23話 婚約内定 取り消しのお知らせ
王国歴441年3月。
地球から帰還したハルトは、所属している士官学校に帰還報告を行った。
現在のハルトたちは士官学校の3年生で、翌月には4年生となる。
士官学校の食堂では、1年生が給仕役、2年生が指導役、3年生が失敗を叱る役、4年生が叱る3年生を監督する役をやらされる。様々な上官や部下を経験するために行う教育の一環なので、役柄を明確にすればどんな監督役をやっても良い。
4年生として、監督役はどのような役柄を試そうかと妄想していたハルトは、士官学校の校長から思いがけない連絡を受けた。
「アマカワ三年生、輸送任務ご苦労だったな。ところで君たち4人は、もう士官学校に来なくてよろしい」
呆気にとられたハルトだったが、続く言葉で納得せざるを得なかった。
「士官学校の教官達を送り込んで要塞で行わせている講義は、優秀な教官たちが現場の士官達の力も借りながら、4人という少人数を相手に家庭教師の如く教える前代未聞の贅沢な教育だ。これ以上の教育は、士官学校では出来ない」
「理解しました」
同意したハルトに、校長は力強く頷いた。
「在学中に王国軍が与えてきた軍務は、全て君たちの成績に反映されている。王国軍務省のディーテ星域会戦の戦後評価では、ケルビエル要塞が無ければ、首星ディロスは壊滅していたと結論付けられている。貴官ら4人は、110億人を救った。成績は首席、次席、3席、4席で決定している。1年後の卒業も確定済みだ。卒業おめでとう」
校長が話した戦後評価では、ハルトが居なければ首星の生存者は0で、首星自体も居住不可能な損害を受けていたと結論付けられている。ユーナとフィリーネとコレットは、1人欠けるごとに数億人の死者が増えたと結論付けられた。
実習の成績で1人の救命につき1点を加算するならば、ハルトが110億点で、3人が数億点。首席から4席までの独占と、全員の卒業確定くらいは当然なのかもしれない。
「……ありがとうございます」
卒業の1年前に校長から卒業を祝われたハルトは、唖然としながら礼を述べた。
現在のハルト達は、将官向けの指揮幕僚課程を受けている。この課程を履修していなければ、士官学校を飛び級で卒業していたかもしれない。
ハルトの短い謝辞を聞いた校長は、再び力強く頷いた。
「君が首席なのは確定しているが、次席以降は迷っている。副砲で敵艦数百隻を撃沈したストラーニとカルネウスは、それぞれ数億人を救った。推進機関で要塞機動を支援したリスナールも、敵全軍の突破を見事にやり遂げた。どうすべきか。少将の階級を持つ君はどのような見解を持つかね」
校長は、士官学校生には絶対に聞かないであろう事を尋ねた。
ハルトは言葉に詰まり、自分が指揮幕僚課程を受けている身だと思い直して答えた。
「リスナールは広い視野を持っており、私は安心して彼女に要塞の推進機関を預けられました。また彼女は、魔素機関の稼働者のみならず、司令官職と参謀職のいずれであっても、高水準で担えます。私たちの年度は生徒数が大幅に減りましたが、彼女が次席であれば、例年に比べて次席の質が落ちたと言われる事は無いでしょう」
コレットの生家であるリスナール子爵家は、王家の意を受けて動く一族だ。
その特殊な環境で、普通の人間とは比べものにならないくらい視野が広く、様々な局面で安定して自分の役割を果たせる。ハルトが推進機関やシールドの補助を任せているのは、コレットなら上手くやってくれるという信頼があるからだ。
ハルトの説明を聞いた校長は、短く頷いた。
「そうか。それでは、ストラーニとカルネウスの席次はどう考える」
二人について問われたハルトは、即答できずに考え込んだ。
ユーナは、良い子モードでは戦闘が苦手で、航宙実習では同期たちの死に涙を流したほどには向いていない。ダークモードのユーナは敵を撃つなり、味方の犠牲を必要なものと割り切るなり出来るが、別に才能が飛び抜けているわけではない。
