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19話 連合軍に自宅を吹き飛ばされた

 ディーテ王国が人類連合軍の迂回部隊に気付いたのは、ディロス星系から10光年先の完全に航路から外れた宙域だった。

 10光年は、精霊結晶を用いなければ時間的距離で3.6日離れている。

 立体的な宇宙空間において、完全に航路から外れた宙域でピンポイントに他の宇宙船と遭遇する事は極めて稀だ。偶然では遭遇など有り得ないと考えて良い。

 戦争再開にあたって王国軍は、各宙域に偵察艦を跳ばして索敵網を張り巡らせていた。

 一方で連合軍は、ロキ星域会戦で獲得した王国軍の捕虜から情報を引き出して、可能な限り索敵網に捕まらずにディーテ星系へ接近できる方法を実行した。

 それがディーテ星系から10光年先で、王国軍が敵を見つける結果となった。


『偵察艦からの情報によれば、敵は3万から3万4000隻、15個から17個艦隊相当の戦力と推定される』


 敵の規模が地球侵攻軍と同等だと聞かされたハルトは、地球がある方向を睨んだ。

 王国軍は35個まで艦隊を増強する予定で、急造や貴族からの提供と、ロキ星域会戦での損害を差し引きして現在29個艦隊になっている。

 だが王国軍の19個艦隊が、政治的な理由から地球に向かってしまった。

 本国に残した10個艦隊のうち4個はアテナ星系方面に配されており、ディーテ星系には6個しか残っていない。

 首星にある分艦隊や小艦隊、貴族の私有艦隊を足せば2個艦隊は増やせるだろうが、迫ってくる15個から17個の敵艦隊に対しては、半数の8個艦隊程度しか揃わない。

 民間船を足せば連合艦隊を上回る数が揃うだろうが、フロージ星系の奇襲で輸送艦を盾にするしか無かった事を考えれば、民間船は盾にしかならない。

 これほど危機的な状況に陥っている原因は、どう考えても地球侵攻だ。

 敵がディーテ星系に向かって来た事で、地球侵攻は圧勝が確定した。

 だが太陽系は連合にとって辺境星系で、王国にとってディーテ星系は心臓部だ。太陽系のためにディーテ星系を襲われるのは、敵の片足を折る代わりに心臓を貫かれるほど割に合わない。

 第一王子に箔を付けるなどという下らない理由のために、軍がリスクを説明したにも拘わらず早期の地球侵攻を決議した王国議会の爵騎院(上院)と国民院(下院)の賛成派は、今ごろ青くなっているだろう。

 ハルトとしては、せめてユーナの父である司令長官のヴァルフレートに責任を押し付けないで欲しいと願わずにはいられない。


「防衛戦力が整うまで地球侵攻を見送るか、地球侵攻軍が敵軍と遭遇して正面決戦してくれれば良かったのに」


 第一王子派にハブられて留守番だったハルトは、急な来客のお出迎えである。

 ハルトしか動かせないケルビエル要塞は首星に残っており、ハルトの司令官代理職も解除はされていなかった。首星ディロスから離れた宙域に置かれているケルビエル要塞に、半日を費やして駆け込んだハルト達は、すぐさま総司令部へ到着報告を送った。

 総司令部は既に様々な命令を発しており、ハルトの報告には准将の階級を持つ作戦参謀が直ぐさま応じた。

 階級は同じ准将だが、指揮命令系統で総司令部の下に位置するハルトは真っ先に敬礼した。作戦参謀はハルトの敬礼に応じると、手短に要点を話し始めた。

『敵の目的は、人口120億人を有するディーテ星系に天体落下ないし艦艇突入を行い、王国の継戦能力を減じさせる事にあると推定される。我が軍の目的は、惑星ディロスの完全防衛である』

 その見解にはハルトも同意見だった。

 ディーテ王国の総人口は約400億人であり、そのうち3割の120億人がディーテ星系に住んでいる。その中心となる首星ディロスが失われれば、王国と連合の総人口は約280億人で横並びになる。

