126話 オリアス星系領域化【本日4巻発売】
本作のイラストレーター、芝石ひらめ先生が、
ご自身のTwitterに、4巻の告知イラストを載せて下さいました。
(先生、素晴らしいイラストありがとうございます!)
https://mobile.twitter.com/hirame_sa/status/1547009829587517440
王国暦446年8月。
精霊帝マヤが生み出した分体3つに、天都とマカオン星系を饗させたハルトは、アポロン星系を経由して、オリアス星系に戻った。
邪霊王4体と2つの星系を潰した結果、マヤの分体は3体とも、精霊王に昇格している。
精霊王3体が増えて、新たに3星系を領域化したことは、人類の感覚では非常識極まりない。
居住可能な星系を3つ、転移門ごと貰えるのであれば、天華は戦争を仕掛けて来なかっただろう。そして幼児のように愚図っている元フロージ共和国民も、喜んで新星系に飛んで行くだろう。
アンドロメダ銀河の件が無ければ、王国であっても同様に目の色を変えて飛び付いた。可能な限り遠くの有望な星系に繋げて、周辺宙域に広がっていったはずだ。
「アンドロメダ銀河の星系3つを領域化した後は、それを目指されますか?」
楽しげに尋ねるクラウディアに対して、ハルトは苦笑しながら首を横に振った。
「現状でも、精霊王1体は増やせる。だがマヤは、元々は2体の予定だったところを3体に増やして、1体を使うはずだった天都も潰してくれた。これ以上を求めるのは、強欲だろう」
邪霊帝ジルケのエネルギーを吸収して、それを殆ど消費していないマヤは、実際には大きな余裕がある。
だがそれらは、マヤの保有エネルギーであって、ディーテ王国のものでは無い。
契約者のハルトが危機に陥っている訳でも無いのに、人類の利便性を目的としてエネルギーを消費させるのは不当だ、と、ハルトは思う。
人類は、精霊に見限られたら終わりだ。精霊を不快にさせる事は、慎んだ方が良い。
それらを語ったハルトは、司令長官らしい理由も付け加えた。
「有事に対応できるように、余力を持つべきだ」
どうしてもヘラクレス星系に侵攻しなければならない事態に陥った場合、マヤが力を残していれば実行が可能だ。
目先の利益を求めて、奥の手を放棄するのは、愚か者の所業だ。
「そもそも天の川銀河に第二のヘルメス星系を増やすよりも、3族連合に通常の精霊結晶を渡して、既存の星系を開発する新技術を得た方が、王国の利益が大きい」
転移門で繋がるアンドロメダ銀河のオリアス星系には、恒星を除いても、地球1万個分の質量が蓄えられていた。
それらは様々に加工できる資源となり、加工できる建造施設や、作業用ロボットも配備されている。
精霊結晶と引き替えにすれば、王国は地球1万個分の資源を理想の形で得られる立場にある。
オリアス星系を支配するクロケルは、ハルトが天の川銀河で活動していた3ヵ月間で、人類に適したスーパーアース5つを恒星オリアスに周回させている。
また人類に適した人工の居住天体も、10個を生み出して追加で周回させた。
それら15個の天体は、マカオン星系から移住させる人類のために用意されたものだ。
全てが独立しており、環境も微妙に異なり、星系移民させた人類が一度で全滅しないよう配慮されている。また人工天体は自力航行も可能で、転移門から天の川銀河に離脱が出来る。
「クロケルの建造技術、凄いですよね」
「あれは、全然本気じゃ無いと思うぞ。15個で充分と判断しただけで、必要なら地球5000個分だって作れるはずだ」
オリアス星系の居住環境は、既にヘルメス星系を遥かに超えている。
しかも作成の対価は、一切不要だ。
なぜなら人類の居住で、精霊結晶を生産するエネルギーを得られる。王国が居住惑星を求めれば、求めるだけ提供されるだろう。
天の川銀河の各星系に進出するのが、馬鹿馬鹿しくなるのも無理はない。
「ウェパルとレラジェでも、同様に建造が行われているのでしょうか?」
「選べる分だけ、オリアス星系よりも資源が豊富な星系を提供するのは疑いない」
クラウディアに答えたハルトは、ウェパルとレラジェに作られているであろう環境を想像した。
精霊王3体は、3族連合の星系に1体ずつ置かれる。そしてウェパルとレラジェも、クロケルと同様に精霊結晶の供給が、自国領で行われる事を望んでいる。
そのためオリアス星系に移住させた元天都民と元太陽系民は、3星系に3分割して住まわせる予定だ。
そんなアンドロメダ銀河に住まわせる元天都民と元太陽系民に関して、ハルトは王国の脅威とならないように制約を課した。ハルトと契約する精霊王達が生み出した精霊結晶は、彼らには使えないようにしたのだ。
そうしなければゴエティアが、ディーテ王国民を自然な形で淘汰して、230億人の子孫を後釜に据える危険がある。
制約を課されて、瘴気を供給するしか無くなった元天都民と元太陽系民は、星間移動も制限されて、3族連合に与えられた惑星や人工天体に住まわされる。
精霊結晶を量産したい3族連合は、230億人の子孫を増やしていく。
いずれ彼らは1000億人、1兆人と増えていくし、そのために必要なものは何でも与えられる。
子供を増やすために食料が欲しい、資源が欲しい、娯楽が欲しい……その要求を満たせば精霊結晶が増えるのであれば、大した手間でも無い3族連合は用意する。
傍目に見ると、多大な苦労しながら天の川銀河の1星系に進出する事が、馬鹿馬鹿しく思える話だ。
「先進異星文明から何でも与えられ続ける人類は、何処まででも堕落できる。そして堕落と依存は、相手による支配をもたらす」
3族連合の技術に依存しきってしまえば、3族連合と仲違いした時、王国の社会は崩壊する。
