03話 ヒロイン爆散
本来の士官学校は、高水準の軍事教練や専門教育が行われる厳しい場所だ。徹底的に扱かれて、1つでも単位を落とせば退学となる。
だが艦長科には、魔力が高いほど成績が補填される制度がある。
おかげで肉体的には屈強な戦士から程遠いハルトも、無事に1年の後期に入れた。
後期からは上級生たちと合同で、士官学校内のシミュレーション機を用いた仮想空間での演習も行われる。
今回のシミュレーション演習は、ディーテ人を半奴隷扱いしている地球人に対する隕石群突入作戦だ。
家族を半奴隷化された者にとって、地球が人類発祥の星など知った事では無い。
問題の解決手段が暴力で固定された原因は、地球人の送り込んだ懲罰艦隊によって、ディーテ指導者を処刑された事だ。相手が話し合いは無駄だと証明した以上、実力を以て解決するしか無い。
「ワープアウトを確認」
無数に浮かぶ星々の中に、一隻の輸送艦が放つ小さな光が紛れ込んだ。
「太陽までの距離、0.0007875光年、74億4975万キロメートル。地球から海王星までの約1.71倍。太陽圏内です」
航宙士官役の士官候補生が、サブスクリーンに表示される観測結果を次々と読み上げていく。
「第三攻撃隊、周辺宙域にワープアウト中。誤差は最大で4億キロメートル。周辺で最短の戦艦はA301で、2410万キロメートル。A301から最短の空母はB301で、1710万キロメートル。軽空母はD302で、1450万キロメートル」
大きすぎる誤差に、ハルトは眉を顰めた。
恒星系内では魔素が渦巻いており、直接ワープアウトは出来ない。
本作戦の第一段階は、なるべく長距離から気付かれないようにワープインし、地球に近い位置へ纏まってワープアウトする事だった。
高次元空間には様々な障害があり、障害自体が動いているため、各艦は独自に航路計算を行っている。そして今回の各艦は、出現座標に大きなバラツキが出た。
「艦に割り振られている番号は、先輩達も魔力順だったな」
高次元空間では、魔力が高いほど艦を守るシールドが安定して操艦し易くなる。現にハルトの艦は、定められた出現予定宙域と一致していた。
ハルトの艦に近いA301やB301、D302を動かしている艦長達も、高魔力の先輩だ。出現座標から考えて、彼らと組むことになりそうだ。と、ハルトは考えた。
本作戦は、西暦3282年に勃発したディーテ独立戦争の再現だ。
当時、全力で奇襲を仕掛けたにも拘わらず、戦力は地球側が4倍も多かった。
既に現時点で、付近の観測衛星に大船団の出現を察知されて、光速の警報が地球に飛ばされている。7時間後には地球軍が事態を感知するはずで、ハルト達がのんびりしていると、地球側の防衛戦力が次々と展開していく。
作戦の失敗は、半奴隷状態から完全奴隷への悪化だ。
自らの命と引き替えにしてでも地球へ天体群を落とし、地球人がディーテ星系を支配する能力を奪わなければならない。
今回投入される戦闘艦のうち、中佐級の重戦闘艦・各空母艦長は3年生。少佐級の戦闘艦長は2年生。大尉級の突入艦長は、1年生が指揮を執っている。
対抗する地球側の艦艇も、同じ士官候補生が指揮しており、両軍の艦数は合わせて約6000隻……艦長科の1年から3年全員となる。
その他にも、艦長科以外の士官候補生たちが、軍艦の乗組員や防衛衛星の担当士官役に割り振られている。また戦闘艇や制圧機の訓練学校生も参加しており、シミュレーション機を用いた学生の演習では最大規模となっている。
ディーテ独立政府軍の突入艦艦長であるヒイラギ大尉。という役割を与えられているハルトは、部下役の候補生たちに命令を下した。
「本艦はA301の指揮下に組み込まれるものと仮定し、直ちに作戦行動を開始する。付近で牽引可能な天体を探せ。発見次第、移動を開始する」
「了解。質量観測を開始します」
