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02話 乙女ゲームのヒロインが逃げてきた

 ディーテ歴438年4月。

 半年前に進学先を変えたハルトは、士官学校へ入学した。

 士官学校は4年制で、募集定員は4万人。大半の生徒は高卒後に入学する。但し例外もあって、全体の5%を占める艦長科は、飛び級が認められる。これは魔力が一定以上で固定化された人材確保が目的だ。

 ディーテ王国では、魔力者に「基準値」を設けている。1が一般人、2〜3が騎士級、4〜8が士爵級、9が男爵級、10が子爵級、11が伯爵級、12が侯爵級、13が公爵級、14が王級。

 魔力値は「基準値の三乗×10」で、基準値4の士爵級は、「4×4×4×10=640」の魔力640となる。魔力640があれば、全長640メートルの宇宙船の魔素機関を動かせる。

 士官学校が求めるのは、軍艦を動かせる士爵級以上の魔力者たちである。


 基準値7 重戦艦科、定員150名。将来は戦艦・巡洋艦艦長。

 基準値6 空母艦科、定員150名。将来は正規・軽空母艦艦長。

 基準値5 戦闘艦科、定員1200名。将来は軽巡洋艦・駆逐艦・砲艦艦長。

 基準値4 補助艦科、定員500名。将来は護衛艦・偵察艦・輸送艦・工作艦艦長。


 1学年の定員2000名は、王国軍の1個艦隊2000隻と同数だ。艦種も同比率で、王国軍の定数25個艦隊は、士官学校の卒業生から25年で集まる。

 退学者や退官者も出るので多少は減るが、若い世代は平均寿命が300年と見込まれており、定年が25年では無いので数は揃う。正規艦隊以外にも部隊はあるが、艦長ではなく魔素機関の稼働者として別枠採用される者もいるため、現在の募集定員は2000名とされている。

 将来は必ず少佐以上になる基準値5以上の科では、最初から佐官教育も行われている。

 大前提として魔力が無ければ、宇宙空間に無尽蔵に存在するダークエネルギー、すなわち魔素を用いた艦船の魔素機関を動かせない。

 恒星間移動で唯一無二の手段であるハイパー航法型ワープも、魔素を用いた質量波凝集砲撃エネルギーレーザーも、宇宙放射線や塵から艦を守る防護膜シールドも、多次元魔素変換観測波レーダーも発生させられない。

 ディーテ王国は、6つの恒星系にまで版図を広げている。

 現時点では人工的に魔力は生み出せず、魔素機関に複数名の魔力を同期させる事も出来ないため、高魔力者は王国軍、貴族の領地軍、民間で取り合いになっている。

 人材不足の対策として王国軍は、飛び級制度で青田買いを行っている。

 士官学校は学費や寮費が無料で、士官候補生には月額10万+魔力×200の手当も支給される。

 魔力800であれば、候補生手当10万+魔力手当16万で、毎月26万ロデが支給される。この小遣いや将来の高収入を目当てに入学する子供は、少なからず存在する。

 そのため士官学校の倍率は、例え艦長科であろうと決して低くは無い。

 だが魔力9万のハルトが志願した際は、王国軍の試験官たちも色めき立った。

 ハルトが軍に入った場合、王国軍はあらゆる星系に、軍港機能や要塞内生産能力まで有する巨大攻撃要塞を展開させられるようになる。

 おかげで軍に有りがちな「ちょっと腕立て伏せしてみろ」や、「服を脱いで健康体か見せてみろ」は一切発生せず、軍上層部から絶対に入学させろとお達しのあった試験官たちに大歓迎されての入学と相成った。

 そのような経緯で士官学校に入学したところ、士官学校では非常に珍しいことに、中学時代の同級生が4人も顔を合わせる事になった。


「どうしてユーナとコレットが、士官学校の重戦艦科に居るんだ」


 完全に想定外の展開に、ハルトは人目も憚らず頭を抱えたくなった。

 彼女達は、乙女ゲーム『銀河の王子様』のヒロインであるユーナ・タカミヤと、ヒロインの親友であるコレット・リスナールだ。細かい部分ではゲームと多少異なるが、ハルトは様々な体験から、彼女達をヒロインとその親友だと確信している。

 ユーナは魔法学院の高等部に入学して、王太孫や公爵令息、首相の息子、巨大グループ企業経営者の御曹司、士爵家に現われた陰のある大魔力者、美形の学院教師など様々な相手と交流するはずだった。