要塞運行補助者であれば今も出来ているが、艦隊司令官は出来ない。それが、ハルトのユーナに対する見解だ。実際にやらせてみれば上手いかも知れないが、ユーナが艦隊司令官だと参謀長は大変だろう。
フィリーネは、1個艦隊の司令官であれば可能だ。と、ハルトは考える。将来のカルネウス侯爵としての勉強をしており、領地経営や領地軍の運用も学んでいる。その特異な立場と士官学校教育が重なったが故に、彼女は艦隊司令官としての能力を身に付けた。
少なくともロキ星域会戦でハルトの足を引っ張った、第14艦隊司令のアルチュニアン中将よりはマシだろう。第14艦隊司令と交代してくれるのであれば、ハルトは大歓迎だ。おそらくもちろん、手元で要塞運行補助者をして欲しいが。
「カルネウスは、あと数年で艦隊司令官を果たせる能力が身に付きます。侯爵位を継ぐのは早くて100年後。連合と戦争をしている以上、引き上げ易いように3席にしておいた方が良いと思います。ストラーニは、国王陛下の孫娘の1人ですが、そういう配慮をしなければ4席で良いと思います」
校長は無言となってハルトの顔を凝視し、暫く間を置いて頷いた。
「参考にさせてもらおう。ご苦労だった。寮の荷物は、残る3人にも伝えて回収するように。任務で卒業式に出席できなくとも、卒業証書の電子データは届く。だが記念品の弓矢だけは、早めに受け取りに来るように」
「了解しました」
かくして食堂で後輩たちを監督する4年生の楽しみは、儚くも潰え去った。
ハルトは残る3名にも連絡して、後輩達の注目を背に浴びながら、粛々と士官学校の寮から私物を回収して、荷物の配送手続きを済ませた。
寮の片付けを終えたハルトは、他の3人と共に変装した上で、市民に扮した護衛のアンドロイド兵たちと共に街へ出た。
首星ディロスは、首星半壊から半年足らずで綺麗に復興していた。
復興にあたって王国は、6つ目の恒星系へ展開予定だった都市建造施設群を、首星復興用に残らず投入していたらしい。
都市建造施設群とは、旧世代の3Dプリンターを建造物用に、大規模かつ高性能にした様な施設だ。
個人が家を建てる場合、端末に土地の広さ、種別、建材、階数、部屋数などの各項目を入力すれば、条件を満たす建築モデルと価格が表示される。
モデルを承認すれば契約が成立して、都市建造施設群で自動的に希望した家が建造され、流通網に乗せられて、数日後には目的地に建っている。
家に必要な家具や電化製品なども、都市建造施設群で手配できる。
建造物の最大規模は、大型コンテナに入る全長500メートル、全幅160メートル、全高50メートル以下。大型公共施設も、大型コンテナで運べるサイズのものを上下左右に繋げていけば建造できる。
王国は首星内の建造物データを持っていたため、生存者の自宅に関しては、都市建造施設群と資源を大量投入して、瞬く間に再建させていた。
首星の建造物は全て無償で再建され、費用は国庫から捻出されている。
ライフラインの復旧も、瞬く間に行われた。
王国は、都市の地下深くに、複数の巨大な貯水槽と、浄水槽を造っている。
貯水槽は海抜より低い位置にあって、首星ディロスの海水を貯水層に引き込んで、そこから浄水槽に汲み上げて、真水に変えてから地上に引き上げて王国民に供給している。
地下深くの貯水層と浄水層は分散されているため複数が無事で、そこから再建した家に引き上げる形で、すぐに復旧できた。
電力の復旧に関しては、水の復旧よりも簡単だった。
王国は、宇宙空間で太陽光発電を行った後、マイクロ波電力伝送システムを使って地上に届けている。その地上に届いたエネルギーを、各家庭にある非接続型の電力バッテリーに送って、各家庭で電気を使用している。
発電衛星は幾らでも展開できるし、地上の受信装置も簡単に設置できて、非接続型の電力バッテリーも家を建てれば自動的に付いてくる。破壊されても、数日で復旧するのだ。
