系図には、表示されていた12基の移動要塞付近に、濃い赤色の球体が発生して、星系図の一画を赤く染めた。

 発生した濃い赤色の球体は、各艦の多次元魔素変換観測波を浴びながら、次第に12個の塊へと姿を変えていく。


「魔素反応、殆どが戦闘艦。戦力は12個艦隊。補助艦規模の艦は、護衛艦と推定されます。シールドに揺らぎが発生しており、既に王太子殿下の別動隊に対して、ミサイル群の射出を行っている模様!」


 星系図に表示されている赤い光球12個が、一斉にミサイルを撃ち始めた。


「移動要塞12基は、12個艦隊の盾になりながら、王太子殿下のラグエル要塞を目掛けて直進していきます!」


 まるで手品師のような手際の良さで変化した迂回部隊は、大戦力となって、がら空きの宙域を総旗艦ラグエルに向かって突き進んでいった。

 100対77だった戦力が、100対136に再評価されて、連合側の圧倒的優勢に変わった。ケルビエル要塞と輸送隊1個艦隊を足してすら、100対116で負けている。しかもグラシアンの戦場に限定すれば、100対53が100対316まで変じていた。

 王国側が、4個艦隊と要塞1基。

 連合側が、12個艦隊と要塞12基。

 しかも王国側は長時間の戦闘で疲弊しており、連合側は戦場に到達したばかりで無傷だ。

 戦況の急転直下を受けたラグエル要塞内では、ベーデガーが必死に叫びながら、グラシアンに退避を促していた。


「殿下、お逃げください。敵は3倍以上です」

「何処にだっ!?」


 グラシアンの乗艦であるラグエル要塞は、魔素機関を全力稼働させて急制動を行った。だが慣性の法則によって、反転ではなく、減速の状態が続いている。しかもグラシアン達の対応部隊は、両翼軍が側面から半包囲を試みていたために、中央部が薄かった。

 連合が12個の艦隊を放出した直後から、王国側は動き出していた。

 だがグラシアンを助けるべく動き出した貴族軍は、敵本隊と向かい合っていた戦場から、敵に背中を見せて転進するという愚行を行った。

 左右の友軍艦が、艦首を180度回頭して転進し、戦列に次々と穴を空ける。

 貴族が抜けた穴には、当然ながら敵の砲撃が集中する。

 貴族軍に抜けられながら戦場に踏み留まった王国軍は、貴族軍の火力を失った上に、回頭した貴族軍の背中を守る戦いまで担わされて、敵の攻勢に耐え切れずに爆散させられる。

 右翼軍では、いきなり味方艦隊と要塞に抜けられて、陣形が崩れたところを対峙している敵に突かれて、戦線崩壊の危機に直面した。


「ローラント卿、戻られよ。勝手に抜けられては、陣形が崩れて各所が分断されるのだ」


 右翼軍司令官のイェーリング大将が制止するが、モーリアック公爵軍を束ねるローラントは言い返した。


「何を言っておられる。別働隊には王太子殿下と、多くの貴族家が参加している。イェーリング大将は、このまま見殺しにしろと言うのか」

「そうは言っておらぬ。だが勝手に動かれると、戦線が崩壊するのだ」


 王国遠征軍の半数を占める貴族軍は、各家が独自の判断で、雪崩を打つように次々と反転を始めていた。

 王太子に率いられている別働隊には、貴族軍が2個艦隊も混ざっている。

 右翼軍は、アポロンとマカオン系貴族軍。左翼軍は、アルテミスとポダレイ系貴族軍。

 貴族家には、貴族家同士の付き合いがある。新興のハルトですら、カルネウス侯爵家やストラーニ公爵家を見捨てることは容易ではない。何百年の付き合いがある貴族達が、仲間を見捨てられるはずが無かった。

 だが10億キロの距離は、救命には遠すぎた。

 グラシアンを守る中央の2個艦隊は、迫ってくる12個の敵移動要塞と12個艦隊に主砲を撃って、必死に抵抗を試みる。だが敵の大軍にとっては、ほんのささやかな抵抗に過ぎなかった。

 王国軍の抵抗を弾きながら突き進んだ連合の要塞12基から、12本の大きな光が伸びて、そのうち4本がラグエル要塞を貫いた。串刺しにされたラグエル要塞は、全体を魔素の光で輝かせ、巨大な閃光を放ちながら爆発した。