地球に落とす天体は、艦にとって分相応の大きさで無ければならない。艦で抱え込み、シールドを張って迎撃レーザーを防ぎながら運ぶためだ。
シールドの範囲からはみ出す天体を牽引すると、シールドが無い部分を撃たれて天体が吹き飛び、それを抱えている艦が巻き添えで沈められる。
「適合天体を選定しました。移動を開始します」
「よし。作業班は、天体の取り付け準備を開始しろ」
「了解。作業班は、アンドロイド隊を指揮して、突入用天体の取り付け準備を開始しろ」
条件に合う天体が見つかったハルトは、突入艦の艦首を翻して、目標に向かって移動を開始した。
直後、先輩から命令が届く。
「戦艦A301より、編成命令が入りました」
「結構早いな。これより当艦は、A301の指揮下に入る。A301に命令受諾信号と、当艦の天体取り付け作業の進捗報告を送れ」
ワープアウトで各艦がバラバラになることは想定済みだったため、出現座標で再編成する予定だった。
ハルトが受諾信号を送った8分後、A301は戦闘艦55隻、突入艦31隻を従えて小艦隊を編成した。
情報を受け取ったハルトの戦闘指揮所には、サブスクリーンの1つに、各艦の割り当て番号が表示された。突入艦には想定していたクラスメイトの乗艦が概ね揃っており、僅かに他所から紛れ込んだ艦もあった。
他所に流れたクラスメイトの一部も、A301のグループに紛れ込んだ他クラスの士官候補生たちも、魔力の出力が安定を欠いて座標がズレたのだろう。彼らは仮想空間での演習後、鬼教官による地獄の補習決定である。
「空母B301より、戦闘艇の発進を確認。軽空母D302から発進する空間制圧機隊を回収して、全突入艦の作業支援にあたるとの事」
空母からは全長120メートルの戦闘艇100艇が、軽空母からは全長40メートルの大型人型兵器200機が次々と飛び出した。
戦闘艇は制圧機の運搬を行い、制圧機は突入艦への天体取り付け作業を補助する予定になっている。
「制圧機受け入れ準備、誘導信号を出せ。作業班は、共同して作業にあたれ」
「了解。作業班は、空間制圧機と共同して作業にあたれ。誘導信号、発信完了」
天体に接舷したハルトの突入艦に、小さな流星が静かに迫ってくる。
ハルトは少しでも作業時間を短縮するため、応援の到着前に艦からアンドロイド隊を出して、取り付け作業を開始させた。
独立戦争が行われていた当時、既に軍では大量のアンドロイドが稼働していた。
軍で通用するアンドロイドは高価だが、人間のように新兵から教え込まなくて済むため、各艦の戦闘力を一定水準以上で保つ事が出来る。
過酷な環境下で、瞬間的な判断や正確性を求められる作業の多くは、アンドロイドが担ってくれる。それに対して人間は判断と命令を行っており、曖昧な状況で誤った解釈や行動をされないように制御している。
アンドロイドの補助があるため、人間の乗組員は大量には必要ない。
王国軍は、総人口400億人に対して軍人が4000万人しかおらず、残りは全てアンドロイドに担わせている。
現代では、優秀なアンドロイドたちは軍のみならず、民間でも企業から一般家庭まで幅広く普及している。家事全般や生活用品の調達、収支アドバイザー、子供の世話や老人介護など、家庭の仕事の相当量を代行してくれる。
もっとも民間用アンドロイドの扱いは、あくまで家電製品の延長だ。代わりに外で働いてくれる機能は無いので、アンドロイドに働かせて自分がニートになる事は出来ない。
雇用者からすれば、第三者経由より、自分で買う方が良いだろう。
現況に至らしめたのは、乙女ゲームの影響力なのだろうか。そのようにハルトが妄想している間にも作業は進み、天体の取り付けが完了した。
戦闘艇は制圧機を残したまま、母艦へ戻っていった。
「艦隊旗艦A301より入電。集結と進撃の同時命令です」
「命令受諾信号を返せ。これより本艦は、地球への隕石群突入作戦を開始する」