 高魔力者の人権を無視して増やせる人類連合に対し、人口で並べば魔力者の数で明らかに不利となる。つまり連合は勝利に近付き、王国は敗北に近付くのだ。


『民間船も掻き集めて、ディロス防衛に当たらせる。しかし首星防衛のためには、可能な限り首星から離れた宙域で敵を倒さなければならない。最初の戦場は70億キロ先の宙域で、ワープアウトでバラバラになった敵艦をエリア毎に配した友軍で削りながら並行追撃する。ケルビエル要塞は敵の最も強い部分を叩け』

「了解しました」


 それは絶望に陥るのに、充分過ぎる説明だった。

 惑星の防衛に理想的な迎撃位置は、惑星から離れた星系外だ。だが戦力不足で各個撃破されるために、星系内まで引き込んで民間船まで用いなければ防げないらしい。

 通信を終えたハルトは、最大効率で敵を防ぐにはどうすべきかと悩み、自らの精霊に魔力を送って意志を伝えた。


『助けてくれ』

『良いわよ』


 セラフィーナから、夕飯の献立希望に応じるような軽い感じで返答があった。

 ゲームで精霊達は、ヒロインであるユーナに力を貸して艦隊を動かした。悪役令嬢ジギタリスの乗艦するケルビエル要塞に立ち向かった時の条件は現在満たせていないが、ハルトの魔力とケルビエル要塞であればこそ可能な事もある。


『恒星内に吹き荒れる魔素の中心である恒星ディーテに向かう。そこから魔素の波に乗って加速を得て、半包囲しながら侵攻してくる敵全軍を真横から貫いていく。俺の魔力と変換魔素を使って防御と操艦を頼む』

『あは、あははははっ』


 作戦を聞いた金髪紫眼で白翼を生やしたハーフエルフが、白い手を口元に当てながら、目に涙を浮かべて笑った。

 そして機嫌良さそうに周囲に声を掛ける。


『エレノア、シャロン、アンジェラ、面白そうだから手伝ってね』

 するとフィリーネの傍から金髪のエルフ、ユーナの傍から薄緑色の髪のニンフ、コレットの傍からは桃色の髪のハーフエルフが現われて、軽く頷いて受け入れる意志を示した。

 フィリーネ達は、自分自身の精霊しか見えていないようで、自分の精霊だけを見ながら魔力で精霊に語り掛けているようだった。


「よし、作戦を通達する。当要塞は加速しながら恒星ディーテに向い、ディーテから発する魔素の波を利用して加速を得る。半包囲しながら首星ディロスに向かう敵艦隊を時計回りに攻撃、あらゆる攻撃を用いて、徹底的に破壊する。移動開始だ」


