127話 トゥルーエンド
王国暦448年3月。
オリアス星系から1年半を費やして、3族連合で最後となるレラジェの星系に到達したハルトは、マヤの分体に領域を作らせた。
領域を作った星系は、ウェパルに近くて、グレモリーには遠い座標にある。容易に陥落しないように、敢えて侵攻され難い宙域が使われた。
もっとも最近のグレモリーは、一切の侵攻を行っていない。
この件に関してレラジェから派遣されている侯爵級思考体、共鳴のオルニアスは、次のように語った。
「ヘラクレス星系において、邪霊王の量産を企図しているようです。アマカワ公爵の没後には、オリアス星系の領域を塗り替えようとするでしょう。精霊側には、何か対策が有りますか?」
オルニアスが心配する様子を見せないのは、天都星系でマヤが邪霊王4体を薙ぎ払った姿を見たからだ。
王国側には、精霊帝のルルとマヤが居る。邪霊王が攻めてきても、精霊帝を用いれば解決出来るのは、想像に難くない。
だが精霊帝のルルとマヤが領域を作るのは、直接契約者のハルトが指示した時だけだ。
ルルはハルトの天命が尽きるまで一緒に居て、ハルトを精霊化する予定でいる。マヤも当然の如く、一緒に付いてくるだろう。
その後は、ハルトが精霊王に昇格するのを手伝って、人類の住む星系に分体を置いてエネルギーを回収しながら、この宇宙の終焉でも見守るのではないか。
そのようにハルトは、大雑把な未来図を想像している。
だから精霊と邪霊の王級以上が星系を奪い合う戦いは、ハルトが居なくなった後だ。
現段階で、精霊帝2体と直接契約するハルトを追い詰めれば、何をしでかすか分からない。
ヘラクレス星系や、グレモリーの邪霊王が領域化しているレメゲトン星系に突撃されて、精霊帝2体による領域強奪を試みられては、邪霊帝ですら危うい。
天華と邪霊達から情報を得て、ハルトこそが脅威だと知ったグレモリーは、ハルトが寿命を迎えるまで300年くらいは雌伏するだろう。
死後の問題にまで対応を求められたハルトは、思わず溜息を吐いた。
「アンドロメダ銀河の人類を増やして、エネルギーは防衛用に溜めておき、精霊結晶の供給は天の川銀河から行います。防衛する精霊は、極めて特異な精霊帝の分体で非常に強く、エネルギーが有れば負けないでしょう」
ハルトは当面の対策として、マヤの分体がある3星系の人類を増やして、より大きな瘴気の浄化エネルギーを与えて、防衛戦で負けないように強化する方法を示した。
アンドロメダ銀河で生産したエネルギーも使わずに貯めておき、代わりに天の川銀河の8星系で作った精霊結晶を供給する方式に変える。
「分かりました。いっぱいエロエロさせて、人類を沢山増やしておきますので、3星系の領域は奪われないようにお願いします」
「大元の精霊帝に依頼しておきます」
「よろしくお願いしますね。それじゃあ品種改良して、バンバン増やしますよ。先っちょだけ、先っちょだけ、それは嘘~本当は~」
オルニアスに行っている翻訳は、本当に正常に行われているのだろうか。
口に出せない疑惑を内心で抱えながら、ハルトは精霊結晶の供給元を天の川銀河に切り替える手配を行った。
グレモリーがハルトの寿命を待つ体制に入った事で、アンドロメダ銀河が休戦状態になった。
先進文明と遭遇した当初は強い危機感を抱いていたハルトだが、流石に現段階に至っては安堵している。世の中には、どうしようもない問題も有るが、そうでなければ解決に向かえる。
ところで、どうしようもない問題を抱えた場合は、どうすれば良いのだろうか。
「えーっ、勇者様、量子思考体になりましょうよ。ウェパルは歓迎しますし、対グレモリーの功績で、侯爵級思考体に引き上げますよ。複製体、複製体で良いですから!」
ウェパルから派遣された公爵級思考体である聖歌のパメラは、能力的には非常に優秀だった。
人類がゴエティアに支配されず、共存共栄の関係で長く付き合えるように、わざわざ制度設計を手伝ってくれたのだ。さらにはリンネルの対策方法や、グレモリーが直接天の川銀河に侵入した時の対応手順も作ってくれた。
あらゆる問題を想定して、事前に対策を作ってくれる、極めて有能な聖女だ。
但し、それに釣り合うほど重くて困った面もある。
