22話 啓発ビデオは悪役令嬢
「ハルト君、見て、見て!」
ユーナが瞳を輝かせながら、搬入コンテナ内の映像をハルトに見せた。
キュタルタタタタタッと謎の音声が流れて、それに驚いたハルトは口を開けたまま唖然と映像を覗き込んだ。
映像は、大型コンテナを連結させた水槽の中だった。要塞内の人工重力下にあって、コンテナ内には水面が設けられており、酸素と光と餌も供給されている。その中で巨大な海洋生物たちが、群れを作って優雅に泳いでいた。
「サメ……じゃなくて、イルカか」
ハルトは初めて見る巨大な海洋生物に、目を見張った。
ディーテ星系は、地球からの入植時にイルカを運ばなかった。そのためハルトも、リアルタイムで動くイルカの映像は見たことが無かった。
「そうだよ。ハンドウイルカっていう種類なんだって。可愛いよね」
ユーナは水族館に連れて行ってもらった子供のように、イルカが泳ぐ姿を眺めている。
「ああ、そうだな」
ハルトは一先ず同意したが、内心では首を傾げた。
イルカと一緒に連行されてきた地球の飼育員が同じコンテナ内で作業をしているが、イルカは飼育員の倍くらいの大きさをしている。
ハルトの情報端末に入っているデータに寄れば、クジラの一種であるオキゴンドウやマゴンドウの半分の胴体である事から、半分の胴……ハンドウと呼ばれたらしい。地球では他にも説や呼び方があるようだが、ディーテ側ではハンドウ(半胴)と登録されている。
クジラほど大きくはないが、全長は3メートル以上もある。
首星ディロスで海の王者はクロマグロだが、そちらは平均2.5メートル、体重300キロほどなので、ハンドウイルカは一回り大きいサイズだ。
ハンドウイルカ達は、大型コンテナ1つにつき10頭ほど入れられており、それが20個もあった。ディーテへ運び込まれるイルカは、200頭もいるらしい。
「このイルカたち、ディロスの海に放すのかな」
ユーナは目を輝かせている。
ハルトが情報端末のデータを眺めていくと、イルカはマグロと協力して魚を捕食する事もあると書かれていた。イワシの周りをマグロが横から回り、イルカは縦から回って、球状に集めたイワシ玉を形成して捕食する事もある。
知能が高く、人懐こくて、地球では水族館などで芸を披露して、来場者を楽しませる事もあるらしい。海で人間を助けた記録が多々あって、人間側もマグロのようにイルカを食べたりはしていないようだった。
「こいつらをディロスの海に解放したら、200年後くらいのディロスの海は、イルカで埋め尽くされるんじゃないか」
マグロは人間が食べるが、イルカには天敵が居ない。ハルトはディロスの海で放たれている食用の魚たちが、イルカの群れに食い荒らされる光景を想像した。
ハルトが悩んでいると、ユーナとの交代時間でやって来たフィリーネが、2人の間に入った。
「輸送目的欄に、研究・観賞用と記載されていますわ。海洋水族館に運んだ上で、地球生物として国民の娯楽に供されるのではありませんか」
「なるほど。海に解き放たないなら、構わないか」
フィリーネの説明に納得したハルトは、軽く納得した。
地球侵略の成果を持ち帰り、ディーテ星系会戦で大きな被害を受けた王国民に分かり易く見せて、不満を解消させる。
巨大海洋生物は、視覚効果としては抜群だ。
「ハルト君、イルカが水族館に入ったら、見に行こうね」
「多分、凄く混むと思うぞ」
ハルトは1つの水族館に数千万人が押し寄せる光景を想像したが、ユーナは視線でハルトに追認を求めてきた。
イルカを見たいだけであれば、要塞司令部として輸送物の無作為検査をする名目で、コンテナの1つに行けば良い。だがユーナが求めている事は、もちろん輸送物の検査では無かった。
「……分かった。水族館に行こうな」
「やった。ハルト君、大好き」
そう喜んだユーナは、フィリーネに一瞬だけ自慢げな視線を向けた後、交代して嬉しそうに自室に戻っていった。
「当然、わたくしとも行って頂けますわよね」
