24話 正しい権力の使い方
「卿の地球出征中、カーマン博士の精霊結晶が発見された」
首星ディロスの軍務省司令庁にある司令長官室で、ハルトは将来の義父になる予定の司令長官ヴァルフレート・ストラーニ上級大将に帰還報告を行った。
そこでハルトは、博士の死亡という現実を、改めて突き付けられた。
「S級の精霊結晶は、この世に一つしか無いのだろう」
「はい。博士が身に着けていた物だけです」
ハルトの知る限りにおいて、S級精霊結晶はカーマン博士が身に付けていた物しか存在しない。
「それが博士の避難エリアから見つかった。博士は地下の避難区画に退避していたが、敵艦に突入されて一帯が吹き飛び、そこへ海洋に突入した敵艦の核融合弾が引き起こした巨大津波が流れ込んでいる」
ヴァルフレートは淡々と、状況を積み上げていく。
「精霊結晶は、顕現した精霊が装着者に望ましい行動を取る疑似生命体のような機能がある。しかも結晶の等級が強いほど、精霊の力も強い。故に、博士の精霊結晶が見つかるまで、博士の死亡は推定だった。だが精霊結晶が見つかっては、断定するしかあるまい」
乙女ゲーム『銀河の王子様』で遊んだハルトは、本来知る由も無い事を知っている。
S級精霊結晶は、単に精霊神がこちらの世界に干渉する際のエネルギー源の1つでしかない。精霊神がその気になれば、カーマン博士を逃がすくらいは造作も無い。
だが仮に博士が精霊結晶の生産生活に飽きて、のんびりと平穏に過ごしたいために現われないのであれば、隠れた博士を追いかけ回す行為は、協力した精霊神の不興を買う。最悪の場合、王国の精霊結晶が丸ごと機能不全に陥るかもしれない。
「卿は異論があるか?」
「いいえ、ございません。小官も、博士の死亡は確定したと考えます。大変惜しい人物を亡くしました」
返答したハルトの顔が、数秒に渡って観察された。
ハルトの知る限り、ヴァルフレートは人の機微に聡い。
それは誰に勧められずとも王位継承問題を避けるために自ら士官学校に入学し、王位継承問題に発展するような高魔力の娘とも関係を持たず、王太孫レアンドルの高魔力が判明してから結婚し、細やかな行動で常に周囲を制してきた事実から鑑みるに明らかだ。
「よろしい。それでは博士の死亡を断定とする。全く惜しい人物を失った」
ヴァルフレートが沈黙した数秒間に何を考えたのか、ハルトには予想できなかった。
だが、いずれにせよヴァルフレートの宣告を以て、精霊結晶の開発者であるカーマン博士の死亡が正式に確定された。
博士は精霊結晶の発明のみならず、ケルビエル要塞が複数の魔素機関を併用できる改良も行っており、そちらの技術は王国軍で他の要塞にも導入できる。
博士が存命であれば、軍務省の技術局や文部省などから引っ張りだこだっただろう。と、ハルトは考えて、改めて博士が生存していても絶対に出てこない事を確信した。
しばらくの間、ハルトの表情をつぶさに観察していたヴァルフレートは、やがて話を再開した。
「重要な話をしよう。発見されたS級精霊結晶は、精霊結晶の第1生産工場の稼動に用いた。卿から提供されたデータを元に再建した第1工場は、精霊結晶の生産を再開できた」
「…………なるほど」
すぐに納得したハルトの様子に、ヴァルフレートは興味深げな笑みを浮かべた。
ハルトは第1生産工場について、精霊界との境界点のような場所で、博士が身に付けていたS級精霊結晶の精霊神が、自身が生み出すD級以上の様々な精霊達がこちらの世界に干渉できる触媒としての精霊結晶を生み出していた。と、ヴァルフレートに説明していた。
ハルトの説明通りであるならば、生産工場を元通りにしてS級精霊結晶を元に戻せば、カーマン博士が工場の機能を停止させていない限り、第1生産工場は再稼働できる。
