21話 太陽系方面軍
西暦1957年にソビエト連邦が、宇宙へスプートニク1号を飛ばしてから1784年後の現代。
太陽系の各惑星・衛星には、20万基以上の軍事衛星群が周回している。
「地球から見える星は、1年前より増えたかな」
人工物の煌めきを星々に例えたのは、ディーテ王国軍のハルト・アマカワ少将だ。
ハルトは士官学校の重戦艦科からの戦時徴用で中尉に任官し、昇進に相応しい武勲1つにつき1階級ずつ上がった正式な王国軍少将だ。配属先はケルビエル要塞で、役職は要塞司令官となっている。
だが同時に、未だ士官学校の3年生を兼ねている身でもあった。
「卒業まで残り1年と1ヵ月、せめてそれまで待てなかったのか」
「しかも18歳だろう。階級が下の者は、18歳の上官に困惑するのでは無いか」
極めて常識的な意見である。それでもハルトが兼任を求められているのは、他の誰にも代替不可能な高魔力があるためだ。
ハルトの魔力は9万1150。これは王国2位の魔力を持つ王太孫の3倍で、全長90キロメートルのケルビエル要塞を稼働させられる力だ。
ケルビエル要塞は、厚さ8kmの複合装甲に守られた内部に、複数の魔素機関、膨大な兵器類や施設群、膨大な民間船を収容できる軍事宇宙港、惑星改良機能や都市建造施設群まで備えた巨大な攻撃要塞だ。
王国屈指の軍事拠点であり、巨大な兵器工廠や艦艇造船所でもあって、資源さえ取り込めば自前で何でも製造しながら戦い続けられる。輸送能力も王国最大で、要塞内部の1割にあたる2万1217立方キロメートルが輸送区画となっている。
輸送区画の規模は、王国軍の輸送艦と比較すれば分かり易い。
王国で標準規格の大型コンテナは、全長500メートル、全幅160メートル、全高50メートルで、容積400万立方メートル。
ハルトが過去に遊んだ乙女ゲーム『銀河の王子様』が発売された1700年前の日本で例えれば、大型コンテナ1個の容積は、東京ドームの容積124万立方メートルの3倍以上だ。
輸送艦が運べる大型コンテナは1個で、ケルビエル要塞が運べるのは100万個。しかも仕切りや、効率的な出し入れが可能な余剰空間を確保しての100万個であり、輸送区画の体積自体では、大型コンテナが530万4350個も入る。
ケルビエル要塞は、輸送艦100万隻以上の輸送力を持っている。この絶大な能力こそが、誰が何を言おうともハルトが徴用される理由だ。
太陽系の軍事衛星20万基は、ケルビエル要塞によって運び込まれた。
軍事衛星の大きさは大型コンテナに匹敵しており、魔素機関を用いないレーザーや電波兵器、人工知能や監視システム、自家発電装置などが搭載された無人兵器だ。地上で怪しげな動きがあれば、衛星同士で連動して、宇宙空間から自動的に攻撃する。
魔素機関を用いないレーザーでは、軍艦のシールドは突破できない。それでも通常兵器しか持たないゲリラ相手には有効で、地球人たちの抵抗活動は宇宙から抑え込まれていた。
「まだ光が降っているね」
要塞司令部では、ハルトの右隣に座る要塞運行補助者のユーナ・ストラーニ大佐が、サブスクリーンに映る衛星群と地球を眺めながら呟いた。
ハルトと婚約している彼女は、ディーテ王国の魔力者を増やす制度の一つである『高魔力者と結婚ないし婚約した高魔力女性は、戦場に出さない』の条件を満たしており、希望すれば戦場には出されない立場だ。
それでもユーナが一緒に居るのは、婚約者の自分が来ているからだろう。と、ハルトは考えている。
中等部時代のユーナは、純真無垢の良い子だった。
それが士官学校への進学後、航宙実習で連合艦隊に同級生を殺されてから精神的に不安定となり、ハルトが慰めて婚約してから落ち着いた。
その後は、ハルトを巡ってフィリーネと取り合いを行い、ロキ星域会戦の従軍ではショック療法を受けたのか、良い子の裏に陰の部分が現われて、二面性が生まれてしまった。
ダークモードのユーナは、辛い現実でも有りの侭に受け止めることが出来る。それは彼女が二重人格となって、良い子の部分が壊れないように守っているのかもしれない。
ハルトは、自分の婚約者であるユーナの左手を優しく握った。