「了解。これより本艦は、地球への天体突入作戦を開始する。総員、第一種実戦配備。繰り返す、これより本艦は……」
86隻の艦艇が、次第に集まりながら地球への移動を開始した。同時に周辺宙域にワープアウトした他の小艦隊も、続々と動き始めていた。
サブスクリーンに表示されるレーダーには、艦隊旗艦の四方八方に、クラスメイト達の突入艦が表示されている。
ハルトの突入艦はJ301で、魔力順にユーナがJ302、フィリーネがJ303、コレットがJ304と続く。
この4人の間に割って入れる魔力者は、同期には存在しない。
一番魔力が低いコレットですら、公爵級の魔力者だ。公爵級魔力者であれば、男性であろうと子爵以下の一般貴族家への婿入り、女性であれば伯爵家に嫁げる可能性がある。それほどの立場で、士官学校に来る物好きが多かろうはずもない。
高魔力者4名が動かす4隻の突入艦は、それぞれ艦の魔素機関を限界付近まで稼働させながら、地球に向かって突き進んでいく。
サブスクリーンに表示される各艦の動きを俯瞰していたハルトは、ふと配置変更を口にした。
「航宙長、本艦をJ302と旗艦の中間点から200万キロメートルほど後方に移動させる。突入艦が固まる事で、戦闘艦艇の護衛負担を軽減するのが目的だ」
「了解。移動を開始します」
ハルトが思い付いたのは、乙女ゲームのヒロイン補正だ。
現実との繋がりを確信した乙女ゲーム『銀河の王子様』では、ヒロインのユーナだけは基本的に最後まで生き残る。従ってユーナの後ろにいれば、自艦の撃沈を免れるのでは無いか。と考えたのだ。
ゲームではバッドエンドが沢山用意されており、悪い方では人類連合に捕まって高魔力な子供を沢山産まされたり、人類連合を回避できてもジギタリスに捕まってさらに酷い目に遭ったりするが、生き残ってバッドエンドは見せてくれる。
生きていることが幸せとは思えないような展開もあるが。
子供だったハルトに衝撃を与えた乙女ゲーム製作者たちが、一体何を考えてそのような展開を作ったのかは、非常に気になるところである。
ハルトはゲームの展開を思い出すうちに、根っからの良い子であるユーナへの扱いが、とても不憫に思えてきた。自身の中で交友値ならぬ同情値が、グングンと急上昇していく感覚を身体に感じるほどだった。
だが可哀想だからと言って、他艦の配置には口を出せない。
配置を換えるのは、艦長であるユーナ本人か、旗艦A301で指揮している3年生であるべきだ。作戦行動中の越権行為は記録されて、減点の対象となる。
ハルトが黙してサブスクリーンを見守っていると、親友のコレットが動かす突入艦が、ユーナの突入艦に接近していった。2隻分の護衛を集中させれば、両艦の安全性が高められる。
流石はヒロインの親友だと感心したハルトの瞳に、別艦の動きが映り込んだ。
「本艦後方より、J303が接近中」
ハルトが指揮する突入艦の後ろに、フィリーネの突入艦が素早く入り込んだ。
コレットが行ったように、2艦を固めれば護衛の負担が減る。同時に、ハルトを盾に出来る絶妙な位置でもあるが。
「カルネウス艦長か。良い位置に付けたな」
やられたと思ったハルトだったが、今更どうしようもなかった。正当な理由付けをしない回避行動は、敵に対する怯えや敵前逃亡を疑われて大幅な減点対象となる。
ハルトは艦の位置を変えないまま、地球への突入コースに乗った。
広がった傘のようだった艦隊陣形が、次第に傘を閉じるように細くなっていく。やがて細長い円錐が完成した頃、サブモニターに地球が映し出された。
そしてメインモニターには、前方宙域で輝く人工光も映し出されている。
「前方、天王星周回軌道上に地球軍艦53隻を確認。我が軍に対し、停船命令を出しています」
敵艦隊の予想より速い行動に、ハルトは思わず舌打ちをしかけた。
