28話 ドワーフの惑星
「侵攻目標は、恒星系ヘラクレス。地球から120光年先にある人類初の移民星系で、連合の前線拠点となっている。この星系を制圧して敵が侵攻する足場を奪い、逆に我々が侵攻する足がかりとする事が、本作戦の目的である」
遠征艦隊の副司令官を務めるベーデガー大将は、将官会議の中央にあるメインスクリーンに恒星系を投影させた。
恒星ヘラクレスは、小さく低温な赤色矮星だ。恒星としては、宇宙で最も数が多い平凡なタイプである。
だが恒星ヘラクレスは、ハビタブルゾーン内に地球直径の約8倍もの巨大地球型惑星アルカイオスを公転させている。
惑星アルカイオスは、潮汐固定で恒星と向き合う形で固定されているため、惑星内では昼夜が固定されている。通常、昼夜が固定された惑星内では、昼の地域が灼熱、夜の地域が極寒になる。
だが巨大惑星には、分厚い大気の層、大海洋、近距離を公転する衛星ケイデスの3つがあって、惑星内で熱循環を引き起こしていた。
厚いオゾン層が惑星内を守り、昼夜の中間点には地球の全陸地の20倍という超大陸もあって、アルカイオスはテラフォーミングを行わなくとも、惑星内に人類が居住可能な地域を数多有していた。
さらに恒星ヘラクレスと惑星アルカイオスが近いため、宇宙からの天体は恒星に引き寄せられて、惑星は隕石からも守られる。
西暦2629年、最初の有人調査艦隊がヘラクレスに発進。
以降、移住に向けた様々な物資や人員が送り続けられた結果、125年後の西暦2754年には人類初の恒星間移住が実現した。
「以上が、ヘラクレス星系の入植の歴史である。但し、惑星重力は地球の1.8倍であり、入植準備段階から居住困難と指摘があった。そのためディーテ移民計画も立ち上がり、西暦2823年にはディーテ移民が実現している」
ベーデガーは、ヘラクレス星系の巨大惑星が抱える最大の問題を指摘した。
巨大地球型惑星アルカイオスへの移民で最大の障害は、地球の1.8倍という惑星重力だった。地球で体重50キロの人間が、惑星アルカイオスでは体重90キロになる。
高重力惑星では、あらゆる活動に負荷が掛かり、作業効率も落ちる。全身へ血液を送るために血圧が上がり、心臓への負荷で寿命まで短くなる。
ヘラクレス星系への移民には、莫大な年月と費用が投じられており、当時の地球政府は、準備段階の半ばでディーテ星系案が有意と分かっても、ヘラクレス星系移民政策を中止は出来なかった。
その代わりに重力対策として、ヘラクレス星系への移民者たちは、遺伝的な環境適応調整が繰り返されていった。彼らは世代を重ねるごとに、低身長で太くなっていき、数百年の間にドワーフのような姿へと変貌したのである。
ヘラクレス星人たちは、地球政府の移民政策の実験台かつ犠牲者だった。
ヘラクレス星系には、蚊・火蟻・蜚蠊などの有害生物が持ち込まれたが、それを教訓にディーテ星系移民では、何重にも有害生物の侵入が防止される手を打った。
ディーテ独立時には、ヘラクレス星人は地球避難民たちに良好な土地から追い出された。しかも地球避難民たちは、西暦3300年の技術で環境適応して、自分たちだけドワーフ化しなかった。
地球人に対する不満が蓄積していったヘラクレス星人は、人類国家連合群に対して、極力不服従な民族となっている。
現在、ヘラクレス星系には10億人の連合国民が暮らしているが、ヘラクレス星人たちは、自分たちの人口すら公表していない。
「ドワーフの特徴は、高血圧、短気、粗暴、頑固、排他的。生活空間は地層にも広がり、惑星表面の制圧は効果に乏しい。そのため連合は、連合民とドワーフの生活地域を分け、軍事拠点も衛星ケイデスに置いている」
ベーデガーはドワーフたちを悪しき様に罵ったが、それには理由がある。
地球制圧時に遭遇したドワーフ達は、連合のみならずディーテ王国に対しても、ベーデガーが指摘したような態度を取っていたのだ。