「戦争していて、武器を持っているなら、戦争相手から撃たれるのは仕方が無い。撃たれたくなければ、武器を持たなければ良い。それにこの戦いは、あいつらが仕掛けてきた」
王国と連合との争いは、根が深い。
西暦2700年代後半、ディーテ星系への星間移民計画と、投じる資金や資源を回収する植民地化の目論見は、既に存在していた。
西暦2823年、ディーテ星系への定住時点では搾取は行われていなかったが、ディーテが発展するにつれ、地球からの投資回収という名の搾取が増えていった。
西暦3167年、ディーテ政府が過剰な搾取に耐えかねて、地球側の要求を無視。
西暦3226年、地球の懲罰艦隊によって、ディーテ指導者が内乱罪で処刑される。
西暦3263年、ディーテと地球との間で、人類初の星間戦争が勃発する。
西暦3282年、ディーテが地球に天体を突入させて、自然休戦状態に至る。
西暦3739年、連合がフロージ星系で航宙実習船団を襲い、自然休戦終了。
いつから争いが始まったのか、共通見解は存在しない。
過剰な搾取が始まった頃なのか、ディーテが地球の要求を無視した時なのか、ディーテ指導者が処刑された時なのか、正式に星間戦争が勃発した時なのか。
もっともハルトたち現代人が考える「この戦いは、あいつらが仕掛けてきた」は、西暦3739年に連合側が王国の航宙実習船団を襲った時点だ。
457年間も休戦していたのだから、そのまま終了する選択肢もあった。
それを航宙実習中のハルトたちを襲い、逃げ惑う同期を焼き殺していった。ディーテ星系では民間人10億人を殺し、30億人を難民化させている。連合に被害者ぶられても困るのだ。
王国と連合が休戦ないし終戦するまで、王国軍の軍事行動が止まらないのは当然だ。
但し、王国民に休戦を納得してもらうためには、連合が殺した10億人を生き返らせて、家族の元へ返してもらわなければならないだろうが。
目の前の光景は止めようが無く、ハルト自身にも止める意志が無かった。
「心配するな。ユーナは俺が守る」
乙女ゲームでは、このようなセリフが出ていただろうか。そのように考えながら、ハルトはダークモードのユーナに言葉を掛けた。
ケルビエル要塞と精霊結晶があれば、王国が敗戦しようと他の恒星系に逃げ出すことが出来る。
要塞要員の中で王国に残りたい者は帰さなければならないだろうが、連合は魔力者への扱いが酷すぎる。乙女ゲームのバッドエンド的な展開は望んでおらず、ユーナは婚約者として守るつもりでいる。
「ちゃんと守ってくれる?」
横目で窺ってきたユーナに、ハルトは余裕の表情で笑いかける。
「任せろ。いざとなれば、銀河の反対側にだって連れて行くぞ」
「うん。分かった。連れて行ってね」
ハルトが頷くと、ユーナは繋がれている右手を握り返した。心なしかユーナの陰が晴れたようにハルトには感じられた。
「あら、わたくしは連れて行って下さいませんの」
通常時は視界と音声が遮断され、立ち入りも制限されている司令席の後ろ側から、ユーナと同じ要塞運行補助者の1人であるフィリーネ・カルネウス大佐が現われた。
フィリーネはハルトとユーナの間に歩み寄ってきて、2人の手を両手で持って、引っ張って剥がそうとする。それに対してユーナは、ハルトの右手を強く握り締めながら、無言の微笑と共に抵抗した。
無言で微笑み合う2人に、ハルトが割って入る。
「フィリーネも連れて行くけど、カルネウス侯爵家があるからな。そもそも連れて行く事態にならないように頑張るさ」
「ユーナさんの時みたいに、もう少し情熱的に誘って下さいませんか」
期待する眼差しのフィリーネと、瞳でハルトに圧力を掛けるユーナ。
困ったハルトは、フィリーネと一緒に入ってきた3人目の要塞運行補助者コレット・リスナール大佐に視線を投げた。するとコレットは、何を訴えたいのか全く理解できないという体で首を傾げ、そのまま気にせず自身の席に座った。
「…………よし。とりあえず連合を制圧して、逃げなくて済むようにしよう」
ハルトは左手でフィリーネの右手を掴むと、その手を自分の頭の上を通して身体の左側に持っていき、ユーナとフィリーネを引き離した。そして視線でスクリーンを操作し、地上へ降り注ぐ光の先をサブスクリーンに拡大投影した。