「理屈を理解できたか。それでは、卿の意見を聞かせてもらおう。生産を再開できたのはC級以下で、B級以上は生産できなかった。何故だ」
ヴァルフレートに真剣な眼差しで見据えられたハルトは、原因について思考を巡らせた。
乙女ゲーム『銀河の王子様』でも、博士はB級の上級精霊を軍には提供しておらず、僅かな身内用としていた。そしてハルトと会った時も、『B級以上は困った性能で、限られた人間にしか出す意志は無いんだ』と語っていた。
ハルトが博士からB級10個を上限とされたのは、そのためだろう。
「博士が生産にロックを掛けているのだと考えます」
「解除方法は分かるか」
ヴァルフレートの問い掛けに、ハルトは首を横に振った。
「精霊結晶は、最初に装着した人間にしか使えません。そしてS級精霊結晶は、博士が装着者です。私は技術者ではありませんので、操作できません」
「そうか」
短い一言で、ヴァルフレートは呆気なく割り切った。
「C級以下の精霊結晶しか生産できずとも、連合の高魔力者の数への対抗策はある。C級精霊結晶を装着する各艦長を上位艦種に切り替えさせ、戦闘艇の操縦者には補助艦を運用させる」
生産が再開されたC精霊結晶の加算魔力は810。
C級精霊結晶を用いれば、全長120メートル級の戦闘艇を動かしていた操縦者は600メートルの補助艦の魔素機関を稼働できる。
補助艦の艦長は、全長1200メートル級の駆逐艦を稼働できる。
駆逐艦の艦長は、全長2100メートル級の軽巡洋艦を概ね稼働できる。
軽巡洋艦の艦長は、全長3300メートル級の巡洋艦を半数くらいは稼働できる。
全長5000メートル級以上の戦艦類は、貴族1500家からの徴用で賄える。戦艦は1個艦隊に50隻なので、1500人集めれば30個艦隊分の戦艦を動かせるのだ。
各下位艦種は、上位艦種の2倍以上存在するため、これを実行するだけで王国艦隊は2倍以上に増強できる。
「確かに上位艦への切り替えであれば、不都合は無いと思います。戦闘艇から補助艦への切り替えは不安ですが、改めて考えれば、士官学校2年の航宙実習で、駆逐艦すら動かしますからね」
「そうだな。どこぞの2年生などは、フロージ星系で敵艦4隻を撃沈して、フロージ共和国内で政治宣伝した挙げ句、10倍の敵を振り切って高速撤退してきたからな。頭の固い連中には、そう言っておこう」
懐かしい話を掘り起こされたハルトの顔には、自然と笑みが溢れた。
戦闘艇は乗員1名で、補助艦は乗員100名であるが、魔素機関の稼働者としての役割に限れば、ワープ以外はそれほど高度になるわけでは無い。
王国軍1個艦隊2000隻のうち、補助艦は4艦種で合計500隻だ。
護衛艦は、ミサイル防衛や機雷除去を行い、艦隊や施設を護衛する。
偵察艦は、多次元の魔素変換波を探知して、いち早く敵を発見する。
輸送艦は、大中小のコンテナで、様々な物資をあらゆる場所へ運ぶ。
工作艦は、軍艦や軍施設などの整備・修理を行い、艦隊を維持する。
これら補助艦を動かせるのは士爵級魔力者で、ディーテ王国には400億人中200万人しか存在しなかった。もしも800万人存在する騎士階級が動かせれば、人材確保は4倍楽になる。
「艦隊増強計画が、一気に進みそうですね」
増強計画とは、王国軍の25個艦隊5万隻を、50個艦隊10万隻まで倍増させる計画の事だ。そのために士官学校の艦長科は、ハルトが3年生になった年から定員が3倍の6000人に増員されている。
だが昨年は、戦闘で1万隻が失われていた。戦死者が多くて、増強どころか減る一方だった王国軍の艦長が、精霊結晶の運用で一気に息を吹き返した。
ハルトが嬉しそうに話すと、ヴァルフレートも悪巧みをする子供のような顔を浮かべた。
「それとD級の精霊結晶を用いて、戦闘艇も増やす。既に王国民へ広く募集を行っている」