ドワーフが反感を持つ理由として、ディーテ独立戦争時、ディーテ星人は連合をヘラクレス星系に追い出して、自分たちの生活圏を奪わせる原因を作った。というものがあるらしい。
不満の根幹には、地球からの移民時、ヘラクレスが粗だらけの移民政策の犠牲になった一方で、ディーテ星系移民者たちは失敗を教訓に調整が加えられ、地球すら凌ぐ理想郷を与えられた歴史がある。
なおディーテ側の見解は、最初の移民で見つかった問題点を二回目で修正するのは当たり前であり、ヘラクレス星系を奪ったのも連合であって、単にドワーフたちが自分たちへ八つ当たりしているだけとしか思っていないが。
「ドワーフは、我々ディーテ王国民に対しても非友好的だ。そのためヘラクレス星系を制圧した後は、我ら王国軍の駐留拠点も、連合と同様に衛星ケイデスに据える」
ベーデガーが説明すると、会議場からは次々と賛同の声が上がった。
「衛星に拠点を置くのであれば、惑星から破壊工作される心配はありませんな」
遠征艦隊の右翼軍を担うイェーリング大将が同意すると、左翼軍のリーネルト大将も支持を表明する。
「惑星資源だけ回収して、星系は補給地として活用しましょう」
ベーデガーに2人が続き、遠征軍で最も階級が高い3人の大将が意見を同じくした事で、総司令部が示した方針は確定的となった。
もちろん将官会議が始まる前に、事前の話し合いは終わっている。
グラシアン王太子が率いた太陽系侵攻軍19個艦隊は、太陽系の制圧を成したものの、代わりに防衛戦力が大幅に減った首星を襲われて、10億の王国民を死なせてしまった。
このままでは彼らは、凱旋帰国が出来ない。
3人の大将も、さらには太陽系方面軍の司令官となったラウテンバッハ大将も、総司令官グラシアン王太子が無理やり功績を称えて、中将から大将に引き上げさせた者達だ。
昇進した大将4人は、武勲どころか功績も挙げていない。
武勲に関しては、太陽系の敵軍がディーテ星系に侵攻中で不在だったため、まとまった敵など居なかった。功績に関しても、制圧したはずの太陽系では、今でも地球人たちが地下で抵抗活動中なのだ。
大将たちは、帰国前にヘラクレス星系を陥落させて、昇進に対する武勲や功績の辻褄を合わせておきたいのだ。さもなくば、金や地位があっても、名誉が保てない。
他の将兵たちも、帰国後に首星の人々から白い目で見られないために、せめて家族や周囲に説明できる体裁を整えたいと思っている。
従って太陽系侵攻軍は、炎上した継承問題を抑え込みたいグラシアン王太子と共に、ヘラクレス星系に攻め込もうとしている次第である。
完全に形だけの将官会議の場で、出席者に独自の意見など求められていない。誰も反対意見を出さないまま、ベーデガーの司会進行は台本通りに進んでいった。
「ヘラクレス星系の連合民10億は、制圧済みの地球と本国へ連行する。最前線で抵抗活動を続けられる事や、ドワーフと手を組まれることを避けるためだ。イェーリング大将は、如何思われるか」
ベーデガーが問うと、右翼軍のイェーリングが賛同した。
「良案ですな。非協力的なドワーフの勢力増大を抑えるため、残しておく案もあるでしょう。ですが連合の工作で、ドワーフが非協力的な状態から、敵対になる事があってはいけません」
連行しなかった場合には、もっと酷い事が起こり得る。そんな可能性をイェーリングに示唆されて、総司令部の連行案が補強された。
「そうだな。連合とドワーフのどちらがマシかと考えれば、ドワーフの方がマシだろう。リーネルト大将は、如何思われるか」
頷いたベーデガーは、次に左翼軍のリーネルトに顔を向けた。
するとリーネルトも、同意する。
「衛星を拠点とする以上、一定高度以上から締め出せば、惑星のドワーフは大して脅威にならぬでしょう。資源回収は地球と同じで、遠隔でやらせれば宜しいかと。有害生物が蔓延り、人を降ろせば検疫も大変ですからな」
侵攻部隊の大将全員が合意を示した。
そして最後にベーデガーは、将官会議に出席する中で最年少の少将に対して、肝心な事を念押しする。