首星の復興は、王国民の自宅に関しては既に再建終了宣言が出されていた。
実際にはハルトの自宅が壊れたままだが、カルネウス侯爵家に依頼して建造したため、国の建造物データに載っていなかったらしい。復興作業に追われて、その後は2ヵ月も出征していたので、そのまま取り残されたのだとハルトは考えた。
海域の使用権は保持したままなので、購入した旅客船を暫定的に浮かべて、それを自宅代わりにした。
子爵家の本宅としては、全く相応しくない。それどころか、星間船を動かして相応に稼げる士爵の自宅としても情けないレベルだ。
だが自宅の復旧中を名目にして訪問客を避けられるため、ハルトは重宝している。角が立たないお断りの名目を立てなければ、英雄に会ってお礼を言いたいだとか、未婚の子爵様に会いたいだとか、色んな申し込みの対応だけで一日が終わってしまうのだ。
「復興、凄く進んだな」
真新しいホテルのレストランに入った浦島太郎は、調度品の整った空間でお洒落なランチを注文しつつ、感慨に耽った。
丸テーブルでハルトの両隣に座るユーナとフィリーネが互いを微妙に牽制し合う中、我関せずとハルトの向いで注文を入力したコレットは、ハルトの発言を訂正した。
「進んだと言うより、殆ど終わったと言うべきかもね。生存者の自宅再建費用は無償で完了。家具とか家電製品、移動車輌まで特別に無償で付けられたわ」
「それは凄いな。そろそろ建て替えようと思っていた人とかは、ボロ儲けか」
政府も随分と奮発したな。と、ハルトは驚いた。
復興が早かったのは、復興費用の殆どを王国が出したからだ。
都市建造施設群は国有の設備で、消費した資源の殆どは地球から回収してきた。回収できなかった資源もあるが、地球から得た様々な資源や財物を財源に充てる形で、他星系から調達できている。そのため国庫からの支出は、驚くほど少なく済んでいる。
「軍需生産工場の設備や在庫、作業用アンドロイドにまで補助は出ないから、もの凄く損をした人もいるけどね」
コレットが指摘したとおり、建物と車輌までは復旧されても、企業の建物の中身までは復旧されていない。
設備はどんなものがあって、年式は幾つだったとか、アンドロイドは何体居ただとか、そこまで細かくは政府も分からない。110億人へ個別に聴き取りが出来るわけも無く、復興する際に線引きされたのだ。
「政府が急いだのは、太陽系侵攻軍のせいで首星が被害を受けて、それを認めた失点を挽回したかったからじゃないか」
「そうかもしれませんわね。政府与党は王太子殿下を支持していましたから、太陽系侵攻も強く押していたのですけれど、今は風向きが変わって焦っているようです」
ハルトの想像に、左隣のフィリーネが同意の言葉を発した。
家が壊れたままであれば不満を持ち、その原因に怒りを向ける。政府が早急に復興させていなければ、国民の不満はもっと高まっていたかもしれない。
今は都市が復旧し、人々の日常も概ね戻りつつある。
「そういえば魔法学院は卒業式の時期だけど、皆はどうしているか知っているか」
ハルトは一番詳しそうなコレットに視線を向けた。
「そうね。魔法学院大学、その他の大学、代官や代官見習い。婚約した子で花嫁修業をしている子も居るわ。でも中等部単独の同窓会は無いから、会う機会は少なそうね。仲の良いお友達のプチ同窓会になるかしら」
中等部の同窓会が無いと聞かされたハルトは、仕方が無いと納得した。
魔法学院の中等部から高等部へはエスカレーター制で、中等部の同級生は基本的に高等部の同級生を兼ねているため、中等部単独の同窓会を企画する意味は薄い。
そしてハルトは、仲の良いお友達のプチ同窓会に呼ばれる可能性も低い。
なぜなら貴族子女が通う中等部において、ハルトは準貴族の次男という立場だった。そのため周囲の貴族子女にとってハルトは格下の存在で、親しいお友達では無かったのだ。クラスでハルトの身分を全く気にしていなかったのは、ユーナくらいだろう。