D級精霊結晶を使えば、魔力を持たない平民でも戦闘艇の魔素機関を動かせる。
戦闘艇は、ワープや循環システム、居住性などの星間航行能力や汎用性を全て排除して、短距離戦闘だけに特化した艦種だ。
搭乗員は、魔素機関の稼働者1名とアンドロイドたち。操縦の殆どが自動制御で、母港や母艦との戦闘連動システムで指揮されて戦う。
戦闘艇の全長は駆逐艦の10分の1で、戦力評価は駆逐艦の20分の1。
運用には、母港ないし空母を必要とする。空母1隻で100艇を搭載できるので、戦闘を回避する空母1隻は、駆逐艦5隻分の貢献となる。
空母と巡洋艦の魔素機関が同規模で、巡洋艦の戦闘力が駆逐艦8隻分であるため、空母を減らして巡洋艦を増やした方が良いという意見も出る。
だが搭乗員が1名しかおらず、各種の機能を排除した戦闘艇は、アンドロイドを含めて数千人が乗り込む戦闘艦に比べて極めて単純な構造で、建造が安価かつ容易だ。
戦闘艇は稼働者が騎士階級で、戦闘艦の稼働者である士爵に比べれば分母が多くて簡単に集められる。
そんな戦闘艇の搭乗者を、ヴァルフレートは従来の騎士階級800万人から、王国民390億人にまで裾野を広げて、従来の4875倍を対象にすると言ったのだ。
「一般国民の戦闘艇が実際に活躍すれば、従来の騎士階級は消滅しかねませんね」
言外に大丈夫かと確認したハルトに、ヴァルフレートは諭した。
「戦争で負けるよりはマシだろう。あちらが魔力改変者などを持ち出してきたのだ。王国の身分制度が崩れようと、こちらもやらねばならぬ」
ヴァルフレート以外であれば、実現出来なかっただろう。
だが最前線から外されて首星に居たヴァルフレートは、逆に王太子が本国に居ない事を最大限に活かして、司令長官と元王族の公爵を兼ねた立場と身分によって、平民の戦闘艇搭乗を実現させてしまったのだ。
戦闘艇の操縦は、殆どが自動制御で行われており、アンドロイドも付いているので、子供が体験型ゲームで遊べるほどに簡単だ。操縦者が担う最大の役割が魔素機関の稼働だが、それを精霊結晶が解決する。
急造させる操縦者たちを例えるならば、ゲームで自動車の操縦をしていた子供に、自動車学校への案内を出した所だろうか。今後は教習所に通って免許を取り、いずれ若葉マークを付けながら星間防衛を担う事になる。
ハルトは未来の王国軍が、大幅に強化されるだろうと想像した。
「魔力改変で増え続ける敵への対抗手段は、一先ず得られた。精霊結晶工場は、王国軍の厳重な管理下に置くが、権利に関してはこのようにしてある」
ヴァルフレートが端末を操作し、ハルトに精霊結晶工場の取扱いに関するデータを転送した。
ハルトが確認すると、精霊結晶は戦略物資とされ、生産工場は王国軍によって管理されるらしい。軍事徴用にあたるため、セカンドシステム社には補償金が支払われて、王国軍による防衛費や管理費も会社に請求されない。
そして第2生産工場で生産する下級精霊結晶も、戦闘艇や制圧機の操縦者の間口を広げるため、王国民への販売が再開される。
精霊結晶の売り上げは、販売に必要な費用を差し引いた上で、セカンドシステム社に支払われる。
これらを要約すれば、「王国軍がタダで守ってあげる」という話だ。
現在は戦時中であり、連合が中立のフロージ共和国経由で、スパイや破壊工作員を送り込まないとは限らない。それを王国軍が政府と連携して守り、何かあった時には責任まで取ってくれるというわけだ。
これ以上は望めない程の好条件であり、ハルトは同意した。
「重要な話の1つ、精霊結晶工場の再稼働と運用方法については、以上だ」
「重要な話の1つと言うことは、他にもあるのですか」
ハルトが問うと、悪巧みする子供のようだったヴァルフレートの顔付きが、冷めた大人に変化していった。
「前線を掻き乱す、我らが王太子殿下だ」