「連合民の連行と資源輸送には、ケルビエル要塞を活用する。アマカワ少将は戦闘でも活躍したかろうが、国民は王位を継承される王太子殿下に、独立戦争を成功させた偉大なる祖先のような、さらなる歴史的活躍を望んでいる。政治判断も思料し、総司令部からはケルビエル要塞に対し、戦闘参加を控えるよう命じる」
将官会議の場において、ハルトを名指しで、誤解しようのない内容が副司令官のベーデガー大将から命じられた。
「了解致しました」
対するハルトも敬礼と共に、誤解しようのない返答を行った。
ハルトを見ながら頷いたベーデガーは、次いで具体的な内容に移った。
「それでは編制を発表する。遠征艦隊の戦力は、23個艦隊と要塞4基。これを3つの戦闘集団と1つの輸送隊に分けるものとする」
・中央軍 8個艦隊(内貴族艦隊4) 1移動要塞
総司令官 グラシアン王太子 副総司令官 ベーデガー大将
徴用艦隊=ディーテ、アテナ系貴族軍
・右翼軍 7個艦隊(内徴用艦隊3) 1移動要塞(内貴族要塞1)
右翼軍司令官 イェーリング大将
徴用艦隊=アポロン、マカオン系貴族軍
・左翼軍 7個艦隊(内徴用艦隊4) 1移動要塞
左翼軍司令官 リーネルト大将
徴用艦隊=アルテミス、ポダレイ系貴族軍
・輸送隊 1個艦隊(内貴族分艦隊9) 1攻撃要塞
艦隊司令官 レンダーノ少将 要塞司令官 アマカワ少将
・太陽系方面軍 5個艦隊
方面軍司令官 ラウテンバッハ大将
発表された編成は、貴族を2星系ごとに3つに割り振るものだった。
そして輸送隊に割り振られた貴族を見て、あまりの露骨さにハルトは呆れを通り越して笑いすらこみ上げた。
マカオン系で、ヴァルフレートの正妻を出したオルネラス侯爵家。
アポロン系で、ハルトが遺伝子提供者になったカルネウス侯爵家。
アポロン系で、王太孫の婚約者を外されたハーヴィスト伯爵家。
それぞれ3個分艦隊600隻ずつを供出しており、揃って輸送隊に割り振られている。これらの編成に関してベーデガーは、補足を付け加えた。
「今回は、マカオン系のモーリアック公爵家から1個艦隊と移動要塞が供出されており、元の集団を活かすために一緒とした。そのため増えたアポロン・マカオン系の貴族軍の一部を輸送隊に割り振って、全体を調整している」
ハルトはベーデガーの見事な言い訳に、物は言い様だと感心した。
ケルビエル要塞は単独で、輸送艦100万隻以上の働きが出来る。首星防衛戦では敵7個艦隊以上を単独で撃沈しており、護衛すら不要だ。
そのケルビエル要塞が所属する輸送隊に、輸送艦100隻しか有しない1個艦隊を加えても、1個艦隊分の戦力を無駄にするだけなのだ。
貴族の内情に詳しい者が見れば、王太子の王位継承権を補強するために、ハルトを含めた功績を立てさせたくない者たちを、まとめて輸送隊に割り振ったのは一目瞭然だった。
王族から臣籍に下ったストラーニ公爵は、昨年公爵家を興したばかりであり、艦隊供出の対象にはなっていない。仮にストラーニ公爵家の艦隊があれば、ベーデガーは新たな理由を付けて、それを輸送隊に回していた事は明らかだった。
そしてヴァルフレートであれば、このような愚かな配置は行わなかっただろう。と、ハルトは考えた。
事前の根回しが済んでいる将官会議の場において、ハルトは求められている通りに、首を縦に振る人形と化した。最後には、遠征軍総司令官グラシアン王太子から出席者への非常に有り難いお言葉を頂戴して、ヘラクレス星系に遠征する王国軍の将官会議は閉会となった。
閉会後は個別に、同じ部隊内ですり合わせを行う時間が設けられている。
ハルトは輸送隊所属の要塞司令官であり、同じ輸送隊の艦隊司令官であるオスカル・レンダーノ少将と認識を共有した。
同じ階級で肩書も明確な以上、艦隊指揮権が艦隊司令官のレンダーノ少将にあって、要塞指揮権が要塞司令官のアマカワ少将にあるのは明らかだ。両者に必要なのは、輸送隊に配属された貴族艦隊という異分子に関して、責任の所在を明確化すべきことだった。