当時の地球では、現代の人類連合軍のように統一された軍隊は存在しなかった。多様な国家がひしめき合い、互いに牽制し合って、太陽系の各方面に軍を配備していたのだ。
A301揮下の小艦隊は、その一つに引っ掛かってしまった。
「他艦との相対距離に注意しつつ、船速を最大まで上げろ。シールド前方に集中。必ず向こうから砲撃してくる」
ハルトの突入艦が淡い黄光を放ち、後ろから突き飛ばされたかのように船速を急上昇させた。艦の前方には、敵からの光学観測を歪ませるほどの強い光の壁が生み出される。
「敵軍、砲撃!」
通信士官が叫んだ瞬間、敵艦隊から光の豪雨が降り注いだ。
豪雨を叩き付けられた味方艦が左右に数秒揺れ、直後には機関部から球状に広がる巨大な光球を炸裂させ、爆発四散した。
爆発と同時に発生した魔素衝撃波が、周囲の味方艦に襲い掛かる。
「正面シールドを維持しろ。側面に衝撃緩和シールドを展開」
「了解。A301から各艦に、反撃命令が出されました!」
爆発した艦が発生させたエネルギーを浴びた各艦が、次々と艦体を前後左右へ揺さぶられていった。敵の攻撃は、味方が陣形を乱す間も容赦なく浴びせられ、1隻、また1隻と沈められていく。
友軍からも光の矢は放たれており、敵艦のシールドを突き破って艦の外壁を穿ち、魔力伝達ラインに突き刺さってショートによる爆発を引き起こした。
「敵艦隊、北方大陸連合軍です」
北方大陸連合軍とは、当時のロシアを中心とした軍隊だ。決断の早さは、地球国家でも最上級の1つに入っていた。
この時期のディーテ政府は、既にディーテ星系で地球軍と争っており、反乱勢力の認定を受けていた。停船命令に従わなければ即殲滅は、充分に有り得る事態だ。
「空母B301より、戦闘艇部隊が発艦しました」
地球に突き進む流星群から、100個の小さな星が一斉に分離した。
小さな流星群は、銀河基準面の上下から敵を半包囲するように展開しながら、レーザー砲撃を敵艦に浴びせた。シールドを張って、敵艦のエネルギーが攻撃から防御に振り向けられた事で、味方艦の被害は目に見えて落ちていく。両軍の撃ち合いは激しさを増し、やがて交差の時を迎えた。
このまま進めば、ディーテ政府軍は地球側へ、北方大陸連合軍は太陽系の外側へと流れていく。
北方大陸連合軍は未だ交戦中であるにも拘わらず、慌てて艦の進路を反転させ、ディーテ政府軍を追う態勢を取ろうと図った。そこへ味方の砲撃が叩き付けられ、無防備になった敵艦は次々と光球に変わっていった。
「味方突入艦の制圧機、支援攻撃に参加しました」
「突入艦が目立つと狙われて、天体落下を阻止されるぞ。だが注目を浴びたなら、もう遅いか。本艦の制圧機にも、シールドを張っていない部分から攻撃に参加するよう伝達」
「了解。本艦護衛の制圧機は、支援砲撃を行われたし」
天体と共に付いてきた2機の制圧機が、味方艦隊の支援砲撃に参加した。
小さな制圧機の支援によるメリットが、突入艦が狙われ易くなるデメリットに見合うのかは微妙なところだ。それでも攻撃が開始されて以降は、1発でも弾幕を増やすために参加すべきだった。
ハルトの突入艦は、味方艦隊の内側に位置している。制圧機の参戦によって危険が増したのは、艦隊の外側に位置するユーナやコレットたちだ。ユーナとコレットの突入艦が、敵駆逐艦から光の雨を浴びせられる。
「J302、J304、敵駆逐艦から砲撃を受けています」
ユーナはシールドを張って必死に自艦と天体を守っているが、そこへ新たな敵艦が加わって、突入艦の魔素機関が変換できるエネルギー量を飽和させていった。
これが聖女をヒロインとする乙女ゲームであれば、加護の力で魔物の攻撃から味方を守る行為になるのだろうか。生憎と危機に駆け付けられる王子様や騎士様はおらず、それらの代わりにコレットが支援を行った。
コレットの突入艦は、2隻目の敵駆逐艦とユーナの艦との間に移動して、ユーナの艦を守る盾となった。