 ハルトの説明に、司令部は驚愕した。星系中心部から魔素が吹き荒れているのは常識だが、それに乗って加速を得るのは前例が無い。

 作戦参謀が代表して疑義を呈した。


「お待ち下さい。前例がありません」

「私の魔力とケルビエル要塞と精霊結晶を合わせれば出来る。出来なくても期待した加速が得られないだけで敵は迎撃できる。損が無いならやらない理由は無い」

「それは……ですが……」


 反論が止んだのを見たハルトは、すかさず言い切った。


「移動開始」


 総司令部に行動を伝えた後、ディーテ星系に浮かぶ艦隊の群れの中から、ケルビエル要塞が恒星に向かって移動を開始した。

 敵が来る方向と反対側への移動に周囲の艦艇は訝しんだが、それに構わずケルビエル要塞は恒星に向かって突き進んだ。

 4時間を掛けて恒星に限界付近まで近付いた要塞は、渦巻く魔素の大きな波に乗りながら爆発的加速を得て、吹き飛ばされるように恒星の外側へと飛び出した。

 要塞はシールドを展開して輝きながら、星系内に光の航跡を残して流星のように駆けていった。

 連合艦隊はディーテ星系外縁部に続々とワープアウトしており、16個に分かれて星系内へと侵入してきた。その1つに、味方から突出したケルビエル要塞が襲い掛かった。

 金色の輝きが敵艦隊に8条伸びていき、要塞艦を含む敵大型艦6隻が吹き飛んだ。

 輝きは直ぐさま16条、32条、64条と増えていき、敵艦隊の中心を次々と瞬かせる。敵艦隊からも赤い光の束が撃ち返されたが、要塞を覆うシールドが敵の攻撃が命中する瞬間だけ部分的に厚くなって、攻撃を弾き返した。


「砲撃手、攻撃目標はエネルギー反応の大きい順だ。味方艦が撃破するには困難な大型艦を、ケルビエル要塞の攻撃力で削り取れ」

「はっ。全砲撃手、優先目標は大型艦。大きい敵から狙い落とせ」


 要塞にある数十万の観測装置が集めた情報が、要塞の量子コンピュータに集約される。その量子コンピュータと有機連動した精霊結晶が、即座に優先順位に応じたエネルギー配分で発射態勢を整える。

 すると砲術担当の人工知能とアンドロイドが、味方艦への誤射が無い事を確認して、強烈な金色のシャワーを放って敵艦を次々と食い破っていった。

 敵小型艦の反撃も激しく、要塞に纏わり付いて砲台を潰し始めた。

 要塞の損害を大きくする敵は、対処順位が繰り上がって金色の光が浴びせられる。だが戦闘区域には新たな敵が侵入し続け、際限が無かった。

 ケルビエル要塞と敵1個艦隊が撃ち合い、星系外縁部の片隅が光り輝く。

 ロキ星域会戦後に主機関を強化されたケルビエル要塞は、ハルトとA級精霊結晶の力を合わせて、駆逐艦6588隻分の戦闘エネルギーが使用可能になった。

 フィリーネとユーナの副砲での攻撃、コレットの補助も合わせれば、556+572+421の加算で駆逐艦8137隻分のエネルギーになる。

 対する敵1個艦隊の戦闘艦による戦闘力は、駆逐艦3065隻分。

 突出したハルトは各個撃破されるのではなく、分散した敵を2倍以上の戦闘力で各個撃破しているのだ。


「敵艦隊の反撃、要塞シールドの一部を突破しました。外部装甲に損傷。損害は軽微」


 参謀の報告を聞いたコレットが、要塞後部の推進機関を動かして要塞の軌道を僅かに変える。次々と伸びてくる敵のレーザーが、進路をずらした要塞から外れて星系内へと伸びていった。

 敵艦の一部には、核融合弾と思わしき巨大な爆発が発生している。


「敵艦隊を突破します。与えた損害は8割」


 敵艦隊の真横から突入して反対側に突き抜けたケルビエル要塞は、時計回りで次の艦隊の横腹に体当たりを仕掛けた。

 体当たりされた2つ目の敵艦隊は、横腹を刺されてハリネズミのような要塞の各砲塔に腹の中を刺し続けられ、のたうち回って分散した。射程の長いケルビエル要塞は、逃げる敵の背中から次々とレーザーという名の針を突き刺していく。

 星系外縁部の各地では、味方艦隊が敵艦隊との間でミサイルの応酬を始めていた。ミサイルの数量では首星の方が多いが、艦隊数では敵が勝り、いくつもの戦場で王国軍が星系内へ押し込まれていた。


「敵を突破します。敵に与えた損害は7割。当要塞は装甲を突破されていませんが、外部砲塔の一部が破壊されました」


 少ない被害だとハルトは判断した。

 ケルビエル要塞は、直径81kmで装甲の厚さが3kmだったものが、ハルトの魔力に合わせて直径90kmまで巨大化し、装甲は8kmの厚さに強化されている。射程に入った大型艦は先手を打って倒しており、小型艦のレーザー攻撃も精霊達が防いでくれている。