 そして親友は、ヒロインの支援役である。


「ハルトくん、また一緒に帰ろうね。校舎を出てから学生寮の近くまでだけど」


 ユーナは無垢な笑顔でダブルピースをして、両手の指先をチョキチョキとハサミで切る仕草をしてみせた。


「お前は、本当に何で居るんだ」


 耐えられなくなったハルトは、ユーナの左頬を親指と人差し指で、軽く摘まんだ。


「いひゃいよ、ハルトくん」


 ユーナはブンブンと首を振り、遠心力でハルトの指を振り解いて、頬を膨らませる事で抗議の意思を示して見せた。


「ああ、もう悪かったな」


 純粋無垢な乙女ゲームのヒロインに毒気を抜かれたハルトは、内心で溜息を吐きながら謝罪し、お詫びにユーナの頭を撫でた。

 すると膨らんでいた頬が元に戻り、目尻が下がって口元には笑みが浮かぶ。機嫌を直したユーナは子供のようにフンフンと身体を揺らし始めた。

 元々高校1年生は子供だが、ユーナは同級生に比べても輪にかけて幼い。

 ハルトが知るゲームでは、基本的に誰にでも好かれる純粋無垢さで攻略キャラの懐に入り込み、一癖も二癖もある難攻不落の男達を陥落させて、相手から自分を口説かせていた。

 ハルトは、ユーナの精神が幼い原因の1人である過保護な保護者に視線を向け、目で士官学校入学についての説明を求めた。


「あたしたちが入学したら駄目なのかしら」

「駄目って訳じゃ無いけど」


 わざとらしく首を傾げるコレットに、ハルトはそう返答せざるを得なかった。

 どのような進学先を選ぼうとも、それは本人の自由だろう。

 乙女ゲームのヒロインと親友だからといって、イケメンが溢れる魔法学院の高等部に進学しなければならない決まりは無い。

 男性率99%の士官学校であれば、なおさら逆ハーレムだろう。

 だが士官学校には王太孫も、大金持ちの御曹司も、憂いを帯びた大魔力保持者も、憎き悪役令嬢と取り巻きの娘達も居ない。周囲の99%が筋肉である。

 乙女ゲームとしての需要は、如何なものだろうか。


「ユーナは男爵家令嬢で、コレットは子爵令嬢だろ。士官学校のイメージは全く無いけど」


 魔法学院の中等部は、1学年100名。高魔力が確約された各貴族家の子女を入学させ、次代の貴族達に早期の交流機会を与える目的がある。

 魔法学院の高等部は、1学年300名。拡大された200名は外部の高魔力者で、彼ら彼女らを集団お見合い会場に入れて、次代の高魔力者誕生に繋げる目的がある。

 義務では無いが、貴族の子女には魔法学院への進学が推奨される。

 例年の士官学校入学者は、基本的には魔法学院高等部300名の枠に入れない程度の魔力者だ。今年の試験官は、魔法学院側から4人も逆流してきた原因に、さぞや頭を悩ませた事だろう。


「お生憎様、家督は兄が継ぐわ。それにユーナも、爵位の継承予定は無いわよ」


 コレットの説明に、ユーナはウンウンと頷いて賛同した。

 彼女達に家督を継ぐ予定が無い事は、ハルトもゲームの展開で知っている。だからといって、魔法学院高等部に進学しない理由にはならないが。


「ああ、そうか。ジギタリスが原因か」


 ハルトが思い至った進路変更の原因は、魔力固定化が行われて以降に荒れていたジギタリスだった。

 魔力量は、その後の人生を大きく左右する。

 何故なら親の魔力が、子供に適合して一部引き継がれるからだ。しかも出産する母親は、自分の魔力を子供に1割ずつ持って行かれて魔力が下がるため、当たりが出るまで沢山の子供を産み続ける事が出来ない。

 そのため各貴族は、爵位を維持するために高魔力の配偶者を望む。

 すなわち魔力量で人生が左右される理由は、魔力次第で結婚相手の爵位が変わるためだ。


 タクラーム家公爵令嬢ジギタリスは、ハルトが横取りした魔力を順当に加算できていれば、魔力9万7980という莫大な数値に達していた。望んでいた王太孫との婚約も、確定的だっただろう。

 だが結果は、1万7980という侯爵がギリギリ務まる程度の魔力だった。

 学院生の成績は、魔力固定化に関しても順位として公表される。そして順位を見れば、前後の生徒の家柄から、おおよその魔力値を察せられる。

 ギリギリ侯爵に届く程度の魔力では、王家どころか、実家と対等な公爵家の正室にも成れない。

 侯爵家でも大博打になってしまい、側室を設けることに遠慮が生じる公爵家令嬢は正室に受け入れられない。伯爵家であろうと、なにも1学年に対象者を絞る必要は無いのだ。

 従ってジギタリスの結婚相手は、最高でも伯爵家以下と定まり、中等部3年後期のジギタリスは荒れていた。

 一方、ヒロインであるユーナの魔力は、王級に近い魔力2万6138。彼女の母親は男爵令嬢だが、何れ明らかになる正体不明の父親は、王位継承権第二位を持つ第三王子なのだ。

 ヒロインの親友コレットの魔力は、公爵の基準に近い魔力2万2050。ストーリーの展開次第では、ユーナが従兄妹の王太孫と結婚して、コレットが腹心の公爵令息に嫁ぐ場合もある。