ヒロインの親友キャラ、恐るべし。と、ハルトは思った。
コレットの行動は私的なものだが、彼女は昔から説明をそつなく熟す。
演習後に担当教官から行動理由を問われれば、ユーナの艦に集中している2隻の敵艦のうち1隻を引き受けることで、敵の攻撃を分散させて作戦の成功率上昇を試みた。とでも理由付けするだろう。
コレットの行為を見かねたのか、それとも成績を気にしたのか、味方戦闘艦がコレットとユーナの支援に入った。
戦闘艦同士が強引に接近して光の槍をぶつけ合い、苛烈な砲火の応酬で互いに犠牲を出しながら、さらに敵味方を呼び込んで宙域を光球で輝かせる。
両軍は互いに犠牲を出し続けながら、土星軌道を突破して木星軌道に入った。木星軌道には、新たな敵軍の姿が映し出される。
「木星軌道に、中華人民共和国軍の警備艦隊です。戦艦と空母を含む77隻を確認。我が軍の進路を塞ぐように展開しています」
劇的に悪化した状況に、ハルトは口を固く結んだ。
北方大陸連合軍と中華人民共和国軍を合わせれば、A301を旗艦とする小艦隊を壊滅させるには充分すぎる戦力だ。
「旗艦A301より通信。『地球まで突撃せよ』。以上です」
お前ら上手くやれ。そんな先輩の無茶ぶりに、ハルトは呆れ半分で応じた。
「受諾信号を送れ。これより最大船速で地球に向かう」
A301を旗艦とする小艦隊が次々と光を放ち、追い縋る北方大陸連合軍を置き去りに地球への暴走を始めた。
連鎖的に押し寄せるエネルギーの奔流に陣形が崩壊し、押し流されたユーナとコレットの艦には、ハゲタカやハイエナのように敵艦隊が群がった。
「味方駆逐艦、突入艦、戦闘艇、次々と落とされていきます」
「J304、推進機関損壊、脱落します。J302、退避行動に入ります」
「J302、爆発しました」
正面艦隊を突破する僅かな間に、ヒロインの親友であるコレットが地球軍に捕まるバッドエンドに陥った。そしてヒロイン自身は、宇宙空間で華々しく散ってしまった。
ハルトは内心で「ヒロイン補正は何処へ行った」と呟き、頭を抱えた。
彼女達を撃破した敵艦隊は、内側から姿を晒け出したハルトたちに迫ってくる。
「火星周回軌道に入りました。地球まで残り13分です」
「天体を落下させる。シールドは全方位展開を継続し、砲撃の紛れ当たりを避けろ。艦は艦隊左翼方向へ。少しでも激戦地から離れる」
「了解。本艦進路を内側に微修正します」
「前方に新たな敵33隻、北米大陸軍の火星警備艦隊です。さらに地球方面より60隻以上の敵艦隊が接近中」
地球を目前にしたディーテ政府軍は、周囲を敵で囲まれつつあった。戦力差は絶望的で、味方は全滅覚悟で天体を落とす事だけに集中している。
史実で生還できたディーテ政府軍は、全体の1割。その中には作戦成功を知って突入せずに離脱した艦も含まれるため、実際に突入した艦の生還率はさらに低い。
艦隊の中心付近に移動したハルトは、旗艦A301を容赦なく盾にしながら、地球突入コースを進んでいく。
敵の砲撃は激烈を極め、ハルトが盾にした味方艦隊とエネルギーシールドを突破し、ハルトが抱えていた天体まで削って、破片で艦の一部を削り飛ばした。
「艦底部損壊、制圧機1機脱落、乗員に死者多数っ!」
艦内に非常警報が鳴り響き、次々と隔壁が下ろされていく。戦闘指揮所のハルトはスクリーンへ目を向け、真っ先に魔素機関の無事を確認した。
「シールドを維持。天体切り離しは可能か!?」
「本艦からは制御不能。但し制圧機1機が残っているため、手動で可能です」
「地球はもう見えている。艦は直進しろ。制圧機に天体切り離しを指示。最優先だ」
「了解。直ちに制圧機を指示します」
ハルトは死傷者の救助よりも、艦の維持を優先した。ここで乗員を助けるために天体を落とせなくなっては、これまでの犠牲が無意味になる。
「艦長、J303より指向性通信です」