「は、は、は。もちろんさ」
水族館で人の海に2度も飲み込まれる未来を想像したハルトは、顔を引き攣らせながらフィリーネに頷いた。そして溺れる未来の光景を忘れるように、イルカ以外の輸送品目の一覧を眺め始めた。
輸送品目の一覧には、天然資源や原材料名、様々な生産機械類や製品名が載っていた。そして中には、研究施設が移設されたコンテナもあった。
コンテナには中型や小型もあり、多様な生物も積まれている。犬は犬種ごとに分けて入れられており、ペットブリーダーなる地球人とその家族も一緒に積まれていた。一部には、土ごと移した樹木が積み込まれているコンテナすら存在した。
「これは酷い」
ハルトが呆れたのは、コンテナの使い方が贅沢すぎたためだ。
輸送艦であれば、大型コンテナ1個、あるいは中型コンテナ10個ないし小型コンテナ20個を2ヵ月以上掛けて輸送する。輸送艦に、研究資料の樹を運べと命じたら、輸送艦の乗員達は一体どう思うだろうか。
呆れながら輸送品目を切り替えているうちに、ある生物の項目に辿り着いた。個体数は10億ほどで、全ての輸送品の中で、取扱いの注意項目が最も多くなっている。
ハルトは無表情となり、かつてプレイした『銀河の王子様』を思い出した。
タクラーム公爵家の企てに干渉せず、ゲームのストーリー通りに現実が進行していた場合、首星ディロスが制圧されて王国民側がコンテナに積み込まれていたのだ。
戦争再開前、ディーテ王国民の中には、戦争は終わったと考えている者も少なくなかった。それは植民支配されていた件が、独立戦争時に行った地球への天体突入作戦で、「やった事とやられた事は相殺された」という考え方だ。
だが人類連合国家群は、植民支配を悪い事だとは教えていない。新惑星開発に投じた資金や資源の正当な債権回収であり、ディーテ政府への処罰も法に基づいた行為で、ディーテ側が一方的に襲ってきたという見解を示している。
ハルトは王国民として、「戦争を終結させるのであれば、連合側が独立戦争を起こされた事を仕方が無いと受け入れて、戦争を再開する前に終戦すべく歩み寄るべきだった」と考えているが、連合民は王国側が歩み寄るべきだったと考えているだろう。
戦争再開後にディーテ側は10億人が殺され、連合側は地球から10億人が連行されて、既に両者の歩み寄りは不可能に近いが。
ハルトが端末の一覧を押すと、コンテナ内が投影された。
人間が収容されている大型コンテナは、長さ500メートル、幅160メートル、高さ50メートルの標準規格だ。
大型コンテナ1個には、4万人を収容できる。
高さ50メートル分は、30メートル分が10階建てのマンションのようになっており、残る20メートル分に再生型の循環供給システムが積まれ、食料促成栽培も行われている。
高さ30メートル分の10階建てマンションは、8分の5が居住区画で、8分の3が通路や防音壁、食用植物園などに使われている。
長さ500メートル、幅160メートルは、広さ8万平方メートルだ。居住区画が8分の5であるため、大型コンテナ内は5万平方メートルの居住区画が10階層ある事になる。
5万平方メートルの居住区画には、50平方メートルの2LDKの空間に4人、あるいは100平方メートルの4LDKの空間に8人が入って、約4000人を収容できる。それが10階層あるため、大型コンテナ1個の収容人数は約4万人という計算だ。
この仕様の大型コンテナは、ディーテ王国の星間移動用コンテナだ。
ディーテ王国では、過去に移民用コンテナを用いた大規模移民が何度も行われてきた。
大型コンテナを輸送艦に積載して、魔素機関で発生させた魔素変換防護膜で包み込んで宇宙放射線や塵などから守り、恒星間を渡るのだ。
ケルビエル要塞内に収納する場合、輸送艦と同様にシールドで守れるため、まとめて輸送する事が出来る。
「一覧表に生物の一種として載せたのは兎も角として、輸送方法は王国民が移民で使うタイプと全く同じだな」