 二人の魔力はゲームと同じらしく、正当な結果の出たジギタリスの魔力を上回っていた。

 他にもジギタリスを上回った女子は居たが、いずれにせよ女子1位のユーナと女子3位のコレットは、荒ぶるジギタリスの新たな虐め対象と成り得た。

 だから彼女たちは、ハルトの選択を参考にして、ジギタリスが手を出せない士官学校に避難したのだろう。と、ハルトは考えた。


「ハルト君、ストレートすぎるかな」


 ユーナは困った表情を浮かべつつ、迂遠に肯定した。


「残念ながらハルトは、貴族的な言い回しが出来ないわ。推察は正解だけれどね」

「納得した」


 魔力が王太孫を超えたハルト自身は、早々に中等部卒業後は士官学校に進むと宣言していたため、ジギタリスの八つ当たりから逃れられた。

 ディーテを植民支配して苦しめる人類連合と戦うために志願した軍人を不当に害すれば、公爵家であろうと国家に対する敵対行為だ。公爵家が権力を以て軍人を不当に害すれば、王国民が貴族制度の維持を認めなくなる。

 高魔力だったハルトの選択と、ジギタリスが手を出せなくなった結果を目にしたユーナとコレットが、安全地帯として士官学校を選んだのが今回の進路変更だったらしい。

 乙女ゲームのメインストーリーが、完全に崩壊した瞬間であった。


(高等部のイベント、全部潰れたな)


 上級貴族家は、それぞれが数億人の領地と私設艦隊を持っている。首星陥落後には、彼ら彼女らの実家の力は非常に頼りになった。その力を繋げていくのが、ゲームにおけるユーナの役割の1つだったが、魔法学院に進学しないのであれば繋げようが無い。


「うーん」

「ハルトくん、ちょっと痛いよ」


 ハルトは諸悪の根源の頭を強めに撫でながら、地平線の彼方へ消え去った各種イベントに思いを馳せた。

 ハルトが撫でているユーナの頭も、士官学校入学にあたって茶髪でロングのストレートヘアから、ボブヘアーに変えられている。

 士官学校も貴族家の子女には多少配慮するが、男爵令嬢の娘という末端貴族のユーナは特権の行使を躊躇ったらしく、ストーリーだけではなく髪型まで崩壊させてしまった。

 一方でコレットは子爵令嬢として、金と緑が混ざったサラサラなロングヘアを完全に維持している。乙女ゲームの親友キャラに至っては、裏切りに走ってしまった。


「今ごろ高等部は、荒ぶるジギタリスと、同学年に后候補者が居ない事で失望した王太孫とで、暗黒時代の到来かなぁ」


 公爵家令嬢だけでも手に負えないのに、唯我独尊で我が儘な王太孫まで騒動に加わっては地獄であろう。


「あら、あたしとアレとの間にも、高魔力の女子は2人ほど居たわよ」

「伯爵家令嬢のアリサと、子爵家令嬢のノエリアか。それって、アイツの新たな虐め対象なんじゃ無いか」


 深く考えずに出た言葉に、コレットは黙して微笑んだ。

 ハルトに自分で考えなさいと諭しているようであり、自分の中で答えは出ているのでしょうと促しているようでもあった。

 ジギタリスの新たな攻撃対象と成り得る2人のうち、マルドネス子爵家令嬢ノエリアは男勝りの性格で、嫌がらせをすれば正論に教師も巻き込んだ大騒ぎの正面決戦となる。

 もう1人のハーヴィスト伯爵家令嬢アリサは、兄が高等部の生徒会長になるので、ウカウカと攻撃していたら証拠を集められて、いずれ全校生徒の前で大反撃を受ける。

 いずれも状況次第では、ヒロインの味方になってくれる心強い娘達だ。ユーナ自身が高等部にいないので、物語の展開は全く読めないが。


「誰か断罪してくれないかなぁ」


 コレットと付き合いの長いユーナは、相手が口に出さずとも肯定の意を受け取ったらしかった。

 ハルトは、本来はお前が断罪したんだよ。という言葉を飲み込んだ。

 断罪が困難な理由は、ユーナ以外にも存在するが。


「ジギタリスに対抗できたカルネウス侯爵令嬢も、こっちに来たからなぁ」


 ストーリー次第ではヒロインのライバルに成る相手、フィリーネ・カルネウス。

 彼女はカルネウス侯爵の孫娘にして、ヒロインのライバルキャラに成らざるを得ない特別な事情も持つ。


「あら、ヒイラギさんはカルネウス侯爵令嬢なんて呼ばず、リーネと呼んで下さって構いませんわ」


 ユーナと戯れていた右手が、横合いから伸びた白くて小さな手に掴まれ、そっと引き剥がされた。


「念のために言っておくけど、俺は『男爵家の次男』と『男爵家の長女』の次男で、辛うじて貴族の血統だけど、ほぼ確実に準貴族の士爵に落ちる立場だ」


 自分は侯爵家令嬢のお相手になれる身分では無いと告げるハルトに、フィリーネは一向に構わず微笑んだ。


「家督を継がない次男でしたら、女侯爵の配偶者になっても問題ありませんわよね」


 体験したゲームのヒロインとユーナを同一視しているため、ハルトのユーナに対する親近感や好感度が高かったからだろうか。

 ユーナからの好感度を置き去りに、ライバルキャラの対抗イベントが進行していた。

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