満身創痍で特攻するハルトの後ろから、フィリーネが声を掛けてきた。
彼女はハルトの後ろに陣取っており、未だに被弾していない。一体何の用かと訝しみながらも、ハルトは通信に応じた。
「通信を繋げ。それとアンドロイド隊は、航行に支障の無い範囲で乗員を救助しろ」
「了解。通信入ります。アンドロイドは、航行に支障の無い範囲で救助を開始せよ」
戦闘指揮所の士官達が鬼のような形相で損傷艦を制御する中、ハルトはフィリーネと通信を繋げた。
「ヒイラギ艦長、当艦は貴艦の乗組員受け入れが可能です。貴艦が天体を地球に突入させる際、艦載艇で離脱すれば拾います」
ハルトは迷った。提案に乗れば、ハルトが生還できる可能性が高まる一方で、フィリーネには多大なリスクが生じる。失敗すれば成績が下がるだけでは無く、フィリーネの艦に割り振られた士官候補生達からも恨まれるだろう。
「カルネウス艦長、そんな事をすれば、貴艦の生還率が大きく下がる」
「貸し一つで結構です。艦長として決断して下さいまし」
「分かった。貸し一つ、ディーテ星系に帰ったら返そう」
「ではお待ちしておりますわ。通信を終わります」
通信を切ったハルトが周囲の様子を窺うと、戦闘指揮所に詰める士官達の表情が、心持ち明るくなっていた。
「よし、本艦は地球への天体突入に並行して、艦載艇での離脱を図る。突入までの操艦は、補助燃料を用いてアンドロイドが担当。総員、脱出準備。J303に離脱航路を送信」
「了解」
「生存者は艦載艇に移動しろ。負傷者はアンドロイドが運搬。人間と最低限の食糧以外は捨てていけ」
ハルト達が艦載艇への移乗を進める中、旗艦A301が爆発四散した。
ディーテ政府軍は1000隻ほどの艦艇を投入しているが、未だ地球への突入には成功していない。各宙域で次々と味方が沈められていく中、小型艦載艇を切り離したJ301が、ついに超高速で地球へと突入していった。
ハルトに続いてJ303も、天体を切り離して突入させる。
真っ赤に燃え上がった2つの巨大天体は、ハルトの天体がユーラシア大陸へ、フィリーネの天体が北アメリカ大陸へと落ちていった。
高速で2つの大陸に直撃した2つの天体は、そのまま大陸プレートを叩き割って、衝突のエネルギーで岩石惑星を灼熱させ、吹き飛ばした膨大な岩石の豪雨を地球全土に降り注がせた。
地球で最も栄える2つの大陸が、大気圏外までの大噴火を引き起こす。大気が吹き飛び、瞬間的に生じた爆風が地上に存在する全てを薙ぎ払っていく。
この奇襲攻撃によって、史実では太陽系人口が400億人から、推定100億人以下に激減した。その後も、恐竜絶滅時のような環境の激変によって、生存者の8割も太陽系外へと脱出している。
現在の地球は、人々の努力によって環境が正常化され、人口は60億人まで回復した。但し地形が大きく変わり、残留者の新興国も乱立したため、元の姿に戻ることは二度と無いが。
甚大な被害を受けた地球人たちは、ディーテ星系への支配能力を完全喪失した。そしてディーテ星系は、地球からの独立を果たしたのである。
「J303に接舷完了。移乗命令が出ています。ワープで緊急離脱する模様」
「総員、直ちに移乗せよ」
「了解。総員、J303に移乗します」
ハルトを回収したフィリーネは、敵艦隊が存在しない宙域を縫うように移動しながら、太陽系外へと離脱していった。かくして今回のシミュレーション結果は、任務達成となった。
天体突入に成功したハルトとフィリーネの評価は、その後に協力して離脱に成功した事が加わって最上級になるだろう。これが史実であれば、ディーテ星系への生還後には両者揃って上級貴族家を立ち上げる事になったはずだ。物語は見事なハッピーエンドである。
但しヒロインは、宇宙の塵と化したが。
ヒロインの親友に至っては、地球軍に捕まって18禁ゲームの展開が不可避であるが。