ハルトの独白に、フィリーネが自身の解釈を述べる。
「すぐに用意できたのが、既存の移民用コンテナだったからでしょうね。王国は388年間に、5つの星系に移民しています。そして戦争が再開しなければ、6つ目の移民が行われる予定でした」
「そうなのか」
「ええ。王家では、王位継承権の問題が生じるほど優秀な王族が現われた時、片方に公爵位を与えて他星系に送り出して来ました。ヴァルフレート元第三王子は、戦争がなければ初期開発済みの星間移民船団の船団長として、6つ目の恒星間移民を行っていたと思います」
「だから復興が迅速に行えて、輸送コンテナも用意できたのか」
大型コンテナの転用元をフィリーネから聞かされたハルトは、復興資源や輸送コンテナ群を迅速に調達できた理由に納得した。
10億人を運ぶ場合、最低でも2万5000個の移民コンテナが必要になる。
それも高度な循環システムに食料促成栽培も行える区画を組み込んで、人間の生活に必要な家具や物資を取り揃え、防音壁や食用植物園まで作らなければならない。
戦争再開が予想外だったのに、首星が甚大な被害を受けてまで、それだけのものを並行して新しく作るのは不可能だ。だが事前に準備していたものであれば、単に移民計画を後回しにして転用するだけで良い。
「移民のタイミングは、王太孫レアンドルが魔法学院の高等部を卒業して、第二王位継承権者がヴァルフレート第三王子から王太孫レアンドルに入れ替わる時だったのかな。継承順位を下げるんじゃなくて、臣籍に下って移民船団長を担うとかで」
「そうですね。戦争がなければ、今頃は移民計画が発表されていたかも知れません。わたくしたち上級貴族家は支援を行い、領民からも移民希望者を募っていたと思います」
魔法学院の卒業式を1ヵ月後に控えた王国歴441年2月。
移民用コンテナは、本来予定されていたディーテ王国民ではなく、戦争で捕まえた地球人を乗せて宇宙を飛んでいる。
単純に言い表せない複雑な感情を抱いたハルトは、地球人を乗せているコンテナのデータを眺めた。
コンテナ同士は、2つのコンテナの外壁と要塞の仕切りで3重に隔てられており、地球人が一斉に蜂起する恐れは低い。
しかも太陽系方面軍から引き継いだマニュアルでは、反乱が起きたコンテナは1個丸ごと宇宙に放り出せるとされている。160万人分多く入っているため、その程度は想定の範囲内らしい。
「そういえばコンテナ管理担当官の1人が、地球人が暴れないように啓発映像を作ったそうですわ。企画広報部の方に決裁が回っていました」
「それは仕事熱心だな」
太陽系方面軍から預かった100万個以上のコンテナは、要塞主計部長の大佐が部下達を使って管理している。人間を運んでいる2万5000個のコンテナは1つの課が担当しており、直接管理しているのは課員の担当官たちだ。
彼らは士官学校の艦長科以外を卒業したエリート集団で、自動化された機能と軍用アンドロイドたちを思うがままに操り、王国軍の屋台骨を支えている。
フィリーネから話を聞いたハルトは、啓発映像の中身に興味を示した。
「企画広報部長までの決裁書だったと思います。もう決裁が降りているかも知れませんけれど、私たちであれば申請データも閲覧できますわ」
大佐の階級を持つフィリーネは、自身の端末で申請データを拾い上げて、そのリンクをハルトの端末に送った。
送られたデータをハルトが再生すると、立体映像にデフォルメされた20歳くらいの巻き毛に垂れ目で、クリーム色の上着に草色のスカートを履いた柔らかい雰囲気の女性秘書が登場した。
作成ソフトを使って作られたと思わしき、デフォルメ女性秘書は、明るく自己紹介をしてから語り出した。
『地球人の皆さんは、戦争で負けました』
悲しそうな顔をした秘書は、数秒の沈黙を挟んで説明を再開する。
『皆さんは、これから王国に連れて行かれます。ですが問題を起こすと、連れて行かれる先が恐ろしい場所に変わるかもしれません』
女性秘書の隣に、デフォルメされた地球の映像が投影される。