そして士官学校でも、重戦艦科がハルト達4名では開催不可能だ。
艦長科に範囲を広げても3300名居た同期が74名になっており、しかもハルトたちと他の同期たちとの階級差が大きすぎるため、同窓会を開催しても士官学校の4年生と1年生以上に酷いお食事会にしかならない。
「俺って、一生同窓会に呼ばれないかもしれない」
「お気の毒様」
コレットから肯定の言葉を投げられたハルトは、ガックリと肩を落とした。
「ハルト君はわたしと居るから、いつでも同窓会できるよ」
「ああ、そうだな」
ユーナの慰めで気を持ち直したハルトは、同窓会が行われないことは割り切った。
ユーナとフィリーネとコレットの3人が居れば、魔法学院中等部のプチ同窓会も、士官学校重戦艦科のプチ同窓会も、常時開催しているようなものだ。
ハルトが同窓会に関する気持ちを切り替えたところで、コレットが話を戻した。
「進路の話だけど、全員が順風満帆とはいかないわね。首星防衛戦には皆が参加したみたいだけれど、そこで失敗して、婚約の内定が取り消された子も居たわ」
「婚約の内定が取り消しって、どんな失敗だ」
魔法学院は、軍の学校では無い。そこの生徒が軍に徴用されて失敗するなど、当たり前では無いかとハルトは考えた。
「アリサを覚えているかしら。ハーヴィスト伯爵家令嬢のアリサ」
コレットが口にした名前を、ハルトは覚えていた。
伯爵の孫という上級貴族家の一員で、金髪碧眼に白い肌、少し垂れ目の穏和な性格が印象的な女子だ。魔力はコレットとジギタリスの間で、公爵級に近い侯爵級。学業も優秀で、常に一桁番台に名前が載っていた。
「そのアリサ、魔法学院の1年で生徒会の書記をして、2年で副会長になっていて、前に言っていた王太孫殿下の婚約者にも内定していたの」
「へえ。凄いな」
王国中の貴族子女と優秀な魔力者を集めた魔法学院高等部で、1年から書記をして、2年で副会長になるくらいであるから、能力が高いのは明らかだ。伯爵の孫で、性格も良くて、王太孫の婚約者になるくらいであるから、王国も理想的な人物だと判断したのだろう。
「でもディーテ星域会戦で、王太孫妃の候補だからと王家が手配していた護衛の指示で安全な後方に下げられて、それが広まって国民の反感を買ったの」
「それで婚約の内定取り消しか」
コレットの話を聞いたハルトは、それはどうしようも無いと理解した。
正式に婚約していれば、次代の高魔力者を確保する目的で定められた制度の要件を満たして、戦闘参加を免除されることが国法で定められている。だが単なる内定者では、その要件を満たしていない。
王国民は、自分たちを守って欲しいがために、建国来440年に渡って、王侯貴族の1500家に貴族特権を与え続けてきた。そして1500家は、貴族特権と引き替えの義務を負っている。
星系が襲われた場合、中等部までの義務教育を終えた貴族家の一員には、従軍義務が課される。
従軍義務から逃げたのであれば、王国民との契約は不履行で、契約によって与えられている貴族特権も終了だ。敵前逃亡したアリサが王侯貴族の一員である王太孫妃になるのは不可能で、アリサの子孫も王国民から王位継承権者とは認められない。
「後方に下がって戦闘から逃げた貴族は彼女だけじゃ無いけれど、その全員がリスト化されて、原則として全員が貴族籍を剥奪されたわ。国民院で決議されて、爵貴院が追認して、王国議会の決定で強制執行よ」
「アリサの貴族籍も剥奪されたのか?」
「いいえ。王家が手配した護衛の指示に従った点を『上からの指示に従った』と解釈されて、剥奪は免れたわ。でも国民の反感が大きいから、婚約の内定は取り消し。他の貴族からも忌避されるから、一般貴族との結婚も難しいかもしれないわ」
コレットが説明した厳しい措置に、ハルトには王国民の怒りの大きさが伝わった。