レンダーノは貴族ではなく、貴族艦隊にはハルトと深い関わりを持つ貴族家が配属されている。
レンダーノの考えは、特別な配慮は行わず、杓子定規で軍の枠内に収めるというものだった。
「貴族艦隊は、艦隊行動中は私の指揮下、要塞駐留中はアマカワ少将の指揮下で良いだろう。上級貴族家からの徴用であろうと准将待遇であり、階級的にも問題は無い」
「はい、私も同様に考えます」
アマカワ少将が管理しろと言われていても、ハルトは応じただろう。日本人をルーツに持つハルトは、レンダーノの方針を柔軟に受け入れた。
3家の貴族艦隊も、2家は素直に軍の方針に従った。
カルネウス侯爵家は、フィリーネが輸送隊に居るので、その指揮下に在ることに反発しない。オルネラス侯爵家も、侯爵の娘の夫が王国軍司令長官ヴァルフレート上級大将であり、王国軍に対してゴネたりはしない。
だが残る1家のハーヴィスト伯爵家だけは、納得しなかった。
貴族徴用で最前線に出てきたハーヴィスト伯爵家令嬢アリサ准将待遇は、中等部で同級生だったリスナール子爵令嬢コレット大佐の下へ、私的な相談の名目で訪れた。
久しぶりに旧友と会ったコレットは子爵令嬢らしく優雅に挨拶したが、内心ではアリサの変わり様に驚いた。
かつて慈悲深い母神が如き穏和さで微笑んでいた顔が、憔悴を化粧で誤魔化し切れずに歪み崩れている。瑞々しさが失われた肌は病的に白く、見ている者の不安を掻き立てた。エメラルドのような碧眼は、濁って輝きを失っている。
中等部時代の名残が、一欠片ほどは残った病的な笑みを浮かべたアリサは、息を呑むコレットに訴えた。
「コレット、ハーヴィスト家の配置を変えられないかしら」
コレットは、配置を変えられるわけが無い。と、単刀直入に返答するような真似はしなかった。
遠征艦隊の配置は、遠征艦隊と太陽系方面軍の少将以上が出席した将官会議で決定済みであり、大佐のコレットどころか、要塞司令官のハルトであろうと変更できない。輸送艦隊を指揮するレンダーノ少将であろうと、輸送隊に所属する貴族艦隊の配置順を入れ替えられる程度だ。
コレットは、アリサがどの程度の変更を求めているのかを確認した。
「一体どうしたいのかしら」
「戦功を挙げたいの」
アリサの希望を耳にしたコレットは、否定するのではなく、不思議そうに問い返す態度を取った。
「軍人ではないアリサに確認するけれど、功績は、輸送任務で認められるわよ。ケルビエル要塞が地球から大量の物資を運んだ時、王国中が大喝采だったでしょう。でも戦功は、敵を倒さないと挙げられないわ。功績ではなくて、戦功を挙げたいのかしら」
輸送隊でも功績になると暗に告げたコレットに、アリサは首を横に振った。
「輸送じゃダメなの。敵を倒さないと」
コレットは、アリサの目的が名誉回復にあるのだと理解した。
武勲を挙げれば、『首星防衛戦はアリサの意志で逃げ出したわけでは無く、王家が手配した護衛の指示だった。アリサには貴族の義務を果たす意思がある』と証明できる。だが安全な後方輸送では、それを証明できない。
連合との戦いで武勲を挙げる事こそが、アリサが名誉を回復できる唯一無二の手段なのだ。
ハーヴィスト伯爵家は、伯爵家に求められる1個分艦隊ではなく、侯爵家相当の3個分艦隊に加えて要塞艦まで供出した。伯爵家も相当の無理をしている。
アリサが求めるものは明らかだったが、コレットには希望に添う回答は不可能だった。
「今回は、配置が決まってしまっているから、変えるのは難しいわね。でも輸送が大事なのは、ケルビエル要塞を使うことでも明らかでしょう。輸送が無いと、軍の活動を支えられないの。それを担ってくれるハーヴィスト伯爵家の功績は、王国軍はみんな理解しているわよ」
「…………それじゃあ駄目なのよ」
首星防衛で活躍したケルビエル要塞まで使うほど大切な役割。そう訴えるコレットに、アリサは引き下がった。
だがコレットには、アリサが納得しているようには見えなかった。