映像に円盤形のUFOが登場して、地球の上空から怪光線を放ち、地球人が引っ張り上げられる様子が映し出された。
ジタバタと手を動かして抵抗を示した地球人は、無力にも引っ張り上げられてUFOに回収される。多数のUFOが大きな要塞に次々と吸い込まれていき、やがて大きな要塞が地球を旅立った。
そして要塞内で、地球人の1人が暴れ出す。
直後、デデーンという効果音が流された。
『あなたは問題を起こしてしまいました。するとあなたは、他の皆さんとは違う場所へ連れて行かれます。どのような場所に連れて行かれるのか、実際に見てみましょう。問題を起こしたあなたは、ある場所へ清掃員として連れて行かれました』
宇宙を飛んだ大きな要塞が、やがて美しい惑星に辿り着いた。
惑星上で停止した要塞から、UFOがゆっくりと美しい惑星に降り立っていった。
そこで映像が切り替わり、広大な敷地に樹木と芝生が植えられ、壮麗な建物まで続くなだらかな道が映された。
「これって魔法学院じゃないか」
「懐かしいですわね。遠くに校舎が見えますわ」
ハルトとフィリーネが懐かしそうに映像の景色を眺めていると、空から純白の高級飛行車輌が、次々と敷地内に降りてきた。
そして徹底的に白い服装を纏って、辛うじてスカートだけは淡いピンク色をした、まるで聖女のような格好の金髪令嬢が、堂々と大地に降り立った。
「げえっ、ジギタリス!」
「…………懐かしいですわね」
登場した金髪令嬢のモデルにハルトは嫌そうな声を上げ、フィリーネは淡々と呟いた。
2人が見守る映像の中で魔法学院の芝生に立った令嬢は、わざとらしく周囲を見渡してから、ある一点を見て眉を顰めてみせる。
彼女の視線の先には、芝刈り機とゴミ取り機を動かす、みすぼらしい服装の男性が立ち竦んでいた。
『まあまあまあ、なんて汚らわしいのかしら。ちょっとあなた、学院のアンドロイドを呼び出して』
『はい、お嬢様』
執事の一人が、手元の端末をピポパと操作すると、学院のアンドロイドたちが駆け込んで来た。
『ねぇ、ほらそこに汚いゴミが落ちているわ。樹木用の散水機で洗い流すから、取り押さえて下さらない』
『おやめくださいーっ。昨日も洗われておりますー』
取り押さえられた男が必死に抵抗するが、相手は人間よりも遙かに力の強いアンドロイド4体だ。抵抗も虚しく、四肢を1本ずつ掴まれて身体を宙に浮かされてしまった。
男はジタバタと必死に身を捩りながら、慈悲を求めて懇願を続ける。
昨日も洗われたという言葉に、ハルトはジギタリスが意図的に男性の近くに降り立ったのだと確信した。
『ほら、起動させて』
令嬢が微笑むと、芝生の下から散水機がせり出してきた。
そしてジャーという効果音と共に、目を瞑った男の身体に放水を始めた。
『ぎゃあぁ……もががががっ』
『まあまあまあ、洗い流しても、ゴミが綺麗にならないわ。どうしてかしら』
おかしそうに笑う令嬢がアップで映された後、映像が切り替わって女性秘書が再登場した。
『あなたが問題行動を起こすと、今後の人生は、このような生活になります。気に入られれば引き取られて、領地で洗い続けられるかも知れません。途中で飽きて捨てられて、適当に処分されるかも知れません。そして、あなたのことは、誰も助けてくれません。王国軍に迷惑を掛ける事は、あなたのためにも控えましょう。これは、心からの警告です』
女性秘書が悲しそうな顔で会釈すると、画面が切り替わり、advertising center(広告センター)のロゴと共に「AC~」という効果音が流れた。
データの再生が終わった後、暫く固まっていたハルトとフィリーネは、重々しく口を開いた。
「とりあえず、見なかったことにしようと思う」
「それでは閲覧履歴を消しておきますわ」
その後、映像が流されたコンテナでは、王国軍の手を煩わせる問題は発生しなくなった。
ハルトは部下達の裁量権には干渉せず、要塞司令官としての務めを粛々と果たしながら、首星に帰還した。