「ラグエル要塞、爆散しました。要塞の魔素機関が稼働中の撃沈です。王太子殿下の脱出はありません。遠征軍の総司令部も、消滅しましたっ!」


 それは王国全軍を茫然自失とさせるに充分な、あまりに悲劇的な出来事だった。戦力が十二分に残っているにも拘わらず、いきなり総司令官と総司令部を消し飛ばされたのだ。

 だが王国軍にとっての悲劇は、まだ終わっていなかった。

 グラシアンが率いた僅か4個艦隊の別働隊は、12個の敵要塞と12個艦隊と正面から接敵している。単純に正面決戦を行わず、駆け付ける貴族軍と合流を図ろうと後退しているが、貴族軍は上級貴族家単位の判断で動いているため、組織だった応戦は期待できない。


「レンダーノ少将から通信です」


 参謀が報告した直後、要塞駐留中のレンダーノがスクリーンに姿を現わした。


「アマカワ少将、どうする」


 端的に問われたハルトは、撤退するしか無いだろうと思った。


「本作戦の目的は、ヘラクレス星系を制圧して敵が侵攻する足場を奪い、逆に我々が侵攻する足がかりとする事でした。現時点で両軍の戦力は、当輸送隊を含めても100対116で不利。しかも悪化中です。目的を達成できない以上、傷が広がる前に撤退すべきです」


 ハルトの考えに、レンダーノは即座に頷いて同意した。


「具体的な方法について、意見はあるか」

「中央軍は背後の危険宙域を避けて上下へ、右翼軍は右へ、左翼軍は左へ、敵に向かい合ったまま星系外縁部まで後退し、ワープ可能宙域に達したらワープで逃げる。別働隊並びに貴族軍は、可能な限り纏まって、敵別働隊を避けながら星系外縁部まで避難する。このように考えます」


 ハルトが提示したのは、ありきたりな作戦案だった。

 ありきたりな作戦を行えば、目覚ましい成果こそ期待できないが、常識的な結果は出る。今の王国軍が為すべきは、成功率20%の画期的な逆転劇ではなく、成功率100%の犠牲は出るが堅実な撤退だった。

 犠牲はそれなりに出そうだと思いつつも、ハルトは自らの作戦を推した。


「敵本隊は、味方本隊の退路を追撃します。つまり敵が何処を通るか、予想できます。そこへ核融合弾を数百万発ほど、時間差を付けて撃っておきます。別動隊と貴族軍が相対する敵別働隊には、ケルビエル要塞から長距離砲撃も行います」


 ハルトが即座に対策を提示したことに、訊ねたはずのレンダーノ自身が驚いた。だがレンダーノには、別の不安もあった。


「総司令部が無くなっているが、果たして周りが進言を聞くだろうか」


 王国軍は、総司令部を失ってバラバラに動いている。そして貴族軍も、既に王国軍の言う事を聞いていない。

 上級貴族たちは、ベーデガー大将の指示によって、艦隊司令官に準じる扱いを受けていた。そのため上級貴族たちは、本当に自分たちを艦隊や分艦隊の司令官だと勘違いしたのだ。

 総司令官にして、前線の国王代理であった王太子の言うことは、上級貴族たちも素直に聞いていた。だが今の彼らは、まるで動物園から抜け出した動物たちのように、各々が好き放題に暴れ駆け回っている。一方で飼育員の王国軍は、燃え上がる動物園の火消しに奔走中だ。

 不安を表明したレンダーノに対して、ハルトは右隣に立つユーナにわざとらしい視線を向けた後、腹案を開示した。


「小官の隣にストラーニ大佐を立たせれば、それを見た相手はこちらの意図を推し量ります。軍人には、娘が司令長官の伝令役となっている姿。貴族には、国王陛下の孫娘が、陛下の名代として戦場に立っている姿が見えるでしょう。軍人は司令長官に従いますし、貴族は陛下に従います」


 ユーナの眼差しがハルトに向けられ、無言の抗議が訴えられた。

 それを気づかない振りで返事を待つハルトに、レンダーノは同意した。

 ハルトの進言は、直ちに王国遠征軍の全体へ飛ばされた。しかも確定事項であるかのように、数百万発の核融合弾の着弾時間まで添えられて。

 自分がいる宙域に、数百万の核融合弾を降り注がれては堪らない。王国軍は追い立てられるように、慌てて撤退準備を始めた。

 だが、敵と乱戦に入りつつある貴族軍は、動きが鈍かった。

 戦艦比率が多い貴族軍の大艦隊と、12個の移動要塞から飛び出した連合軍の12個艦隊とが、四方八方に入り乱れる激しい砲撃の中で、互いのシールドを砕け散らせながら撃沈し合っている。星系図の赤い塊と青い塊は混ざり合い、巨大な紫の乱戦宙域を形成していた。