ハルトは思わず司令長官室を見渡して、誰も居ない事を再確認した。
太陽系侵攻軍の総司令官グラシアン王太子が率いる侵攻軍は、未だに太陽系に駐留しており、120光年彼方のヘラクレス星系との間で哨戒と、単発的な戦闘を繰り広げている。
彼らは太陽系を制圧した戦果よりも、首星を留守にして発生させた犠牲の方が圧倒的に大きい。そのため侵攻軍は、さらなる戦果を挙げなければ王国に凱旋できないのだ。
「王太子殿下の影響力は、強いですか」
ハルトはうんざりした表情で、司令長官に状況を尋ねた。
「長兄は次期国王だからな。王太子と一緒に太陽系に向かった連中も、参謀役として王太子を制止するどころか自分たちの戦果を焦り、近視眼の艦隊戦で、私が増やしていく戦力を、次々と擂り潰している。私は王位継承問題の片割れであるため、王太子の行動には口を差し挟めない。今の段階で長兄を掣肘すれば、王国が2つに割れてしまう」
「政治的な問題で、軍事行動が狭められる。典型的な例ですね」
ハルトの率直な評価に、ヴァルフレートは軽く頷いた。
「太陽系侵攻軍とディーテ星域会戦によって、本国の防衛戦力は大幅に減っている。そのため追加の増援は無いと伝えたが、王太子は前線の総司令官かつ遠征中の国王代理として、上級貴族達に参集命令を出した。上級貴族家からの供出艦隊と一般貴族家からの戦時徴用者を纏めて、王国軍からの増援を受けずに手持ちの艦隊を増やす算段を付けたのだ」
「……入れ知恵しそうな将官が、何名か思い浮かびました」
1つの国に軍の命令系統が二つもある事態に、ハルトは頭を抱えたくなった。
だがヴァルフレートが伝える凶事は、この先が山場だった。
「娘婿の卿だけに話すが、大々的に貴族を呼び集めた長兄の行為はあからさまで、王国軍によるヘラクレス星域への大規模侵攻は、貴族達が地球に参集してから1ヵ月と数日後だと、中立国のフロージ共和国経由で連合側には知られている」
「それだけ派手にやれば、流石に知られるでしょう」
ハルトが示した認識に不満があったのか、ヴァルフレートは説明を重ねた。
「いつ、何処に、誰が、何を目的として、どれだけの規模で攻め込むのか。その全てを敵が正確に把握しているのだ。結果がどうなるのか、アマカワ少将には想像出来るな」
「連合軍が余程の阿呆で無い限り、王国軍は敗北します。それも大損害を受けます」
今度のハルトの回答には満足したのか、ヴァルフレートは対応策を語り始めた。
「娘婿の卿に、アドバイスを送ろう。『戦場で誰かが危機的な状況に陥った際、その救命が王国のためになるのかを考えて行動せよ。王国が敗北すれば、君と婚約者は悲惨な目に遭う。何が大切なのか、間違えないようにしたまえ』。以上だ」
会話の流れから察せられる意図は、ハルトへ明白に伝わった。
政治的な理由で太陽系侵攻を行って、首星を半壊させるような致命的な阿呆である王太子に王国軍を掻き乱されれば、王国は滅亡するかもしれない。
ヴァルフレートが何を求めているのかを理解して、それが必要な事だと心から賛同した時、ハルトは自分がヴァルフレート派になったと自覚した。
「私が求めるのは、最終的な王国の勝利です。閣下のお考えに心から賛同しましたので、大局的な観点で動きたいと考えます」
ヴァルフレートは鋭い眼光でハルトを見据えながら、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「結構だ。卿は物資輸送の為、現地に赴くだろう。機会が訪れた際には上手くやれ。それと精霊結晶の生産工場に係る仔細は、君の補助者で婚約者でもあるストラーニ大佐に伝えた。太陽系の輸送任務、ご苦労だった。退室してよろしい」
「はっ、失礼致します」
ハルトは敬礼し、踵を返して司令長官室を退出した。