フィリーネは何か言いたげな眼差しを向けたが、結局は何も言わずにすました表情でハルトの左側に座った。ユーナも自分の左手をハルトの右手と繋いだまま、視線だけサブスクリーンに向けた。
拡大投影された映像には、人類連合の領土が映されている。
既に戦闘は終わっており、破壊された連合側のアンドロイドが数体倒れていた。
「これだけ軍事衛星で覆われて、大量のアンドロイド兵と戦闘用ドローンが投入されているのに、しぶといな」
戦闘中の地球には、生身の王国軍人は1人も降りていない。
その代わりに膨大な無人戦闘部隊が、地球の陸海空を埋め尽くしている。対する連合側は、地下に兵器や工場を隠し、時折王国軍を攻撃しては、未だに抗戦の構えを見せていた。
ケルビエル要塞が持ち込んだ兵器類は膨大で、兵器製造工廠すらも運んできた。資源は太陽系の他惑星や天体で調達できるため、消耗戦になっても王国側が負けることは無い。だが戦闘は長引きそうだった。
「自棄になっているのでしょうね」
コレットは地球人の感情を端的に表わした。
「グラシアン王太子、無茶をしたからな。ベーデガー大将の入れ知恵かもしれないけど」
ハルトもコレットの意見には、全面的に同意した。
現在の地球は、人口60億人。
20億人が人類連合国家群に所属しており、残る40億人が非加盟国家だ。
地球侵攻軍の総司令官であるグラシアン・アステリア王太子は、太陽系に居た騎士以上の魔力者全員と、人類連合領の20億中10億人を、王国へ連行する決定を下した。
魔力者を太陽系から後方星系へ連行するのは、連合の魔素機関を搭載した兵器で敵対されると王国が被害を受けるからで、戦争しているために理解可能な措置といえる。
一方で10億人の一般人は、宇宙資源開発など、過酷な労働従事者としてこき使う。動けない老人や病人などは、最初から地球へ置き去りにしていくらしい。
それ故に連合民は徹底的に抵抗しており、宇宙空間の制圧が何ヶ月も前に終わった今でも、地球では激しい戦闘が続いている。
「老人や病人だからといって置いていくと、家族がバラバラになりますわね」
フィリーネの指摘に、ハルトは頷く。
「投入されているアンドロイド兵たちは、個別の事情なんて一切配慮しないからな。民間人も必死に抵抗するだろう」
王太子は、王国民に対する点数稼ぎをしている。
昨年、王太子の弟であるヴァルフレートが活躍したことで王位継承問題が再燃したため、王太子は王国軍29個艦隊のうち19個艦隊を引き連れて太陽系へ侵攻した。地球制圧という華々しい手柄を挙げて、国民に王位継承を受け入れさせるのが狙いだった。
その太陽系侵攻によって首星の防衛に穴が空き、2倍の敵に襲われた首星は10億の死者、30億の難民、数十億の家族や職を失った者たちを生み出した。
王太子がノコノコと帰国すれば、家族を殺されて殺意に満ちた110億の王国民が一斉に蜂起して、王太子に襲い掛かりかねない。過去のディーテ独立戦争は、そのようにして起きたのだ。
苦境に立たされた王太子は、王位継承権者として直ぐにでも点数を稼がなければならず、苛烈な行動に走り出したのだ。
その防衛戦でハルトは、ケルビエル要塞で目覚ましい戦果を挙げた。
侵攻してきた敵16個艦隊と移動要塞1基に対して、ケルビエル要塞は敵12個艦隊の6割と移動要塞1基を撃沈し、残る4個艦隊も戦闘艇とミサイルで叩き散らした。しかも蹴散らした12個艦隊は、戦力評価の高い大型艦を中心に破壊した。
ケルビエル要塞の戦力評価は、駆逐艦8137隻相当。
撃破した敵の戦力評価は、駆逐艦2万5450隻相当。
3.1倍の敵を倒した事で、首星は120億人中110億人が生き残った。
これでハルトが王太子派であれば良かったが、婚約者のユーナが昨年まで第二王位継承権を持っていたヴァルフレートの娘であったため、王位継承はヴァルフレートが良いという根拠の燃料を投下してしまった。
だが王太子への忖度で首星を守らない選択肢など有り得なかったし、太陽系の資源を本国に輸送して復興に役立てることも止められない。
現在のケルビエル要塞は、静止軌道上で地球の自転に同期している。