 貴族軍が撤退命令を聞かないのか、それとも聞けないのか、理由は判然としない。だが少なくとも、撤退する様子は見られなかった。

 そして言う事を聞かない貴族は、彼らの他にもいた。


「ハーヴィスト艦隊、要塞から出港していきます。進路、乱戦宙域。友軍の救援に向かうとの事」


 参謀の報告に、ハルトは唖然とした。撤退しろと言っているのに、乱戦に加わってどうするのだと。

 焦った艦隊司令官のレンダーノが、ハーヴィスト艦隊に呼び掛けを行った。


「ハーヴィスト艦隊、戻れ。輸送隊は要塞からミサイルと長距離砲撃を行って支援する。突入は指示していないっ!」


 要塞から飛び出したハーヴィスト艦隊は、銀河基準面に対して垂直に、次々と落下を始めた。艦隊陣形は槍のように伸びており、その中でもハーヴィスト伯爵家令嬢アリサの要塞艦が際立って突出している。


「味方が危険です」


 レンダーノの呼び掛けに対するハーヴィスト伯爵家令嬢アリサの返答は短く、あまりに素っ気無かった。レンダーノは必死に制御しようと図るが、アリサは味方を救うと理由だけ並べ立てて、取り合おうとしない。

 その様子を見かねたコレットが、通信端末に手を伸ばした。


「アリサ。単なる突撃ではなく、危機に陥っている味方を沢山救いなさい。方法は、乱戦宙域の外周に艦隊で一定の距離を保ちながら張り付いて、外側の敵を叩いて味方を逃がしていくの。結果を出せば、貴女は武勲章を受章できる。自分より強大な敵戦力を倒した証明の武勲章があれば、あなたの名誉は完全に回復するわ。ハーヴィスト艦隊の艦隊要員たち、その形で動きなさい」


 通信画面越しにコレットから見つめられたアリサは、時間をかけて指示を咀嚼すると、ゆっくりと飲み込んで消化した。


「ありがとう」


 アリサの一言を最後に、ハーヴィスト艦隊からの通信が切れた。

 直後、レンダーノがハルトを問い質した。


「アマカワ少将、どういうつもりか」


 コレットの行為は、明らかな越権行為だ。

 ハルトは脳内で言い訳を組み立てながら、コレットを庇って弁明した。


「ハーヴィスト艦隊の指揮者である伯爵家令嬢は、小官に責任所在がある要塞駐留中に血気盛んとなりました。そのため要塞司令部から、戦いのアドバイスを送った次第です。以降の指揮は、レンダーノ少将にお願いします」


 あまりにひどい言い訳に、発言した張本人が自分で呆れた。

 はたしてレンダーノは、拙い言い訳を受け入れるにあたって条件を出した。


「アマカワ少将は、セカンドシステム社の株式配当で大儲けらしいからな。帰ったら特上の酒でも奢ってもらおう。それも私の指揮下にある全将兵分だ」


 現在のレンダーノの揮下は、割り振られている貴族軍の9個分艦隊を含めて合計1個艦隊50万人だ。

 ハルトは1本10万ロデを50万人に贈って500億ロデかと脳内で計算し、貯蓄額を思い出して、半笑いで応じた。


「了解しました。ご期待ください」

「楽しみにしている。輸送艦隊、全軍出撃。1個艦隊で敵外周に張り付き、味方の撤退を支援する。本国へ帰ったら、アマカワ子爵の奢りで大宴会だ!」


 レンダーノの通信が切れた後、ハルトはコレットに横目で視線を投げた。


「……ええと、あたしが借り1つね」


 珍しく引き攣った笑い顔を浮かべるコレットに、ハルトは機械的に頷いた。

 輸送艦隊が交戦に入るため、ケルビエル要塞も行動を急ぎ始めた。味方本隊を追いかける敵本隊の予想進路に、銀河天頂方向から核融合弾の豪雨を降り注いでいく。

 ケルビエル要塞は、分厚い装甲の内側にある全長74キロメートルの内部だけでも、輸送艦5000万隻分の輸送量を上回る空間を有している。

 要塞が内部に抱えている兵器は、首星ディロスにあった全長54キロメートルの防衛要塞を解体して追加した事もあり、敵艦隊の比ではない。

 膨大なミサイル群を放出したケルビエル要塞は、本隊の支援は充分だと見なして、乱戦宙域に向かって先行した輸送艦隊を追いかけた。


「当要塞は、乱戦宙域の外側を周回しながら、味方に攻撃が当たらない限り、射程に入った全ての敵を撃沈していく。標的の優先順位は、魔素機関の出力が大きい順。こちらの方が射程は長い。撃たれる前に撃て」