「勇者様の好みに合わせて身体を作りますし、作った身体は何度でも変えられます。だから一緒に暮らしましょうよ。勇者様と一緒なら、1000万年くらい大丈夫です」
1000万年とは、ハルトの寿命である300年が、3万3333回分ほど繰り返される時間だ。
1回や2回くらい転生するのであれば、大多数の人は楽しいかも知れない。最初の人生で体験できなかった事を色々と行える。
だが10回も繰り返せば、少し飽きてくるだろう。少なくとも優先順位の上から10までは、行ったからだ。
100回になると、流石に多すぎる。
1000回は、もう気力すら湧かないかもしれない。
そして1万は、真っ当な精神では続けられる気がしない。
精霊になれば精神の対策も為されるのだろうが、ゴエティアの技術では届いておらず、脱落者も多いらしい。
3万回以上もの人生を愛し続けたいパメラに対して、どのような回答が適切だろうか。
あまりにしつこかったために、ルルがパメラを諦めさせるべく、領域内でパメラに秘密の厳守を施した上で、ハルトの死後には精霊化を行うのだと諭したほどだった。
それでパメラは一度引き下がったが、諦めきれずに複製体で良いからと口説き方を変えてきた。
単に複製するだけであれば、精霊化には影響が無いらしい。説得方法を変えられたルルが、納得して引き下がってしまった。
そしてパメラが、グイグイと迫ってくる次第だ。
「すまないな。我々は、写真を撮られると、写真に魂が吸われてしまうと考えるような古い世代だ」
「そんな事は、絶対に、起こり得ません。だから勇者様の心と身体を複製させて下さい。それはもう、とっても大事にしますので!」
クローンを作って売ってくれと言われているような感覚に陥ったハルトは、要求する側とされる側の性別が、逆ではないだろうかと訝しんだ。
パメラの要求に応じれば、ハルトは侯爵級思考体になり、ゴエティアの1割を支配するウェパルが身内のような存在になる。
すると人類がゴエティアに支配される危険性は、大幅に低減できるかも知れない。
逆にパメラに恨まれると、恐ろしい事になる可能性が想像できる。
なおパメラの好みは厳格らしく、凜々しい黒クラゲ姿で英雄のハルトを除く人類は、完全に対象外であるらしい。
「それなら試食はどうですか?」
パメラに手を出せば、責任を取って引き取らない限り、メンヘラ化に一直線であろう。
ウェパル皇帝は、なぜパメラを送り込んだのだ、と、ハルトは頭を抱えながら、今日も辛うじてダイレクトアタックに抵抗し切った。
アンドロメダ銀河の3星系を領域化したハルトは、将来のために、布石をもう一手打った。
タクラーム公爵家が主統治者のアルテミス星系で、精霊帝ルルと精霊帝マヤに、公爵家が持つ『魔力を奪う遺物』を処理させた。
ハルトの魔力は、数世代後になると他家と混ざって、周囲の貴族と大差ない程度まで落ちる。
それに対して、九山民の国家魔力者を手に入れたタクラーム公爵家は、何世代でも高魔力が続く。
その状況が数百年も続けば、王国ではタクラーム公爵家の権勢が強くなりすぎる。
真っ当な未来のためには解決しておくべき問題で、遺物が邪霊に係わる事も知るハルトは、精霊側に解決を求めた。
アルテミス星系では、精霊王ベレニスが領域化を行っている。その精霊王が、領域内で処理できない邪霊の遺物となれば、精霊王より格上の邪霊に係わる遺物で間違いない。
だから精霊帝に処理させようと思い、各地の精霊王の様子を確認するとしてアルテミス星系に立ち寄ったのだが、結果は思いも寄らないものだった。
『邪霊神のエネルギー結晶体の欠片ですね。グランマのエネルギー結晶体を基準にすると、残り1割でしょうか』
「1割だと、精霊王並の力があるのか」
『1割ですが、特異です。ベレニスでは対応出来ません』
少し迷ったルルは、やがて結論を出した。
『これはルルが預かります。パパをグランマの結晶体で実質2倍の精霊王にした後、預かっていたコレをパパに壊して吸って貰って、精霊帝まで一気に昇格して貰いますね』
タクラーム公爵家が隠し持っていた遺物、邪霊神のエネルギー結晶体の欠片を回収したルルは、それを人類の手が届かない次元へと仕舞い込んだ。
これによってタクラーム公爵家は、他人の魔力を奪い、血縁者に加算させる術を失ったのである。