「3個目の艦隊に突入します」


 ケルビエル要塞と敵1個艦隊との戦いは、殆どワンサイドゲームになっている。

 高速ですれ違う僅かな間、連合艦隊は次々と金色の光に焼き尽くされ、爆散して残骸を恒星系外に吹き飛ばされた。

 敵を通り過ぎる際には、要塞から容赦なく核融合弾が放たれて、敵艦隊の内部で爆発して敵艦を消し飛ばしている。


「4個目の艦隊!」


 時計回りに移動するケルビエル要塞は、1つの艦隊を飛ばして次の敵と相対した。

 3個目の艦隊が銀河基準面で天頂方向にいて、飛ばした敵は天底宙域にいたために、移動速度が早過ぎるケルビエル要塞は軌道を変えられなかったのだ。

 4個目の艦隊を薙ぎ払うケルビエル要塞は、飛び込んだ敵艦隊から至近で核融合弾を浴びせられ、要塞外壁を焼かれて外部砲塔を数パーセント消失した。

 代わりに敵の大型艦を貫いたケルビエル要塞は、最後に被害を受けた以上の核融合弾を撒き散らして飛び去っていった。


「5個目の艦隊です」


 星系外縁部の各地でも、両軍の艦隊がレーザーを撃ち合っている。戦闘艇が飛び回り、電磁パルス砲が対宙砲撃を行い、ミサイルとアンチミサイルが星系を明るく彩っていた。

 両軍の艦隊は互いに数を減らしながら、時間経過毎に星系の中心部へと移動しつつあった。

 現状は、457年前のディーテ政府軍による地球攻撃が再現されているかのようだった。

 当時はディーテ政府も同じ作戦を行ったが、それは植民支配から逃れる術が他に無かったからだ。ユーナの言い分では無いが、なぜ植民星支配されているわけでも無い連合側が、同じように命を懸けて特攻してくるのか。

 その答えは、連合各国が植民支配していた歴史的な背景を改竄ないし矮小化して、ディーテ王国を悪者に仕立てているからだ。連合国民の教育を単純化すれば、彼らは「凶悪なディーテ星人を倒さなければ自分たちの惑星が破壊される」と教えられている。

 そのように愛国教育を受けた連合軍人たちが、こぞって主星ディロスに向かって軍艦を押し進めている。

 ゲームで遊んだ時とは全く異なり、敵味方の爆発が起こる度に数百から千人が死んでいる。このまま進まれれば、徴用された後方の民間船にまで被害が及んでしまう。

 徴用された後方の民間船は、艦の運行者が士爵や騎士の身分を持っている。完全な民間人を徴用しているわけではない点はハルトも心苦しさが緩和されるが、民間船が軍艦に勝てるわけが無いので彼らの防衛ラインにまで敵を到達させたくは無かった。


「10個目の艦隊っ」


 ハルトは自分が何隻の敵艦を撃沈したのか、すでに数えられなくなっていた。

 無意識に砲撃を行い、次々と爆発させながら宙域を駆け抜けていく。

 それがハルトの中でパターン化されつつあり、目の前の敵を必死に倒している間に、意識が朦朧としていたのだ。

 ハルトは喘ぐような呼吸を意識して飲み込むと、魔素機関に魔力を送って光の雨を周囲に撃ち出させた。

 金色の光が敵艦隊に浴びせられ、敵艦艇は絶え間なく光球に変わっていった。


「11個目の艦隊と交戦します。敵の進撃速度は、光速の約50%。ディロス本星まで約7時間」


 迎撃が間に合わないと判断したハルトは、さらに手を広げた。


「天底宙域を進む敵の各艦隊に、要塞の核融合弾を2割ずつ発射しろ。要塞の戦闘艇を全艇発進。取りこぼした敵艦隊の陣形を掻き乱して、友軍に各個撃破させる」


 当初は16個に分かれていた両艦隊の各戦場が、恒星に近付くにつれて相対距離が縮まって狭まってきた。その狭くなった空間に、ハルトが撃たせた数十万の核融合弾が立て続けに炸裂した。