 要塞の戦闘方針を説明したハルトは、輸送隊の展開宙域から逸れて、敵別動隊が綺麗な陣形を保っている基点宙域に飛び込んだ。

 星域図には、恒星のような紫の塊の半球部分、殆ど赤色の半面に、青い惑星が張り付いたような姿が映し出された。

 惑星からは恒星に向かって、巨大な槍と矢が投げ付けられた。

 巨大な槍は、恒星の赤い部分でも一際大きく輝く、11個の赤い光点に次々と突き刺さった。巨大な槍に貫かれた赤い光点は、貫かれた槍を振り回されて、激しい閃光と共に四散させられていった。

 惑星から放たれた矢は、恒星表面を綺麗になぞり、恒星の半球を次第に小さく削り取っていく。槍と矢を受けるたびに、恒星は赤いフレアを巻き上げながら、次第に赤い輝きを失っていった。

 恒星の色が赤から紫に変わり始めると、やがて輝きの中から、青い光が姿を現した。


「モーリアック公爵艦隊です。移動要塞オファニエルを確認。周囲に公爵軍の要塞艦3隻も……1隻轟沈。敵艦に群がられています」


 参謀が訴えたのは、一方的に蹂躙される宙域から、ようやく乱戦宙域に変わったくらいの戦場で交戦する、公爵軍の窮状だった。

 ケルビエル要塞の主砲は、乱戦宙域で砲撃ができるほど弱くない。

 ハルトが戦闘艇を放出するか迷ったところへ、球体の外側から青い光の群れが割り込んでいった。


「味方艦隊、ハーヴィスト伯爵艦隊です」


 所属を読み上げる参謀の声に、ハルトには不安が過ぎった。だがハーヴィスト艦隊は、猪突猛進したりはしなかった。

 アリサが動かす要塞艦が、天頂方向から主砲を敵艦に叩きつけて、移動要塞オファニエルを撃沈しようとした2隻の敵大型戦艦を次々と破壊した。

 周囲では艦砲を並べたハーヴィスト艦隊が、王国貴族軍と戦う連合別働隊の頭上から、豪雨のようにレーザー砲撃を浴びせて敵艦を撃沈している。

 アリサとハーヴィスト艦隊は王国軍と対峙していた敵軍に大穴を穿ち、敵に囲まれていた王国軍を死の淵から救い上げていった。


「乱戦宙域の味方艦隊、ハーヴィスト艦隊の支援を受けて、乱戦宙域を抜け出します」


 アリサの進撃は、まさかの大金星だった。彼女は乱戦宙域から多数の味方を救い出し、王族級魔力者や移動要塞まで引き上げたのだ。

 ハルトはふと、ケルビエル要塞の撃沈数に目を向けた。

 ケルビエル要塞が撃沈した敵は、敵要塞11基、撃沈艦4431隻、駆逐艦換算で合計1万4344隻相当。

 味方と交戦していた敵は単独撃破にはならないが、敵が艦隊陣形を保って組織的に展開していた宙域を攻撃しており、悪く見積もっても7割ほどの評価は得られる。

 評価が7割に下がっても、1万40隻相当の撃破が認められる事になり、ケルビエル要塞の戦力評価8137隻を上回る戦果が認定される。自身も武勲章の基準は超えたと判断したハルトは、撤退の指示を出した。


「乱戦宙域を抜けた友軍と、輸送艦隊の撤退を支援しながら、星系外まで後退する。距離を取った敵に向けて、核融合弾を惜しまずに撃ち続けろ」


 ケルビエル要塞から連合の別動隊に向かって、尽きる事のない核融合弾の雨が降り始めた。

 追い縋ろうとする連合軍は、巨大なエネルギーの濁流を浴びて、星系内へ乱暴に押し返されていく。一方で王国軍も、強烈なエネルギーをシールドに浴びながら、星系外縁部に押し流されていった。

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おお、アリサ大金星か いい判断やったな 踏みとどまれて良かった
サブタイ草wwww とりあえず書き込まざるを得んかったw www
何度も読み直している身としては、アリサが大金星になってよかったと本気で思う。 改稿前は、本当に可哀想だったから…
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