惑星環境の維持、食料生産など、生存に必須なものを相手側に押さえられると、どのような要求を出されようとも従わざるを得なくなる。
そのため王国は、天の川銀河を王国領として、ゴエティアの入国を大使などに限定した。
「基幹となる技術は王国が完全に習得して、天の川銀河だけで独自生産できるようにならなければならない。人類には、その教育も必要だな……」
ハルトは教育の必要性を痛感したが、先進異星文明を相手に、未来永劫、手玉に取られないようにし続けろというのは、流石に要求が高すぎて失敗する未来しか見えない。
幸いにしてハルトは、精霊結晶を供給する当事者として、様々な条件を設定できる。
約束を反故にすれば、ハルトと契約した精霊帝や精霊王達が、3族連合に対する精霊結晶の供給や機能を止める……等の条件付けも可能だ。
「失敗しても大丈夫なように、セーフティを作るか」
人間は、失敗する生き物だ。
失敗するなと言うだけで失敗しないならば、誰も苦労はしない。
そんな失敗の原因は、様々にある。
・実行者に対して、必要な知識、技術、環境を与えていない。
・実行者の能力に対して、命令者が設定した目標が高すぎる。
・実行者が最善のパフォーマンスを発揮できない状態にある。
・そもそもの命令内容が、非現実的、非常識で間違っている。
実行者が失敗した時、愚かな命令者は「なぜ失敗したのか」と怒鳴り、怒りを発散させて、根本的な問題の解決には向き合わない。
一方で真っ当な命令者は、「なぜ失敗させてしまったのか」と振り返り、反省を活かして、「実行者が失敗しても損失を軽減、回復できるようにしておこう」と考える。
ハルトの場合は、真っ当よりも上、優れた命令者であらねばならない。具体的には、未来の王国民が失敗した際の対応策を用意しなければならない。
ハルトは自身と契約する精霊王達に対して、未来の王国民が支配される道に舵を切っても取り合わず、ハルトが決めた方向性を厳守するように依頼した。
アマカワの子孫でも融通は利かないようにして、進みたければ自分自身で精霊王と契約して、その精霊王だけに依頼しろと言う形にする。
さらにハルト系統の精霊結晶からは、精霊の昇格に厳しい制限を設け、セーフティの解除方法も教えない。自力で全てを乗り越えられるほどに優秀な人間にしか、意に反する事は出来ないようにしておく。
これらによって、愚かな国王が何代続いても、未来のアマカワ公爵家が籠絡されても、ハルトのセーフティは崩されない。
「一先ず、そういう形にしておくか」
ハルトが結論を出した横では、王国に尽くす貴族の鑑のクラウディアが静かに微笑んでいた。
3族連合の量子思考体達が、様々な観測を行う中、ハルトはオリアス星系を領域化した。
『マヤ、分体でオリアス星系を領域化してくれ。契約の言葉は、ユーカリ』
ハルトが指示を発すると、恒星オリアスが黒いベールで覆われたように恒星光の色を黒く変えて、その光を恒星系全体へ静かに、瞬く間に広げていった。
星系に存在するダークエネルギーの性質が、マヤの力に染まる。
透明だった水に、薄い墨汁を混ぜたようなものだろうか。
元の水とは、明らかに異なる性質を持った魔素が星域を覆い、薄らぎ、やがて観測出来ないレベルになって消えていった。
領域化されたオリアス星系には、直ぐに8つの転移門が出現した。
時計回りで0時からマクリール、1時にディーテ、2時にアテナ、3時に深城、4時にアポロン、5時にアルテミス、6時にポダレイ、7時にヘルメスの順で8つが静かに浮かび上がり、星系に光を放つ。
そして3時の門からは、天都民を乗せた移民船団。4時の門からは、太陽系民を乗せた大型移民船団が出現を始めた。
「アンドロメダ銀河の3つを合わせれば、合計11個の転移門になる。人類の古時計にある12時間の標記で配置させてきたが、未来には門を置く場所が足りなくなるかな」
『12個が埋まれば、外側に24個。埋まれば、さらに外側に48個で増やしていきますか?』
マヤに問われたハルトは、そんなに増やせないと言いかけて、口を噤んだ。
ハルトの世代で増やせなくとも、アンドロメダ銀河で瘴気を溜めたマヤであれば、数千年後には増やせているかもしれない。
自身の思い付きが、これから延々と続く事を理解したハルトは、それで良いのかと真剣に悩んだ。
そのようにハルトが下らない事を悩む間、3族連合は領域化について真剣に悩んでいた。
3族連合の疑問と警戒は、実際のところ過剰では無く、正当な評価だ。
もしも3族連合がハルトとの約束を破れば、精霊王の領域内に踏み入った個体は、12次元という壁を越えなければ出られない空間に閉じ込められた紅炎のダリアのような目に遭う。
尽きない寿命を持つ量子思考体のゴエティアにとって、それは未来永劫に続く地獄だ。
限度を超えた不当な扱いに対して、王国民は刺し違えてでも戦う。
クロケルの巨大人工物群に視線を向けたハルトは、マヤの領域を知覚しながら目を閉じた。
・あとがき
明日21時の投稿が、本作の最終話です。
4月頃、書籍版完結のお話を伺いました。
そして『次は、もっと上手く書こう』
と考えながら作ったのが、新作2本です。
(3ヵ月で3巻分を書きました……悔しかったのでw)
反省を活かして、面白く書けたと思っています。
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大変有り難いです。
新作、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m
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