 炸裂した光の中で、連合艦艇の黒い影が多数浮かび上がり、その半数が巨大な火球に飲み込まれていく。火球に飲まれなかった艦艇も、エネルギー波を受けて艦が吹き飛ばされ、進路を大きく狂わされた。

 そこへ要塞から次々と光の群れが飛び立って、陣形が崩壊してバラバラになった敵小型艦艇に群がっていく。要塞から飛び出した艦載艇は、敵が対抗して出した艦載艇との間で、激しい宙域争奪戦闘を開始した。

 敵味方の砲弾が雨のように降り注ぐ宙域に巻き込まれた小型艦が、次々とエネルギーの限界を超える攻撃に晒されて損傷を受けていく。


「12個目の艦隊と交戦します。この敵艦隊が、時計回りに進む最後の敵です」


 魔素の渦に乗って荒れ狂ったケルビエル要塞は、最後の敵艦隊に飛び込んだ。減速した要塞は、レーザーと半分にまで減らされた外部砲塔を敵艦隊の中で撃ち続け、要塞の外壁を破壊されるのと引き替えに敵艦を次々と貫き、塵に変えていった。


「敵の至近弾による損害多数。可動砲門の大半が使用不能です。防宙戦闘能力、ほぼ喪失」

「要塞の第三装甲にまで損害が出ています。修復まで約4時間。このまま戦闘を継続した場合、要塞内部に致命的な被害が発生します」

「当要塞の核融合弾は、9割を消費しました。アンチミサイルは残弾有り。但し対抗核融合爆発は行えません。これ以上の消費は、要塞防衛能力に深刻な影響を及ぼします」

「戦闘艇、全艇発進しています。当要塞は近接戦闘能力を著しく喪失中」


 要塞司令部の各状況モニターは、真っ赤な警告灯の点滅で埋め尽くされていた。参謀達からも立て続けに危険性を訴えられ、流石のハルトも拙い状況だと理解した。

 要塞を軍艦で考えれば既に大破しており、このまま戦えば撃沈する。もう動けないと判断したハルトは、ケルビエル要塞が挙げた戦果に思いを馳せた。

 12個艦隊を食い散らして、それぞれ6割ほどは削った。敵に与えた損害は大雑把に計算して1万4400隻で7個艦隊以上となる。他の艦隊も粗く削り、移動要塞も破壊した。敵16個艦隊のうち半数の8個艦隊は、単独で破壊したのではないだろか。

 戦力評価が2個艦隊分のケルビエル要塞で、8個艦隊もの敵を倒したのであれば、もう充分だろう。

 ディーテ星系の王国軍は、掻き集めて8個艦隊ほどが存在していた。首星には移動要塞や防衛要塞もあり、膨大な兵器類も稼働していた。

 数の不利は、覆ったはずである。脳内で計算したハルトは、役目を果たせたと判断して、荒い息を吐き出した。

 要塞は壊れてしまい、要塞要員たちは復旧のために忙しく動き回っている。ハルトが動かしたくても、今は動かせないのだ。


『終わったみたいね。お疲れ様』


 緊張を解いて肩の力を抜いたハルトに、セラフィーナが姿を現わして微笑んだ。


『助かったよ。ありがとう』

『どういたしまして。楽しかったわよ。わたしだけなら、また遊んであげても良いわ』

『そうか。よろしく頼む』


 もちろん次の機会など、ハルトには御免だが。

 連合の残存艦隊は星系内部を突き進み、ついに首星ディロスから発進した戦闘艇と直接の戦闘に入っていた。防戦には民間船も参加しており、目を背けたくなる光球が大量に輝いている。