この件に関してハルトは何も言わず、タクラーム公爵からも何も言われなかった。どちらも口に出せない話であり、表に出ないまま、最初から無かった事とされた。
これでハルトの内外での戦いは、ようやく区切りを迎えた。
タクラーム公爵家の問題を片付けてから、1ヵ月後。
前女王ユーナの退位と、新国王ジョスランの即位式典が、王国8星系で盛大に執り行われた。
遷都されたヘルメス星系では、眩い光を放つ白き移動要塞レミエルが、タカアマノハラ大公領に向かって旅立っていく。
そしてレミエルと入れ替わる形で、ディーテ星系から到着した新王ジョスランの移動要塞が、新たな首星となった惑星ケリュケイオンを守るように、衛星軌道上で周回を始めた。
この上なく明確な国王の交代が示されて、王国民は自分達の守護者が変わった事を実感した。
僅か4年の在位だったが、女王ユーナは王国が滅んだ後の人類史にすら残り、アンドロメダ銀河の先進異星文明にも記される、様々な功績を挙げた統治者となった。
人類と天の川銀河の統一。アンドロメダ銀河にある先進異星文明との条約締結。銀河間の転移門作成。そして今後の経済発展や、技術躍進が行われるのも、3族連合と条約を結んだ女王ユーナの功績だ。
実績が絶大となったが故に、ユーナの退位を惜しむ声は絶大だった。
だが女王ユーナは、元々は臣籍降下してアマカワ侯爵と結婚するはずだった。それが戦争によって延期され、次王を育てるまでの繋ぎとして戴冠していたのだ。
既に人類間の戦争は、終わっている。女王ユーナが終わらせた。
『わたくしは、役目を果たしました』
そのように語る女王の心情に慮った大多数の王国民は、稀代の女王を惜しみつつも、退位後の結婚生活に心からの祝福を送ったのである。
午前に退位と即位の式典を行う王国は、午後にはディーテ星系を領地とするアマカワ公爵ハルトと、タカアマノハラ大公ユーナとの結婚式を予定した。
せめて日を跨いではどうかと思った国民も多かったが、退位前の女王陛下は最初で最後の我儘だとばかりに、断固として日程を譲らなかった。
女王の退位と、新王の即位式典が終わり、タカアマノハラ大公領があるマクリール星系の転移門からディーテ星系に入った『アマカワ公爵夫人ユーナ』は、無数のメディアに向かって微笑み、穏やかに手を振った。
この期に及んでは、女王継続を望めるはずも無い。
一部に残っていた女王体制の継続派も、やがて諦観の表情を浮かべた。
そしてハルトと共に笑顔でオープンカーに乗り込むユーナに向かって手を振り、民衆と共に花吹雪を撒きながら、祝福の言葉を投げかけていったのである。
王国暦448年4月。
押し寄せる全ての困難を乗り越えたユーナは、ついに英雄ハルトとの結婚式を迎えた。
かつてハルトが見た乙女ゲームのハードモードは、ようやくトゥルーエンドへと辿り着いた。
【あとがき】
本作は、書籍版4巻、Web版7巻で完結しました。
オープンカーでENDは、書籍化のお声掛けを頂く前、
2巻で完結していたユーナエンドでした。
少し回り道をしましたが、ようやく元の鞘に収まりました。
全力を尽くして書きまして、私が納得できる形に落ち着きました。
ここまでお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。
【次作につきまして】
本日18時より、新作2本の同時投稿を始めました。
1.「高校生作家とVTuber」(現実恋愛)
https://ncode.syosetu.com/n5992hs/
2.「転生陰陽師・賀茂一樹」(ローファンタジー)
https://ncode.syosetu.com/n5911hs/
1.「高校生作家とVTuber」
陰陽師物(2)を書く高校生作家と、
新人Vtuberな同級生との物語です。
2.「転生陰陽師・賀茂一樹」
人違いで地獄に堕とされて、
莫大な陽気を与えられて輪廻転生した、
高校生陰陽師の物語です。
本作の経験を踏まえて、色々考えながら作りました。
新作も応援下さいましたら、大変ありがたいです。
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