地表から要塞中心部までの距離は、3万5786キロメートル。その位置で要塞表面に2キロメートル四方のゲートを8ヵ所開き、誘導光線を伸ばして、コンテナを抱えた輸送艦や戦闘艇を次々と受け入れていた。
地球の大気圏内や、木星の衛星カリストの物資集積拠点、静止軌道上にある大型衛星や、月に設置されている基地などから次々と大型コンテナが運び込まれて、ケルビエル要塞に飲み込まれている。
2週間に渡って続けられた作業によって、要塞の輸送区画は概ね埋まっていた。
「アマカワ司令、太陽系方面軍司令のラウテンバッハ大将閣下より、通信が入っております」
「繋いでくれ」
通信士官から報告が入り、ハルト達は慌てて席を立った。すると要塞司令部のメインスクリーンに、刈り込み頭に厳つい顔をした老人が姿を現した。
「アマカワ少将、物資搬入作業は、予定通り終わりそうか」
厳つい顔が現われると同時に敬礼したハルトは、厳かな声で報告する。
「行程計画通り、本日14:00に全て完了予定であります」
ディーテ王国が太陽系の宇宙空間を制圧したのは、今から3ヵ月以上も前である。太陽系に集積されていた物資は接収済みで、ケルビエル要塞が運んできたコンテナを現地に運び、中身を詰めて要塞へ戻すだけの単純作業だった。
大艦隊と巨大要塞の人員が、輸送艦や戦闘艇、制圧機まで総動員して2週間も作業を行えば、接収済みの物資に関しては終わらないはずがない。
終わらなかったのは、物資ではなく人間の方だった。
「連合国民の収容数は、何人になったか」
「数だけは10億と160万人に達しました。動けない老人や病人の基準が多少曖昧で、連合非加盟国民だと主張している者もおりますが」
王太子側が出した『10億人を連行する』という政治的な条件を満たすため、様々な事に目が瞑られている。
どのくらい動けなければ、動けない老人や病人であるのか。
地球に住む20億の連合民と40億の非連合民は、どのように見分けるのか。
10億人を運ぶという絶対条件を満たすために、指一本でも動けば動くと見なし、連合領に居れば理由の如何を問わず連合民と見なした……かもしれない。追加の160万人は、多少減っても良いように多目に入れたそうだ。
2週間前に太陽系に到着して、現地での接収作業には一切関わっていないハルトは、情報を耳にしただけで確認はさせていない。
ラウテンバッハは短く頷き、年若い司令官に訓示する。
「少将。太陽系の制圧は、我々の想像を超える成果だった。接収した軍事物資は無論の事、労働資源も膨大だ。連合が行ってきた技術研究のデータも得ている。王太子殿下の功績は大きい」
「はっ」
ハルトは努めて厳めしい顔を作り、軍人らしさを強調して見せた。
「卿の任務は、王太子殿下の膨大な成果を『速やかに』本国へ持ち帰り、王国勝利の一助となる事だ。遅くなれば、機を逸する。最前線と違って安全な後方へコンテナを運ぶだけの楽な任務だが、気を緩めずしっかりと果たすように」
「サー、イエッサー」
ハルトが再び敬礼すると、ラウテンバッハ大将は応礼して通信を切った。
通信が切れたハルトは、司令官席に深く腰掛けて、溜息を吐いた。
ラウテンバッハ大将は、地球討伐軍に従軍して中将から昇進している。彼は首星に甚大な被害を招いた責任者の1人で、王太子の点数稼ぎに乗らなければならない立場だ。
首星防衛を担った側は、首星を完全には守り切れなかったために敗戦扱いとされて、ハルトのような絶大な功績を挙げなければ昇進できなかった。
一方で、敵軍が首星に遠征中で留守だった太陽系侵攻軍は、遠征軍の総司令官となった王太子が勝利宣言と共に次々と戦功を認定して、景気よく新しい階級章をばら撒いた。
極めて理不尽な話で、王太子は王国民を怒らせたのみならず、太陽系侵攻軍と他の王国軍との不和も生み出している。
無言のハルトへ最初に話し掛けたのは、先程は無視していたコレットだった。
「まるで士官学校生への訓示だったわねぇ」
厳ついラウテンバッハの顔を思い出したハルトは、思わず噴き出した。
「事実として、まだ士官学校生を兼ねているからな」
ハルトは苦笑しながら、最後の輸送艦が入港する映像を見守った。