 艦船の総数は王国側が圧倒的に優勢で、連合艦艇は狩られる立場に陥っていた。

 それらを呆然と眺めるハルトに、コレットがコーヒーを差し出してきた。


「戦闘後は確実に昇進ね。10代の少将閣下なんて、王国が独立宣言をしてからハルトが初めてじゃないかしら」

「それはそうだろう。独立後は戦闘が無かったから、有り得るわけが無い」


 乾いた笑い声が上がった後、熱いコーヒーが喉元を通り過ぎていった。

 ハルトは首星を眺めながら、率直な感想を口にした。


「最低でも何隻かは、撃ち漏らしそうだな」


 最終防衛ラインは、徴用した大量の民間船だ。

 民間船には、王国軍艦隊のように全体の動きをみて味方と連携する事も、迅速な艦体機動も出来ない。敵に釣られて良い様に防衛網に穴を開けられ、食い破られている。

 だが戦える艦と軍人は、彼らより前に出て敵と激しく撃ち合った。ハルトは互角以上の状況に持ち込んだが、その程度では敵を一隻も通さないようには出来ない。


「あたしたちは、最善を尽くしたわよ」


 ハルトは頷き、民間船の前で戦う軍艦にも目を向けた。

 両軍の艦艇は激しい砲撃の応酬で撃沈を続け、沈んで空いた宙域に新たな艦が飛び込んでは、また次々と溶けるように消えていった。立て直すには大規模な救援が必要で、とても民間船に手を回す余裕は無さそうだった。

 両軍の相対距離が縮まり過ぎた結果、艦同士の衝突まで発生している。衝突した両鑑は折れ曲がり、惑星ディロスから見当違いの宙域に流されていく。

 激しい混戦の中で、ついに連合軍の小集団が最終防衛ラインを突破して、惑星ディロスに向かってシールドを張りながら落ちていった。

 周囲の艦艇や軌道衛星からは、激しい砲撃が加えられる。

 だが盾となった大型艦のせいで、焼き切れなかった小型艦が大気圏を突破してしまい、そのまま火球となって地表に突入していった。

 盾となって爆散した大型艦からも、金属膜に覆われた氷の塊が分離されて、巨大な火球となって落下していった。

 防衛ラインが破られた瞬間から、第二波、第三波と敵が突入していく。

 その殆どは駆け込んできた軍艦や地上からの迎撃で破壊されたが、一部は消し切れずに首星へと落ちていった。

 首星の大陸に、宇宙からも観測できる巨大な半球状の爆発が発生して、周囲が吹き飛んだ。


「……ああっ」


 ケルビエル要塞の司令部から、誰とも知れない呻き声が漏れた。

 軌道衛星が半壊させたいくつかの敵艦は、ディロスの海に落ちていった。

 惑星を観測しているモニターには、核融合弾の爆発で吹き上がった千メートル級の巨大津波が発生した様子が映し出される。

 敵艦と破片の落下地点は、惑星の全大陸に及んでいる。既に首星内には、どこにも安全な場所が存在しなかった。

 その中でも致命的な場所として、王都の地下避難施設の直上、軍需生産拠点、精霊結晶の第一生産工場が観測された。海中に突入した艦が発生させた核融合爆発で、破壊された王都の地下避難施設にまで巨大津波が流れ込み、犠牲者の数を劇的に増やしている。

 その光景を眺めていたハルトは、やがて静かに目を閉じた。

 ディーテ星域会戦における王国民の死者は、10億人を上回った。そして死者の中には、精霊結晶の開発者であるカーマン博士も含まれていた。

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― 新着の感想 ―
ああああー カーマン先生。。。 哀悼を
博士死亡?もまずいがマルセリノ・サリナス(元敵の中ボス役)どうなったんだろう?緊急徴用されたか監獄か軟禁中なのか…どさくさで逃げられてたらめんどくさそう。
[一言] カーマン博士が死んだことに驚きました
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